ランパールの夜~2
『何だ此処は、いったい私はどうしたのだ。』
360度見渡しても・・・見慣れぬ広場の様な場所は、薄いピンクのシャァクラーの木が沢山植わっており、花盛りになっているのだが、不思議な事に誰の姿も見当たらない。
自分を確認しようとしても、手や足・・どうにか腰などは見えるのだが・・・自分を見ているハズなのだが、其処には自分の手足は無く、何やら細い子供の手足が見えるだけで何とも心もとない感じだ。
「詩乃ちゃん、ここよ。ほら良い場所が取れたでしょう。」
唐突に話しかけられ驚く。
其処には・・何やら薄い顔をした貧相な格好をした老婆が、やけに青色が冴えたツルツルした敷物の上に足を折って座っている・・・足をあのように折って座るなどとは・・奴隷なのだろうか、それにしては老婆は楽しそうに笑っているが。
「お待たせ~、お爺ちゃんお婆ちゃん!今日のお重は自信作なんだよ、お母さんがお花見の為に特別に予算をくれたからねぇ、大奮発!!
定番のから揚げでしょ、アスパラのベーコン巻にチーズのベーコン巻。ミニハンバーグにシイタケの肉詰め、細葱入りのだし巻き卵・筑前煮に若竹煮。野菜のスティックはディップが2種類・ポテトサラダ。ご飯モノはね、おにぎりは・塩サケ・昆布・梅干しの3種類。お稲荷さんはプレーンなのと、甘酢生姜と鳥そぼろ・茗荷と柚子皮入りの3種類・・お茶はほうじ茶で~~す。」
聞きなれた声がする・・・いや、この体の持ち主が発した声なのか。
いつのまにか敷物の上に、老人に男と女・・・少年が座っていた。何だあの座り方は、足を交差して尻を落としているとは見苦しい、此処のマナーはどうなっているのだ。
体の持ち主はフンフンと鼻歌を歌いながら、大きな布を解いて中から艶やかな花が描かれた、四角くて重ねられた黒塗りの箱を取り出した。
四角い入れ物に詰められた物は食べ物なのか?確かに旨そうだが・・・。
小さな手で敷物の上に所狭しと並べ始める・・テーブルも無しに敷物の上に直に置くのか?信じられん。何処の蛮族なのだ、この者達は。
「お酒は吟醸発砲酒とビールよぉ。アワアワしてて素敵なの!」
若作りな女が、大人たちのコップに酒?を注いで回っている・・酌婦なのか。
それにしては華が無いが・・よく見るとこの者達は血族なのか、顔も雰囲気も良く似ている。髪を丸刈りにされている奴隷の少年が、不意に私の肩を押した・・・力が強いぞ、この無礼者め!態度の悪い奴隷だな。
「詩乃取り皿は?」
「紙皿はエコでは無いからね、再利用出来るように100均のプラ皿だよ。お兄は帰りの荷物持ちヨロシクね。手伝いもせずに道場から公園に直行だなんて、マジ狡いんだから。」
「もうすぐ大会だから仕方が無いだろ~~、おぅう美味ぇえ!!ちなみに花見の後は道場に直帰だ。」
彼らはシャァクラーの花の下で宴会を始めた、何なんだこれは・・・カトラリーも無く2本の棒を器用に使い、食べ物を挟んで食べている・・こんな習慣は始めて見る・・この近辺の国には無いものだ。
「お兄!から揚げは一人4個までだよ!食べすぎ!!」
私の手が奴隷の少年の手を止めた、グヌヌ~~~っと力比べを始める。
少年は片手で私は両手だ、それでも力負けをしている・・随分と悔しそうだな。
「若いと腹が減るんもんだ、ほれ爺のを食え。」
「むぅ~。」
この体の持ち主は多いに不満を感じた様で、頬に空気を溜め膨らませている。
「よしよし詩乃ちゃんはバアバの分をお食べ、本当に詩乃ちゃんの作るお料理は美味しいねぇ。ほれ、あ~~~ん。」
