詩乃と卵ちゃん
卵は半熟派ですか?固焼き派ですか?
卵ちゃんの事を先延ばしにしてはいけないと・・心の中では思ってはいるのだが、忙しいパガイさんは毎日谷に来る訳でも無く、やって来た時には詩乃が不在な時もあって・・・どうすればいいのか判らないまま時が過ぎてしまっていた。他のドラゴンに聞こうと思っても、怒るそぶりはしないのだが・・・何となく気まずい雰囲気になって・・・何が悪いのか解らなくって、ひたすら困惑するばかりだ。
毎日一緒にいる(懐に抱えている)せいか、何とは無しに卵ちゃんの考えている事が感じられてくるようになった。それは不思議な感覚で・・・感情に色が付いているとしたら、多分卵ちゃんと詩乃は同じ色を見ている・・・そんな感じがするのだ。共感覚というのかな?文字や言葉に色や匂い、音が付いて感じる人がいるそうだけど、そんな感じで卵ちゃんと詩乃は世界を共有して感じている様なのだ。
卵ちゃんの世界は・・少しばかり寂し気で、寒色系の色が多く・・・何か悲しいのだ。色々と悲しいのだ。一人であの岩場の穴に居た事も、お母さんを亡くして長い間一人ぼっちでいた事も。そうしてやっぱり怖いのだ・・・この世界が、一人だけ異質な自分が、相手に受け入れて貰えるだろうかと・・・不安感がとてつもなく強い。
詩乃は卵ちゃんの事が可愛いし、幸せになって欲しいと思う・・・受け入れているつもりでいるのだが、どうにも受け入れ態勢が不十分らしく、卵ちゃんは沈黙を守り詩乃に気持ちを話をしてくれない。不安が有るうちは卵から孵る事は無さそうだ。
卵ちゃんの感じている世界が光に溢れ、暖色が多くなり・・・暖かく安らげる感じに成ればいいのだが、力不足を感じて、焦り悲しくなってしまう。そんな詩乃を、卵ちゃんもまた悲しむのだ。あぁ、悪循環。
ご近所探検隊の範囲は広がり、今は遠くに進んだ為に一泊するくらいになっていた。
詩乃とムースさんは山ギヤに跨り、虎さんとトクさんは草ギャースに乗っている。西部劇みたいでカッコ良いね、さすがに騎乗動物、距離を稼ぎサクサク森をかき分けて探検を進めてくれている。初めの頃はお尻が痛かったが<空の魔石>を使って、エアクッション・・・と呟いたら良い具合になった、お尻は大事だ・・TVで有名なあの薬は此処には無いのだから。
今はあの遠くに見えていた、3000メートル級の山の麓まで来ている。夜はかなり冷え込むので、毛布を幾重にも巻いて卵ちゃんを保温している。魔獣避けの魔術具を使っているから、襲われる心配は無いが、夜の森は暗く不気味な事には変わりはない。焚火で暖を取る、火を見ているだけで落ち着くのは・・・火を扱うのが、人間(獣人を含む)だけだからだろうか。
「夜の海も不気味だったなぁ・・・。」
ぽつりと言葉が漏れ出た・・・言葉に(音に)深いグレーの色が付いている。
「海か、見た事は無いがそんなに広いのか?」
ムースさんが気を使って話しかけて来てくれた、有難う・・沈黙は嫌だ・・怖いし、悲しいし・・痛い。
「前に住んでいたトデリの街は、海に面していて魚を採る漁師さんや・・・・」
つまらない話を延々とする、自分でも何を話したいのか解らない・・・ダラダラと取り止めの無い事を話している自覚はあるのだが・・・。思えばトデリでは、異世界人と言う事を隠していたから、故郷の話をしたことは無かったし、王宮ではそもそも詩乃に興味のある人など居なかったから話す機会も無かったのだ。
