撒いた種が刈られる時
「どっこいしょ~~~~。」
今日も今日とて、人間重機として作業に励む詩乃さんだ。
もう爺ちゃんの村は作業が完了し、マグデンスの隊員達は別の村へと移っている。
いやぁ~~、爺ちゃんとのお別れの時は感涙ものでしたよ。
4カ月近く村に居たからかな?村人もみんな元気を取り戻して、標準体型に戻りつつあるし肌艶も良くなった。廃墟になったお家も建て直して(ザンボアンガ系の建築業者に建ててもらったのだ、6男に売った以外にも魔獣を狩って稼いでいるしね。)、上下水道も完備した(水石とスライム浄化槽だ)、今は秋の収穫を楽しみにしつつ冬に備えている。燃やす薪など無いので、各家に暖房用の魔術具のコピーを配った。秋には川を魚が遡上してくるそうなので、それを換金しつつ冬を越していくのだろう。此処はトデリの様に港が結氷しないから、冬にもそれなりの漁が出来るそうだ。今は船が無いのでトデリに発注を掛けておいた、パガイ商会が来年の春には納品してくれると言う。
爺ちゃんは
「土手に<メウ>の木をたくさん植えたから、是非また遊びに来て見ておくれ。」
と言ってくれた、王宮時代に一緒にメウの花見をし、梅干しを作った事を覚えていてくれたんだね。爺ちゃんこそ長生きしてほしいものだ、この世界の詩乃の爺ちゃんに(勝手に)認定しているので、これからもヨロシクね・・と思っている。
思い出も色々出来たしね。
荒れ地に撒いた蕎麦みたいな穀物ソバンを、時短魔法で育てて、御粥だったかな?とガレットを作って振る舞ったりもした。こんな美味しい物が収穫されると解れば、働く意欲も増すだろう?
せっかくソバンも有る事だし、海も近いから<昆布モドキ>を取って来て浜辺で干して<昆布>にしてみた。それに椎茸に似た茸をこれまた干して、ダシを取り醤油擬きと合わせて<めんつゆ>を作り、そば粉と少量の小麦粉を捏ね捏ねして<蕎麦>を作ってみた。
食べなれない味と形だと戸惑うかな?と思ったが、腹ペコの前では何でも美味しいらしい。ツユの中に揚げた茄子モドキや、焼いた長葱モドキ、肉なども豪勢に入れたので美味しいと皆の評判も上々で、詩乃も懐かしい故郷の味に盛大にお代わりをした。みんなフォークで巻き付けて食べていたが、此処は是非<すすって>食べるイキを感じて欲しくって、江戸っ子さながらに箸でズズッと食べて見せたのだが・・・ドン引きされちゃったのは苦い思い出で有る。
爺ちゃんには
「それで貴族の奥さんとして、本当にやっていけるのか?」
と、心の底から心配されてしまったよ・・・グヌヌゥ。
楽しかった・・・みんなに感謝されれば嬉しいし、整えられた畑を眺めれば達成感が沸き起こるしね。
*****
今は無人の村を整備している、無人になった理由は魔獣の襲撃や年貢?の取り立てが厳しくて、村人たちが逃げ出してしまった為だ。人もあんまり少なくなりすぎると、仕事を手分けしてこなす事も出来なくなるし、疲弊してしまって生活も出来ない様だ。生き残った村人達は、これまた人口の減った村へと身を寄せている。
3か所の村を合併して、一番様子が良さそうなこの村に移住させる為に、まず農地の整備と家屋・上下水道などの整備をしている所だ。
この村は川から少し離れているので、交通の便が悪い・・・川までの道も整備しなくてはならない。道はね面倒臭いから、結界で覆ってアスファルト舗装みたいにする事にした。水はけが悪いので緩い曲面に加工して、左右の地面に水が流れる様にしている。此処は<空の魔石>でコピーした魔術具を持ったラセンさんが黒さんと作業している、ふたりはすっかり仲が良いコンビで、ラセンさんは黒さんとモルちゃんの専属お世話係になっている。
ドラゴンも増えたから<マグデンス>には専属のお世話係が3人に増やされて、食事係とか経理とか・・人が増えたり、出入りが多くて覚えきれない。
頼りない代表で申し訳ない、その分シャルワが働いているけどな。
「土地の基礎工事が終われば、来週からは建物の建設が始められるな。」
お久しぶりですパガイさん。
今日はザンボアンガ系の建築士?の人を連れて下見に来ていた、建物は2×4で出来ていて、すでにユニットに組んであるそうだ。
川を遡って船で荷を運び、道の所まで着いたら船に浮遊の魔術具を取り付けて運んでくるらしい・・マウさんが大活躍だね。大変な様だが、飛行船の数は限りが有るし・・今は、南の伯爵領の方で活動しているそうだから船とマウで運ぶしかない様だ。
ハイジャイに残っている様なドラゴン達は、基本働くのが好きでは無い子達なので、これ以上ドラゴンを増やすのも無理そうだし・・・神聖なるドラゴン様をこき使うのも気が引けると言うものだ。
