クイニョンにて~2
パラダイスは遠く彼方・・・。
挨拶は恙なく終わったのだろうか?詩乃的にはまあまあなファーストコンタクトだと思ったが、獣人的には如何な物だろうか?誰かに聞いてみたい気はするが、その様な親切さんはいないようなので、採り合えず日本人的曖昧な微笑みで誤魔化す、便利だね薄い顔も。手拭いで酷い事になっている顔をグイグイと拭った。
長に指示された兵士たちが、フロートの中の獣人を降ろし荷物を運んでいく。
狼少年達も無事に保護者に巡り合えたようだ、大きくなるとハグする事も無くなるのか?照れ隠し的な手荒いパンチで生還を祝われているようだ・・・うん、強く生きろよ狼少年達。
猫ちゃん達は女の子なせいか、パンチも無くハグし合って再会を喜びあっていた。
虎さんはその様子を、遠くから静かに眺めている。
狼族の兵士が大勢動き回るので、山ギヤが怖そうに逆毛を立てて、目がキョドっている。可哀想そうなので傍に行って、落ち着く様に首を撫でてやった。
「この山ギヤは、聖女様からの詫びの印だろう。此方によこせ。」
狼族の兵士の中でも、年若い大柄な奴が(たぶん力自慢なんだろう)詩乃に声を掛けて来た、横柄な態度にカチンとくる。
「この子は気が弱い質でねぃ、肉食系の獣人が怖いのさ。可哀想だから、悪いが草食系の獣人に渡してくれるかえ?」
詩乃的にはムカつきつつも、丁寧にお願いをしてみた。
「詫びの印をどう扱おうが、此方の勝手だ。ガタガタぬかさずサッサと寄越せ。」
大柄は問答無用で手を伸ばして来た、体の小さな詩乃を馬鹿にしての暴挙だろう。
詩乃はその手を掴み軽くひねる、あら?不思議。骨格が違うのかな、大柄な兵士はポ-ンと飛んで行った。
『ぬ?兵士の恰好はしていても、訓練も何もしていない様だね。重心が上で、軸がブレるよ?』
ふ~~ん、こうしてみると虎さんは結構規格外だったんだねぇ。
山ギヤが興奮して、ギュイギユイ鳴きだし足を踏み踏みしだした。
「よしよし、怖かったんだよね。大丈夫、もう怖くない・・・大丈夫。」
脳内で姫〇様に成り切る詩乃、別に山ギヤは手など齧っていないが・・・誰も元ネタを知らない事は幸いだ・・・ドツかれないで済む。
騒ぎを聞きつけた、それなりに偉そうな中年狼が割って入って来た。
「何の騒ぎだ、困るジャァないか。」
神経質そうで、中年の悲哀が背中に張り付いていそうな感じの獣人だ、どこかにプチトンスラが有るに違いないよ。
詩乃は斯く斯くしかじかと説明をする、山ギヤ達の将来の暮らしが掛かっているのだ、引くわけにはいかない。怖いモノは恐いのだ、しょうが無いではないか?
かなり説得の時間は掛かったが、最終的には中年狼が折れ、詩乃の意向を了解してくれた。中年は疲れた様にシブシブ頷くと、何やら指示を出した草食系獣人を呼んでくるらしい。
周りには不満そうな兵士達、毛が逆立ち鼻に皺が寄っている・・・そんな顔をするから山ギヤが怖がるんだバカチンの単細胞どもが。
「狼族にはギャースが2頭おりましょう?そっちの方が力も強いし、走るのも早いから良いだろうよ。」
文句あっか(バカヤロー)とばかりな表情で詩乃が言う。
汗をかきかき中年狼が言う事には、狼族的にはそう言う問題じゃぁ無いらしい。
力の強い狼族から、か弱い草食共に下賜する形が必要なのだとか。
『め・ん・ど・くせ~~っ。』
万事この感じでは、自由人的な猫族や草食獣人達には大変なストレスが溜まるだろう。人間の支配が狼族に代わっただけじゃぁないのか?
悪いが詩乃も、サッサとお暇したくなった。
何て言うんだろう?校則の厳しい体育会系な学校?部活?そんな感じか。
すまんが詩乃も文系だ、ゆる~いクラブ活動派で同人好きタイプの束縛嫌いだ。
「それはそうと、人間の連絡では野牛獣人の男と牛獣人の女が居たはずだが?」
トンスラ中年は文官系の仕事をしているらしい。
「二人は途中の村で所帯を持って、村で働きながら暮らしていくことを選択しやした。」
「何だってそんな勝手な事をするんだ!困るじゃないか!」
はて?何がそんなに困るのか?正直食い扶持が減って助かるんじゃないのか?
