温泉は大事だぞ?
モルちゃんは生まれたてなので、鱗は低反発クッションみたいに柔らかです。
探検をし終って、3日ぶりに谷に戻った。やっぱり人がいる場所は良いやね、圧倒される自然の中では、人間などはチッポケすぎて心細いったらありゃしない。
谷に戻れば取り敢えずはゆっくり熟睡できるし、しばらくは地図の制作作業でゆっくり座って仕事ができる。・・・と、思っていたのだが、ところがどっこい・・。ミニとはいえドラゴン様が一緒だったのを忘れてた。
狼族は狂喜乱舞し・・・モルちゃんを大歓迎して迎え入れた。
もしもし?主は詩乃なんですけれども?
主をほっておいて、モルちゃんの前に貢ぎ物?の食べ物やら、綺麗な花やらを捧げ持って来る。まぁ、今まで大人のドラゴンにはガン無視されていたからねぃ・・・嬉しんんだろうなぁ。
「詩乃ちゃん・・・。」
困惑したようにモルちゃんは訴えて来るが・・・まぁ、サービスだと思って小首でも傾げてやれば大喜びだろうさぁ、後は任した!頑張ったって。
詩乃は疲れていたので、軽く食事を済ますとテントの中に引きこ籠った・・・お休みなさ~い。ノソノソとテントに入り込んだ詩乃を追って、モルちゃんがテントの中に逃げ込んで来た。
オオオォォォォッゥゥウウ~~~~
嘆き悲しむ狼族の(元長様とか暇な老害共が多いようだ)声が聞こえる・・・詩乃はもう半分夢の中だ。
狼達は天岩戸の如く、モルちゃんが出て来るまで待つ態勢でいた様だが、怒った虎さんに追い出されたようだ。此処はもともと草系の部屋だもんね、悪いけど正直言ってウザイです、困ったもんだねぃ・・・何か仕事でもないかな?名誉職の様な・・・老人向けの仕事がねぃ。
4時間ほど仮眠を取れたようだったが、今度はパガイさんに起こされた・・・工事の進捗状況のデスプレイの継ぎ足やら、他にも相談が有るんだと。
眠いから明日にして下さいよ・・・そう断ったら・・・卑怯にも<チベットスナギツネ>の顔に変身して上目使いで・・・いや単なるジト目だが、おねだりして来た。ムゥ・・・チベットスナギツネには弱いので、渋々付き合ってやる事にした。チョッとモルちゃんが呆れていた・・コホン。
「モルちゃんお留守番しています?嫌?では懐で寝ていて良いですよ。ドウせ仕事の話だからつまらないといけねえやぃ、さあさ、ネンネしねぃ・・・。まだまだ尻に卵の殻が付いているお年頃だ、遠慮はいらねぇよ?」
モルちゃんは詩乃の言い様にチョッと不満を示したが、疲れが溜まっているのか素直に詩乃の懐に潜り込んだ。
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工事はかなり進んだ様で(流石に人海戦術だ)、今やデスプレイの岩は大きなホールの片隅に鎮座しておりました。皆で見られる場所が良いという事でホールに移動したそうだ、こんな重そうな物を移動するとは・・誠にご苦労な事である。パガイさんに案内されつつ、歩き回って<空の魔石>でマッピングした物を、3Dマッピングで岩に書き足していく。大雑把だった通路が整然と整えられていたし、暗かった廊下や部屋も明り取りの窓が多数付けられていて、雰囲気が大変に良くなって(ダンジョンから、ヨーロッパの古城ぐらいにレベルUPだ)いた。
狼族は起きている間は常に群れていたい(中学生か)らしいので、共用スペースが広く取って有り、その分個人の部屋は狭かった。そりゃぁもう狭い・・・どのくらい狭いかと言うと、江戸時代の貧乏長屋ほどに狭いので(家族向けは3部屋だが、独身者は土間付きの1部屋だ。なお新婚さんは2部屋らしい。)そちらの工事はホボホボ済んでいる。何たって穴を掘るだけだし、床は流石に平らだが、壁は荒削りの凸凹だ・・・不満が有る者は、後日部屋の主になった時に自力でツルツルに整えるそうだ。頑張れ!
