冬虫夏草~2
少しグロい場面があります。
詩乃達が滝の下から無事に戻って来ると、いつもの草系の詩乃達の部屋には、大勢の狼が詰めかけてギュウギュウ詰めの状態であった。長様はじめ重鎮方や、奥様連中も皆揃って詩乃の事を案じて待っていてくれたらしい。お気持ちは嬉しいが、急にどうした?虎さんは何処だ?卵ちゃんは無事か?
狼的には冬虫夏草がいくらで売れたか・・の銭の勘定よりも、その話に聞く所の、気持ち悪い生き物の方が気になる様だった。居住区の方までやって来るのか、自分たちは安全なのかと質問して来る。
長様はそれで?商売はどうなったか!!と、急に思い出した様に詰め寄って来た。そんなに心配なら、自分で話を付けろよぃ。
詩乃は皆を静かに見渡すと、これから冬虫夏草の説明をするから、小さな子供・妊婦さん・気の弱い者は退席するようにと告げた。ギョッとする狼衆・・・何が始まるのか、キョドッてる。卵ちゃんには刺激が強いので虎さんに退室して待っているように合図をする。刺激・・・?強いよ~~~。
暗くギュウ詰めの室内の中、詩乃は<空の魔石>を取り出すと、一言<映写>と呟き壁に映像を映し出した。そう、冬虫夏草(鹿兎バージョン)を撮影してきたのだ。百聞は一見に如かずと言うでは無いか・・・どうお思いで?足元に斯様な生き物が生息しているのですのよ?
狼達は長い間、鉱山で魔石だけ掘って暮らしていた為か、はたまた狩りなど久しくしていなかったせいなのか、この手の刺激にはすこぶる弱かった。グロ注意!倒れてしまった若い者もいる、みんな青冷めてマーライオンしそうだ・・・此処は詩乃達の部屋なのでご遠慮願いたい。
詩乃も見た時にはかなりショックを受けたが、一時期ホラー映画に凝っていたので、初体験という訳では無い・・・多少の耐性は持っていた。獲物も解体するしね。
「此処は空気が悪い、外で話しましょうか。」
取り敢えず部屋の衛生の為に、皆を外に連れ出した。
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谷の広場、竈前の場所とも言うが、其処で詩乃は再び説明を始めた。
「結論から言うと、あの冬虫夏草は高値で売れやした。けれども、運ぶのが難儀な品もありやす。さっき見た鹿兎のブツは、完全には胞子が回っていないので、今は動かせないのでやす。人間がやって来て7日間ほど滞在しながら、運ぶ方法を考えて持って行きやす。何しろね、あの気持ち悪いモノの正体は茸なんでさ。茸は胞子と言って、目に見えないぐらいの小さな粒を飛ばして、獲物にくっ付き増えていくのさぁ。知らない内にその胞子を吸い込むと・・・。」
・・・吸い込むと・・・・狼達が、ごくりと喉を鳴らす・・・。
「ですからねぃ、そう言う事のない様に結界を張る必要が有る。魔力の有る人間しか出来ない芸当だ、長様クイニョンに7日間ほど人間の調査員を入れる許可を頂きたい。人間が無事にブツを運びだせば、9000万ガル手に入る・・・どうでい?承知してくれるかねぃ?」
運び出したその後はどうなるんだ?不安そうに聞いて来る、若いお父さん狼さん。そりゃぁ気になるだろう、大事な子供ももいるんだし。
「全部運び出して、何も無くなったら火を放ち、アッシが残った胞子を焼き殺しまさぁ。その後で結界を張れば終いだぁ。」
9000万ガルか、凄い大金だ・・・狼達は浮かれ騒いでいるが、はっきり言ってこんなド田舎で現金を持っていてもクソの役にも立ちゃぁしねぃのさ。
「話はまだ終いでは無いんだ、パガイさんの方にも冬虫夏草を売ったから、儲けはまだあるんだ。」
ドオオオオォォォォ~~~狼達が気色満面に、どよめいた。
「但し、パガイさんには、労働力で支払ってもらう事にしたんだ・・・独断で決めてすまねぇ。ダンジョンハウスの工事を進めるのが目的なんでぃ、明り取りに窓を作りたいが、窓にはガラスも必要だし・・・この辺は寒さが厳しい様だから、出来れば窓は2重にしたい。そういった工事をパガイさんに外注したいと思う、どうだろうか?あと2月で寒さが訪れて、3月後には雪が降るそうだ・・・時間が無いんだ。自分達ですべてやるのは無理ゲーだと思う、金を払って注文するんだ・・・此方が施主だ。誇りに思っていいのではないかな?」
狼達は揃って長様の方を窺った、工事は大変きつい仕事だ・・・家を造るんだから楽しい仕事でもあるが。猫の手でも借りたいのは本心である・・・実際に工事を行なっている若い世代が、一番工期の遅れを実感しているのだろう、このままでは不味い事は解っているはずだ。長はじめ重鎮の爺様共は動きもしないのに、口ばかり挟んでくるからな・・・不満は若い者中心に、静かに広がっていた様だ。中には大いに賛成なのか、尻尾をブンブン振っている者もいる。
「外部の物が、此処の者を惑わす事が無いとは言い切れまい・・。」
「その事については俺から話そう。」
パガイさん・・・ブッ・・いつの間にかチベットスナギツネに変身していた。
詩乃は一歩下がり、蔭で笑いを押さえるのに苦労した・・スナギツネ・・・。
「クイニョンに連れて来る工人・職人は、ザンボアンガ出身の獣人を中心に集めて来よう。ただどうしても難しい工事の場合には、腕利きの人間が入るかもしれないが、良い住居を作る為だそれは受け入れて欲しい。移動は飛行船を使うし、工事中の住居は開いている場所を貸してもらいたい。自分たちの食事は、此方で用意する。それでどうだろうか?」
睨みあう長様とパガイさん・・・狼族の話し合いにはすべからくメンチが付きまとうのか?面倒な事である。ところがそんな二人の間に入り込み、長様の前に膝を折った男がいた・・・若頭・・・誰かが呟く。
若頭?893の組織か?武闘派の生き物だしな、組織図とか有りそうだ。詩乃は893映画は見た事が無いので詳しくは無いが、姉さんとかいるのかな?舐めちゃいかんぜよ?
