わずかな絆
初めての、家族側の7年間の話です。
『夜勤は疲れる・・・。』
不夜城と呼ばれる、有数の繁華街のど真ん中にある交番にその男は勤務していた。
始発がまだ動かずに、街のごみを漁ろうとカラス達が働き出す前の・・・ほんの僅かの間だが、街が深い水底に沈んだ様に静寂に包まれ、時が止まった様な数分が有る。
巨大なスクランブル交差点の信号だけが点滅して、暗い紫色の・・夜にも朝にも思えるような・・・泣きたくなるような空を見上げて、若い警官はため息を吐きだした。
『もう7年近くなるか、3歳年下の妹が突然行方不明になったのは。』
夏休みがまじかだった暑かったあの日、住宅街の路地に妹の使っていたお気に入りの黄色い某キャラのポシェットと、近所の有名進学校の女生徒の鞄が道に投げ出されていたのだ。
女生徒は学校の内外でも有名な美人で、以前からストーカーの被害などに遭っていたので、警察に相談していた記録も有り誘拐の疑いが掛けられていた。
妹は・・不幸にも、偶然その場に居合わせた為に、事件に巻き込まれたのだろう・・と言われていたのだが。有力な情報も無く、捜査は一向に進まず・・・今に至っている。
家族もチラシなどを手作りし、駅やスーパーの前で配ったりもしたのだが。
『・・・もう、ずるずると7年も経ってしまった。』
捜索活動の先頭に立っていた爺ちゃんは、長年の疲れが出たのか持病が悪化して入院中だし、婆ちゃんは足が不自由になって老人ホームの世話になっている。
両親は相変わらず熱心に仕事に励んでいるが・・・じっとしているのが辛いのか、無理に仕事を詰め込んでいる様にも見える。・・・山好きな親父が、あれ以来山には行っていないし、若作りでお洒落だったお袋も、めっきり老け込んでしまった様に思う。
『俺だって・・・。』
高校の頃は熱心に道場に通い、総合格闘技の選手を目指していたのだが・・・進路の希望を変え、こうして警官になっている。
妹が行方不明になった時に、親切に家族に寄り添い、マスコミや謂れの無い中傷から庇ってくれた刑事さんに憧れたからだ。
あれから、家族の人生をも変えられてしまったように思う・・・詩乃は家族のムードメーカーだった。マイペースな両親をフォローして良く働いていた、家事は小学生の頃から良く手伝っていたし、いなくなる前までは飯はほとんど妹が作っていた。お袋より飯が美味くて、俺の道着なども嫌がったが・・洗ってくれていた。バラバラになりそうな危うい関係の家族を、辛うじて繋げていたのは妹の存在だった様に思う。
なぜ妹が、理不尽な目に遭わねばならなかったのだろう、アイツはいつだって一生懸命で、真面目で世話焼きで・・可愛い俺の妹だったのに。
痴漢に遭わない様に、道場に連れて行って防御の方法も教えただろう・・・道場の仲間も心配してくれて、仕事の出長先でもチラシを配ってくれているんだぞ。
『詩乃・・・お前、生きているのか・・幸せか?』
そんな事を考えていたら、突然目の前のビルに映像が映し出された・・・なんだプロジェクションマッピングか?そんな話聞いていないぞ・・・イベントをやるなら、当然警察に道路使用許可やモロモロ届けがいるだろうが・・・大体こんな人がいない時間に何を考えているのだ。
ボワッと映っていた映像が、だんだん鮮明になって。
・・えっ・・ええええええええええええええ・・・・・あれは・・詩乃?
其処には巨大なピンク色をした、ドラゴンに乗っている白無垢姿の・・・7年振りの妹の姿が写っていた。
いやぁ・・・色々とアレでしたよ・・・。
深く詮索して欲しくは無いが、ターさんの自己結界の中では時間は止まっているそうなので、使用人さん一同には、消えて・現れた・・一瞬の出来事の様に思えただろうが・・・長く熱いランパールの夜だったと言わせてもらいましょう。
・・・・8番目をどうしてくれようかと・・考え中である。
とにかく、3日後には結婚式・・・これだけは決定事項なのだった。
<思考の残滓>とか言うモノを、あれやこれやして元の世界と一瞬でもつなげる為に、ターさんは書斎にこもって何やら陣を研究・構築中だ。
・・・詩乃がやる事と言ったら、自分の衣装の制作ぐらいかな?
