冬虫夏草~1
グロ注意・・・(+_+)
昨夜、月が中天に差し掛かっている頃に連絡したにも関わらず、6男は朝日が昇り切る前にドラゴンに乗って現れた。
随分と早いね・・・朝ごはんの支度中だぞ?食べるかね、今朝はご存知スイトンだぁ。6男は詩乃のお誘いにも心あらずの状態で、例の物は何処に有るんだと聞いて来る。そんなに気になるのか?冬虫夏草・・・これは高値で売り抜けねばと心を引き締める。
高値で売れそうだと言う事は、昨晩の内に虎さんとムースさんには伝えておいたが、まだ肝心の長様達には伝えていない。朝ご飯の時で良いかな?なんて思っていたのだ、これでは作戦会議も出来ないではないか。
「パガイさんが来てから、話はしまさぁ。」
そう言うと、6男は顔をしかめた・・・パガイさんに伝えていないな?
さっさと連絡して下せぇよ、じゃなきゃこの話は無しだ・・ジロッと6男を睨み付ける。
6男をほっといて、詩乃はスモーキークオーツちゃんに近づいて行った。
懐に卵ちゃんINの状態である、卵ちゃんを連れて来たのは良いが、どうお世話をしたらいいのか解らないのだ。ここは同族のドラゴンさんに聞いた方が手っ取り早いだろう、オハヨウの挨拶をしながら懐を開けて卵ちゃんをお披露目する。
「谷の上に大地が温かい場所が有るんでやすが、そこの穴に隠されて一人でおりました。お母様はもう、儚くなっておりやして・・・どうお世話したらよいものか、解りかねておりますんでさぁ。」
スモーキーちゃんが顔を近づけて匂いをフンッと嗅ぐと、卵ちゃんは恥ずかしそうにフルフルと震えた。
「同族を見るのは始めてでやしょう、恥ずかしいのかぇ?このドラゴンさんは優しい質だから、大丈夫だよ。さぁ、挨拶してごらん?」
「卵ちゃんです、名前はまだ無いの。詩乃ちゃんが付けてくれないから・・・。」
何やらモキュモキュとドラゴン同士で話あっている、会話の内容は詩乃には解らない。
「凄い物を拾って来たね、卵の声が聞こえたのかい?」
6男が間に入って来た、パガイさんと連絡がついたようだ。
「だいぶ長い間眠っていた子の様だね、今すぐ生まれても不思議じゃない感じだ。名前を考えたかい?ドラゴンは生まれてすぐに親に名前を貰って、初めてドラゴンの一族となるんだ。」
それは困った、お母さんはもういないし・・・こういう場合はどうすればいいのかな?
「卵ちゃん、お母さんは名前を残して行きませんでしたかぃ、何か覚えちゃいませんかね?」
・・・沈黙している、何か思い出そうとしているのか、小刻みに震えている。ちょっとくすぐったい。
ドラゴンが来たと誰かが長様に伝えたのだろう、慌てて長様がやって来てスモーキーちゃんの前に額ずいた。知らんぷりしているスモーキーちゃん、相変わらず温度差が酷い様だ、ちょっと可哀そうになって来るな・・・狼さん達。
長様達がドラゴンに挨拶を済ませた様なので、彼らが此処に来た訳を話す・・・地下の冬虫夏草の事だ。高値で売れそうなので、売っても良いかと確認をする。長様達は生きている(半死半生だが)魔獣に寄生する、そんな気持ちの悪い生き物が、自分たちの住処の下に居るのを知って怖じ気付いた。
虎さんの反応と同じだね、寄生されるって気持ちの良い物じゃ無い。その昔小学生の頃、寄生蜂の事を知って、卵を産み付けられる芋虫にいたく同情した事を思い出す。恐怖と言ってもいいだろう、生きながら食べられて行くなんて・・・考えるだけでサブイボものだ。
長様は詩乃に一任すると言ったので、またしても6男と一騎打ちしなくてはならない・・・相場を知らないからな、不利だよねぇ・・・ネットでも有ったらすぐに検索するのに。
・・・・検索ねぇ・・・・
試しに<空の魔石>を6男の後頭部にそっと押し当てて(背が低いから、背伸びしたら如何にか届いたのだ。)冬虫夏草の値段・・・検索・・・って言ってみた。
そうしたら6男の口から【上級の物で7000万ガル~下級の物でも1000万ガルはくだらない。】と言葉が出て来た・・・7000万ガル?!なんだってー!
6男は慌てて口をふさいだが、漏れた情報は戻せない。
「ノンさん、今のはどう言う事だ?人の頭の中を覗いたのかい?情報量を請求するよ。」
いやいやいや、狼さん達の大事な資産でヤスからねい。相場くらい知らないとヘタを打ったら大変デァ。いやはや、大変なお宝が眠っていたものだ。鹿兎を探しに、あの急な壁を降りて行った虎さんのお手柄だ。
「ノンさん7000万ガルってのは、売値だからね間違えないように。仕入れ値はそんなには高くはないんだ、本当だよ?」
6男が言い訳がましく訴えて来る、ホンマかいな?
