お買い物に行こう~2
意識改革を起こす女・・・詩乃。
私は狼族の娘でシェリと言います、この冬には成人となる15歳です。
私は残念ながら狼の血が薄いのか、耳も尻尾も小さめで・・・皆からは残念な娘と言われています。耳などは髪に隠れるほどの小ささなので、小さな頃から人間みたいな奴だと、幼馴染みの男の子からは随分と弄られていました。悲しかったけれど、本当の事でしたから言い返せませんでした。その男の子の事は、今も苦手で・・・ハッキリ言っていいのなら・・・嫌いです。
狼の血が薄いからでしょうか?獣人としては魔力の耐性も低く、魔石の分別のお仕事はできませんでした。仕方が無いので鉱山では、猫さん達に混じって調理の補佐をしたり、掃除や洗濯の仕事の見習いなどをして働いていました。
このまま、恋人も出来ずに一生一人で過ごすのかなぁ・・・と思っていましたが。
鉱山の閉鎖と共に、狼族の生き方は大きく変わって行きました。
いえ、もっと詳しく言えば・・・聖女様のオマケ様がクイニョンに現れてからでしょうか。あれよあれよと言う間に、色々な事が変わって行ったのは。
「行ってきます。」
女衆の皆は緊張した顔つきで、ドラゴン様が引っ張って下さる、飛行船?と呼ばれる空飛ぶ船に乗り込んでいきます、勿論私シェリもその中の一人です。
みんなスルトゥと言う大きな街まで、部屋の中を飾る敷物や壁掛け・布団等の生活必需品等を買い求める為「お買い物」をしに出かけて行くのです。此処まで来るには涙涙のお話が有るのですが、泣いたのは男衆の方が多かったかもしれません。
「お買い物」と言う行為は初めてです。
鉱山では食事を始め日用品は配給制になっていましたし、年越しのプレゼントなどは長様から男衆へ。男衆(父親)から母親~子供達、詳しく言うと息子~娘の順番でしょうか?下げ渡されるもの・・・そんな決まり事が有りましたし、決まりごとは絶対で、それが変わるなど思ってもいませんでしたもの。
それが、自分達で好きな品物を選べるなんて・・・まるで夢の様です。
実は今日の日を迎えるまでには、壮絶な睨み合いが有りました。
狼族達は手を出し暴力に発展する前に、目で戦うとでも言いましょうか・・・睨み合いをするのです・・・それはもう、果てしないくらい長い時間をかけて。
今回が異例だったのは、睨みあう相手が男衆VS女衆と言う事でしょうか。女衆が男衆に物申すなど、以前にはとても考えられない事でしたが・・・聖女様のオマケ様が、あの小さな姿で堂々と長様と話し合い、商人さんと渡り合っているのを見て、女衆の考え方が少しずつ変わって行ったのは確かな事だと思います。
それに今回、女衆の言い分が通ったのは・・・以前とは違い、女衆がメインで食事を作っている事が大きかったのでしょう。以前には男衆も食事作りに参加していましたが、つまみ食いが多いとの事でクビになりました。冬になると食料の確保の為に制限が多くなるそうなので、食品をきちんと公正に管理できない者は不適格だと、新しい長様が御決めになったと聞きました。
新しい長様は銀狼でカッコいいし、どんな者にも優しいので人気が有るんですよ。先代の長様は獣人の血が薄い者には、厳しく冷たい方でしたから・・・。
女衆は食べ物を握っていましたので、男衆が「お買い物」に行くOKを出すまで、食事の量を微妙に少なくしたり、野菜を多くしたりして嫌がらせに励みました(笑)。話しかけて来ても知らんぷりして返事もせず、洗濯をしないで放り出したり・・・。随分と酷い仕打ちをしたと思いますが、オマケ様は可愛いものだと笑っていたそうです。
先代の長様は鉱山の時代が懐かしい・・・と嘆いていたそうですが、女衆を指揮して、反乱を起こしていた中心人物は先代の長様の奥様です・・・少なくとも奥様は、少しも昔を懐かしんではいないと思います。
足元がフッと揺らいだと思ったら、もう地上から離れた様です。怖がって悲鳴を上げた者もいましたが、引き返す気持ちは誰にも微塵もありません。
私達は何が有っても「お買い物」に行くのですから!!
