舞踏会の攻防~2
余計な事を話すと襤褸が出る・・・沈黙は金だ!
主役は遅れてやって来るものらしい・・・。
王室関係者は、豪勢な控えの間で寛いで軽食を取っていた。
何たって主催者 兼 主賓なのだから、挨拶をする為に集まってくれた貴族達の大行列に、常に笑顔を絶やさずに、気を使ってお相手しなくてはならないのだ・・それもお仕事の内なのだが、かなりの苦行と言って良いだろう。
途中でお腹が空いて腹の虫が鳴かない様に、始まる前に軽く胃に入れておくのも大事な下準備なのである。
控えの間は和やかな雰囲気で、気弱な王様も王妃様の傍でニコニコと笑っている。
そう王様には喜ばしいイベントが控えているのだ・・・まだオフレコで緘口令が引かれてはいるが、今年の<春の女神の祭り>では、王様の退位と同時に、王太子の即位と聖女様が王妃となる事が発表される手はずとなっている。
この面白くも無い舞踏会で、楽しくも無いくだらない話を延々と聞かされるのも、これが最後だと思うと・・・思わずニヤケてしまうのも仕方が無い事だろう。
「王様、お顔とお姿が緩んでおられますよ。」
王妃様に注意されて、慌てて居住まいを正す。
「王様は本当に人混みが苦手ですものねぇ、でもたまには国の行事に御参加頂けると、家臣や民も喜びますわよ?」
聖女様にからかわれて、慌てて被りを振る爺王様・・・この数年で王様はすっかり老け込んでいた。それに引き換え王妃様は未だに美魔女の姿を保っており、<王様の生気でも吸い取っているんじゃね?>などと邪推されているのだが。
魔力の強い者は生命力も強く、長命だと言われているのだ・・・王様が隠居した後も、彼女は依然として皇太后として影響を保ち続けていく事だろう・・・王太子は内心のゲンナリ感を隠しながら虚ろに微笑んでいた。
「魔術師長と復興顧問がお越しになりました。」
侍従の言葉に聖女様が嬉しそうに、
「まぁ、待っていたのよ。早くお通しして頂戴。」
聖女の喜ぶ顔と、王太子がゲンナリ×2を押し殺す苦い顔。
それを愉快そうにニヤ付いて王妃様が見ている、何でしょうね・・・この殺伐としたホームドラマは。
ドアが開けられ、寄り添い入ってきた二人を見て、聖女様初め皆は驚きを隠せなかった。
・・・何だろう?この二人の馴染んでいる感じは?
長年連れ添った夫婦は似てくると言うが・・(そして王様夫婦は全然似てはいないが)・・・思考が似ているせいなのか、キビキビと歩く姿とか、椅子に座った姿勢とかが何だかとても似ている。
「久しいの、其方の南の伯爵領での活躍は耳にしていますよ。良く働いてくれました、思った以上の成果を上げましたね。」
「恐縮です。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
王妃様の賛辞にたったそれだけの返答かい、やっぱり似てるよこの二人・・・むしろ悪い部分が似て来てしまったようだ。
「素敵な衣装ね、見慣れないデザインだけれど、どちらで誂えたの?とても似合っていてよ。」
「有難うございます。王妃領で、ネツキ獣人のデザイナーの作です。」
若い女性を指してまるで花が咲いた様と・・・褒める言葉が有るのだが、今日の詩乃には文字通り花が咲いていた。淡いピンク色をしたバララの花が結界に包まれて、コサージュを飾る感じで上半身全体をお花畑の様に覆っている。キツネエは獣人ながらも微弱な魔力が有り、小物を作るのに活用しているそうだ・・流石キツネだけに化かすのが上手い。
『胸にボリューム感が乏しい方には、最適な意匠だと思います。胸の詰め物も目立ちませんし。』
『さようで・・・・。』
そんな会話が有った事など、おくびにも出さずに堂々と着ている。
『これはコスプレ・・恥ずかしくなんか無い・・無いやい!ブツブツブツ。』
デコルテと背中は透けるレースで覆われ、詩乃の若く・しなやかで健康的な美しさを誇っていた。
『詩乃様の背中は美しいですよ、無駄な脂肪が無くて、筋肉の動きが良く解る美味しそうな・・・いえ、魅力的な背中です。貴族の肥え太った女性には無い、若ユアの様なお姿です。』
『・・・食べ物に例えられてもな・・・。』
