お買い物に行こう~1
だいぶダンジョンハウスは整って来たようです。
固まってしまった狼達を残して、詩乃はサッサと部屋を出て行った。詳しく話を聞かせろと言われても、理系は無理ですから・・・言われる前に逃げたのだ。
パガイさんは何か言いたげだったが、結局何も言わなかった・・・。
ザンボアンガ出身者にはある程度、経験による遺伝の知識が有ったに違いない。だから積極的に人間と獣人の結婚を進め、混血化を図って来たのだろう。獣人の身体能力が有って、魔力も備わっていて魔術が使えるのなら・・もう最強の人種と言えるんじゃないだろうか?惜しむらくはその御尊顔がチベットスナギツネだったと言うだけで。いや?良いと思うよ?チベットスナギツネ・・一部のマニアには垂涎の的だと思うし。
まぁ、初めての出会いで、狼族はスルトゥの街に喧嘩を売ったらしいから、ザンボアンガ出身者との結婚なんか無理だとは思うけどさぁ・・・。
何だか此処クイニョンでは、小さな子達が鼻血を出している事が多いんだよね。胸を血で汚しているのをよく見かける、だからずっと気にはなっていたんだ・・・。
周囲の人達と仲良くなれて、悲しい病気が減るとしたら・・・こんな良い事は無いと思うのだが。そう簡単にはいかないのだろう・・・狼的には・・・誠に厄介な異世界交流だ。
この日は疲れていたので、早々に引き返してテントの寝袋の中に戻った。モルちゃんも随分疲れていたようで、詩乃の懐から寝袋に移しても目を覚まさなかった。
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また、オハヨウさんの朝が来た。
今日は将来は保育園になると言うスペースにやって来た、30帖くらいの広さかな?此処で地図造りの作業をやっているのだ。パガイさんに持って来て貰った和紙のような肉厚な紙に、まずドラゴンの背中から航空写真の様に<空の魔石>で写し取った鳥観図を薄く展開していく。その上から実際に歩き回って調べてきた、目印になる様な岩とか、危険な縦穴などを書き込んで距離を記していくのだ。詩乃は此方の文字を書けないので、その注意書きのような作業はトクさんがやっている。
今日も早くから来ていたようで、この前マッピングしたテーブル大地(この谷の上の大地とは別な所)の地図はすでに完成しているようだ。この地図で周囲の検分は半数以上が終わった事になる。
流石仕事が早いね、坑道の地図造りの専門家だものね。地中に張り巡らされた3Dの坑道の地図より、普通の2Dの地図の方が簡単のようだ。等高線のような線を薄墨で書き込んで高低差まで記している、よく面相筆の様な細筆で細い線が書けるなぁ・・・本当に感心してしまう。
「トクさん、おはようごぜぃやす。精が出ますね、もうこんなに仕上がっているなんて、驚きまさぁ。」
トクさんは線を一通り書き込んだ後、顔を上げておはようと挨拶してくれた。
初めましての時は完璧な敬語で接してこられたが、年上の獣人に敬語で話しかけられるのも窮屈なので、タメ口に直してもらった経緯があるのだ。フルフェイスで白い麿眉のベビーフェイスだけど・・・46歳なんだって!驚いたよ。奥さんに子供が二人、娘さんは結婚もしていて孫が一人いるそうだ。
『ううぅぅ・・可愛い孫ちゃんと遊びたい・・・。』
そんな不埒な考えはおくびにも出さずに、クールに過ごしている詩乃・・・豆ちゃんに怖がられた事が、何げにトラウマになっている。
『怖くないよ~~優しいよ~~。良い姉さまだよぅ~~。』
詩乃は新しい和紙モドキに、今回調査して来た鳥観図を展開した。
うん、綺麗に写っているね。
この鳥観図は、自分も仕事がしたいと訴えて来るモルちゃんに<空の魔石>を足に握ってもらい、上空を旋回して貰ってマッピングしたものだ。空にも魔獣がいると聞いたので、そんな危ない事は駄目だと言ったのだが・・・何とモルちゃんはタンザナイトさんにおねだりして、予め上空の危険性物を排除しておいて貰って【お仕事】を全うしたのである・・・何たる2度手間・・・。
何かね、タンザナイトさんはモルちゃんに甘い。
ドラゴンは希少魔獣なので同族が少ないせいか、総じて幼い者には甘ちゃんだ。
タンザナイトさん以外のドラゴンさんもモルちゃんにデレデレだし、今も飛行訓練に付き合って貰いながらドラゴン同士の交流を図っているのだろう。いずれ巨大な体になったら、年がら年中詩乃と一緒にいる訳にもいかないのだから、ドラゴン同士の親睦は多いに深めて行ってほしい物だ。
「詩乃さん?何だか不機嫌そうですが、どうしました?」
へ?不機嫌??