特にハイジャイのなんちゃら大佐は、トンスラと詩乃とマグデンスの面々が大っ嫌いらしいので、御近づきにはなりたくはないものである。ドラゴン様を使役するなと、毎月の様にトンスラに抗議文が送られてくるそうだ。
詩乃もターさんと結婚したから、ハイジャイの侯爵家とは完全に縁が切れたし、ガタガタ言われる筋合いは無い。断絶してスッキリしたよ、結婚して良かったと思える事例である。
*****
昼食後、モルちゃんに背中を預けてウトウトしていると、ヒソヒソと皆が話している声が聞こえた。過保護な隊員達は昔と変わらず、詩乃には面白く無い話は伏せておくように気遣っている。・・・聞こえているけどね、お気持ちは有難いので知らない振りをして狸寝入りしているのだ。
「とうとう公爵家も金が底を衝いた様だ、ご自慢の孫息子が婿に出されるぞ。」
「第1王子だった、あの色男がか?どこに婿に行くんだ。東の王国か?」
「あそこは貴族に不足は無いからな、そんな金喰い虫はいらんとさ。魔力が不足している辺境の山国に行かせるようだ。向こうも相当金を積んだみたいだからな、顔と魔力には不足は無いから・・まぁ、お互い良い条件だったんじゃないか?1億ガル出すらしいからな辺境は。」
「何それぇ、仮死状態の魔獣より安いじゃないのぉ。」
ハハハハハ・・・・笑い声がする。
『➀王子は、王宮で何度か顔を見た覚えが有るけど・・・怒ったら、厚い化粧がひび割れて・・それが凄かった覚えが有る。そうか・・外国に婿に行くのか。
思えば7年近くフラフラとして働きもせず、公爵家を食い潰した様なものだ・・・子供って育て損なうと凄く怖いよね。』
「公爵はケチだからな、財産は無くしたくない様で、庶子から売りに出そうとしたらしいが。」
「奴隷市場は閉鎖されているだろう、まだ闇市とかが有るのか?」
「海外に出されると手出しが出来ないからな、主要な港には騎士団が駐屯しているが、小さな港で<荷>を運び出し、沖で大型船に積み替えられるとな・・・。中々摘発は難しいんだ。」
『グルルルル~~~~唸っているのはニーゴさんか・・ザンボアンガ系は、その手の話は他人事には思えないのだろう。』
「シ~ノンが魔術具を渡していただろう?・・あいつらに。」
「代官候補の軍人崩れ達か?契約のメダルと引き換えに、何だか大量に持たせていた様だったが。」
「あれだろ?結界と認識疎外の魔術具、あれ凄いんだ、身に着けていると本当に気付かれない。魔獣にも効くから驚いたよ、流石魔術師長の作だよね。森での作業にはホント助かってるよ。」
「公爵が売ろうと手を出す前に、皆揃って消えていたそうだ・・1人残らずな。」
『ふぇ~~~~危機一髪だったよねぇ、危なかった~~~。』
「公爵の奴、売り物が無くなったので、ついには前妻の子供や孫達を売り飛ばした様だ・・・後妻の子供も女は売りに出された。」
「女は兎も角、貴族の男なんて使い道あるか?」
「魔力を搾り取られるそうだ、そんな禁呪を残している国もあるらしくてな。半分は船に乗り込む前に摘発されて、今は聖女・・王妃様によって神殿にかくまわれているそうだ。身を寄せる場所も無いからな、このまま神殿で神官コースだろう。」
『冬虫夏草を刑罰に使う国なのだろうか、恐ろしいね・・。』
「公爵は長く患っている病が有る、病を軽減させる為に<癒しの魔術>が必要なのだが、それには魔石がタップリといる・・魔石は金がかかる・・悪循環だな。」
『河馬公爵は生活習慣病だよ・・いくら癒しの魔術を掛けても、生活そのものを見直さなくては、治るモノも治らないだろうに。』
「終わりの日は近いな・・・自分のまいた種で病むのは構わんが、周りはいい迷惑だな・・・➀王子はまだましな処遇だが。奴の母親も付いて行くらしいし。」
「人は生きて来たように・・死んで行くものだ。」
「あの村人達の様子を見たら、とても同情は出来ないねぇ。売られても、今まで腹一杯食っていただけでもマシさぁ。」
皆の話を聞いていたら本当に眠り込んでしまった様で、気が付いたら夕方になったいた。
「起こしてくれたらよかったのに。」
そう詩乃は抗議したが、声を掛けても起きなかったと言われてしまった。
何でも<人妻>に触れる事はご法度の様で、揺り動かす事が出来なかったらしい。
連日の作業で疲れが出たんだろう、俺達だってキツイんだから、無理をするなと労わられてしまった。仕事を怠けてしまったからね、夕食は食事係の人を手伝ってトロトロの<豚さん系魔獣の角煮>を作ってみました。疲れた体に甘めの煮汁が美味かったようで、皆からは好評を得た・・・多めに作ったからターさんにお土産に少し取っておくかな?
