詩乃の決断~2
お腹が減ると悲しくなります・・・。
色々な気持ちが交錯した長い夜が明けて、またオハヨウさんの朝が来た。
狼族以外の獣人達は決断が早かった、谷を出る気満々でいたせいか、朝詩乃がテントからノソノソ這い出て時にはズラリとテント前に整列して待っていた。
ウワォゥ・・・ビックリした、めちゃくちゃ早いね。
何でも夜中に、草系が与えられている居場所に幾度か狼族が来たらしい。出て来いと叫ばれドアを叩かれ、人間に魂を売るヘタレ共と挑発されて大変怖かったそうだ。しかしお守りが有ったせいか、何故かドアを開ける事が出来ず、悔しそうに引き返して行ったようだ。
う~~ん、お守り作っておいて良かったぁ~ね~。
「それは難儀な事でしたねぃ、朝ご飯はもう食べました?」
何でも配給が少なく、草系の獣人はその辺の草を食み、どうにか飢えを凌いでいたと言う。猫系達は少ない穀物を御粥に伸ばして食いつないでいたそうで、話している途中で誰かのお腹がグ~~~ッとなった。ハァァァ・・・・。今からこれでは先が思いやられる、冬を越すのは至難の業だろう・・・トデリでもリーのパパさんに言われたね、冬を甘く見るなって。
食器も無いので、手づかみで食べる事が出来るものが良いよね。あれだ、クレープもどきが良いだろう。
詩乃は鉄板を持ちだすと、魔力で温め小麦粉を水で溶いて薄くのばして焼き始めた。猫ちゃん達に頼んで、ハムを薄く切って貰い、ハムと乾燥野菜&チーズをのせて、いい具合にチーズが溶けたらクルクル巻いて出来上がりだ。猫ちゃん達には旅をして来た時にも料理を手伝ってもらっていたので、良いチームプレーでクレープを量産していく。焼けたら順番にドンドン食べて貰う、美味しい?そりゃぁ良かった。
良い匂いが辺りに漂って来たせいか、狼族達に気づかれたようだ。呑気に食事しているのが気に喰わないのだろう、鼻に皺を寄せて唸っている。彼らも餓えているのだろう、何だか毛艶が悪そうだ。小さな子が羨ましそうに、でも狼的な誇りとやらで此方に近づけないでションボリしている。
何が嫌って、お腹が減るくらい嫌な事は無い。詩乃はクラブ活動で帰りが遅くなり、これから家族の食事を作らなくてはならない・・・腹減った・・そんなピンチの時には、コンビニでよく買い食いをしていたものだ。腹が減っては戦は出来ない、元気が有れば何でも出来る・・・けだし名言で有る。詩乃は一通り周囲の獣人に配り終えると、いくつかクレープを作り皿に載せ狼達が屯している所へ持って行った。
「おはようごぇぃます、長様にお渡し頂けますかいなぁ?毒味なら、もう済んでますから大丈夫だが、なんなら食べてみますかい?」
彼らの顔はポーカーフェイスだが、尻尾は高速回転している(笑)。
「毒味は大事だからな・・・。」
最もらしいセリフを吐いて、おもむろにクレープに齧り付く。一口が大きいね?隣の若いのが泣きそうだ。
そっと差し出してやる、長の分はまた焼くから大丈夫だぇ・・・こそっと呟いたら、あっという間にクレープが消え去った。若いからね、幾らでも食べたいのだろう・・・食いっぷりがお兄を思い出させる。
それから、パガイさんが飛行船を引いてドラゴンでやって来るまで、獣種を超えたクレープパーティーが続いた。美味しいはやはり正義だった。
****
「なんだ?人が寝ないで引き取り準備をしていたのに、お前ら呑気に食いやがって。」
パガイさんは目の下に盛大に隈を作り、大変にお疲れ気味なので少々オカンムリだ、益々チベットスナギツネに似て来たぞ。移動希望の獣人達は気まずそうに眼を逸らしていた。
まぁまぁ、そう言わずにクレープでも食べなんし。詩乃は文句っ垂れのパガイさんの口に、クレープを突っ込んだ・・・何かデジャブだね?
「みんなペコで力が出なかったんでさぁ、仕方が無いでござんすよぉ。」
向こうの方から長がやって来るのが見えた、若い者が固まって後に続いて来る、留学希望者だろうか?