「えへへへ・・・。」
機嫌は瞬時に治った様だ・・単純な奴だな。
老婆の皺だらけの手が、私の髪を優しく撫でているのを感じる。くすぐったい様な、暖かな手だ・・・気持ちが良いのあろう、この者の心が凪いでいくのが感じられる・・・皺皺の手だが。
目の前に2本の棒に挟まれた、から揚げなる料理が見えてきた・・・<あ~~~ん>・・うん、これは美味い。私も味を感じる事が出来た・・・・不思議な感覚だ、完全にこの体の主と同調している様だ。次はあの卵焼き?が食べたいぞ・・・ちがぅ・・それじゃ無い・・まぁ、これも美味いが。
これは海草か・・食えるのか?・・植物の若い幹か・・変わった食べ物だな。
・・・肉を寄越せ・・から揚げを。
美味しいねぇ~桜 綺麗だね~天気が晴れて良かったね~。
訳の解らない話題を並べながら、一族の者は食事を進める・・・。
おぃ、その色の黒い泡の出る飲み物はビールなのか?私の知るモノと随分様子が違う様だが。それを寄越せ・・・クソォ、聞こえないのか!飲みたいぞ!!
「うわぁ~~凄い!!」
シャァクラーの花びらが風に煽られて、一斉に花びらを散らすと、ドラゴンが舞う様に空に吹き上がって行く。周囲を薄いピンク色の花びら包まれて、ただ幼そうな<詩乃>と言う名の少女の声が聞こえてきた。
【凄く綺麗でしょ・・・これが桜吹雪・・・なんだよ】・・・と。
次に見えたのは大きなジフの花だった、木を囲むように四角い筏の様な支えと柱が立っていて、その隙間から沢山のジフの花がブウドの実の様にたわわに下がっている。
「大きいわねぇ・・藤の木って・・こんなにも大きくなるのねぇ。」
またあの老婆だ、先程より装いが立派になっている・・・影のようにしか見えないが、周囲にも沢山の人間がいる様だ・・ここは王宮の植物園みたいな所なのだろうか。
「紫色も薄紅色も綺麗だけれど・・・白が素敵ね。この夏のテキスタイルはボタニカル柄になるそうよ。むしろ薄い色味の和柄風が良いのじゃないかしら。藤とか素敵よね。」
若作りな酌婦もいる、女がズボンを履くなど何を考えているのだ。
やたら板の様に薄べったい物の操作を繰り返しているが・・・あれは映像の魔術具なのか?聖女様が例の事件の時に使っていた物とよく似ているが・・。
「お父さん、何か飛んでるよ・・蜂?なんか丸っこくて可愛いね。」
この声は<詩乃>と呼ばれる、この体の主だ・・また一族で行動・・旅でもしているのだろうか。
「マルハナバチだ・・この蜂は、航空力学上飛べない筈と言われ・・」
お父さん?<詩乃>の父親か・・随分無愛想な感じで、専門馬鹿な雰囲気を持つ壮年の男だな・・・と、言う事はあの酌婦は<詩乃>の母親なのか?・・・相当若作りに見えるのだが・・幾つぐらいなのだろうか。
「でも飛んでるねぇ・・早いし・・空中で止まるし。・・凄くない?」
「・・・レイノルズ数が・・・空気の粘度が・・・」
「そんなもん、根性で飛んでるんだろう、根性で!」
「理系と体育会系は、話が合わないわねぇ。」
あはははははは・・・・・・。
「藤のアイスだって、どんな味がするのかなぁ~~食べた~~い。」
小さな手が、三角錐の形をした焼き菓子の様な物に<アイスクリーム>を入れて貰ってご満悦の様だ。スプーンで掬ってパクッと食べる・・・冷たくて甘くて美味い・・・【これはアッシの故郷の味なんですよ。】シュノの言葉が蘇る。・・・この体の主の名は<詩乃>・シノ・・シュノ?!シュノなのか!!
