楽しい作業
後先考えずに喧嘩を売る奴は・・・阿呆ですな。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
「ふざけんなぁ!いいから今すぐ戻って来い。」
お父さん、クイニョンで叫んでもスルトゥの街には聞こえませんって。
一方的な女衆の通告に、心配しながら待っていた男衆がキレた・・・だからさぁ、気持ちは解るが、心配し過ぎなんじゃね?
揃って夕焼け空に遠吠えをする狼達を、呆れかえって眺めていたら白髪のジジイに絡まれた。ジジイ曰く、お前の様なたいして役にも立たないオマケが此処に居るから、狼族の風紀が乱れて伝統が危うくなるんだってさ。私ってば凄い影響力が有るんだね、自分でもビックリ仰天さぁ。
何を言われても平然としていて、顔色も変えない詩乃が生意気に映ったんだろう、ジジイが張り手を入れようと手を振り上げて・・・虎さんに止められた。
暴力はイケないねぃ、暴力は・・・か弱い女の子に何をしなさるんでぃ。
虎さんに軽く腕を押さえられているだけなのに、爺は大騒ぎしてギャイギャイ喚き出す。
「何を見ている、仲間の危機をただ見ているだけか!それでも男か!狼族の誇りはどうしたぁ!!」何~て叫んでいる・・・。
フゥン?狼族はタイマン張らないで、一人に大勢でかかるのかぁ?何だかカッコ悪いよね。内心で思っていただけだったが、露骨に顔に出ていたらしい・・・狼たちが気色ばんだ。
ヤベッ・・王妃様や女官長クラスの面の皮になるには、まだまだ修行が足りないらしいやぃ。虎さんの隣にムースさんも並んで、メンチの切あいが始まった・・・手が出るのは時間の問題の様に見えたが。
この騒ぎに堪り兼ねたのか、新長様の銀さんが叫んだ。
「あなたは人質として谷に留まっているのだろう、もうこれ以上我々に構わないでくれ!」
銀さんの大声に、騒いでいた男衆も思わずシンッと静まった。
その言葉にも詩乃は顔色も変えずに、ただ立っていただけだが・・・モルちゃんが・・・モルちゃんが怒った。淡いピンク色の鱗をバシャァっと音を立てて逆立て、グルルゥゥゥ~~~と唸ったのだ。あの大人しいドラゴンの幼子が、怒りを前面に押し出して狼族を威嚇している。
これには狼族も顔色を変えた、チビでもドラゴン様だ・・・そのドラゴン様に認められた人物に、狼族は喧嘩を売ったのだ・・・これは不味い。
しかし詩乃は薄く微笑むと
「解りやんした、その様に。」
そう言い残すと、モルちゃんを抱いて護衛の二人を引き連れて、いつもの草系の部屋に入って行ってしまった。
何とも言えない・・・気まずい雰囲気が後に残った。
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翌朝、男衆は早くも深い後悔に襲われる事となる。
「飯は何処だ?」
いつもの竈近くの配膳場所に行ったが、何処にも飯は無かったのだ。考えてみれば食事の用意をしている女衆はいないのだし、食事の用意が出来ていないのは当然だった。スルトゥの街から出向で来ている調理人は知らんを顔して、仲間内だけで集まって食事をしている。谷に残っている女はごくわずかで、体の弱い動けないものがほとんどだ・・・どうするのだ?我々の食事は!
オマケの娘と護衛の虎とムースの二人が、広場の隅っこの方で美味そうな飯を食っている。気の短いジジイがまた噛みついた、飯はどうした何故準備もしていないのだと。
「何を言っているのだ、もう構うなと言って来たのは貴様達だろう。」
虎さんの重低音ボイスに、ジジイは震えあがった・・・まぁ、老人は労わって、ほどほどにね。
お腹が空いたと涙ぐむ幼い子供には食べさせてあげてね・・・と、スルトゥの街からの出向組には頼んである。
スルトゥ組も、昨日の騒ぎは内心面白く無かったようだ。いくら顧客とはいえ<人攫い>だの何だの、謂れも無いイチャモンを付けられたし、以前から暇な老害共に獣人の誇りがどうのこうのと説教されて、いい加減僻僻していた所だったそうだ。徹底的にやっちまいな!・・・これがスルトゥ組の総意である。
まったく、血の気が多くてイケねぃやぃ。呆れる詩乃に当然だとばかりにモルちゃんが鳴いた。
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食後は虎さんは狩りに行くというので、見学したいと言うモルちゃんをお供に連れて行ってもらった。ムースさんは山ギヤのお世話と、畑の見回りに。詩乃はやりたい事が有るので、一人ダンジョンハウスの保育園予定の場所に向かった。
何をするかって?絵を描くのだ、これが本当の洞窟壁画だねぃ。保育園には楽しい絵が必需品でがしょう?
