襲撃~1
スキーは楽しいですね(#^.^#)
「嫌ぁぁぁーーーーーっ。」
お母さんの絶叫が谷に響き渡る、子供に迫る3頭の肉ギャース・・・虎さんがもの凄い勢いで救助に向かっていくが、如何せん距離が遠い・・・このままではとても間に合わない。
詩乃はポケットの中の<空の魔石>を握りしめて願っていた。
あそこまで・・・あの子の所まで瞬間移動!!周りの空気がズザザッと動いた気がしたら、体中に柔らかい何かがブチ当たってもの凄く痛かったが、思わず目を瞑り・見開いた瞬間には子供の近くまで体が移動していた。やった!
すぐに抱きかかえて、子供の手足が出ない様にダンゴ虫の様に丸まる、肉ギャースの吐く生臭い息が身体に掛かった・・と思った・・・その途端。
3頭の肉ギャースが木っ端微塵に爆発した、詩乃の結界が発動したのだ・・・。
間に合った・・・・はぁ~~良かったぁ~~。
ホッと息を吐いて回りを見渡すと・・・仲間が無残に殺された為か、残っている肉ギャース達が興奮して騒いでいる。どの個体も此方を見ていて、警戒音なのか甲高い声で叫んでいる。
ギャウギャウギャウ~~~。
どうやら注目を集めてしまったようだ、仕方が無い事だが・・面倒だな。
ハウスからアレらの意識が離れたのは良い事だが、この子を安全な場所に移動させねばならない・・・どうするか。時間の猶予は無い、イチかバチかでも何かやらなければ二人揃ってお陀仏だ。
考えている内に詩乃を心配してモルちゃんが飛んで来た、空なら危険は無いだろうが、モルちゃんはまだ体が小さいからこの子を乗せて飛ぶのは無理だろう。
子供は恐怖から呆然といていて、腰の力が抜けたようにへたり込んでいる。
不味いな・・・。
詩乃は雪を掬うと、子供の首筋に突っ込んだ・・・冷たくて瞬間だが意識が覚醒した様だ。
「しっかりしろ!立て!」
怒鳴りつけ無理矢理立たせて子供に気合を入れる、ホッペパーーーンもこの際仕方が無い、闘魂注入って言ったらこれでしょう?
こうなったら詩乃が肉ギャースを引き留めている間に、自力で逃げて貰わねば助かる見込みは無い。シャキッとして貰わねばモルちゃんまで危ないのだ。
「モルガナイト、この子の手を掴んで引っ張りながら飛べる?ゲートまでエスコートして行って。追って来る肉ギャースはアッシが何としても止めるから。」
子供の手を掴み上げ、モルちゃんに握らせる・・・スキーの前傾姿勢を取らせて、足をパラレルに広げさせた。子供でも獣人だ、動き出せば本能で乗り切ってくれるだろう、滑ることが出来る様なポーズをどうにか取らせる事に成功した。
「大丈夫!スキーで滑れば肉ギャースは追い付けない。お母さんの所まで滑って行くんだ、出来るね?やるんだ、さぁ行きな!振り返らず滑るんだぁ。」
詩乃は子供の背中を思いっきり押して坂を下らせた、モルガナイトが上手い事引っ張って、かなりのスピードで下って行く。
転んだら・・・終わりだ・・・頑張れ!