場面がまた変わると、一面青い小さな花に覆われている丘に来たようだ。
「ネモフィラって小さくて地味な花だけど、団体でいると凄いねぇ。」
「空の青と丘の青がコラボして、綺麗よね・・・裾に花柄を入れるワンピースはどうかしら。」
「極楽に来た様じゃのぉ・・・良い所じゃぁなぁ。南無阿弥・・・。」
「やだなぁ、お婆ちゃん、極楽行くのはまだまだ早いよ。」
「そうじゃなぁ、孫娘の花嫁姿が見るまでは、頑張んなけりゃあなぁ。!!なぁ婆さん。」
「それじゃぁ~まだまだ先だ、100年は生きなきゃ、詩乃はモテないからな。」
「い~~~~~~だぁ!お兄のバ~~カァ!」
『そうだ、間違えが無い・・この幼げな少女はシュノなのだろう。此処はシュノの思い出の記憶の中なのか。仲良く過ごす姿は、平民の家族を彷彿とさせる・・だから、シュノは平民に拘り貴族を嫌い王都を出て行ったのか。』
「ウララちゃんにも見せてあがたかったね~~。」
「あの子は車が苦手だからねェ・・無理させても可哀想だしね。」
「犬ゲェ・・・マジ無理。」
「お土産買って帰ろうよ、犬に蛸とか烏賊はNGだっけ。」
家族はまだいるのか・・・。
「ウララちゃ~~ん、ただいまぁ。」
ウララちゃんは動物病院に預けられることなく、温室と母が言い張る屋根付きのテラスに餌・水配給マシーンと砂がこんもりしたトイレと一緒に待ったいた。
いきなりモフモフした毛玉が飛び掛かって来て、勢いに押され後ろに蹈鞴を踏む。
「お留守番させて御免ね~~、寂しかった?よしよし、ウララちゃん散歩行こうか。」
顔をベロベロと舐められて不愉快極まりない、何だってそんな事をさせるんだ、今すぐ顔を洗え!シュノは顔を洗うことも無く、ヌイに紐をつけると歩き出した。
しばらく歩くと河川敷なのだろうか、広々とした所に出た。川の護岸は何か堅そうな岩の様な物で固められており丈夫そうだ。川幅はランパールのそれに近いくらいか・・・遠く近くに、何本も橋が掛けられ騒々しい音を立てる騎乗動物がいない馬車の様なモノが走っている。夕日にそびえる、骨組みだけに見える塔の数々・・・川の向こうに連なる青い山と、頂上に白い雪を頂いた独立峰が見えた。
【何百年経っても変わらない景色・・あれが富士山、この国でいっち高い山。】
それからのシュノの夢の断片は、沢山の場面がパッ・パツ・パッと切り替わり目まぐるしかった。多分意識された風景から、無意識の記憶・・眠った為にランダムになったのだろう。
「詩乃~~、学校行こう~~。おはよう。」
揃いの服を着た、顔の薄い少女が呼びに来る・・・学校・・だと?