勇気を出して窓を覗いてみましたら、かなり下の方でオマケ様が笑いながら手を振っていました。
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以前クイニョンまで旅した時には、とても大変で時間が掛かったと思っていましたが、さすがはドラゴン様です。楽しくおしゃべりをしている間に、あっという間にスルトゥの街へと着きました。女衆はスルトゥの街の中に入るのは初めてです、以前の時は街の外れで待機させられていましたから。
スルトゥの街はザンボアンガと言う、今は滅びてしまった国の人達が、王妃様にお許しを頂いてゼロから造り上げた街だそうです。こんなに立派な街を造り上げるのは、さぞかしご苦労が有った事でしょう。
商人さんの事前の説明では、ザンボアンガ出身の方達は、獣人と人間の血が混ざっているそうなのです。色々なタイプの方が住んでいるそうで、人間に見える方でも怖くはないので、普通に話しかけて下さいね、と優しいお顔でお話下さいました。傍にいたオマケ様が、営業スマイルけっ・・・とか言ってましたが・・何の事でしょうか?
でも少しだけ期待してしまいます、私の様に耳の小さな方もいるかしら・・・と。
私の家では母は谷を出るのを怖がった(父に遠慮していた様ですが)為、私一人での「お買い物」です、責任重大で緊張します。兄二人は、もう若衆部屋に移動していますので、何も買わなくて良いそうです。独身の若衆達はお部屋の飾りより、武器や大工道具などの方が欲しいそうで「お買い物」はせず、商人さんの持って来てくれるもので十分なのだとか・・・。何だかもったいないですね、自分で選ぶと言う行為が楽しいのに。
おっかなびっくり私達は飛行船の外に出ましたが、其処には優しい笑顔で獣人の方達が待っていて下さいました。商人さんが手配して下さった、ガイドさんと聞いています。迷子や怖い目に遭わない様に、傍にいて下さるほか「お買い物」のアドバイスもして下さるとか・・・お気遣い頂けて本当に有難いです。
私たちは予め決めておいたグループごとに別れ(年齢や地位に関係なく、趣味が合う同士に分かれました、私は小花模様の好きな者達のグループです。)獣人の方に案内されスルトゥの街に入って行きました。
・・・結論から言いますと・・・沢山の商品の中から、ただ一つを選ぶのは何と難しい事なのでしょう!!そんな事を実感いたしました。
だってだってだって、青い小花模様だけで10種類以上の布が有るのです。私は手仕事が好きなので、クッションやカーテン、テーブルクロス等は自作しようと考えていました。大好きな青い<忘れない草>の模様が有ればいいな~、とポヤンと思っていましたが<忘れない草>だけでも6種類・・・花の色の濃さ・薄さの違い、大きさの大小・・・間に可愛い小鳥が入っている物などなど。どれも素敵でとても選べません、終いには頭がグルグルしてしまい涙が出てしまいました。ガイドに付いていてくれた栗鼠の獣人さんは、とても驚いて慰めて下さいましたが・・・それはそれで恥ずかしい思いがしました。布屋さんはご親切にも必要な長さで売って下さいましたので、私は6種類全部をあらかじめ調べておいた長さで売って頂きました。鉱山ではメートル単位でしたので、ご親切には大変嬉しく感激しました。
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ここクイニョンでは男達が、深刻そうに眉間&鼻に皺を寄せながら夕焼けで赤くなっている空を眺めていた。腕組をして足を神経質そうに揺らし、心此処にあらずの雰囲気だ。どの顔も面白いくらいに不機嫌そうだ、女衆が男衆の言う事を聞かずに我を押し通して「お買い物」とやらに行ってしまったからなのだろう。
「こんな事は今までなかったのに。」
年寄り程、納得がいかないのかイライラしているようだ。
「あの聖女のオマケのチンチクリンが来てからではないか?女衆の態度が大きくなったのは。」
そんな事を言っている、近くで詩乃が夕食の調理をしているのにだ。
詩乃の傍にいる虎さんやムースさんは、不機嫌そうに顔をしかめた。
「此処まで工事が進んだのは、誰のお陰だと思っているんだ。恩知らずな奴らめ。」
まだ年若く、純真なムースさんには、許せない態度に見えるらしい。
「まあまあ、冬虫夏草を見つけたのは虎さんだし、買い取って行ったのは6男やパガイさんだからねぃ。アッシはそれほどの事はしてはいませんのやぁ。」
詩乃は気にもせず鍋をグルグルかき回している、今日は食べる人数が少ないからね、手持ちの残り少ないカレー粉を大放出だぃ。雑穀も良い具合に焚けてきた様だし、久々のカレーと洒落込もうって寸法だぁ。
「虎さんは辛いのは大丈夫で?そう問題ない。ムースさんは?ほう、辛い物を食べたことが無い???」
こりゃぁファーストコンタクトって奴だねぃ、お口に合えばいいけれど・・・カレーの嫌いな人には合った事が無いが・・・辛すぎるのも問題だしね。
よし!出来た!!