「これはすいやんせん、此方で受け入れ準備をしていたんですかい?」
「受け入れ準備?こいつらが、そんな事をしているはず無いだろう。」
襤褸を纏った半裸で、ムースの様な角を生やした、エラクでかい青年獣人が入って来た。デカいね、虎さん並みだねぇ。大胸筋が発達している、腕が太いのは農作業の為か?でも目は優しそうで、山ギヤに近寄ると軽く触れた、山ギヤは嫌がらなかったし、むしろ頼るように青年に鼻ズラを押し付けてきた。
「この子は臆病でねぃ、クイニョンは高地と聞いたからこの子にしたんだが・・・こう、肉系が多いとねぃ?怯えて可哀想だと相談していたんだ、お兄さん悪いがこの子を引き受けてくれるかい?何でも食べる良い子達だよ。」
草系は肉系より、一目で襤褸と解る身なりをしている・・・。どう言う事だか、これは調査が必要な様だ。
青年ムース角獣人は、快く山ギヤを引き受けてくれたので、詩乃は肩の荷を下ろした気分✖2だ。
山ギヤ達は詩乃の匂いを一度嗅ぐと、お兄さんに引かれて大人しく連れていかれた。・・・幸運を祈るぞ、ヘタをしたら食われそうだ。
詩乃が山ギヤを見送っていると、フロートの後ろの方で騒ぎが起きていた。例の肉ギャースが見つかったようだ。興奮した声でワイワイ騒いでいる。
「あぁ、悪いねぃ。それは私物なんだ、アッシのモノだから渡せねぇよぅ。」
「これは、オレウアィだろう?強い魔獣だ。どうやって倒したんだ、あの虎が倒したのか?何だってこんなにコチコチに冷たく固まっているんだ?」
オレウアィ・・・肉ギャース、そんな大層な名前が付いていたとはねぇ。
「首の無い3頭は虎さんが倒しやした、こっちの首アリはアッシでさぁ。」
狼獣人達は騒然となった、力が全ての脳筋達だ、こんな小さくやせっぽちの詩乃が倒したなど許せないのだろう。嘘をつくなと大声で責め立てる。
「五月蠅いワンコ達だねぇ。」
僻僻した詩乃は、百聞は一見にしかずとばかり・・・胴巻からY字パチンコを出すと、道を塞いで迂回させている邪魔そうな大岩に目を付けた。
あれ、いらないよね?・・・一応お伺いは立ててからだ。
詩乃は大岩の傍から離れる様に支持を出し、目をカッポじって良くごらにょ!と言うと。Y字パチンコを引き絞り<空の魔石>を放った。
「絶対零度」
ゴッ・・・と言う鈍い音が響いたと思ったら・・・・ガラガラと大岩が崩れ落ちてバラバラになって行く。
『やった!かなり風化された堆積岩の礫岩だったからね、壊れやすそうだと思ったんだ~。』
パワーストーン好きな詩乃は一応、岩石や鉱石も一応守備範囲だった。綺麗じゃぁ無いから好きでは無かったが、地球が長い長い年月をかけて造り出した一品には違いない。凄いなぁとは、思っていたのだ。
獣人達は小娘が大岩を崩したのに、驚きと恐怖を感じていた様だ。
「魔術・・・魔力?」
誰かが呟いた・・・圧倒的な身体能力をもってしても、獣人が人間に勝てなかったのは、魔力と魔術のせいだった。それゆえに、クイニョンには人間を入れたくなかったのだ。そんな獣人の内心の葛藤も知らずに詩乃は呑気に話す。
「段々畑を作るのに、好い石垣になりやしょう?使ってやっておくんな。」
ざわつく獣人に、虎さんが話した。
「この小娘から魔力を感じるか?魔石の存在を感じ取れるか?・・・無いだろう。不思議な事にそうなのだ・・・これこそが異世界人と言う証拠だろうな。」
虎さんに見下ろされ、獣人に囲まれて逆サファリパーク状態だ・・・何か文句でも有るんかい?不思議そうに首を傾げる詩乃。
詩乃が力を誇示したのが良かったのか?虎さんの説明が良かったのか・・・解らないが。それ以降詩乃に因縁を付けて来る輩が居なくなったのは僥倖だった。たぶん、考えても無駄だと思ったんだろう。
****
それはともかくだ、この肉ギャースだが、出来れば早く売り飛ばしたい。クイニョンに売っても良いがお金はなさそうだ。どうしよう。
「トンスラさん。」
詩乃の中では中年文官風狼は、トンスラさんで決まったようだ。
「クイニョンはこれからどうやって生活していきやす?商売でもして儲けでも得るつもりでヤスか?」
聞くと魔獣狩りをして、毛皮や素材などを集めて売るつもりだと言う。
「スルトゥまで売りに行きやすか?それとも王都まで?冒険者ギルドをこのクイニョンに入れますかい?」
まだそこの所まで、長老たちの話し合いは進んでいないと言う。
「呑気な事だね、ぼやぼやしてると冬が来るよ?オマンマの食い上げだ。」
詩乃は此処クイニョンに、商人のドラゴンを入れる許可を長老たちに出すよう、今すぐ申請してくれとトンスラに頼んだ。
「商売は厳しいでやす、此処でアッシがこの肉ギャースを売りやすから、見学したらいかがでやしょう?商人達とのやり取りを勉強するには、いい機会だと思いやすが、如何で?」
商人はボコール商会の6男と、パガイさんを指名する。詩乃が知っている唯一の商人だし、ガメツイが信用のおける人物には違いない。
「早くしないと、冷凍が溶けて肉ギャースが生き返るよ?5分で許可を取って来な、愚図は嫌いだよ。」
ド〇ラ母さんは好きなキャラだ、年を取ったらあんな風になりたいと密かに憧れている。早くしろとばかりに、トンスラさんを急かす様に風を当てる、背中を押されたトンスラさんは偉い勢いで走って行った。頑張れ~~~。
「いったい何を考えている?」虎さんに聞かれた。
此処の人達は、鉱山に閉じ込められて搾取されていたが、保護もされていたんだろう。
いきなり商売をしようと思っても上手く行く感じがしない・・武士の商法・・・教科書で読んだそれを思い出させる。
「みんなが寒くも無く・暑くもなく、また餓える事も無く、心配しないで暮らせる良い方法が無いかと思いやしてねぇ。」
そんな世界はこの世には無い、虎さんはそう吐き捨てた。
御尤も様。
疲れる狼族の領地・・・住める気がしませんねぇ。