詩乃は<空の魔石>を取り出すと、次々にパワーストーンを造り出した。
岩絵の具と言う物が有る、日本画などは今も使っているようだが大変にお高い物だ。岩を細かく砕いて粉状にし、膠を水で溶いたものと混ぜて絵の具にするのだ。何百年経っても色褪せる事も無く、美しさを保つ優れものだ、ラスコーの洞窟絵画なども岩絵の具で描かれていると言う。
詩乃は小学生5年の時に、夏休みの自由研究で<岩石で絵の具を作ろう>と言うキットを密林で買い求めて、絵を描いて提出したことが有ったのだ。すり潰すのがかなり大変だったのだが、今は魔力も少しは有るからね大丈夫だろうさぁ。
パワーストーンでもあるラピスラズリは青金石と呼ばれ、深い青が美しい素敵な絵の具になるのだ。ラピスを握りしめて「粉砕」と呟く、サラサラと小麦粉状に変化した・・・ナイス。
ラピスラズリで青・孔雀石で緑・辰砂で赤・大理石で白・黄土で黄色が出来る。その他の色は必要な色の色ガラスを造り、細かく粉砕して人造岩絵の具を作る。膠は虎さんが狩って来た鹿の皮を貰って、時短魔術で造っておいたものだ。その膠とミョウバンを混ぜて造った定着液を、風を操り壁に吹き付けて行く・・・テラテラと光っていたが時短魔術で乾かしたら落ち着いた。
さぁ、準備は完了!何を描こうかな??
手芸な好きな詩乃はそれなりに絵心も有った、今時の日本人はイラストを描くのと、カラオケで十八番を熱唱するくらいは当たり前のスキルだろう。まぁ、その程度(実力の幅が広い)の絵心って訳だ。
東の壁には朝日が昇る、深い青から光溢れる黄色に見える遠くの山々を。
西の壁には夕日が沈む、スルトゥの街へと続く道と何処までも広がる深い森を。
北の壁には森と草原の姿を。
南の壁は窓が有るので、身近な花々を描こう。
時間が無いからね、ズルして「映写」と唱えて画像を写し、その上からなぞって大体の形を取る。形がキチンと取れればね、半分以上成功したようなものだ。五月蠅くない色味で背景となる景色に色を載せていく、日本画風にね背景は平坦に一色で抑えて行こう。
楽しい作業だったので集中していたのか、お昼が過ぎたのも気づかず、夕方に虎さんとムースさんがお腹を空かせて、詩乃を探しに来るまで続けていた。
2人とモルちゃんは詩乃の絵を非常に褒めてくれたので、気を良くして秘蔵の<安らぎの宿・ノア>の料理長さん謹製のモモウシチューを胴巻から取り出した。外で食べるとね、また腹ペコ狼達が五月蠅そうだからんw、ここで食べようって寸法さぁ。あれぇ?ムースさんにモモウの肉は不味かったかな・・・でも、昨日のカレーのプークの肉は食べていたよね、お代わりもしたよね?心配したがムースさんは美味い美味いと言って食べてくれた、良かったよ~。これでも結構気を使っているのさぁ。
食後も絵の作業を続けようとした詩乃だったが、思わぬ者に邪魔を入れられた・・・モルちゃんだ。
そんなに根を摘めて作業をしたら体に悪い!!と言い張って、作業をさせまいとディフェンスしてくるのだ。翼を広げて右に左に、反復横跳びの様に動き回って・・・大変に可愛らしい・萌える~~(笑)。
結局は面倒くさがった虎さんに、俵担ぎされて運ばれてしまったが・・・無念。
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次の日の朝食も草系の部屋で食べた、ここは窓の無かった行燈部屋だったが、虎さんがファイト6発でぶち抜いたところが二重ガラスの窓になって、朝日が爽やかに入り込んでくるようになった。何でも日当たりの悪い場所の為に、外壁の白い岩をツルツルに削って、鏡の様に反射するようにしたのだそうだ、考えたねぃ~~~。大きな石がゴロゴロしていた床も、平らに均されもう転ぶことも無い良い部屋になっていた。多分詩乃にひっ付いているモルちゃんの為だろうが、床には使い込まれた物だが絨毯まで引いて有る。凄いねドラゴン様のご威光は、モルちゃんは偉いのだ!控えおろう!!
