カポエの街~5
詩乃の心がゆれています・・・。
「わぁ~眺めがいいねぇ~。あそこに見えるのがカポエの街かな?」
詩乃と虎さんは今、ドームのてっぺん(もちろん外側だ)に座り込んで景色を楽しんでいた。最も楽しんでいるのは詩乃だけで、虎さんは・・表情が変わらないから解ら無いが多分面白くはなさそうだ。
だから共通の話題を振ってみる・・誘拐の経緯についてだ。
「アッシはカポエの宿屋で確かにベットで寝てやした、だが気が付くと馬車の中で揺れてやしてねぇ不思議な事でありんしょう?」
虎さんは返事もしてくれず、憮然として腕を組み彫刻の出っ張りに座り込んでいる、毛がボサボサになっているのはドームの外壁を登った際に詩乃にしがみ付かれたからだ。
【このふざけた小娘め・・】
・・・機嫌は果てしなく悪そうだ。
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【この小娘が、聖女の御使いだと?】
このチンチクリンな小娘は自らを聖女様の御使いと名乗り、偉そうに周囲の男達に指示を出し始めた。
「いいかえ?周囲が見えるようになった夜明けと共に、このドームのてっぺんを壊しやす・・虎さんがねぃ。ドームにはチョッとした仕掛けが有りやしてね、派手にやらかせば大騒ぎの大混乱に成りやんしょう。あんたらは奴隷として連れてこられた男達を、出来るだけ回収して目立たない所に隠れているんだ。いいかえ?そうしてさ、隙が出来たらこの<お助け弾>を打ち上げるんだ。やり方は知っているかい?大丈夫だね?この弾は近くの騎士団じゃぁ無く<虎の目部隊>を呼べる特別な品なんだ、大事に使いな」
(注)≪末端の騎士達の腐敗具合に僻僻したプウが、万が一の大取り物の時の為に、虎の目部隊と連絡が取れるよう専用の弾を用意した・・らしい≫
「聖女様の・・御使い・・さま?」
元奴隷だった者がざわつく、無理も無い・・2年前に奴隷制度廃止を決めたのは聖女様だと話には聞いていた。最もそのお達しは悪徳貴族共に鼻で笑われて、実施される事も無く無視され続けて来たのだが。聖女様が、俺達を助ける為に御使い様を寄越してくれたのか?
奴隷達は期待して良いのか、また失望するのではないかと心が揺れているようだ。
・・・眉唾ものだな、しかし虎獣人はそう思っていた。
【どう見ても平凡で、これと言ってカリスマ性も無さそうな只の小娘だ。翌日には顔も忘れている自信が有る、華も無ければスタイルも良くない・・これが聖女の御使い?人間の好みは解らん】
・・・かなり失礼な事を考えていた。
そんなギャラリー(虎さん)を無視して、詩乃はなおも話続ける。
「見てごらん、こんな黒い目・黒い髪の人に他で会った事が居るかぇ?この世界では聖女様と、アッシしか持たない色なのさ。アッシを信じなくても、聖女様なら信じられるだろう?貴族達が動き出す前に隠れるんだ、もう時間は無いよ?さぁ行きな」
小娘を一人残すのに心が痛むのか、人間共は悩んでいたが、やがて口々に礼を言いながらバルコニーから走り去って行った。
「さぁて虎さん、こちらも行くとしますかねぃ。
付いて来ておくんなフォロミーだよ」
何気にフォロミーが、気に入った様な詩乃だった。
『気分はジャンヌ・ダルク、火あぶりは御免だけどね』
虎獣人はこの小娘をとても信じる気分にはなれなかったが<ドームを破壊する>と言う行為には、少しばかり心が引かれていた。
以前働いていた魔石鉱山にも、此処と同じような館が在って人間共が大きな顔をしていた・・彼にとってドームは支配の象徴の様な物だった。
【あれを様ブチ壊すのは悪くない・・・】
利害が合っただけだ、人間と馴れあっている訳では無い・・。
そう自分に言い聞かせながら小娘の後を追う、出口を進んでギョッとした床に護衛の様な男たちが張り付いて蠢いていたからだ。
「何だ、これは?」
「う~~ん、ホイホイ?床ベタベタしから踏んじゃぁ駄目だ~よ」
からこして・・と言いながら、小娘は護衛の男たちの背中を躊躇なく踏みつけて歩いていく。
【これのどこが聖女様なんだ、バカバカしい】
虎獣人はヒョイっとジャンプして軽くベタベタ床を回避した。
「優しいこったね踏みつけないなんてさぁ、最も虎さんに踏まれたら骨が折れて内臓まではみ出そうでやんすが」
【そんなんじゃ無い、俺は人間たちの様に無益な殺生を好まないだけだ】
話す気にもなれないのか、虎獣人は鼻に皺を寄せて低い声で唸った。
それから使用人に見つかりそうになる度に、小部屋や床下、はたまた掃除道具入れなどに隠れながらドームのあるホールへと進んだ。
『子爵様の館と同じ造りだからこそ出来た業だ、子爵様有難う!こき使ってくれた能面メイドもついでに有難うよ』
虎さんは呆れた顔を多分していたが、どうにかこうにかドームの入り口までたどり着いた時には、奴隷の様子がおかしいと使用人達が気づき始め館内が騒然とし始めていた。ギリギリセーフかな?
