カポエの街~8 事件の終焉
緊張の一夜が明けて・・・。
「ノン!」
大きな声と共に乱暴に揺り動かさて、泥の様に眠りこけていたのに目が覚めた。
『・・・何ぞ?』
あぁ・・あの後、出窓に座り込んだまま、どうやら寝落ちしていたらしい。
『睡眠は長く取る方だもんね、徹夜はキツイっす。あぁ、太陽が黄色い』
寝ぼけた目の前に、王太子とプウ師範・ラチャ先生の顔・・・それから。
「虎さ~~~ん」
目覚めのモフモフ眼福ものです、ご馳走さまです。
「何が虎さんだ、こんな所で呑気に寝込みおって!お前が死んでいるのかと思って、こちらは肝が冷えたんだぞ!」
王太子が噛みついて来る、はあぁ?肝が冷えただぁ?自分の心配かいな?
どうせ聖女様に詩乃を囮にした事の顛末がバレると不味いんだろう、それだけだ。
そんな王太子に、虎さんは低い声で反論してくれた。
「あんたは玄関ホールのあの惨状を見たのだろう?あそこに居合わせ、戦ったこの小娘の心の幾何かは確かに死んだのだろうよ。このような幼げな娘を、あのような現場に向かわせるとは・・人間とは恐ろしい生き物だな」
「虎さーーーん」
詩乃の心まで案じてくれたのは、トデリを出てからは虎さんが初めてだ。
感極まって、嬉しくって抱き着こうと駆け寄ったら、頭をでっかい手で押さえられて近づけなかった。
・・クッ!リーチの差が憎い。
手を必死に伸ばすが届かない、あぁモフモフに癒されたいのに。
「その件はすまなかったと思ってはいる、まさか此処まで大掛かりな人身売買の組織と市場が出来上がっているとは思わなかったのだ。
だが今回、お前達の尽力で組織は壊滅的な打撃を受けた、これでこの国の闇を少しでも晴らす事が出来よう。これでも感謝しているのだ」
・・・そんな言葉だけでは気が晴れない・・・それにだ・・・。
「此処に集まっていた貴族達はアンチ聖女様と聞きやした、聖女様は安全に暮らしているんでしょうねぃ?暗殺とか無いでしょうねぃ?嫌ですよぅ、勝手に攫って来たくせに暗殺なんて事になったら!」
「大丈夫だ、聖女親衛隊が常時守っているからな。お前達は、もう何年も会って無いのに互いの心配ばかりしておるのだな」
聖女親衛隊?!何だそりゃ?A〇B風の制服を着た美少女軍団を想像したぞ?
王太子が聖女様の近くに、イケメンやらを配備する事は考えにくいもの。
そりゃぁ心配もするよ、同郷ってたぶんそう言うものだ。この異世界にたった2人っきりの日本人で、黒目・黒髪の同胞だもんさ。
王太子の言葉を聞いてもまだ顔を曇らせている詩乃に、虎さんがゆっくりと跪きで、目線を合わせて話しかけて来た。
「あの虫型の魔獣は死出虫と言うのだが、牙と棘に毒を持っている。
深手を負うとまず助からない、毒消しも無いからな・・。あの時ホールでジャンプが出来なかった者は、傷を負っていて遅かれ早かれ亡くなっていた者達だ。むしろ虫の毒に苦しむような、辛い思いをさせないで良かったと俺は思う。お前の決断は悪くなかった、今回下級の使用人が少しでも生き残れたのはお前のおかげだ。誇れば良い、お前は多くの者を救ったんだと」
虎さんの言葉に心に重く沈み込んで、重しの様に蟠っているモノの正体をようやっと認識した。
そうだった、あの時自分はパニックを起こしていて正常な判断が出来ずにいたのだ。多くの者が周囲にいたにも関わらず、強硬に電撃攻撃し、巻き添えをくらわせて死なせてしまったのだった。
・・・思い出したくなくて、嫌で嫌で・・今まで何だか良く思い出せずに、頭に霞が掛かっている様な感じがしていたが・・真実から逃げていたのだ。
「・・悪くな・・い・・・?」
承認をして欲しくて、虎さんに念押しする。
「悪くない、お前は悪くないんだ。」
深く頷いて詩乃を肯定してくれる虎さん、有難う・・有難う。
途端に目から何かが溢れ出して来て、視界が歪んで虎さんの顔がピカソる。
「怖かった、本当は凄く怖くて・・チンピラと睨みあうのも震えていたんだ。
でも、皆を助けなきゃって・・思って。小さな女の子までいて、怖がって震えていたから・・私が怖がっていちゃぁならねぇ・・と思って」
そうだ、本当は馬車の中で一人で目覚めた時から怖かったんだ。
知らない街に一人で放り出された時も、本当は怖かった・・。
だから、だから反発して、から元気のやせ我慢で突っ張っていたのだ。
「我々としても、お前が馬車の中で寝とぼけている内に、すべての事を片付けられると甘く考えていたのだ。すまなかった・・我々の手落ちだ」
プウ師範が謝って来た、珍しい・・・。
いやぁ?むしろ、お前ら手落ちしかしてない様に思えるのだが?