逃げる2人を追って2頭の肉ギャースが走り出した、詩乃は胴巻からY字パチンコを取り出すと<空の魔石>を打ち出す。
「絶対零度!」
肉ギャースは体の中から膨れ上がって破裂した、もう1頭!「絶対零度!」
長様と呼ばれれば聞こえがいいが、単なる雑用係と苦情処理係に成り下がっている・・・と、自覚して久しい新米青葉マーク長様こと銀さんとは・・俺の事だ。
今日も今日とて、ダンジョンハウスの見積書を睨んで清算の確認に励んでいる。
計算仕事など苦手なのだが、ハウスの建設費が冬虫夏草を売った金額より多くなってしまい、赤字になってしまっているのである。足りない分は現金で清算しろと、あのクソ狼モドキ(パガイさん)に責められている昨今なのだ。
あんな目が飛び出る程の大金を掛けて足りないだと!そんな馬鹿な?の気分なのだが・・・建設途中にホールの改装がしたいとか言い出す輩やら、風呂を大きくしろとか・・・色々と注文が出されて(風呂など、此方の要望ではないにも関わらずだ・・・理不尽この上ない。)大幅に工賃をUPされたのが響いたようだ。
人間の商人からの冬虫夏草代は、人口養殖が出来たら売り上げの15パーセントを払うから、今回の分は投資と思って預けてくれ・・・とか何とか言われて・・・必ず儲かるからと説得されてサインしてしまった。あれは何だったんだろう?悪い夢を見ている様だ・・・世間って怖い。皆にバレた時の反応はもっと怖い。
聖女様から頂いた見舞金は手つかずで残って有るが、これに手を付けてしまったら・・・今後の運営はどうなるのか?心寂しい限りである。
今となっては、体よく老害共に苦役を押し付けられた気分だ。
とにかく商人など(たとえ獣人の血が入っていようが)信用など出来ないのだから、細かく見積もりを確認して、騙されていないかチェックしなければなるまい。
そんな思いで始めた机仕事だが・・・一向に捗らず悶々としていた時だ。
キャケーーーーーッ
すぐにドラゴン様の声だと分かる警戒音が聞こえた・・・何が起こった?
不審に思っているうちに、声が聞こえて来た・・・俺達はみな奥まった事務室にいるのだが、不思議な事にダンジョンハウス中に声が響き渡っている様だ。
「魔力に声を乗せて響かせているのか・・・。」
人間の魔術に詳しい副長の赤がそう呟いた。
【全員退避・ダンジョンハウスに戻れ】
この声は・・・あの忌々しい風呂好きの、人間の小娘ではないか。オマケの分際で何を偉そうに指図しているんだ、事務室にいる誰しもがそう思った。
【女子供はハウスに戻れ!兵士はゲートを守れ!】
何だか穏やかな話ではなさそうだ・・・銀さん初め重鎮達は事務室を飛び出し、廊下を走って谷側に回り、窓を開け放って外を覗き込んだ。
其処に見たモノは・・・オレウアイ。
この辺では最強の肉食獣と言われている希少種だ、なんで奴らが此処に・・・。
「嫌ぁぁぁーーーーーっ。」
女の叫び声が聞こえた、外に出ている者達が騒ぎ泣きわめいている、そうして皆そろって谷の上の方を指さしていた。
・・・子供が。
1人の子供が群れから離れて、何故か谷の上の方で呆然と佇んでいた。
オレウアイに見つけられて威圧され、逃げる事も思いつけないのか・・・動けなまま固まっている。オマケの護衛の虎が、駆け付けるべく走っているが、とても間に合いそうにない。
子供とオレウアイの距離は・・・もう10メートルも無い。
もう駄目だ・・・誰しもそう覚悟を決めた時・・・突然降って湧いたようにオマケが空間から現れた。飛びつく様に子供を懐に抱きしめると、何故か丸まりしゃがみ込んだ。
何をしている!危ない!オレウアイの鋭い前爪が二人を切り裂こうとした・・その瞬間!
3頭ものオレウアイが木っ端微塵に爆発した、想いも寄らない結果に声も出ない。
何なんだ・・今のは。
「魔術を使った様だ・・・あの様な小娘が。」
子供が助けられた安堵感も余所に、魔術を操る人間への恐怖感がよみがえって来る。鉱山での日々、獣人の誇りを踏みにじって来た、人間への怒りの心と・・綯い交ぜになって。
オマケの元へドラゴン様が飛んで行った、オマケの小娘を認めて寄り添っているドラゴンの幼子・・・嫉妬の感情が湧き上がって来た。今は・・・それどころでは無いのに。
オマケの小娘は苦労の末、子供を立たせることに成功すると、ドラゴン様に引っ張らせて坂を滑り降りさせようと子供の背中を押した。走る事無く・・・坂を滑り降りる様に進む子供。