ドームの内側は螺旋階段の様になっていて、グルグル巡りながら塔の上部を目指す、やっとたどり着いた最奥には外に出る為だろう小さなドアが有った。
「チッ、鍵が掛かっておりやす。ちっと待っていてつかぁさい」
【小娘は恥ずかしげも無く腹をゴソゴソ漁ると石を出して来た、魔石か?
いや違う、あれには魔力が感じられ無い。半年前まで魔石の鉱山で坑夫の仕事をしていたのだ、魔石には詳しい・・あれは只の抜け殻の魔石のカスに過ぎない。それなのに事も有ろうか、小娘はその<空の魔石>を鍵穴に押し当てると「開錠」と呟き、魔術を持って厳重に施錠したであろう鍵を簡単に開けてしまった。気楽な事に鼻歌まで歌っている。
「る~~~ぱん~~~ぱん~~~ぱん~~ふん~じこちゃ~~ん」
パンがどうした?そんな場合ではなかろうが!】
****
ドアを開け外を見て見ると・・・うへぃ、こりゃあ高いね。
ほらスカイツリーとか尋常じゃ無く高い場所だと、逆に高い感じがしない・・なんて事があるよね?人間が恐怖を感じる高さは2~30メートルだったっけ?
仕方が無い、度胸一番登るまでだ。幸い壁には指が引っ掛かるほどの出っ張りがあった。
『雅子ちゃんが駅前にクライミングジムが出来たから行ってみよう?と、誘ってくれたのに、料金が惜しくて断ってしまったっけ』
学ぶ機会を逸したようだ、5本の指をワキワキさせて準備運動をする。
身体を外に半分乗り出して、でっぱりを探して手を動かす・・良し、イケそうだ。乗りだそうとしたその途端、
「馬鹿者、手よりまず足場の確保をするものだ」
虎さんからダメ出しが入った、そうして体の近くに風が動いたと感じた瞬間、太い虎さんの腕に胴を絞められて壁を駆け上がって行った。
「ヒヨォ エェェェェェ~~~~」
怖かったので、夢中で虎さんに抱き着いてしまった!!
『スハ~スハ~と、どさくさに紛れて虎臭をクンクンしたのは内緒だ。乙女の面子にかけてシークレットでぃ、後悔も反省もしていないがな・・レアものを逃す手は無い』
虎さんって凄い~~。
ほんの、2~3の動作でドームの天辺にたどり着いてしまった。
着いた途端、ペッと剥がされたのだが・・虎さんたらイケずぅ。
「さすがでやすね虎さんも木に登りヤスか?大きくなると体重で木が折れて、登れなくなるって聞いた覚えが」
「大人になってまで、木の登りたがる馬鹿は居ない」
・・どうも世界を混乱して考えちゃうな、向こうの虎さんの話だった様だ。
獣人なんてレアぅなんだもの、仕方がないと思うけどな。
「虎さん、此処で上げくれ有難うござます」
詩乃はニッコリ笑うと乱れた毛並みを直そうと手を出した、触るなと怒られちゃったけど・・痴女扱い有難うございます。
『・・・しなやかで良い毛並みでしたのよ、奥様』
****
大騒ぎの一夜がそろそろフィナーレを迎えるかの様に、東の空が端の方から明るくなって来た。カポエの夜明けは近いぜよ。
「あちに見えのは湖?かなり大そうやすね?魚採れるかなぁ?」
詩乃が一人で燥いでいて、虎さんは憮然としたまま腕組みをして座っている。
「馬車にさぁ、人と獣人の可愛い子が捕まていやした。あぁ心配はいらねえよぉ、抜け道に隠しおたから安全なのさぁ」
詩乃は機嫌良く、景色を見回し良くながら鼻歌を歌っている。
虎さんはイライラして来たのか、グルゥと不機嫌そうに喉を鳴らした。
「アッシの世界では、馬鹿と煙は高いとこが好きって、言葉があるのさ」
ニヤッと笑う詩乃、これは悪巧みをしている時の顔だ、そろそろ明るくなって来た頃合いかな?