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そうして夏も終わり・・秋が近づいて来た頃に、あの<河馬公爵>が亡くなったと情報が入って来た。河馬は最後まで死ぬ気など無かったようで、大事な跡目の事などは何も考えてはいなかったらしい、河馬の死後<御家騒動>が勃発したと言う事だ。
騒乱を勝ち抜いて、公爵家を継いだのは<後妻さんの3男>だと言う男で・・・つまりは、彼ら新しい代官達の計画通りに事が運んだと言う訳なのだろう。
公爵家の御家騒動は、兄弟間で血を流す争いに発展し・・人死にも出た様で・・少しばかり心が重い。
丘の上に立って、新しく出来たばかりの村を眺める。
公爵領でも僻地のこの地域は、農地に出来るような土地が少なく、山がちなので傾斜地を使った放牧・・<山ギヤ>や<山メメイ>などの家畜を育て、肉や羊毛・・・乳を加工してチーズの生産を目指す事になるそうだ。チーズの工場や、山を掘り抜いて作った保管場所も完備した。冬には家畜の<毛>を使った毛糸造りや、ウールの布地の生産も出来るだろう・・・あとは村人が家畜を連れながら入村して来るのを待つばかりだ。
6男のところから、チーズ作りの指導員が来て貰う契約も済ましたし・・・やる事はもう無い。村人が来る前に、詩乃達<マグデンス>は撤退する運びとなっている。
新しい家を見た村人が<何と言う事でしょう!>と感動する顔も見たかったが、次の仕事が押しているので仕方が無い。
「どうした姫さん、ぼんやりして。」
シャルワが話しかけて来た、寡黙で不機嫌がデフォの彼から話掛けて来たと言う事は、何か知らせたい情報でも有るのだろう。
「姫さんの事だから気に病んでいると思ってな・・・今回の<公爵家>の後継ぎ争いは、稀に見る軽い争いだった事を知るべきだぞ?
普通なら争いに巻き込まれ、弓矢の様に使い捨てにされる筈だった庶子達は、事前に避難できて無事だったし。前妻の子供達は売り払われていなかったしな・・・後妻の子供3人の争いで済んで、被害は最小限に抑えられた。勿論、領地内はどこも無事で平民に被害は無い。怪我をした長男・次男は神殿に幽閉されたが・・・人死にと言うのは、子供同士の争いを止めようとした後妻が自害した件だけだ。」
『そうか・・・お母さんを失くすまで、兄弟喧嘩が終わらなかったのか。悲しかっただろうな、お母さんも・・・。』
「何で其処まで欲を掻くのかねぇ・・・アッシの故郷には<ほどほど>と言う、いい言葉が有るんだがねぃ。」
「どう言う意味なんだ?」
「ちょうど良い塩梅・・・って意味。自分の身の丈に見合った欲で、ほどほどに生きて居れば幸せになれる・・・アッシのお爺ちゃんがいつも言っていた言葉だよ。」
・・・まぁ、欲も無ければ人間成長しないのだろうが・・・。
「自分の身の丈を、客観視できる様な人間は少なかろうさ。」
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その頃・・王都の外れの某伯爵の屋敷の書斎の中で。
これほど自分を客観視出来ていない男はいないだろう・・と、他人に思われている初老の男が、偉そうにふんぞり返って、彼の2人の息子と対峙していた。
ご存知<新王の忠犬で脳筋>のプマタシアンタルと、<虎の目部隊>隊長で神殿騎士あがりのジャンビの腹違いの兄弟だ。彼らは新王の出した<御触れ>の為に呼び出されたのである。
新王の<御触れ>とは・・・跡目争いを起こさない為に、50歳過ぎたら<後継者>を指名し、速やかに引継ぎを済ませ<隠居>する事・・・だ。
伯爵は
「さて、ゲームを始めようではないか。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう言い放った。
次回・・・誰も気にもしていない、プウのお話です・・・需要有るかな?