「親父・・いや、長様・・・この采配、この俺に任してやってはくれないか?一族の存亡に係る大仕事だ、やってみたいんだ。この通りだ、お願いしたい。」
ムゥ・・・居住地も仕事も変わっているからね、世代交代の時期なのかもしれないなぁ。長様、言っちゃぁ悪いが決断は遅いし、解らない事は丸投げして来るし・・・もう隠居でもした方が良いと思うよ?温泉も出来る事だし、ゆっくり長年の疲れを癒したらいい。
狼族の跡目争いは興味が無いので、虎さんに近づき<卵ちゃん>のご機嫌を伺う、どうだぇ寒くは無いかぇ。卵ちゃんは今はクウクウ眠っている様で返事は無い、虎さんのヘアリィースキンが温かい様で安心して眠っている。ムースさんはあんな酷い物を見て来た詩乃を心配して、休むように声を掛けて来てくれた、そういえば少し疲れたね・・・値段の交渉も有ったから、気が張っていたのかもしれない。
座っている虎さんに、寄っ掛かるように体を預けた。モフモフが温かい・・・ムースさんがモモウ柄のコートを掛けてくれた。詩乃は地下でパガイさんに言われた、咎人の話を2人にする・・・きっと鹿兎は楽しい夢を見ている・・と・・お・もう・・。グ~~~~~ッ。
☆☆☆☆
一瞬で寝たな・・・虎さんが呆れて言った。
詩乃が転がり落ちないように、腕を広げて安定した姿勢にしてやる。
「あのように酷い物が有る所に降りて行ったのだ、心が疲れたのだろう・・・。」
ムースさんは例の映像を見ていたので、人間とは欲深く・・・根性が有るものだと、呆れ半ば感心していた。詩乃の顔には涙の痕がクッキリと残り、泣いたことがバレバレだったが、狼相手に一歩も怯む事なく、冷静に今の状況を分析し判断を下して説得していた。こんな小さな女が・・・やはり人間は底知れなくて恐ろしい。その一方で、自分とは何の係わり合いの無い狼族の為に、地下へと下って行く・・・その勇気と義侠心には驚かされる。草系の自分達には考えられない行為だ、ムースさんは詩乃を改めて見直した思いだ。
「不思議な人間だな。」
「いや、こんな人間には合った事は無い。不思議な異世界人と言うべきだろう。」
どうやら・・・不思議な者には、変り無いらしい。
☆☆☆☆
暫くの間眠っていたのだろうか、気が付くと何だか周囲の活気が違っていた。
どうしたんだろう?不思議に思って眺めていた詩乃に、虎さんが教えてくれた。
長が代替わりしたのだと、さっき旧長様に直訴していた若者(長様の息子らしいが)が、次代の長様になったらしい。周りの重鎮達も一斉に引退で、随分と指導部が若返った様だ。
今はパガイさんと(スナギツネバージョン)熱心に話し込んでいる、新長様は側近を何人かパガイさんに付けてスルトゥに派遣し、値段の交渉や素材選び等をある程度済ませるらしい。調理場などはスルトゥの食堂などを見て参考にするのだそうだ、かなりこれで時短になるだろう、考えたね~~。多分かなり以前から、心の中では色々とプランを練っていたのだろう、実力が発揮できる時がやって来ただけだ。
「新長様、家には女性の拘りが強いでヤスからねぃ。奥さん方の意見も居れてやって下せえよぃ。」
そう声をかけたら、
「解っている、女は怖いからな。」
そう言って爽やかに笑った・・・銀色に輝くフルフェイス・・・あぁ、良い。
工事は急ピッチで進みそうだ、パガイさんも乗り気だし・・もう大丈夫だろう。
詩乃の役割はもう終わりかな?
そう思いながら、また眠りについた・・・モフモフ暖かい・・・ヘブン。
詩乃は丸投げ出来たら、サッサと手を引くタイプ(^_-)-☆
お家造り楽しいですね~~何ということでしょう~~