スカートの部分は、ターニーさんの目の色の明るい青が基調で、虹色に光る魔布が羽衣の様に使われている・・虹色は貴重なんだってさぁ、パガイさんめ・・広告塔にしたなモデル料払って貰うからな。
「また、貴族連中に何か言われそうな奇抜なドレスだな。」
王太子の発言に、詩乃は小首をかしげてターニーさんを見上げる。
「良く似合っている。」
『何このバカップル~~~~~!』
「冗談はさておき。」
姿勢を正して、王妃様の瞳をじっと見据える詩乃。
『・・・・何だと、今のは冗談だったのか?解りにくい奴だな。』
「王妃様・・例の件は、ご了承頂けたと思って宜しいですね。」
・・やはり、王宮の舞踏会・・ただ踊っていれば良い訳では無いらしい。
「お前、今度は何を始める気だぁ!私は何も聞いていないぞ!!」
王太子でもうすぐ王様になる男の声が響いた、どうやらハブにされたらしい。
******
「もっと絡んで差し上げようと思ったのに、振られ女の侯爵令嬢様は姿が見えなくなって仕舞ったわ。何処に隠れたのかしら、忌々しい事。」
底意地の悪い男爵令嬢は、キョロキョロと辺りを見回していた。
「やめなさいよ、あなた度胸あるわねぇ?侯爵家に喧嘩を売る気?」
「まさか~、あのお嬢様に喧嘩を受けて立つ様な、そんな根性有る訳ないわよ。今頃一人で隠れてさめざめと涙でも流しているんでしょう?いい気味だわ。」
【人は自分の能力や主観を超えるものを、正確には判断できない・・古の言い伝えは誠であった。】
頭の軽い令嬢たちは楽し気に格上令嬢の悪口を言い合っている、その薄暗い感情が、己の乏しい魔力に色を付けて、周囲に拡散している事にも気付かずに。
彼女達の周囲は今や土留め色に染まり、とてもじゃないが良識の有る男性は近づきたくも無い雰囲気になっていた。モテないのは理由がある、魔力と感情がリンクしていることも知らずに、自分の性根をさらけ出してしまっているのだ・・・ある意味正直者なのだろう・・・お付き合いするのはご遠慮申し上げたいが。
『バンメトート侯爵御夫妻、並びにルラルバンケアン侯爵ご夫婦ご到着です~。』
「まあ、あの両家がご一緒に?」
「では、マリナーウ様との婚約破棄の話はガセだったのかしら?」
会場に居る貴族はそれぞれに、異なる好奇心を持って侯爵家の様子を窺う。
しかしバンメトート侯爵夫妻は鉄壁な無表情で、(これはいつもと変わりは無い)・・・ルラルバンケアン侯爵の方は、いつもの不遜な態度は影を潜めていて・・・何故か俯き加減で足を引きずって歩いている。顔色も優れない様だ・・何か良く無い事でも有ったのだろうか。
噂好きな令嬢達達が妄想の翼を広げる前に、
『魔術師長様並びに、復興顧問様・・・ご到着~~。』
話題の中心人物が登場して来た、貴族達は彼方こちらと見るのに忙しい。
「え、何?復興顧問って・・何?もしかして男同士なの!!!!!!」
腐った思考の令嬢達は思わず顔を見合わせた、長年の独身の理由って・・・そう言う事だったのねっ!まぁまぁまぁ!
期待に胸膨らませて人を(爺ども)をかき分けて、ようやく前に進み出て、其処に見た者は・・・黒目・黒髪の聖女のオマケの小娘だった。
はぁ?!・・・其処はチェンジでお願いします!
新たな噂の主人公2人は・・・仲睦まじそう・・に・・・か????
何だか、婚約者とか恋人の甘い関係と言うのではなく・・・何だろう・・・上司と部下?親方と弟子?みたいな感じなのである。纏う雰囲気は似ていて(愛想笑いなどすることも無く、ただ黙って立っている所だとか。)確かに同じチームである事は感じさせるのだが・・・。
少なくても婚約関係とか・・そんな甘い感じには到底見えない。
しかもしばらくすると、魔術師長の方は魔術師関係の部下達と話を始め、エスコートするべきパートナーを放り出してしまったのだ・・・何たる事!
普通の令嬢なら、ここは怒髪天で怒り狂うシーンなのだが・・「私と仕事とドッチが大事なの?]と、詰め寄るべきシ~ンであるはずだ。
しかし復興顧問と呼ばれたオマケの小娘は、そんな事はどこ吹く風と、近寄って来た男性と話しを始めてしまった。・・・更なる何たる事だ!!