まぁ、女の子にとって花嫁衣裳って言うのは・・・夢の様な・・・無駄じゃね?と思う様な?そんな代物だと思うのだが。・・難しいよね、派手に作り過ぎると衣装に負けてしまって滑稽になるし?地味過ぎると貧乏くさい・・・家族に余計な心配を掛けそうだし。
確かにお爺ちゃんとお婆ちゃんは、いつも<孫の花嫁姿を見るまでは~~>とか言っていたな。別段深い意味は無く<お元気ですね~><はいはい、孫の花嫁姿を~>くらいの、まぁ挨拶の一種ぐらいの感じだったように思うけど?其処まで深く考えちゃいないと思うがな~ぁ?
ターさんがハッチャケているので、まあ・・好きにすれば?と思っている。
贖罪のつもりなんだろうし、万が一でも上手く行って、自分が元気に生きている事が伝われば、家族の皆の気分も少しは楽になってくれるかも・・そうなれば良いなぁ・・そう思って。
自分があちらの世界から忽然と消えて、凄く心配してくれていると思うし、その為に体調を崩したりしていたら・・・詩乃だって悲しいからだ。
「お爺ちゃん・お婆ちゃん世代だったら、花嫁衣装は白無垢だよね~。」
お婆ちゃんは和裁をやっていたので、部屋に大きな裁ち板が置いてあったし、和服は身近に有った物だった。最も花嫁衣裳の打掛などは仕立てるのがとっても難しいそうで、専門の業者さんが作っていた様に思う。裾に綿を入れて膨らみを出したり、帯の膨らみを見込んで裾の長さを決めるなど、自作するのは難しそうだ・・・<空の魔石>で作ればいけるかな・・・。
細部など良く覚えていないけど・・・昔、某女優さんが着ていた花嫁衣裳が素敵だったんだよね~。角隠しでも無く綿帽子でも無く・・頭に白い生花風のヘッドドレスを飾っていたのが話題になっていたっけ・・・その後離婚したようだがな。
着付けるのも大変なんだよね、結婚式場には専門の着付けの人がいるそうだが・・・むぅ~~~。
そんな事をウダウダ考えて居たら、王妃様から連絡が入った・・どうやら、結婚式の事がバレたらしい。まぁ、この屋敷には王妃様の子飼いのスパイもいるよね・・・ってか、全員がそうだよねぇ。
王都に居る王妃様と魔術具を使ってテレビ電話の様に通話をした、鏡かなんかに写るのかな?とファンタジー風に思っていたけれど、油膜のはったガラス窓みたいなもので、微妙に画面が歪むのが可笑しくて笑いそうになった。お札を凸凹に折って、諭吉さんを変な顔にする悪戯が有ったが、あんな感じで王妃様の顔が歪むので腹筋が痛くて辛抱たまらんかった。
斯く斯くしかじかと結婚式をあげる事になった経緯を話す、<絆の残滓>が消える前に行いたいので、<春の女神の祭り>の期間で忙しい所大変恐縮ですが・・・と話を結んだ。
王妃様派しばらく難しい顔をして考え込んでいたが、ランパールに聖女様を派遣するとか言い出した。
「はぁ?聖女様は<春の女神の祭り>ではメインキャストですよね、お忙しいのではないですか?」
王妃様が言う事には、貴族の結婚には神殿の承認のサインが要るらしい。
花嫁・花婿がサインをし、最後に神官がサインをして魔術具に収め神殿に奉納すると言う。離婚は難しいそうなのだが、男女とも浮気し放題なので特に問題も無いらしい・・・そうなのか?