『暗い中でドームを破壊されても良く見えないから、貴族達への見せしめにも、恐怖を感じさせる事も出来無いだろう。この夜明けたばかりの朝日の中で、腐れ貴族共は、己の権威の象徴が破壊されるのを間地かに見て、自分達の末路を察し恐れ慄くがが良い。くくく・・』
気の済むまで景色を楽しんだ詩乃は、おもむろにドームの最上部に設置されている部材、キーストーンとも、迫石とも言うらしいが・・要石の上に立ち虎さんに説明を始めた。理系は無理な詩乃の事だから、話せるのは知っている・・結論だけなのだが。
≪要石を破壊すれば、パズルを壊す如くにドームはバラバラに崩れて去る≫
・・らしい・・ぞ・・?。
都市伝説にあるのだ?本当かどうか実証実験するのも悪くない。
「どうでい面白かろう?貴族が誇る贅沢の粋を集めた建物が、獣人の拳一発で粉々に破壊されるんだ。見ものだぇ?」
面白そうにクスクス笑う詩乃に虎さんが尋ねた、足場が壊れたらお前はどうするんだと?
「どすっかねぇ?虎さんは運動神経が良から無事に降りられるでしょうやぁ、頑張って逃げる事だ」
「だから!お前はどうなると聞いているのだ、俺は人間など助けんぞ胸糞が悪い・・」
「気にしないで結構さぁ・・アッシの世界の物語には死に戻りってパターンがあってね?死ぬと元の世界に戻れる事もあるのさ・・試して見るのも悪かない」
・・・フン、虎さんが鼻を鳴らした。
「生きたくても生きられず、死んでいくヤツが多いのに贅沢な事だ。お前の境遇がどうだか知らんが、同情するつもりも助けるつもりも無い」
「ほい、それで結構。ただねぇ・・・」
ジイィィ~と見つめる詩乃・・ただならぬ視線にたじろぐ虎さん。
「最後に耳の後ろに有る、白い丸の所が触りたいなぁ~~なんて、えへっ」
「断る!!!」
ちぇっ、ケチ・・・。可愛いよね、虎の耳裏の白い〇。
拳だけで要石を破壊するのは、流石に骨に悪そうだから<空の魔石>で良い物を作ってプレゼントした。
≪メリケンサック≫今はナックルダスターと言うのかな?
その昔、中2病を発症したお兄が通販で買った事が有ったのだ。護身用でも下手に持って居るのが見つかると・・ちょっとお兄さん、そこの交番まで行こうか?と言われる代物である。
指を衝撃から守るように拳型に穴が4つ空いている、お兄のは更に凶悪で拳型のリングの上に棘が生えていた。その護身用の武器は幸いな事に使用される事は無かった様だが、隠れて詩乃がウララちゃんの背中を<メリケンサック>でカシカシ掻いていたのは秘密の話だ。
「大きな手だから・・このくらいかな?」
一応左右両方作ってみました虎獣人のメリケンサック!良いねぇ~格ゲーに出てきそうだ。虎さんは、余り気が進まない様だったが、手を怪我するといけないからと忠告するとシブシブ嵌めてみてくれた。おおぅ、かこいい!!
詩乃の相手をしているのが面倒になったのか、虎さんはこの石を破壊すれば良いのだな、と念を押すと呼吸を整え要石に向かって腕を振り下ろすウオーミングアップを始めた。瓦を割る空手家みたいだ。
要石が割れてドームが崩れたら、死に戻りしてあちらの世界に返れるか?
単なる死亡で自由になるのか、それとも・・。
考えていても仕方が無い。
「やっちまいな!!」詩乃は叫んだ。
今回時間が前後したり、詩乃と虎さんの胸中の話が多かったりで、読みにくかったでしょうか?
お話書くのって、難しいですねぇ~~~。(/ω\)