砂漠の悪魔~2
ドラゴンはお好きですか?
目が覚めたら知らない天井だった・・って言うか天蓋?
薄暗い中、詩乃はモゾモゾと毛布の中から頭を出した。
「何時頃だろう・・・夜明け前なのは確かだね」
ここ数年間、夜明け前には起き出してトデリの下町中に水を配って歩いていたんだもの、急に環境が変わっても習慣はなかなか変えられない。夜明け前には自然と目が覚める体になってしもうた、慣れないベットでもう一度ヌクヌクする気にも成れない。仕方がなく詩乃は御来光でも拝もうかとベットからはい出した。
『トデリは山から朝日が昇って来たけれど、此処は何処から出てくるのかな?』
裸足でジュータンを踏みしめる、足が沈み込むような厚手のフカフカなジュータンだ。何年くらいかけて織り上げたんだろう、模様も精密だし超高級品みたいだ。
それでもトデリの自宅のジュータン、寡婦組合の小母さん達が織ったものが懐かしい、足の裏がムズムズクスクスする感触が好きだった。
『何これ、学校の体育館の舞台のカーテンみたいだね、緞帳とか言うの?』
分厚いカーテンで重いくらいだ、これではメイドさんも掃除するのが大変だろう。
カーテンを開け、窓ガラスを押し開けてバルコニーに出てみる。空気はわずかに肌寒いが風は暖かみを帯びていて、ここはトデリと違う街で、もう戻れないのだと実感させられる。空が白み始めるのも早い様だ、鳥が騒ぎ出して来た・・夜明けが近い。
「どっこいしょ」
詩乃は婆臭く呟くとバルコニーの手すりの上に座り込んだ、幅が30センチはありそうな石で出来ている頑丈そうな造りである、詩乃が座った所で壊れたりはしないだろう。足を下に垂らしプラプラと揺らしながら見慣れぬ景色を眺める。
『夜明けにマッチしたテーマ曲は何だったっけ?』
何とかのスキャット?おばあちゃんがカラオケで良く歌っていたやつ、歌詞が有る様な無い様な妙な歌だったっけ・・鼻歌で歌いだす。
海が白々と輝いて来た、此処の夜明けは海からやって来るようだ。
何度見ても朝日は良い、暗い夜を抜け出せた安堵にホッとするのだ。
カモメ?か何かの海鳥が鳴きながら海面すれすれに飛んで行く、白い翼がキラリと光りカッコ良い。詩乃の機嫌が少しだけ上向いて、体を左右に揺らしながら気持ちよく歌い始めた。る~るるるる~~。
その時だ!ふいに体が浮き上がったと思ったら、突然空中に投げ出された。
「ぎゃあぁぁぁ~~~」
「五月蠅い、死のうとしている人間が騒ぐでない」
何故だか大きな体が詩乃を包み込んで、空中に浮いているではないか・・浮遊の魔術?銀ロン?なんで?
「いや別に、アッシは死のうナンザァ思っちゃ~いねいし」
「そうか、勘違いか・・悪かったな」
ぶっきらぼうにそう言うと、銀ロンはバルコニーに向かって何故だか思いっきり詩乃を投げ飛ばした。石造りのバルコニーに頭から突っ込み強かに打ち付ける、目から火が出た・・リアルに光が見えた。古来からの諺は真であった、頭を打つと目から火が出るは嘘じゃなかった。
「痛!」
生暖かいヌルッとした鉄臭い何かが、額を伝って流れ落ちて来た。
『血だ・・血が出ちゃったよ』
何で朝っぱらから、こんな思いをしなくちゃならないんだろう?
神様・・私、何か悪い事でもしました?覚えがないんだけど?どうでしょう?