「お前のいた世界はどんな所なんだ?」
虎さんが聞いて来た・・・私の世界・・・。
胸の中に狂おしい思いが溢れて来る、詩乃の小さな小さな世界・・・学校と・家と・家族達と・・・友達やパワーストーンの店主さん・・・買い物に行っていたスーパー。習い事の先生たち・・・後は、TVの中で見て来た綺麗に整えられた情報・・・アニメや本・映画やゲーム。思いが涙になって目から零れ落ちた。
・・・涙は暖かいお日様色をして輝いていたが。
「帰りたいか?お前の世界に。」
『虎さんは容赦ないね、それは・・・それは帰りたいに決まっている・・・詩乃をただの詩乃として、聖女様のオマケでなくても、大事に思ってくれる家族のいるあの世界に。』
「あのボコール商会の男は、お前は自分の世界に二度と戻れないと言っていた。此方に引き寄せるのと、元に戻すのとは難しさが大きく違うと言ってな。魔力不足の現在、お前を返す為に人間達が、魔力を使う事はあり得ないと聞いている。」
『知っているよそんな事は、銀ロンにも王太子にも言われているもの。』
「お前は・・体はこの世界に有っても、心は常に元の世界に有るのだろう?だから何物にも頓着せず、どこか他人事で・・・執着することも無い。ただのお人好しの、親切者でいればいいのだろう・・・いずれ帰る身ならばな。だが・・お前が帰って行ったら、その卵はどうなる?ドラゴンは絆を結んだ相手とは、生涯共に過ごすと聞いているが、その事は知っているのか?この世界に生きる気が無いのなら、早く誰か他の者に譲ってやれ、ドラゴン飛行学校だったか?其処に預けるのも手ではないのか・・。その方がその卵には親切と言うものだ。」
ガンっと頭を殴られた様な衝撃を受けた、ビックリして虎さんの顔を凝視する。
詩乃の気持ちを慮って、卵ちゃんは生まれる事を躊躇っていたのか?思わず懐を覗き込むと、体を縮こませる様に震えながら詩乃の腹にしがみ付く様に張り付いていた。卵ちゃんを見つめると・・・仄暗い絶望の色が見える・・・この色は、よく王宮の詩乃の部屋で感じていたはずの色だ。
卵ちゃんと詩乃は、本当に一緒なんだね。
詩乃は・・・この世界に生きる覚悟をまだ持っていなかった様だ、たとえ帰れなくても・・・この世界を拒否し、陳腐な劇に参加している村人Aの気持ちで、何処か冷めた目でこの世界を眺めていた。
だからドップリと、ややっこしい人間関係が出来る前に逃げ出していたのだ・・・トデリを去るのは辛かったが、オイの気持ちを受け入れる事に面倒臭さを感じていて・・どこか、ホッとしていた自分がいたのも確かだった。
聖女様は初めから王太子妃殿下になることを望まれていたし、権力を手に入れる事で成し遂げたい案件も有ったのだろう・・・。だから覚悟を決めて王太子を受け入れ、地位を確保し子供も産み母親にもなった。王宮の中で大事に抱え込まれていた事も大きいだろう、居場所が有って仕事が有って・・・必要とされていたのだから。
でも詩乃は、何も望まれず誰からもほって置かれたから・・・自分で居場所と存在理由を探さねばならなかった。どこにいても、何処か浮いていて周囲に馴染め無かったのは・・・異世界人と言うだけでは無く、詩乃の心の問題だったのか?
・・・・意外にも、複雑で繊細な気持ちを持っていた・・自分自身に驚いた。
「私ってば、凄い繊細な・・・。」
「谷に降りて、あの冬虫夏草を高値で売ってきた女が繊細だと?お前が繊細なら、俺は可愛い子猫チャンだ。」
ブッ!!