朝食はパンにスープ・ハムやチーズで軽く済ます、2人には昼食用のバケットも渡した。
「では、アッシは今日も絵を描いていますんで、何かあったらそこまで来てつかぁさい。」
気もそぞろに出かけていく詩乃、モルちゃんは今日も虎さんと外だし心配は要らない。
「随分とアッサリしたものだな・・。」
ムースさんが呟く。今まであんなに親身に気をかけ、世話をしてきた狼族なのに、詩乃があっさりと手を引いたので拍子抜けしたようだ。
「いや、別に狼達を見限ったわけでは無いのだろう。あれは単純な頭をしているから、今は絵の事だけで頭の容量が一杯なのだ。一偏に二つの事が出来ないだけだろう。」
虎さんの言葉に、ムースさんが吹きだした・・。納得いく説明だったようだ。
・・・何故そこまで解っているシィ?詩乃がいたらそう言うだろう。
モルちゃんも同意するようにピャィと、ひと声鳴いた。
そう、虎さんの寸評は当たっていた、詩乃は今は絵の事しか考えていなかった。
狼族の男衆が腹ペコで、お腹を空かせた子供衆に騒がれて困り果て、奮闘して料理をした結果の果てに、何か不思議な物体を生み出し、食べたところゲロ不味で子供に大泣きされたとか・・・。詩乃に詫びを入れて、再び飯を作らせるのに、誰を派遣するかで大喧嘩になっているとか。
そう言った些細な雑音はシャットアウトして、ただひたすら楽しく絵を描いていた。
・・・銀さんが手を出すなと宣言して、今日で4日が経っていた。
「ご精が出ますね、これは・・・見事な絵ですね。」
地図を造り終わってからは、とんと付き合いのなかったトクさんがやって来た。
お久しぶりです。
「この世界には図鑑が無いでしょう?」
「図鑑ですか?それは一体どんな物でしょう?」
トクさんは不思議そうな尋ねる。
「例えば植物図鑑・・・植物の事を詳しく書いて有る絵付きの本デサァ。生えている場所や、食用になるか・ならないか。毒は有るのか無いのか。有効利用の方法・・・薬になるとか染料になるとか。色々とね書いて有って、知らない事を知る事が出来る、知識の基ってなもんかねぃ。」
「それを子供の部屋に?」
詩乃は笑って、以前調理中に毒キノコを持って来たお母さんの話をした。小さな茸と言えども、間違って食べると命に係わる事もある、小さな内に知識を得ることは大事だと思うと。
「今は食べられる茸しか、描いてないんですがねぃ。毒キノコも描いておいた方が良いかねぃ?茸の傍に名前や、特徴も書き込みたいんでやすが・・・アッシはこの世界の文字には不調法出やして、残念ながら書くことが出来やんせん。」
黙って聞いていたトクさんだったが。
「それなら、私にお手伝いさせてください。文字なら書けますから。子供に解りやすいように書くには、どうしたらいいでしょうね。何か考えははおありですか?」
フ~~ム。
「毒を持つ植物や危険な動物・魔獣には、赤い絵の具で名前を書きましょうか?」
「あぁ、良いですね。一目で危険を解るのは良い事です。」
夕食の時間になっても、またしても現れない詩乃を迎えに行った、虎さんと(頭にモルちゃん)ムースさんは、熱中仲間にトクさんが増えているのに気が付いた。
詩乃が写し取り色を付けた写実的な絵の横に、トクさんが名前と注意書きを細かい字で書き込んでいる。天井の空には雲とドラゴンの雄姿が・・・可愛いモルちゃんも描かれている。2人は凄い集中力で、虎さんが来たのも気が付かない・・・これは夕飯は抜きかな?
そう思った時に、グゥゥゥ~~~っと詩乃の腹時計が盛大になった。
トクさんは詩乃を説得しに派遣されて来ましたが・・・ミイラ取りがミイラになりました。
細かい作業が好きな様です。( *´艸`)