どうやらこの世界は、平民でも学び舎に行く様だ。4階建ての大きな四角い箱の中に少年少女が吸い込まれて行く、どうやら男女一緒に学問する様だ・・女に学問など不要だろうに。
「詩乃クラブに行こう、今日は飾り細工の貼り付け作業でしょ、楽しみ。」
「詩乃、漫画の最新刊でたよ~~。交換しよう。」
「詩乃、男子が掃除サボる~~、一緒に絞めよう!」
頭の中で シノシノシノシノ・・と繰り返されて、頭がグワングワンする。
「大変だ~~、夕方の特売が終わっちゃう!急がなきゃぁ。」
前後に車輪が有る、ヘンテコな自力運動で動く乗り物をこぐと、シュノは商店に走っていく・・・なんと目まぐるしい1日だ。クルクルとよく動いていて感心する、メイドにしたら優秀そうだ。
家に帰り付くとお仕着せを着替えて夕食の下準備だ。
「今日は肉団子の甘酢にしようかな、酢は肉体疲労に良いらしいからね。」
そうして夕食の下ごしらえを済ますと、ヌイの散歩・・・戻ったらすぐに坊主頭の少年も帰って来た。何やらドロドロで・・・汗臭い。
「お兄、お風呂湧いているよ・・・か・な・ら・ず・・体洗ってから湯船に入ってね。洗濯物は外の段ボールに入れておいて、別洗いするから・・・匂いが他の服に付くんだよ!」
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そうして・・また場面が変わり・・・詩乃は下女の部屋の様な狭苦しい場所で、ベットの上に座り込み金を勘定していたが・・こんな事を言い出した。
「2万8千7百円か・・溜まったねぇ。そろそろお宝が買えるかな?明日は休みだし、パワ石のお店に行ってみようかな。」
パワ石?・・・・店??
其処は不思議な店だった、雑多な石が売られているのだが、魔石では無く只の<空の石>だった。ご丁寧に丸や楕円にカットされていて、子供だましの様な品物を売っている。何処からか鳥の鳴き声が聞こえて来て、香の匂いが鼻を刺激する・・・男か女か解らない様な服を着た店主が、シュノに石を売り付け様と勧めている。
「この子はサンストーン・太陽の石なの。成功や勝利を約束する守り石・・・実力を発揮するのを手助けしてくれるモノなのよ。・・・転職にも良いのよ。」
そなた騙されているぞ・・やめろシュノ。
そう声を掛けたが聞こえる訳も無く、シュノは喜んでその石を買い上げると、胸に下げる飾りに整えて貰って店から出て行った。
人通りの無い住宅街を歩いていると、対面から見知った人物が姿を現した。
聖女・・さ・・ま・・・・・。
これは・・あの時の・・・召喚時の異世界側の様子なのか。
・・・まさかシュノが、ただ道を歩いていただけで、聖女様に巻き込まれる事になるとは・・・思っても居なかった。
カツーン・・・と、聖女様から<石>が落ちた・・・。
これは・・シュノが買った様な、只のガラクタの石ではなさそうだ・・・強い波動を感じる、この世界のパワースポットから掘り出された貴重な一品なのだろう。
「あの、ストラップ落されましたよ。」
シュノが拾って、聖女様に手渡そうとしている・・・カッ・・・!!
その途端、足元に魔術陣が展開された・・・良く見知った・・・そう、神殿が掘り起こし、この私が再生した次元をつなげる魔術陣だ。
聖女様が悲鳴を上げ、陣の中に飲み込まれて行く・・・彼女はシュノの手を掴んだままで、離そうとはしない。
「誰かー!誰か来て!!助けてーーー!」
シュノは必死になって叫んでいる、助けは来ない・・私が干渉している為だ。
聖女は頭の先が辛うじて見えるだけの状態になっても・・・腕だけが伸び、シュノの手を決して離そうとはしなかった。
「ごめん離して!無理、私モブだから!これ何かの間違えだから!!お願い離して!離してよぉ!!」
とうとうシュノの足が・・下半身が・・・握られた腕が魔術陣に飲み込まれて行く。
「いやーーーっ!怖い!怖い!怖い!!!お母さんーーお父さんーー助けてぇ!お爺ちゃんお婆ちゃん!!お兄!嫌だ嫌だ・・・怖いぇよぉ・・・・うららちゃ・・・・・・・・・。」
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『シュノ、シュノ!!しっかりしろ。』
シノ!!
昼寝から目覚めたら、ゴーグルとヘッドホンを付けて、妙に頭が大きい男に抱き締められていたでござる・・・・?はぁ?