離れて豆柴ちゃんの家族が、荷物を担いでやって来る。何だか他の狼から避けられているように見える、何気に感じが悪い・・・出て行きたくなるような仕打ちをして置いて、裏切者呼ばわりしているのか?群れがそんなに大事か、家族を泣かしてまで群れていて何になる、豆ちゃんを泣かしたら許さんぞ?
『結局・・長にクレープは届かなかったね。』
そう呟くと、パクついていた年若い狼達は、気まずそうに下を向いていた。
詩乃は新たにクレープ焼くと、皿に綺麗に盛り付け、長の前で膝を折り恭しく捧げた。
「狼族の長よ、毒味が長すぎて遅くなりましたが、どうぞお納め下さい。クレープと言う名の食べ物です。焼いた小麦粉の皮に、ハムと野菜とチーズが入っています。」
長は目線で皿を受け取る様に側近に指示を出し、後ろに控える若い者に食べる様に促した。
「この者達が谷を出て、学ぶことを希望する者達だ。」
次世代を担う若者を中心に、30名が揃った・・・男ばかりだが、彼らの傍には寄り添う女の子達がいた。彼女を残しての留学では、出奔する事は叶わないだろう、何だか人質の様で気分は良くない。
・・・人質か。
「狼族を担う若者達を其方に預けるには、正直言って不安が無い訳ではない。其方の身体の中には人間の血が混じっているのだからな・・・。裏切りは人間の常套手段だ。」
またそれか・・・とパガイさんはウンザリしたように、そっぽを向いている・・・感じ悪い、双方共にだ。
「それほど心配でしたら、人質としてこの<聖女の御使い>がこの谷に残りましょうかいねぇ。次の初夏に若者達が戻るまで、この谷に共に暮らし、微力ながら谷の生活の向上にお手伝いしたいと思いますが。如何でしょうかいねぇ?」
「お前何を言い出すんだ、勝手な事をしたら怒られるのは・・・!」
「怒られるのは、パガイさんでがしょう?」
クスクス笑う詩乃に、歯噛みするパガイさん。にらみ合う二人を、長は面白そうに見ている。
「聖女様は殊更に獣人さん達の今後を気にかけていやした、魔石鉱山と言う過酷な現場で働き、この国を魔力を支えて来てくれたのは、他ならぬ狼族の獣人達でやすからねぃ(ここで、渾身のヨイショだ)。一番の功労者達を、このような辺鄙な山の中で餓えさせ、苦労させては・・・聖女様の御心にかないませんのんや。<御使い>としては見過ごせんのですよ。どうです長様?悪いがこれで納得しチャァくれませんかぃね。」
見つめ合う長様と詩乃(聖女様の御使いバーアジョン、軽く微笑み慈愛の表情のつもり。)クッと長が笑って了承してくれた、どうやら傷ついたプライドも如何にか収めてくれた様だ。
「聖女の御使いのオマケの娘よ、今度こそ谷の獣人・狼族は其方を歓迎しよう。」
良かった・・・何とか穏便に済みそうだ、日本人だからね争い事は苦手なんだ。
まだ渋い顔をして、反対しているパガイさん・・・王妃様の意向が気になるらしい。まぁ頑張れ(他人事)。
「そうだパガイさん、この谷に風車を立てたいんだが、粉を引いたりする感じで。見本に手頃な物を送ってくれませんかね、代金は王太子持ちで・・口止め料と言えば文句も出ないでしょうやぃ。」
お前は怖いモノ知らずの女だな・・・パガイさんは呻きながらも、探しておいてやると請け負ってくれた。
「しかし、粗忽者のお前を一人で残すのは、狼族に負担を掛け過ぎる。」
何だそれ、エライ言われようではないか!プンプン!!
「確かに周囲を見ずに、獲物に突っ込んで行く迂闊者だしな。」
虎さんも酷い!!まぁ、爆破粉砕してお宝を台無しにしたけどさぁ。
「俺が護衛に残ろう、報酬は王太子から出るのだろう?」
ククク・・・王太子頑張れ、まだまだ王室の経費は削減出来ると思うぞえ?仕訳だ!仕訳するのだ!!その際は女性文官が担当官で、白い立て襟の制服が良いと思うぞ?