「その様子を向こうの世界に送る事が出来れば、神官姿の聖女様も当然一緒に写り込むでしょう?聖女様のご家族も、彼女が元気に活躍している姿を見れば、少しは心が宥められるでしょう。」
「・・・・そう・・ですね・・・。」
「これでも貴方達二人には、申し訳ない事をしたと思っているのよ・・まさか、あのボンクラ神殿のアホ神官がほじくり出して来た魔術陣で、本当に召喚できるなどとは誰も夢にも思っていなかったしね。」
『さいですか・・でも来た以上は、有効利用し尽すんですよねぇ。』
今日中に打ち合わせを済まさせて、明後日の朝にはそちらに魔術陣で送るから・・そう言い残すと王妃様は消えていった。
「またあの王太子が反対して大騒ぎするだろうな・・・うぜぇ。」
溺愛されて、箱詰め状態の聖女様は、当然王都から出た事が無い。
この世界の夜空の星の綺麗さも知らないはずだ・・・見せてあげたいな。空気だけは綺麗だからね、星空は此方の世界の方が素敵だろう。
・・・・家族の皆にも見せたいな・・・月が3っも有るのを見せたら、此処が異世界だと納得するだろうし。でも夜だと暗くて顔が見えないか・・・此方の状況を知らせる為に、異世界感を前面に出したいのだけれど。
異世界・・・ドラゴン・・・・。
でも、モルちゃんは変化の途中で無理だしなぁ。
『大丈夫だよ!!詩乃ちゃんの結婚式には絶対に立ち会うから、全力で変化するから!!』
頭の中にモルちゃんの声が響いた。
*****
「お久ぶりです、お爺様は御具合は如何ですか?」
ロマンスグレーのダンディな男性が詩乃の祖父母の家にやって来た、聖女様のお父様である・・古い祖父母の日本家屋には異物感が半端ないが、にこやかに笑って仕立ての良いスーツを気にする事無く正座している。
事件の直後には良く顔を合わせていた両家だったが、この数年は疎遠になったいた。
美人の娘を持つ両親としたら、平凡な中学生の女の子を事件に巻き込んでしまった様で、訪問するのも居た堪れなかっただろう。またマスコミやネットなどでは、美人な少女は兎も角、巻き込まれた中学生の子は殺されているだろうとか、無責任な話を言いたい放題に垂れ流していて・・・両家としては聞くに堪えがたかった経緯もあったのだ。
爺ちゃんは病院から家に帰っていた、自分の家の畳の上で、自分の布団で死にたいと願った為である。近所のお医者さんに見守られながら、悠々自適な我が家生活を楽しんでいる。病院に入院していた頃よりも、元気そうに見えるのは住み慣れた我が家に居るせいなのか。
会社を早期退職した親父が、ホームから帰って来た婆ちゃん共々世話をしている。なんでも両親をそのままにしておいたら、詩乃に怒られる様な気がして・・との事だ。
在宅でパソコンを使って何やら仕事もしている様なので、家族としたら思いがけずに・・・良かった!と思える変化だった。
「孫の花嫁姿も見れましたしなぁ、もう思い残すことはありゃんせんよ。」
皺だらけの顔をニコニコさせて話す爺ちゃん。
あの日、お兄がみた幻想の様な不思議な映像は、早朝にも関わらず多くの動画に撮影されていて、ネットに投稿・拡散されていったのだ。
【異世界トリップ?まじ?】
【あのドラゴン、CGなの?超リアルなんだけど。】
【聖女の人凄い美人!惚れちゃう!!神秘的。】
【銀髪の男、渋いね~~。カッコいい!やっぱCGなの?会いたい。】
詩乃に対する感想は少なかったが・・・。
やがて人々は、7年前の美少女失踪事件を思い出した。
あの時の美少女が・・神秘的な神官の服を着た<聖女様>なのではないのかと。
勿論、詩乃の家族も動画を見た・・・画像が荒く、何とも言いようがなかったのだが・・・お兄が肉眼で見たその幻影は、確かに詩乃を思い出す姿だった。