「何だあれは?何故動きが止まったまま進むのだ?」
重鎮達は詩乃がミニスキーを教えていた事は知らない、固まったままの姿勢で動いているのが不思議な様だ。逃げ切れるか・・・固唾を飲んで見ていると、2頭のオレウアイが子供の後を追う様に走り出した。
拙い、このままではゲートにおびき寄せてしまう、下の階の封鎖はどうなっている。
指示を出す前に、オレウアイが破裂するように吹き飛んだ・・・オマケが何か放った様だ、変な形のモノを構えて。また放った。爆殺されるオレウアイ・・・・。
「今のうちに避難してゲートを閉めろ、ハウス内にオレウアイを入れるな。窓の封鎖はどうなっている!」
・・・窓には鉄の格子が嵌っていて、外からの攻撃に備える様になったいた。
工事中にオマケの小娘が提案して来たのだ、低い階の窓は防犯用に格子を付けた方が良いと。鉄の格子など鉱山の懲罰房を思い出して気分が良くない、我々はそう言ったのだが。
「お隣の細谷さんの家に泥棒が入りやして、窓が破られてねぃ根こそぎ盗まれたんだよぅ。とにかく危ないから、縦線の形が嫌ならさぁ、お洒落なツタの様なデザインの格子も有るから、ねっ?」
と言い張って無理やり付けさせたのだ。かなりの出費になって、今も計算しながら怨嗟の声が出そうだったのだが。悔しい事だが役に立っている。
「女子供・年寄りはシェルターに避難しろ、見習いは誘導して付いて行け。」
怒鳴りながら階下へ進む・・・そう言えば、シェルターとか言う避難所もオマケの小娘の発案だった。非常時に逃げ込んで、安全になるまで生活できるように食料や水など備蓄しておく施設だとか。無駄な事だと退けたが、「備えよ常に」だとか言い張って・・・あまりに五月蠅いから許可を出したのだった。
・・・まさか、この襲撃を予測していた?
その頃、ゲートの前では騒ぎが起きていた。
例の逃げて来た子供を始め、遊んでいた子供達や付き添いの母親、若い衆も無事避難を終えていて、今はシェルターに移動中だ。騒いでいるのはムースさんと兵士達だ。
「どう言うことだ、助けに向かった2人を置き去りにしたまま、ゲートの扉を閉める気なのか!あの2人に死ねと言うのか!」
「上からの命令だ、俺達では如何ともしがたい。命令は絶対だろう?」
何処のどいつだ、こんな非情な命令を出したのは・・。あいつか、あの銀色の年若い無能な長に違いない。
「見捨てるのか!」
気まずそうに顔を背ける兵士達、こいつらは此処に来た当初から、散々オマケのチビに絡んでいた奴らだ。
「あいつらは俺達の同族ではない。散々、一族をかき回してくれた単なる余所者だ。アンタはアレの護衛なんだろう?助けるべきなのは俺達では無くて、アンタなのでは無いのか?」
不貞腐れたように吐き捨てる男・・・こいつは・・・。
「なるほど、そんな腐った根性では逃げたくもなるってもんだ。お前の思い人は今頃スルトゥで上手い事やっているだろうさ。」
シェリさんに振られた男だった・・・。どうもスルトゥに買い物に行く切っ掛けを作った、オマケのチビの事を恨んでいるらしい。何処まで嫌な奴なんだか。挑発され激高すると、振られ男はムースさんに襲い掛かって来た。ゲート前は騒然となる。
「馬鹿野郎、お前が戦うのはあっちだ。」
ムースさんは振られ男の腕を掴むと、力まかせに外にぶん投げた・・・綺麗な放物線を描き飛んでいく振られ男・・・。仲間が外に出たのなら、放っておく事は出来ない、狼的には・・・・。兵士の若い衆は仕方が無く、ゲートを外側から封鎖すると、得物を手にオレウアイに向かって走って行った。
「集団で掛かれ、それが狼流の戦い方だ!」
リーダー格の男が声を掛ける、オレウアイは馬くらいの大きさが有るので、集団戦で戦わないとタイマン勝負では狼には不利だろう。
ムースさんは谷の上の方で、ただ一人数頭のオレウアイに対峙している詩乃を見上げた。オレウアイも爆殺を警戒しているのか、距離を取って睨みあっている・・・が、何頭かの個体が詩乃の後ろの方に回り込もうとしている・・・。このままでは危ない。獲物を持っていないムースさんは、手近な物を担ぎあげると詩乃に向かって走り出した。
「間に合ってくれ!」
結界を使いきってしまった詩乃・・・肉ギャース相手に、何処まで戦えるのか!虎さんVSティラノザウルスの戦いの行方は。ムースさんは間に合うのか!!次回・・・激突・・・お楽しみに。
・・・引っ張ってみました。(/ω\)キャッ、恥ずかしい~~~。