「紹介もされない男性と、親しく話すなんて・・なんて無作法なのかしら!」
呆れた様に話す令嬢達、男爵家の令嬢だってそのくらいの常識は弁えている。
「あの方は確か、北の方の・・トデリを治めるマルウム子爵様よねぇ。今回の王都訪問は、奥様同伴ではなかった筈だけれど・・・。良いのかしら、あんなに親しそうに話なんかして・・・ねぇあの2人、何だか怪しくない?」
怪しくも無い所から、無理矢理モウモウと煙を吐き出させるのが令嬢クオリティーだ。これは速攻噂になって、王都中を駆け回る事だろう。スキャンダルの主人公にしては激しく地味で、何の面白みも感じ無いが、マルウム子爵はこのところ家具の生産で羽振りが良い様だから、妾の一人も囲ったって可笑しくは無いだろう。
渦中の詩乃達はすこぶる呑気に、
「お久しぶりでやす子爵様、お元気そうで何よりだぁ。どうでやすかぃ螺鈿細工の売れ行きの方は。」
「ああ、お陰様で人気が高くてね、5年先まで受注生産が詰まっているよ・・・トデリの皆も喜んでくれるだろうし、お・・私も奥さんに褒めてもらえそうで嬉しいよ。」
人の良い子爵様は、目じりの皺を深くして笑うが何だか少し元気がない・・お疲れ気味の様にも見える。それに何かまだ言いたそうに、モジモジしているではないか、エアリーディングに優れた詩乃が<吐いてしまえば楽になるぜ旦那>とばかりに、目を細めて軽く顎を上げて促してみると。
「シ~ノン君に紹介されたあの商人・・・パガイ商会だが・・・そのパガイ君が・・・凄く厳しいんだ。売り上げ目標は高いし、茶会の予定やお誘いの返事も勝手にどんどん決めちゃうし、正直言うと大変なんだよ。彼に一言、言ってやってはくれないか・・・子爵様が弱っているから、少しは控えてやる様にと・・・。」
盛大に泣きが入った、ガンガン鍛えているねぇ~パガイさん。
「う~~~んっと・・・ガンバ?」
「ええ~~~それだけ?酷くないかい、シ~ノン君。」
「酷くは無いでしょう。ほほほ・・・・。」
そう笑って話に割り込んで来たのは、婆伯爵だ・・・彼女はパガイ商会の貸衣装を身に纏いつつも、目立つ2連の長いパールのネックレスを誇らしそうにぶら下げて(えらく萎びた広告塔だが)近寄って来た。
「ポワフ領では魔貝の養殖が本格的に始まりましたよ、核を入れ込んでも出来の良い玉になる物は少ないそうですから、螺鈿細工に使われる素材は続々と出来上がる事でしょう。どんどん引き取ってもらわねば、此方も領民の健康に障りが出ますからね。」
ポワフ隊長、マメに婆と連絡を取っている様だ、でも肝心の報告がなされていない様だな・・通話の魔術具はお高いものねぇ仕方ないか。
「そうそう報告が遅くになりやしたが、伯爵様。例のトンネルが開通しましたよ。あのトンネルはかなりの数の枝道も掘られていやしてね、食品や酒・薬草の保存に適しているそうなんです。それに結界を張れば、魔貝石の保存にも使えるらしくてねぇ。今、ビューティーさんが支持を出して、ザンボアンガ系の魔術師が整備しているところだそうですよ。」
魔貝石の保存が出来ると知って、子爵様は少しホッとしたようだ。
「いきなり大量に商品を流すと、価格が下がりますからね・・・貴重品として高値で売るのが賢いやり方だ。まぁビューティーさんが仕切っていれば間違いは無いだろうけどさぁ。」
そのビューティーさんとパガイさんが、商売を競っている事は誰も知らなかったが・・・たぶん、負けた方が尻に敷かれるのだろう。
楽しくお喋りしていたら邪魔が入った。
「ほぅ、誰かと思ったら黒髪のオマケの小娘では無いか。」
でっぷりと太った油ギシュな壮年の男が近づいた来た、お前誰だよ・・・呼んでないぞ、あっちイケ!しっしっ!!
不愉快な心中を押し殺して、相手にするべきかどうか悩んでいたら、いつの間にか背後に侍従のかっこをしたシャルワさんが(パガイさんの貸衣装屋で、下級貴族の衣装より侍従の方が安かったので、それをチョイスしたそうだ・・・似合っている。生まれながらの侍従の様だ。)控えていて、コソッと情報を教えてくれた。
「➀王子の母親の実家、公爵家のゆかりの者で、傘下の三下ルグロ男爵だ。領地は荒れ切って領民は逃散して、ただいま人口0地帯。」
『へ~、そんな危機的状況の中で、良くこんなにヘベレケに酔っぱらっていられるねぇ。いや?むしろ自棄のヤンパチで、タダ酒かっ食らっているのかな。』
「お前の様な平民が、何故ここにいるのだ。ほう?少しは王都の水に馴染んだのか、垢抜けたではないか。よし興が乗った、抱いてやるからこっちに来い。」
止めておけば良いのに、この助平親父め・・・。
どう絞めてやろうかと考えていたら、地獄耳のターニーさんが離れた場所から眼を飛ばして来た。便利だね、遠隔攻撃・・・詩乃の腕を取ろうと手を伸ばしたアホ男爵は、手が届く寸前に膝から崩れ落ちた・・倒れて白目を剥いているけど・・・大丈夫なのだろうか?どうでも良いけど。
彼は<飲みすぎ>の一言で片付けられて、会場の外へと侍従たちによって運び出されて行った・・あれが
➀王子の身内か~~、上から下まで始末に悪いね・・・あんな奴ばかりなのかな。
「王宮の庭師の爺様の居場所は、公爵の直轄地だから・・あの男爵の所よりは少しはマシだろがな。」
詩乃の不安を察したのか、良く出来た侍従様が慰めてくれたが。
どうやって➀元王子の実家に食い込もうか・・・考えているうちに王様一家の登場が、派手なファンファーレと共に告げられた。
聖女様の影響で、半魚人のフリルは絶滅したようです。
魔布を売りまくって、パガイさんホクホク(*´▽`*)。