怪しんだ詩乃がスモーキーちゃんを見つめると、ハアァとため息を吐いてそっぽを向いた。どうやら6男がスモーキーちゃんに愛想をつかされる日も遠くない様だ。
「騙されるなよ、7000万ガルは仕入れ値だ、売値は天井知らずだと言っても良い。冬虫夏草は魔獣の魔力を吸収し圧縮するからな、魔力不足の貴族達とっては喉から手が出るほど欲しい薬に化ける物だ。顧客はランケシ王国以外にも大勢いるぞ、それこそザンボアンガ出身者の腕の見せ所だ。」
いつの間にか、鼻息荒くパガイさんがやって来ていた。
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物を売るには、先ずは現物を見せなければなるまい。詩乃は商人2人を案内して草系の部屋へと連れて来た。あまりに酷い部屋を見て、2人愕然としたようだ・・・慣れればどうって事ないがな?暗い部屋の中、詩乃のテントが異様に目立っている様だ。
「聖女の御使いの待遇にしては酷過ぎる・・・ノンさんが今すぐ此処を出て行っても、誰も非難はしないと思うよ。」
6男はそう言うが、狼族の部屋にしたって五十歩百歩で、そう変わりはないのだ。それほど冷遇されているとは感じない、食事を通して良い感じに馴染んで来た所だ。
「この状態で冬を迎えたら、どんな事になりヤスかねぃ?アッシはさっさと工事を進めて、此処を安心して皆が住める場所にしたいんでさぁ。」
冬虫夏草を見る為には、そそり立つ滝の壁を下って行かなければならない。2人は強い魔力があるので、自力で浮かんで下って行けるだろう・・・さて詩乃はどうするか?
「詩乃ちゃん・・・卵ちゃん、下まで詩乃チャンを運ぶよ?」
まぁ、可愛い・・・そんな事を言ってくれるなんて。
「有難いけれど、それはなんねぃ。お宝は動物に寄生するおっかない茸でさぁ。卵ちゃんをそんな危険な目には合わせられないよ、此処で大人しく詩乃ちゃんが帰って来るまで待っておいでえなぁ。」
虎さん、卵ちゃんを頼みやす、毛皮だからねぃモフモフしていて暖かくて良いやん。虎さんは複雑そうな顔をして、卵ちゃんを預かった・・・本来なら護衛として地下まで下るべきなのだろうが。鹿兎が苦しむ様子でも見てしまったのか、どうにも付いて行くとは言い出せない様で逡巡している。
ムースさんが
「ノンさんまで行くことは無いのでは?欲深い人間に任せておけばいいではないか・・・損をするのは狼達だし、損をしたところで、丸投げして来た向こうが悪いのだ。」
・・・そうだけどさぁ・・・この2人に丸儲けさせるのは癪だし、工事を・・・ハッキリ言って温泉を早く作りたいのだ!!その為にはいくらでも銭がいるではないか!此処で引き下がるわけにはいかない!!商人2人に任せてたら談合のし放題では無いか!!許せるか?いや、許せまいよ!!欲深い人間は詩乃も御同様なのだった。
股の間にロープを回し、レスキュースタイルで降下だ。ロープの端はムースさんがガッシリ持っていてくれる、怖くなんかないやい、銭と温泉の執着は恐怖さえ超えるのだ。
不思議収納マントを常備している6男を先に行かせるわけにはいかない、どうせパガイさんも何か持ってそうだから、怖いが詩乃が一番に下って行く。お宝をガメられたら堪らない。
暗いからね<空の魔石>をヘッドライトに変え、ヘルメットも完備したぞ!!洞窟探検の事をケーブルクライミングとか言うんだっけ?念のために結界も張って準備万端!何でも来いやぁぁ!!
足を突っ張りながら、下へ下へと歩いて行く・・・ムースさんは詩乃の歩幅に合わせてロープを繰り出してくれた、中々のアシストだ。温泉が出来たなら、是非一番に入って欲しいぞ・・・。
壁は所々ヒカリゴケなのか?ボワッと光っている。外に抜ける空洞があるのか、詩乃のヘッドライトに驚いて蝙蝠らし・・・くない大きさの、被膜が有り・・ぶら下がるのが大好きそうな動物が飛んで行った。蝙蝠の糞には栄養が有って、肥料に良かった様な話を聞いた様な気がする・・・あと、蚊の目玉のスープか?みんな嫌がりそうだね。蝙蝠ってどこかの国で食べていたよね?美味しいのかな?