それも花嫁が白無垢姿で、合わせに赤の半襟を使い、髪に白い花を飾り・・・かつて中学生だった詩乃が憧れていた装いで現れたので・・・信じたい気持ちにもなったのだ。何より白無垢姿で元気よく<ピース>とサインを送る姿は、かつての詩乃を彷彿とさせたし、目立つ頬の黒子もそのままだった。
「今日はこれをお届けに来ました。」
風呂敷に包まれたパネルを取り出す、聖女様のお父様・・・。
「これは専門の業者に頼んで、映像を鮮明化した物のパネルです、どうぞお納めください。」
家族が集まって、頭をひっ付けあってパネルを覗く・・・其処には、普通の写真と変わらない鮮明な画像で白無垢姿の詩乃と寄り添うピンクのドラゴンが写っていた。
「詩乃ちゃん・・・可愛そうに・・・可愛いよ・・。」
婆ちゃんが泣きながら、パネルを撫でる・・・可愛いよ白無垢姿・・・可愛そうに詩乃ちゃん・・と何度も呟きながら。お袋はそんな婆ちゃんの背中をずっと擦っていた。
「ご家族としては複雑なお気持ちですよね・・・私も娘の姿を見た時には、あぁ・・生きていてくれたんだ、と安堵の気持ちがまず湧きましたが、次の瞬間怒りで目の前が真っ赤になりましたから。美女神官・・異世界の奇跡などと持ち上げられても、愛娘が手元に戻って来るわけでは有りませんしね。理不尽さに慟哭したものですよ・・・私の娘を返せと・・・。」
美少女のお父様もこの7年で、随分と老けたように思う。
「それでも、何やら仕事を持ち、自立した生活を送っている様で・・安心したように思います。」
そんな話をして、お父様はパネルを3つおいて帰って行った。
一つ目は・・・白無垢姿の詩乃と、ピンク色のドラゴンが写ったもの。(これはニコニコと笑いピースサインをしている。)
二つ目は・・・詩乃と対面している、何やらキンキラした衣装を着た仏頂面した銀髪の男。背景にピンクとグリーンのドラゴンの姿。(詩乃も仏頂面で・・似たような雰囲気の2人に見える。)
三つ目は・・・詩乃と仏頂面した男と、神々しさを振りまく神官の様な服を着たかつての美少女・・現美女のモノである・・・何やら誓約書などにサインをしている雰囲気だ。(完全に主役を取られて詩乃はモブになっている・・・これは詩乃の結婚式なのだろう?)家族としては、ちょっとばかり面白く無い。
一つ目のパネルは、祖父母の家の茶の間の、茶箪笥の上に飾られている。婆ちゃんは朝に夕に陰膳を据え、お茶菓子や手仕事で作った細工物を置いて、詩乃の無事を朝に晩に祈って拝んでいる。
残りのパネルは、いなくなったあの日のまま・・そのままの状態に保存されていた、詩乃の四畳半の部屋の机の上に飾られた。詩乃が部屋を散らかしていなかったのが救いだった・・・まずい物は上手い事隠しておいたようだ・・・セーフ!!
半年前に老衰で亡くなったウララちゃんは、亡くなる少し前からボケたせいか夜泣きが激しくなり、困った家族が詩乃の使っていたタオルケットを与えた所、落ち着いてくれて・・・その後眠るように息を引き取っていった・・・火葬を済ませた骨壺はこれまた詩乃の部屋のカラーボックスの上に置かれているのだった。
「あの世に行ったら、詩乃の世界に行って・・詩乃の背後霊?守護霊?になるんじゃぃ。」
爺さんは亡くなる時を楽しみ?に、婆さんと残りの日々を楽し気に過ごしている。
あいつ、シスコンだったんだな・・と、言われている俺は・・・。
「あの銀髪の気障野郎め、詩乃を不幸にしたら承知しない!」
腹が立ってしょうがなく・・・。
俺が、髪を銀色に染めている不良達には、妙に厳しくなったのも・・・致し方の無い事なのだろう。
異世界トリップ・・お話だから良いのです。
拉致・・・駄目!!・・・絶対!!