グシグシと泣いていたら王太子がハンカチを出して来た(聖女様の御手製かな)・・だから、思いっきり鼻をかんでやった。
ち~~~~んだっ!
王太子の顔が引きつっていた、ざまーぁみろってんだぃ!
ラチャ先生は癒しの魔術で、悲惨な事になっている詩乃の泣き顔を修復?・・再興してくれた。
人間たちが慰めるように詩乃を取り囲んだので、安心したのか、虎さんは詩乃の頭を掴む手を緩ませた。その隙をついて、全力で虎さんの懐へタックルする。
涙は既に止まっていたが泣き真似は続行だ、あざとい?結構毛だらけでぃ!
こんなチャンスは二度と有るまい、ふふふ・・虎さんは泣いている幼げな女の子を冷たく放りだせるかね?スリスリスリ・・あぁ~ヘブン。
あきれ顔の3人を残して、全力で虎さんに懐く・・趣味ですから。
死にそうな目に合ったのだ、この位のご褒美が有っても良いだろうさ。
虎さんは迷惑そうな顔をしながらも、最後まで護衛を果たせず途中で離脱した事を謝ってくれた。・・・真面目な虎さんだねぇ。
ふと目線をやると、虎さん越しに侍従長一家が連行されて行くのが見えた。
家族揃って労わり合う様に、寄り添い合いながら連行されて行く。
同情なんかとても出来無いけれど、家族をバラバラに離さないでやってくれと王太子に注文を付けておいた。どんな裁きが降りるかは知らないが、一家揃っていたら何とか頑張れる事だろうさぁ。
そんな詩乃の様子を虎さんは複雑そうな顔で見ていた、王太子からでも詩乃の<特別な事情>でも聴いたのだろう・・同情なんかしないって言っていたくせに、優しいんだよね虎男さんは。
「そうだ、皆を呼びに行かなくちゃ!」
詩乃は努めて元気そうに、明るく振る舞いつつそう言った。
「虎さんも一緒にいこう?」
虎さんは仕方がなさそうに「護衛だからな」と言うと、秘密の抜け道の探索に付き合ってくれた。
プウ師範の<すまん、子守りをよろしく頼む>的な、目配せが気に入らなかったが些細な事だし?機嫌が良いから許して上げよう。
抜け道の穴は虎さんにはちょっとキッそうだったが、其処は猫はデカくても<液体になれる>ようで、ヌルンと抜け道の穴に入って行った。
風は外から吹いていて、何やら嫌なノイズまで運ばれて来ている。
・・この度わたくし、初めて魔獣もノイズを出している事を知りましたよ。
魔力が有るのだから当然と言えば当然んな話しだが、魔獣とこんなにまで身近に接した事が今まで無かったもので知らなかったんだ。
「この感じは・・・青狼だ・・6頭いるようだねぃ」
奴らはグルグルと徘徊している様だ、どうやら獲物の匂いを発見できていないらしい。
・・モフモフ達は気付かれていない様だ、それならば・・だ。
Y字パチンコを出して<空の魔石>を構える、6連射だ出来るかな?
出来れば無傷で倒したいものだ、6男がこの頃あこぎな商売人と化していて毛皮の小さな傷でもいちゃもんを付けて来てディスカウントを迫り、えらい事買い叩かれるのだ。近江商人か?それともボコール公爵領の商人か?どちらも勝てる気がしませんな。
「冷凍」
と指示を出し6連射する・・追尾・・でヒット。
遠くでワンコ達の<キャン>と鳴く(以外にも可愛らしい)声が聞こえた。
うむ、モフモフを助ける為だ、君たちの犠牲は忘れない。合掌!
そんな様子を虎さんは胡散臭そうに見ていた・・が、前方にカチカチになった青狼を見つけると感心している様だった。
しまった!冷凍では鮮度は保たれるが運ぶのが冷たいねぇ、失敗したかな?
「オ~~イ。誰かいるかぇ?迎えに来たよ~~」
よ~~・よ~~・反響して解りにくいか?虎さんに自慢であろう鼻を駆使して貰って匂いでも探査する。探査虎!頑張って!しかして、虎さんの鼻でも居場所が解らないと言う不思議な事だね。
「オニキス実行終了!もう大丈夫さぁ、みんな出て来ていいよ?」
声に出して言ってみる、オニキスさんに聞こえるかな?