虎さんが冗談を言った~~~初めて聞いた!!キャイキャイ騒ぐ詩乃に、五月蠅そうに顔をしかめる虎さん。他の2人もなんだかホッとした顔をしている・・・。
何だかなぁ、もういい大人のつもりなのに、周りに心配ばかりかけてダメダメだなぁ。詩乃は久しぶりに、閊えが取れた様に晴れ晴れと笑った。
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次の朝、まだみんなが眠っているうちに起き出した詩乃は、朝日の当たる崖の大きな岩の上で、懐の卵ちゃんに話しかけた。
「ねぇ、卵ちゃん・・・私はまだまだダメダメな、中途半端な人間なんだけど。もしよかったら、一緒に生きてみませんか?辛い時には二人で泣いて、嬉しい時には笑い合って・・・二人ボッチの私達だけど、悲しい世界より、楽しい世界に生きたいと思うんだ?・・・どうだろうか?」
「詩乃ちゃんは、お家に帰れなくなるよ・・・それでもいいの?」
「帰れないし・・・帰らない。此処で笑って・働いて・・・生きて行くさぁ。いつか卵ちゃんの魂の半身が見つかったら・・・お姑さんみたいに、チョッとばっかり嫌味を言ったりしてなぁ・・・そんな風に暮らして生けたら万々歳だぇ~。」
「詩乃ちゃんの魂の半身は?」
「う~~~ぅん、詩乃ちゃんモテないしねぃ。」
「そんな事ないよ、詩乃ちゃん結構モテてるよ?鈍いんだから・・・困っちゃうねぇ詩乃ちゃんは。」
鈍くて困った子の詩乃ちゃんには、卵ちゃんが付いていてあげないと心配だね?
「詩乃ちゃん。おかしゃぁんが付けてくれた名前は、ララィウ・・・ドラゴンの言葉で<癒しの光>って言う意味なんだよ。」
詩乃はララィウちゃんを懐から取り出すと、コホンっと咳ばらいをすると恭しく呼びかけた。
「癒しの光のドラゴンの子よ、この彷徨える異世界人の光となって、共に歩いては頂けませんか?」
「喜んで、人の子よ・・・穢れ無き不屈の精神と・ガンコさと・お人好しの魂よ。貴方の魂の自由さと、輝きを受け入れ愛し、共に歩むことを誓いましょう。」
カッ・・・と眩い光が溢れたと思ったら・・・ちびドラゴンが誕生していた。
途端に辺りに明るい色が洪水の様に溢れ、流れだし・・・心地よい音が響き渡った。
ビックリしたぁ・・・・。
不思議な事に、今まで見ていた世界が・・・古いブラウン管テレビの映像の様だったのなら、今見ている世界は4Kテレビの映像の様に・・・鮮やかで美しかった。一皮むけたみたいだねぃ・・・不思議な感覚に戸惑っていたが、ララィウちゃんの可愛いお腹がグゥ~~っとなった。こいつはいけねぃ!何を食べやすか?お食い初めだぁ・・・お祝いしないといけないねぇ?
「詩乃ちゃん、ドラゴンの真名は、絆が出来た者にしか教えてはいけないの。ララィウに二つ名を付けてくれませんか?」
二つ名ねぇ・・・ララィウちゃんは可愛いピンク色だから<モルガナイト>略してモルちゃんが良いだろう。モルガナイトは心の傷を、拘りの無い愛で優しく包み込み、癒してくれる・・・愛の絆を強めてくれる石だから。詩乃がそう言うと、モルちゃんは嬉しそうに光り輝いた。
モルちゃんを肩に乗せて戻って来た詩乃に、3人はおめでとうと言って出迎えてくれた。
「今日はモルちゃんの誕生日であり、この世界に新しく生まれたアッシの誕生日でもありんす。」
「生まれたての詩乃ちゃんを、よろしくお願いしますね。」
「ホヘェ?それはアッシのセリフでありんすよ?」
詩乃の言葉に、皆は愉快そうに笑った。
卵焼きは半熟の、醤油かけ派です。
卵の安売りの時には、煮玉子を作る派です・・・半熟に作るのが難しい。