そんな事を考えている内に、どうにか地下に着いた。川がかなりの水量で流れているので、滑らない様に気を付けて居場所を確保する。
「降りて来て良いでやすよ~~、光玉使うなら蝙蝠達を驚かせない様にしてつかぁさぃ。」
詩乃の声が洞窟に響く、滝の音に負けないように大声で合図する。
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冬虫夏草は不気味だった、ただひたすら不気味だった。小さな虫から生える冬虫夏草でも、十分不気味だと思うが。ここのは冬魔獣夏草で、ほ乳類の身体から禍々しい角の様な突起や触手が生えて体中を取り巻いている。昨日落ちて来た鹿兎はまだ息が有るらしく、虚ろな目で虚空を眺めて痙攣しているばかりだ。これはショックが大きいだろう、ひと思いに逝かせてあげたいが、それでは胞子が育たず冬虫夏草として成り立たないのだろう。ただただ鹿兎が苦しくない様に、祈るばかりだ・・・寄生蜂は獲物が動かない様に神経の束に毒針を打ち込むと言う、神経が麻痺していれば苦しくは無いのだろうか・・・。
「泣くな・・・。」
パガイさんがそう言って、詩乃の目を押さえて懐に抱き込んだ。
「昔し昔の話だが、ある国で咎人に、冬虫夏草の胞子を植え付ける刑罰が有ったそうだ。奴らは息絶えるまで、ニヘラニヘラ笑って幸せな夢を見ていた様だったそうだ。」
そんな詩乃を放っておいて、6男は査定に忙しそうだ、興奮して亡骸の間を飛び回っている。まぁ、こんな時の6男の魂は輝いてはいるのだろう・・・。
査定が終わり、さあ競売に入るぞ!と、興奮気味な2人を前に詩乃は告げた。
たぶん此処の冬虫夏草は複雑な条件が偶然に、そうして幸運にも重なって、初めてこんなに繁殖していたのだろうと。この先狼たちの居住区を整備して、滝に流す温水の量も調節していくと此処の環境も変わっていくだろうし、谷の上に住む肉ギャース達を排除すれば、滝に落ちるような魔獣も無くなるだろう。
此処で採れる冬虫夏草は・・・これが最後だと思ってくれと。
6男がすぐに反論して来た、此処を冬虫夏草の養殖場にして、定期的に魔獣を落として管理すれば良いではないかと。
言うと思ったんだ6男は・・・気の毒な魔獣の事を考えず、ただ利益を追い求めればそうなるだろう。
まぁ、可哀想とは言っても、肉は食べるのだから今更感があるのだが・・・。
でも、どうしても・・・虫じゃぁ無くて哺乳類な所がネックなのか、あの姿をみたら嫌なのだ。
他人事にはどうしても思えない、結界も張れない獣人達が、胞子に犯されないとは誰も言い切れないだろう?詩乃が谷を去った後、冬虫夏草が大繁殖したらどうする?ランケシ王国は獣人達を助けはしないだろう、悪いが王妃様初め王太子などを信じ切れる気持ちは無い。知らない顔をして、冬虫夏草を出荷するに違いない・・・と思う。
「随分と信用が無いらしい。」
6男が苦笑いして、そう言った・・・自業自得だと思うよ、詩乃の意思を無視して来たのは王家の方だ。
「どうしやす?6男さん、その冬虫夏草が出来かけの鹿兎を持ち帰って、研究にでも使いますかぃ?此処の環境をソックリそのまま再現したら、冬虫夏草の養殖はボコールの一大産業になりやしょう。」
6男は腕組しながら考えている・・・環境の再現なんて、簡単な事では無いだろうが。
「その鹿兎、9000万ガルで売りやしょう。研究員が環境を調べる間は、人間がクイニョンに出入りする事を許可します・・・ただし期間は7日間だ。」
どうしやす?
人間を谷に入れるなど、長様が知ったら憤死しそうだが9000万ガルの為だ我慢してもらおう。
「パガイさん、残りの冬虫夏草はあんたに売りたい・・・ただし、代金は銭では無くて労働でお願いしやす。工事に人手が必要だ、窓にもガラスを二重に付けたいし、台所にはパンを焼く石窯や、浄水下水の配管も必要だ。冬が来るまでに時間がねぃ。食堂のテーブルや椅子、ベット何かも買いそろえたい。」
大きなことを言い出した詩乃に、パガイさんも面食らったようだ。
「それは、スルトゥにも仕事が発生するし、願ったりかなったりだが・・・あの、狼族が納得するか?」
「納得しなければ、冬は越せない・・・誇りを胸に、胞子にやられるかだねぃ。」
お前何を考えている?悪い顔をしているぞ・・・。
「まぁ、任せてくいなんしょ。」
詩乃はニヤリと笑った・・・・『温泉の前には、些細な事でぃ。』
どうやら、狼族の意向は些細な事である様だ。
寄生蜂、怖いですね・・・芋虫にだけは生まれ変わりたくないなぁ。
深海の熱水鉱床近くに居る貝に生まれ変わりたいです(*_ _)。