「ごはん出来ましたでやすよ~~~ぃ。」
空の鍋をガンガン叩いて皆を呼ばわる、子供達はすぐに集まって来たが・・・・。
どんだけ心配なのさ、こんなに呼んでいるのに気が付きもしないで空の果てを眺めている。可愛いと言えば可愛い行為なのだろうが・・・髭ズラやメタボの親父・皺皺なじいさんまで、そんなに女房が恋しいのかね?
カレーが冷める、サッサと頂こう。
「うん!やっぱりカレーは美味しいねぃ。」
一列に並んで、どんよりと空を眺めているオッサン達は無視だ無視!
そのうち堪え性の無い奴が言い出した、こんなに遅いのは・・・何かあったんじゃなかろうか?不安が伝染して行って、もう何人かの背中の毛は立っている。もしや・・・売られてしまったんじゃぁ・・・あの商人は人間の血が混じっているのだろう?信用なんか出来ないだろう!!大体買い物なんかに誘うのが怪しいのだ、女衆は騙されて・・・。
「買い物に行けば良いと、言い出したのはアッシですよぃ?」
ムグムグカレーを食べながら詩乃が答える。
事の初めを思い出したのか、狼達は怒りの目を詩乃に向けてきた。
「まったく、余裕がないでやすねぃ。お母ちゃんが居ないと、そんなに不安でやすかぃ?小さな子供じゃぁあるまいし情けない。男ならどっしり構えて待っていなあぇ。カレー美味しいでやんすよ?はよ、食いなんし。」
若く見える詩乃に偉そうに、男の沽券に係る様な事を言われたので狼達は牙をむいた。
ムースさんはすぐに立ち上がり臨戦態勢に入ったが、虎さんと詩乃は無視して食事を続けている。
「何をしているんだ!」
新長様の銀さんが慌てて間に入って来た、不穏な空気が満ちている。
「落ち着け!女衆はもうすぐ帰って来るんだから。」
銀さんは年が若いせいか、群れを完全に掌握しているとは言えない様だ。こんな身内の争い事では、まだまだ一喝で押さえきれない。
虎さんと詩乃が呑気にカレーを食べていると、モルちゃんがパタパタと飛んできて詩乃の頭に止まり、何か話かけて来た。
思わず見入る狼達・・。
しばらくモルちゃんと詩乃は会話をしていたが、おもむろに詩乃は立ち上がると・・・。
「ええ~~っと。皆さんにご報告が有りやんす。今スルトゥにいる、ドラゴンのタンザナイトさんからモルちゃんに連絡が入りました。クイニョンの女衆の皆さまは、冬の手仕事を受注する為にスルトゥの街で講習を受けるそうです。機織りですか?新しい機織り機械の動かし方を習得するんだそうで・・・お帰りは7日後になるそうです。それまで洗濯や掃除・食事の用意など・・・頑張ってね。との事です、以上報告を終わります。」
男衆は膝から崩れ落ちた・・・。
いやいや、まだまだ甘いと思うよ男衆・・・。
女衆が手仕事をマスターして、稼ぐようになったら・・・益々態度はデカくなる事だろう。江戸時代、機織りで稼ぎが有った女達は何と呼ばれていたか?
【上州女と空っ風】だったっけ?
ションボリと嘆いたり、大騒ぎする男衆を見ながら・・詩乃は密かにほくそ笑んだ。
「虎さん、ムースさんカレーのお代わりは如何でやすかぃ?」
狼さんの男衆、踏んだり蹴ったりですねぃ(*´Д`)
詩乃の世界では、パワハラと経済DVとでも言われるのかな?