共用スペースのホールは、いずれ長様&重鎮たちの会議や、族の集会(脳筋だしな)、冠婚葬祭の儀式とか成人の通過儀礼(成人式の荒っぽいモノか?)とかにも使うそうだ。市民ホールみたいなものかね?娯楽に使う事は無いのかな?
「何なら天井をもっと高くして、音が響く様に音響効果を考えてはどうだろうかねぃ?狼族は儀式の際に、歌とか歌わないのかぃ?」
そう質問したらパガイさんは非常に嫌な顔をしていたが、若い狼達(クイニョンに行かなかった居残り組)は瞬足で食いついて来た。何でも恋人募集の<恋歌>は狼族の必修科目らしく、満月の晩に皆で(独身の若い衆)が集まって歌比べをするらしいのだ。恋人Getが掛かっているから、それなりに皆必死で頑張るらしい。なんだか可愛らしいよね、歌詞とか付いているのかなぁ?
「でしたら、月が見えないとイケやせんねぃ、かといって天井に大穴開けるのも・・・。」
喧々諤々話し合いが始まった、月が中天に達した頃、ピンスポットに月の光が落ちてきたら素敵だね。そう提案したら、益々パガイさんの眉間に皺が寄った(獣面だから鼻に皺か?)。しかし若い者は有頂天である。「是非やらしてください、設計の(クイニョンの出向組)親方、俺達寝ないで頑張りますから」何~て言っている。そんなに歌が大事か?遠吠えか?楽器は要らないのか?アカペラか・・・?
現場を設計の親方と若者に任せて、パガイさんと次の現場に向かう。
「余計な事を言い腐って・・・あの設計者は凝り性だからな、やらなきゃならない事はまだ山ほど有ると言うのに、これで工事がまた遅れるぞ。」
「内部の装飾なんかは後でユックリやれば良いでしょう?こんな山の中で楽しみの一つも無けりゃぁ可哀想でやすよ?可愛いもんじゃないですか?」
パガイさん曰く、狼族の歌はそんなに生易しいものでは無く、ヒートアップすると流血沙汰になるそうだ。そうして・・・いくら仕事が出来きる男前でも、音痴の青年は泣きを見る事になるらしい。理性より情緒がものを言う・・・およそ異世界人には理解できないイベントの様だ。
「もしかして・・・パガイさんは音痴かなんかで?」
不機嫌を前面に押し出したパガイさんは、俺は人間を娶るから良いんだ・・・と、負け惜しみを言っていた。あんた、ノアさんに振られていましたがな・・・。しかし詩乃はエア・リーディングが出来る日本人なので、あえて突っ込むような真似はしなかった。大人の対応って奴だ。エヘン!
パガイさんに案内された所は、将来は大食堂になるそうで、かなり広く明るかった。南側に窓が二重ガラスで付いていて、滝の内側に位置しているのか?間近かに滝の流れる景観が見えて素晴らしい。<絶景食堂>詩乃は密かに名前を付けた・・・。北側に調理場が作られ、いっち外側には暖房用の温水を流さず、天然の冷蔵庫として使うそうだ。
借りのテーブルに新長様&新重鎮が集まって話し合いをしていた、新しい共有スペースについての相談だそうだ。詩乃に話を聞きたいそうだが・・・何だろう?
新長様の銀さんが、まず地図造りの頑張りを感謝してくれた、トクさんから報告が入っているらしい。地味に嬉しい・・銀さんは何気に気配りさんだね。
その銀さんが困った様に聞いて来た。
「この温泉とはなんだろうか?岩盤浴とは・・・それに、この露天風呂とはどんなものなのだ???」
お風呂の大きい物を温泉と言うのだと、ざっくりと説明したが・・・なんと!鉱山には風呂が無かったそうだ。何たる事だ許すまじ!!鉱山では体が汚れたら湯を沸かし、盥に満たして体を拭いて綺麗にしていたらしい。
「此処には無尽蔵のタダのお湯が沸いていヤス、盥なんてちっさな物に湯を満たすのではなくて、でっかい・・・そう!この部屋の半分ほどの湯船を造ったって、何の問題もありやせんぜぃ。こう、湯の中に体全体ドブンと浸かって(風呂に浸かる真似をする)・・ふぃ~~~極楽極楽(顔を擦って、腕を広げて寛ぐ仕草、気持ち良さげに首を振る・・・親父スタイルだ。)~~~。って皆に感じて欲しいのさぁ。」
どうにもピンと来ないらしくて、銀さん初め重鎮達には困惑した様な顔で見つめられる。
大変だ、獣人たちは温泉の素晴らしさが解らないらしい・・・これは、是非啓蒙活動をしなくては!