「モルちゃんが傍にいなくて、寂しいのではないですか?」
いやいやいや・・・それは無いから、誤解だから。ただね・・・。
「うちのモルちゃんは別嬪さんでしょう?まだまだ小さな、卵の殻が尻に引っ付いているような子供だぇ?それなのに大人のドラゴンがデレデレと、何だかロリコンみたいで気味が悪くて不愉快なのさぁ。」
家の娘に軽々しく手を出すな・・って気持ちかな?
「ロリコンが何か解りかねますが、ドラゴンは前世の記憶を持つといいますから、余り歳の差は考えないのかもしれませんね。」
むう・・・。
「とにかく!嫁に遣るのはまだ早いし!!モルちゃんには、イケメンで性格が良く、甲斐性が有っていっち良い男のドラゴンにしか渡しませんやぃ!」
トクさんは何も言わず、クスクスと笑っていた。
天気が良かろうと悪かろうと、お昼は外で食べる。まだ調理室が出来上がってないからだ。
もう詩乃は調理からは完全に手を引いていて、パガイさんが連れて来た料理人と、料理人希望者の狼族男女がおこなっている。大勢の料理を作るのには、大鍋や大きなフライパンを使うので腕力が必要だ。女衆だけで大丈夫かな?と内心は心配していたのだが(ほら、男子厨房に入らず的なメンドクサイ掟とか有ったりして?)意外な事に、男衆からも調理人希望者が5名ほど出たのだ。これには驚きだったが、希望者を見て納得した・・・あんた達食いしん坊だろう!体形がそう語っているよ!・・な人達だった。味見と称して盛大につまみ食いするので、怒った出向組の料理長が監視のために現在では男女ペアで仕事に付かせている。
この事は、料理人希望者の奥さん達の亭主どもには、頗る評判が悪いらしい。
総じて狼達は嫉妬深くて、干渉的だ・・・愛されているのだわ(キャハッ)とか考える、お花畑のオツムの人もいるだろうが・・・。詩乃には無理、過干渉は不和の元!お互い好き勝手ばかりしている両親の元で育ったから、人のやる事にイチイチ口出しされて、ああだこうだ文句を言って来る亭主とは上手く行く気がしない。
・・・嫁には・・・向いていなそうな詩乃である。
今日のお昼は牛丼(雑穀バージョン)だった。
良いよ美味しいよ雑穀・・・コメの飯は王宮で食べた時が最後なので、もう味も忘れそうだ・・・カレーがもう一度食べたいな。
そんな事を考えていたらパガイさんがやって来た、チベットスナギツネの顔も、もう見飽きたから特に感動は無くなってきてしまったなぁ~。なんでもレアものは、少しだけ見れるのが価値が有る様だ。
パガイさんは特に詩乃には用が無いようで、スル~して銀さん達・首脳部の所へ行ってしまった。
ほぅ?なんか変だね・・尻尾が微妙に膨らんでいるし、耳がピクピク動いて此方を向いている。フゥン?何か詩乃に隠し事でもあるのかな?わざわざスル~して行くのもワザとらしいんだよ。
ポッケの中に入れてある<空の魔石>を握りしめて「盗聴」と呟く、隠し事が出来ると思うなよ、地獄耳の詩乃とはアッシの事でぃ。
「そろそろ雪も降って来るだろうから、温水システムが出来上がる前に暖を取る為にも、敷物や壁掛け布団なんかは、早めに手に入れた方が良いと思うのだ。」
副長の赤毛が話している。