文句の一つも言ってやりたいが、銀ロンの姿はすでに無く詩乃一人がバルコニーに座り込んでいるだけだった。
値段の御高そうな高級絨毯に滴下血痕を残す事も憚られて、詩乃は流血しながら薄い寝間着のままメイドさんが気が付いてくれるまで春まだ浅いバルコニーで震えながら座り込んでいた。
****
数時間後、ようやっとメイドさんに発見された詩乃は、実地教育さながらに教材とされていた。教師は王妃様・・生徒は銀ロンこと魔術師長様である。
「この酷いありさまを見て、どう思ってラチャターニー?」
「ふむ、癒しの魔術を教えねばならない様だな。こんな傷も治せないのか無様な事だ」
・・・教えられても出来ませんって、癒しの魔術は貴族のA級魔術だもの。
何だろうね?このすべてが俺様基準ってやつは。
「そうじゃないでしょ?可哀想にとか、怪我をさせて済まなかったとか、少しでも思わない訳?」
この魔術師様は魔力が強すぎて、幼少のみぎり周囲に悪影響(何でもかんでもブチ壊す&魔力酔いを引き起こす等)を及ぼす為に、先代の魔術師長の元に隔離され、魔術のみに焦点を当てた英才教育を施されて来たらしい。
ほうほう、情操教育や道徳観念などは育てて来なかったと。
だからといって、流血状態のまま放置しないで欲しかったのだけれど。
30歳のいい歳こいたオッさんに、今更<ごめんなさいは?>なんて手遅れも良い所だろうにさ。もう貧血になりそうだ、何だかクラクラして来た。
溜息を吐いた6男が魔術師長に近寄り耳元で囁いた。
「師長?目を瞑って。そう、心に思い浮かべてみて下さい。此処で血を流して震えているのは、オマケの子じゃぁ無くて、聖女様だと・・貴方はどうしますか?」
「なんと!」
銀ロンが叫んだ途端に、詩乃の体がパアッと光って傷も塞がり血も綺麗に無くなっていた。一瞬の早業。
『そうですか、聖女様には心も魔力も動くんだね。有難う何なんて言いたくないね』
余りの露骨さに呆れるばかりだ。
「スラカルヤ、貴方ラチャターニーの扱いが上手ね?」
もう、何もかもウンザリした詩乃は着替える為にようやっと部屋に入った。銀ロンとは、もう一生口を訊かない魔術も習わない、そう心に誓いながら。
「シ~ノンさん悪かったね、私達3人は朝の鍛錬をしていてね、いきなりラチャターニーが<危ない!>と叫んだからビックリしたんだよ。見上げると君が5階のバルコニーで手すりに座って揺れていたから更に驚いたんだ、あれはどう見ても身投げの寸前に見えたからね、慌てて飛んで行ったラチャターニーが君を抱き止めた時はホッとしたよ。まぁ、その後の行動は、安心した反動と言うか照れ隠しと言うのか。ラチャターニーには悪気なんて無いんだ、許してやって欲しい。ごめんねシ~ノンさん」
これで許せたら聖女様級の心の清らか&広さだと思う、だからニッコリ笑って言ってやった。
「嫌だ!」
****
その後、王妃様と②を交えて<王国漫遊組>とで朝食会となった。
王妃領の食事は南の国が近いせいか、香辛料がふんだんに使われていてスパイシーで辛い。カレー粉は有るだろうか、野宿で食事を作るなら匂い消しにはカレー粉が一番良いとか聞いた事が有ったような無かったような?これは是非とも探さねばなるまい。詩乃が食事に集中していると言うか、他のメンバーをガン無視しているだけなのだが、話がサクサク勝手に進んでいるようだ。
➁「いくら魔術が優秀でも、今の素のラチャターニーを、いきなり平民の世界にぶち込むのは不安だな」
⑥「問題しか起こさないような気がしますね」
そもそもだ・・何だってこの偏屈で世間知らずの<象牙の塔>に生息している魔術師長を、王都の外に出す気になったのか?摩訶不思議な事である。
「いや、私は絶対に平民の世界に赴き、彼らを理解しその発展に寄与するのだ。魔術の為の魔術を考えていても、平民の暮らしは豊かにはならないからな。聖女様はそう言って、この私に道を示して下さったのだ。聖女様の期待には、何としても応えなければなるまい」
聖女ガラミなのかい、チラッと②を見たらウンザリした顔をしていた。
もう結婚もしていて子供までいるのに、まだ諦めていなかったんかい?これはウザイわ。もしかして、銀ロンの厄介払いに付き合わされての王国一周コースなのかい?ふざけんなよ!!
「だからね、初めは近場で調査とかが良いと思うの、ちょうど困った事案があってね」
はいはい、聞こえない~~。このベーコンは美味しいな。
「青い森が突然剥げてしまってね?原生林の一部が数日の間に、砂漠のように何も無くなってしまったの。森の中にポッカリと剥げが・・」
あるワードに反応して、思わず②の髪型をガン見してしまった。
詩乃の視線に気が付いたのか、他のメンバーは斜めに視線を逸らした。
「俺を見るな!上からのぞくな!!言うな!!」
男性ホルモンが豊かなのかね?どこのプリンスもそうらしいよ?気にすんな。
薄笑いする詩乃を睨みつける➁王太子、何て和やかな食事シーン。