意外な事だが、ムース角のせ〇と君も護衛に残ると言い出した。草系獣人に対する狼族のカラカイが酷くて、随分大人しい草系の女性は嫌な思いをしていたらしい(あれか?巨乳が原因なのか?所詮男はオッパイ星人なのか?)詩乃を心配しての申し出だった。女扱いされて少し嬉しい、それに山ギヤは飛行船もどきに乗れないので世話を頼めれば有難い、詩乃一人では大変だし、油断していたら食われそうだもの。山ギヤは来年の初夏には、また陸路で一緒にスルトゥに戻って、どこかの獣人さんにでも差し上げればいいだろうさぁ。
****
そんなこんなで話しが纏まり、いよいよ旅立ちの時がやって来た。
パガイさんは詩乃が王太子乃ツケで頼んでおいた、食料・日用品や生活雑貨、武器等を降ろしていく。
詩乃は長に断りを入れると、食料・日用品・雑貨などは長の奥様(女性側のリーダー)に渡した、狼的に配給してくれるだろう。狼の仕来りに無理に介入する気は無い、たぶん外の世界から帰還して来た若者達が変えて行く事だろう・・・それは詩乃の仕事ではない。
飛行船は2台で、一台の方に狼族以外の獣人が乗り込んでいく、パガイさんによると村々を回り、双方気に入った村で試験的に暮らして見て、駄目ならまた別にマッチングしていくそうだ。緻密だね・・・詩乃のやり方は雑だったか?と、急に不安になったので、モーちゃんの様子も見てくれるようにお願いする。
旅立つ彼らを、狼族たちは羨ましい半分、人間に媚びるとは・・と、侮蔑の目を向けたりと、複雑な思いで見送っているようだ。
狼族の若者たちはスルトゥへの直行便で、真っすぐ街を目指すらしい。みな覚悟が決まっているのか、多少の不安と大きな希望を胸に乗り込んでいく。(大)も詩乃に会釈して乗り込んで行った。
最後に豆ちゃんの家族が、飛行船に乗り込もうとタラップに足を掛けた時だった。突然誰かがお父さんに抱き抱えられている、豆ちゃんに目掛けてナイフを投げて来たのは。一瞬の間で誰も対処の仕様が無かった、危ないと思った時には、豆ちゃん家族の周囲に虹色の結界が張られてナイフを粉微塵に破壊した。
「魔術・・。」誰かが呟く。
「魔術ジャァ無いよ、守り石だ・・・何処のどいつだ!ナイフ何ぞ投げた野郎は!!」
怒鳴りつけた詩乃に、初老の男が話し出す。
「人間があの子を攫ったから、狼の誇りの掟に従って、儚くしなければならないのに・・・息子は言う事を聞かず、初老の私達夫婦を残して谷を出て行ってしまう。残された我々は、どうすればいいのだ。」
「何でぃ、そんな事か。だったらあんたらも、谷を出て息子夫婦と共に行けば良い。誰も止めヤァしないよ。」
怖い思いをして来た幼い孫娘にナイフを向けるとは、イヤハヤ恐ろしい爺様も居たもんだ。
「群れから離れて、狼の幸せなど無いモノを・・・何故解らぬ。人間に騙されているだけだ。」
頑固そうな爺さんだね、幾ら説得しても無駄そうだ。もう時間も無い。
詩乃は豆ちゃん家族に近づくと、爺さん夫婦の様子は気にかけて見ておくから安心して出かけな。もし心配なら、生活が安定して余力が出たら手紙と差し入れでも送ってやればいい。そう言ってお父さんの背中を押した、豆ちゃんは大きなおメメに涙を沢山溜めて、ジッとおじいさんを見ていた。以前は仲の良い家族だったんだろう・・・痛ましい事だ。
「まめ・・ラリィちゃんは何にも悪くない、何も変り無い可愛い子だよ、大丈夫さぁ。お父さんお母さんと仲良く暮らすんだぇ。元気でね、いつもラリィちゃんの幸せを祈っているよ。」
背中で狼達の視線を妨げる、詩乃を見上げて来たラリィちゃんにニッコリ微笑んで行くように促す。
ラリィちゃん家族は逃げるように、飛行船に乗り込んで行った。
そんな狼族の様子を、ドラゴン達は鱗を逆立てて不快そうに見守っている。
自由な魂の輝きか・・・確かにこの谷には・・・なさそうだ。
豆ちゃんとお別れです、豆ちゃん家族に石の守りがあらん事を。