途端にこっちだと言って進む虎さん、オニキスが良い仕事をしてくれたようだ。
抜け道の終点・森側から入り込んだ青狼から皆の姿を隠してくれていたのだろう、虎さんが此処だと言うので、さっき青狼が居たあたりの壁を叩いてみる。
「みんな~~。出て来て大丈夫でやんすよ?事は片付きやんした、悪者は皆とっ捕まってお縄を頂戴したでやんすぅ」
呼ばわったら中からゴトゴト音がして壁が横にズレて細く隙間が開いた、隙間から沢山の目が此方を覗いている、あの下の方にあるまん丸なオメメは豆柴ちゃんのオメメだろう。良かった、皆無事のようだ。
****
後から聞いた話では・・通路で物置の様な場所を見つけたので其処に入り込み、皆で団子の様に丸くなって一夜を過ごしていたそうだ。
どのくらい時間が経ったかは解らないが、吹き抜ける風が強くなり、森の匂いが強くなったと思ったら魔獣の足音が聞こえて来たので生きた心地がしなかったと言う。魔獣は不思議と此方の居場所が解ら無いみたいで、物置の前を行ったり来たり繰り返していて怖かったそうだ。
でも石が守ってくれたんだね、良かった良かった。
多分森側の入り口を侍従長が遠隔操作かなんかで開けたのだろう、あの一家、あのまま通路に逃げ込んでいたら今頃青狼の餌食になっていた。
命拾いしたね、良かったね侍従長さんよぅ。
****
皆揃って、抜け道を小ホールへと戻る。
暖炉の天井からごそごそと出て来た詩乃達を、王太子をはじめ皆はビックリ顔で見ていたが、女の子達が無事なのを見て安心した様だった。
元奴隷の男子達や、新しい奴隷候補の男達も無事保護されたようで何よりだ。
今回一番被害が大きかったのは館の使用人達で、その責任は貴族の主と共に、侍従長が一番重くなるだろうとの事だった。
・・後の事は正直どうでもいい、取り調べでも裁判でも好きにやってくれ。
わしゃ知らん、興味も無い。
奴隷候補の女の子達は、誘拐された子は親元へと返されるそうだ・・が。
「私は帰る場所が有りません、親に売られたのですから」
貴族の庶子らしい子は帰る事を拒否していた、母親も魔力の強い妹ばかりを可愛がっていて、この子には冷たかったそうなのだ。
「母は私が売られるのを黙って見ていました、私はあの家にはいらない者なのです」
詩乃は慰める言葉もなくて、困ってしまって傍に寄り背中を擦ってみる。
ウロウロと視線をさ迷わせれば、此方を見ている6男に気が付いた。
「貴族にはなれないが平民になるのは嫌かぇ?この手が荒れる事を厭わなければ、仕事はナンボでも有るのさぁ。オマンマくらいは食べて行かれるだろうよ」
「父の・・貴族の屋敷に居た時から侍女の仕事はさせられていました。
メイドでも下働きでも構いません・・働ける場所が有ったら頑張ります。
奴隷にならずに済んだなんて・・これ以上の幸運は無いのだから」
決意表明を聞いていた6男が近づいて来る、就職先はどうにかなりそうだ。
誘拐された豆柴ちゃんの一家は、すでに新しく獣人達に払い下げられた領地に向かったらしい。山あり谷ありで険しい地形だが、その分人間が近づいて来ないので獣人側の希望で実現された譲渡だと言う。冬が来るまでに生活の基盤を整えなければ全滅だってあり得るのだ・・グループのリーダーだった豆柴ちゃんのお父さんは捜索の為に時間を裂け無かったようだ。
これはキツイ・・断腸の思いだった事だろう。
「いいよ!アッシが其処まで豆柴ちゃんを送って行きやす。此処からなら、そんなに遠くは無いんでやしょう?ドラゴンを貸してもらえれば、早いけど・・」
豆柴ちゃんは怖いのか、足の間に尻尾が挟まってプルプルしている。
ドラゴンは上位種なので獣人達は信仰厚く敬っているらしい、神様に乗せられる様な気分なのかな?
「大丈夫、それなら陸路で行きやす、騎獣を買えば早く着きやしょう。
虎さんも一緒に行きやせんかぃ?旅も楽しゅうござんすよぅ」
虎さんは勘弁してくれ・・って顔をしていたが<虎の目部隊>からの熱いヘッドハンティングの方がウザかったようで同行を了解してくれた。
筋肉達には種別は関係ないらしい、力こそすべてで、要石をたたき割ったのが評判を呼んでいたせいか、力自慢の筋肉達が延々と腕試しと称して虎さんに挑戦を申し込んで来るで僻僻したようだ。
布団騎士が<虎の目部隊>の隊長と言うのにも驚いたが、ウザイ隊員を引き取って行ってくれたので良しとしよう。布団騎士も元気そうだったし、昔護衛していてくれたギイさんが<虎の目部隊>にいたので驚いた。
<虎の目部隊>って、詩乃が造ったタイガーズアイが基の二つ名なんだって!?更にビックリだよ、お役に立ったなら何よりだ。
要石が割れたのは、虎さんは詩乃の作った<メリケンサック>の力だと言うが、そんな事は無いと思うよ?<メリケンサック>は虎さんに大変お似合いだったのでプレゼントした。・・嫌そうに受け取ってくれた・・良きかな良きかな。
さあ、後のごたごたは任せた!
いざ、行かん!モフモフの新天地を目指して!!!
果たしてモフモフ天国は・・・この世のパラダイスは存在するのか?