「温泉には色々な薬効がありましてね、打ち身や捻挫・冷え性とか肩こり・腰痛・・・筋肉痛などを癒したり・・・長年鉱山で酷使して来た体を労わるのには最適な施設だぃ。・・・そう!お肌がツルツルになりんす。女衆が綺麗になりやすぜぃ!!毛並みもツヤツヤ、冷え性緩和で生理痛も軽くなってヒステリーも減りましょう!」
・・・そうか・・・?銀さんがポツリと呟いた。
「岩盤浴ってぃのはねぃ、岩を温めてその上に寝転がって寛ぐ施設だ。汗がいっち出て体の新陳代謝・・・ええぇぇ~~~と、体の若返りの効果がありやす。お湯につかるんじゃないから、のぼせる事も無いので長い時間寛ぐ事が出来ますのや、神経痛なんかには効果抜群!!」
何だって疑わしい顔で見るかなぁ~本当だって!リハビリにはいっち良いんだから!!
「それで・・露天風呂って言うのは?」
よくぞ聞いてくれました!詩乃は膝をポンっと打つと説明し始めた。
「外に造る温泉の事デサァ、外だと気温が低いので顔は涼しいでやんしょ?ユックリ長く、景色を楽しみながら入る風呂さぁ。此処だと遠くの山々を眺めながらとか、滝を眺めながらとか・・・色々考えられて楽しいでヤスねぃ。」
・・・・沈黙が流れた・・・・。
パガイさんはハァ~と、これ見よがしにため息を吐いた・・・感じ悪ぃ。
「そこまで贅沢な施設は、我々には必要ないと思うのだが・・・。」
沈黙の後にお前が入りたいだけだろ!って声が聞こえる様だ・・その通りです。
「アッシの世界には湯治って行為が有りやしてね・・・一年の出荷が済んで農作業が終いになった後、仕事の疲れを癒しに1~2週間ほど温泉に出かけて行って、ゆっくりと体を休める習慣が有るのさぁ。食料は自分達で持って行っても良いし、湯治場の食堂で食べても良い・・・。部屋や布団は湯治場で貸し出してくれるんだ。岩盤浴の石の上に座って手作業をしたり、お喋りをしたり・・・。厳しい生活の中で、唯一ゆっくり出来る時間なんだろうさぁ。・・・・スルトゥからクイニョンの間には、ザンボアンガ出身者の農村が6っほどあるからね、彼らにも温泉を出来れば楽しんでほしいんだ。・・・代金は村で採れた農作物でも良いし、手仕事の何かでもいいと思う。クイニョンはどうしても農作物の生産量は少なくなるだろうから、農作物と交換するなら良い稼ぎになると思うし・・・。」
「クイニョンに他の者を入れるのか?入れるとしたって、彼らが此処まで来るとは思えない。」
副長なのかな?赤毛の狼さんがそう言った。
「他の者ったって、今現在も入りまくって仕事をしてるしぃ~今更じゃぁないかぃ?彼らが帰る前に温泉にぶち込んだら、温泉に感激して味を占めるから、またやって来たがるに違いないよ。」
押し黙って難しい顔をしている狼達、フルフェイスが多いから鼻に皺が寄って前歯むき出しで恐い顔だ。背中の毛もおっ立っているようだ。
「それから、これは異世界の知識だけれど・・・。近場同士で結婚を繰り返していると、どうしても血が濃くなって・・・劣性遺伝子・・・体の弱い子が生まれやすくなると言われているんだ。心当たりは無いかぇ?どこか遠くの狼族と交流が持てて、新しい血を入れれば良いと思うが・・・それが無理ならザンボアンガ出身者との縁も大事にした方が良いと思う。」
詩乃の話に、狼達は息を飲み固まってしまった。
温泉は大事!!温泉に行きたい!!
近場に立ちより湯が有るのですが、知り合いに会うと恥ずかしいのでなかなか行けない((+_+))