「竜騎士が発見したんだけれど、どんどん森が消えてハ・・コホン・・砂漠が広がっているらしいの。森が消えて行くのだから、魔樹ではないとは思うけれど森は魔獣との緩衝地帯でしょ?無くなったら困るし民も怖がるわ」
まだ魔獣の姿を確認出来ていないので、虎の目部隊に出動要請する事も出来ない。まずは木が消えた原因の調査と、その排除・修復方法を考えねばならないだろう。いきなりの難問で詩乃はウンザリとした、張り切っているのは銀ロンばかりである。
・・と言う訳で、朝食後にはすぐドラゴンさんに乗せてもらい砂漠に出張する事と相成った。ドラゴンに騎乗だと?おおぅ、ファンタジー。
意外な事に漫遊組3人は自分専用のマイドラゴンを持っていた、魔術陣で飛ぶんじゃぁ無いのかい、あんた魔術師だろうに。何でもドラゴンに認めて貰う事は大変に難しいらしく、出来る男のステイタス的なものであるらしい。
『ふ~ん、御高い外車みたいなものかな?燃料がぶ飲みしそうだね、何を食べるか知らないけど燃費悪そう』
説明されながら向かった大きな体育館の様な建物はドラゴンさん達の宿舎らしい、綺麗に掃除されていて動物園の様な独特な匂いも無い、上野のパンダクラスの豪華さだ。初めて見たドラゴンさんは専門の飼育員さんにお世話されていて、鱗がピカピカに輝いていて大変に美しい生き物だった。
「ふぇ~。鱗がパワーストーンみたいで綺麗だね、触ってもいいですか?」
癖の強い飼い主達よりも、ここは鱗の持ち主に伺うべきだろう。
銀ロンのドラゴン・・薄い緑に光るグリーンカルサイトみたいな子と、大魔神のドラゴン黒のオニキスみたいな子には拒否された。怖い目をして詩乃を睨み、グウウルルーって鳴いて威嚇して来た。ドラゴンの性格って飼い主に似るのかな残念な事だ、よろしい君たちには関わらない。
6男のドラゴンは薄い茶色をしていて、スモーキークオーツみたいな子だった、この子は性格が優しいようで触らせてくれた。スモーキークオーツは意識レベルを高めマインドを強化する石だ、なんか6男の理想にピッタリだね。御近づきの賄賂に朝食の時にくすねた角砂糖を出してみた、甘いものが好きなようで喜んで喉を、クルルルル・・って鳴らした。
「うふぅ・・可愛い」
黒い舌を出してきたので角砂糖を3個乗せてみる、大きい舌だ、スケートボードくらいはありそうだ。詩乃とドラゴンさんの様子を見ていた飼育員さんが、スモーキークオーツさんの鞍をタンデム仕様にしていた。
「乗せてくれる?重いかも知れないよ?(小さな声で)行きたくないから乗せないでくれると有難いんだけど」
スモーキークオーツさんはチラッと詩乃の顔を見て、フゥ~って大きな溜息を吐いた。何それ感じが悪い、仕事を嫌がる困ったガキ扱い?!
ドラゴンに乗るのは初めてなので(そりゃそうだ)ちょっと怖かったが・・ほら揺れたりしたら気持ち悪くなったり?そうしたら大魔神の前でマーライオンしてやろう、そうしようと思っていたが・・飛んでみると意外と快適な騎乗動物だった。6男が魔術で安定させたり、風を避けたりしてくれているのらしい。眼下に広がる王妃領の風光明媚な美しさに見とれているうちに、空高く舞い上がり青い森を目指して飛んで行った。
「怖くはないかい?すぐに着くよ、近すぎる所が怖いぐらいなんだ」
30分も飛んだだろうか?切れ目なく続いていた森に、ポッカリとトンスラのような空間が広がっていた。
「・・・剥げ・・てる?」
これは・・東京ドームの5個分の広さぐらいだろうか?この勢いで砂漠化が広がって行ったら大問題だ、森を食べる何かが生息しているのだろうか?
「いきなり降りるのは危険だ、ラチャ魔力弾を打ち込んでみてくれ」
大魔神が指示を出すと銀ロンはドラゴンから離れ、自力で空中に浮遊しながら右手に魔力を込め始めた。バチバチと電気鼠的な音がする。
「手加減無しの男だからな、離脱しろ!巻き込まれるぞ!!」
それだけ言うと、大魔神はさっさと自分一人離れて行く。なんたるマイペース。
『こいつらにチームワークと言う言葉は無いのか?』
スモーキークオーツさんも黒ドラゴンの後を追って離れて行く、銀ロンのドラゴンもついて来た。あんたも苦労するね・・あんなのがバディで。
考えているうちに、銀ロンが大出力で魔術弾を撃ち込んだ。
ドオオオオンンンンン・・・・・・
かなり上空で待機していたのだが衝撃波と砂漠の砂の洗礼を受けた、6男もここまで届くとは思わなかったらしい。6男は魔力の省エネ家らしい。
「痛、痛い痛い!」
魔術弾で不思議な砂が舞い上がると砂の中に潜んでいた異形の生き物が姿をみせた、グチャグチャとかなりの数が蠢いている。
「なんだ、あれは・・」
見た事が無い生き物だったのか、6男が息を飲んだのが聞こえた。
『うん、コガネ虫の幼虫ドウガネブイブイの・・デカ盛りバージョンだね』
やっと砂漠に戻ってきました、VSコガネムシの幼虫風魔獣です。
コガネムシの幼虫は悪い奴です・・・お宅の鉢植えの中にも・・・いるかもしれない。茎がグラグラしてたら要注意!