「そう言うだろうと思って、スルトゥに商品はすでに集めてある。此処は石を掘れば棚が出来るので、家具などは多くは集めていないが、欲しければ注文を受け付けよう。会議室のテーブルとイスは食堂と同じグレードでは不味いんだろう?」
なるほど、そろそろ部屋も整って来たからね、雪が降らないうちに買い出しをしたいわけだ。詩乃から遠くに(笑)集まって、コソコソ話し合っている首脳陣を見つめて思う・・・これ、アカン奴だ。
男と言う生き物はだな(父と兄しか見本はいなかったが)・・・自分の趣味(どうでもいい物)の為には恐ろしく時間と金をかけ、熱心にネットなどからでも情報を集め、艱難辛苦の果てにでもお宝を買い求めるが。関心のない物には・・・酷くいい加減な奴らなのである、あの首脳陣たちはまだ年若いし、部屋を自分好みに飾る様な、女心をくすぐる楽しみを理解出来ていないであろうよ。
「良いでやんすねぃ、お買い物ですか?」
突然現れた詩乃に「ワアァ」と言って、黒毛の狼がのけぞる・・・・失礼な奴でやんすねぃ、アッシは幽霊かなんかで?ニコニコ笑っている詩乃に、不穏な空気を感じたのかパガイさんが「余計な口をはさむな」オ~ラを放って来る。御免、無視!
「ねぇパガイさん、此方に品物を運んで売るのと、スルトゥに出向いて品物を買うのとでは・・・選べる商品の数はどの位差が有りやすかねぃ?」
皆に聞こえる様に殊更大きな声で話し出す、ほら、女衆の耳が此方に向いてピクピクしているよ(笑)。
「飛行船に乗せられる品数は少ないからな・・・3倍は違うだろう。」
パガイさんはムスッと答える。
女衆の耳は、此方にロックオンだ。
「しかし冬前は他の仕事も忙しい時期だからな、クイニョンばかりに船を向かわせる訳にはいかないんだ。小麦の収穫を都市部に輸送したり、農村部に日用品や医薬品なども届けなければならないからな。」
流石に総合商社ですなぁ、お忙しい事は結構な事でやんしょう。
「では、クイニョンの人達がスルトゥに出向いて、自分達で品物を選ぶのは如何で?敷物や壁掛け布団なんかを選ぶのは女衆の領分だ、柄も色もそれぞれ好みが違うでやしょう?自分の好みに合った品物に囲まれて暮らせれば、長いクイニョンの冬も少しは楽しく暮らせやしょうやぃ。」
「お買い物をしてみたい人ーーー!!」
詩乃が大きな声を張り上げ手を上げると、何人かの女性がつられて思わずって感じで「ハイ!」と答えて手を上げた。それから、マズって感じで慌てて手を引っ込めた。その数およそ半数以上。
男衆は皆苦い顔で唸っている・・・狼的には、強い男から女に下げ渡し、感謝される感じが大事なんだろうけどさぁ。感謝も何も・・・王国からの見舞金だ、女衆にも権利はあろう?
「それに、若者たちがクイニョンを出て、もうそろそろ3カ月経つんだ。おっかさん達は心配で、息子達の様子の一つも覗いて見たいと願っているんじゃぁないか?彼女さん達も、一目彼氏に会いたいだろう?雪が降ったらそれも望めない、良い機会だと思うんだがどうだろうさぁ。」
「商品をお買い上げ頂くのだ、スルトゥまでの飛行船代は勉強させてもらおう。」
仕方が無いさそうにパガイさんが言葉を吐きだした、いやいや商人だったらモミ手の一つもしてソロバン片手に「毎度おおきに」くらい言って欲しい所だよぃ。
男衆と女衆が睨みあっている・・・またまた詩乃は、面倒事を引き起こした様だ。
お買い物は楽しいですね~( *´艸`)