青い森のほとりの村~6 サヨナラ
サヨナラだけが人生よ・・・その2。
そうして騒動から数日過ぎたある晴れた日、待ちに待った物資がやって来た。
別に詩乃は急いてはいないのだが、何故だか王妃様からトットと動け、先に急げと指令が来ているらしくプウとラチャ先生の機嫌が悪いのだ。もう行くぞと言われても、チビの村が軌道に乗るまでは詩乃は動くつもりは無かったので無視している・・別に急ぐ旅でもあるまいし。王妃様のクレームなど放っておけば良いのに、誠に宮仕えと言うのは難儀な物で有るな・・御気の毒さま。
幸せの運び屋こと6男はスモーキークオーツちゃんに騎乗し、お宝を乗せた飛行船は一回り小さなドラゴンが2頭で引いて来た。荷が重かったのか、かなりお疲れのようである、気の毒に思った詩乃は<美味しい水>をふるまってやった。少し冷たくしてあるから美味しいはずだ、2頭は喉をクルルル・・と鳴らして喜んでくれた。萌え~。
何でもこの2頭は王妃様発案の<トンスラ・ドラゴン空輸学校>の1期生で、人間に従順になるように洗脳?されているそうなのだ・・おかわいそうに。
誰だ?ドラゴンで空飛ぶ宅急便をしたら良いのに~なんてほざいたのは。
『お前だよ、セルフ突っ込みで誤魔化す、私は多分悪くない~~』
飛行船から降りて来た農業技術者は・・うぅむ、どれどれ。
素朴な感じ?ラチャ先生やプウ師範がケーキの10種盛りだとしたら、この人はみたらし団子や草餅の様な良い素朴な感じだろうか?
ふむふむ、姉ちゃんは美少女だが森ガール的だからバームクーヘン?日本に馴染んだ洋菓子な感じだから、お似合いな二人と言えなくも無い。日本茶に合いそうだ・・何を言っているのだろう?お見合い婆の霊が取り付いて、何だか思考がおかしくなっている様だ。
むぅ?その後に続いて2人の男性が降りて来た、身なりは整っている様だが貴族様では無いな・・A級平民か?ノイズがするが貴族程はトゲトゲはしていない。
「皆さんご紹介致します、此方のお二方は伯爵家から出向でいらした文官さんです。村の被害調査の聞き取りや、公爵家との農業技術供与の契約等の話し合いをする予定です。しばらく村に滞在しますから、よろしくお願いしますね。貴族ではありませんので、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
・・と、モブ顔の公爵家の6男坊が申しております。
こうしてみるとあの残念臭の漂うモブ顔も捨てたもんじゃなさそうだ、どこに行っても警戒される事なく周囲に溶け込めるのだろう、すでに10年前からの知り合いの様に此処の村人にも馴染んでいる。・・むぅ?ポジション的には同族なのか?文官の話など興味が無い詩乃は、さっそくお宝の<新種の苗>を見せてもらう事にした。
何て言う事でしょう・・・お宝の苗は・・・サツマイモでした。
南の方の特産で荒れた土地にも強く、連作障害もほぼ無いスペシャルプランツ。
お助け芋とか呼ばれてたっけ・・凄く良いチョイスだよ6男坊。
詩乃の曾婆ちゃんは、畑で毎年サツマイモを育てていた。
秋になり実って来ると近所の保育園の園児達が軍手(百均の手袋)と長靴でやって来るのだ・・芋ほりにな。チビ達がキャイキャイ言って楽し気に芋を掘るのを、ニコニコして見ていたような曾婆ちゃんだった。曾婆ちゃんから教わった育て方を、一生懸命思い出してみる。
『ええぇと、確か水はけを良くするために30センチ程高く畝を作って・・植え付けた時にはたっぷり水を上げて・・後は少な目だっけ?乾燥が好きなはず・・でぇ~。ツル返しって何でっけ?何かやっていたね、確かハッパが育ち過ぎると芋が大きくならないとか何とか。収穫後1~2週間すると甘くなる。それからそれから』
フゥ~フゥ~言いながら一生懸命思い出していたら、皆にドン引きされちゃった、怖かったかな?詩乃の知識は農業技術者のみに伝える事にした、その方が此処での活動がやりやすくなるだろうからね。
でも詩乃の知識は大体知っていた様だった、さすが専門家だね、出しゃばってスイマセンと謝ったら知識の裏付けが出来て安心しましたと言ってくれた。性格が良いね!!益々良いね!!姉ちゃんをよろしくね。
このところ性格に難が有る奴とばかりつるんでいたから、純朴そうな青年の笑顔にホッコリとくる。
何か勝手に安心していたら6男からリクエストが入った、何でも芋が手元にあるのだが、どのように料理していいか解らないと言う。是非ともレシピを公開してくれだってさっ、喜んでーー!
こらから皆で頑張って育てるのだ!芋の美味しい味を知ったら作業にも熱が入る事だろう。詩乃様にまかせなさい!・・と、言っても。芋の一番美味しい食べ方は、何たって焼き芋でしょう。
子供達に指先程のなるべく平たい石を拾って来てもらう、落ち葉は無い季節だから石焼き芋が良いだろう。蒸かしイモも作るか、蒸かした芋を蒸しパンに入れるのも捨てがたい。詩乃にとっては曾婆ちゃんの味だ、遊びに行くと良く作ってくれたものだ。此処ではバターとか無いからな、お菓子は作れないか・・ううむぅ。
蒸かした芋を味見してみる、甘みの強い美味しい芋だった。
そういえば曾婆ちゃんは取れ過ぎた芋を、ペースト状にしてパンに塗って食べていたっけ。寒天が無いから芋羊羹は作れないが、貴重な甘味が楽しめるかもしれない。此処のパンは無発酵みたいな素朴なパンだ、小麦粉と塩を捏ねればすぐに焼けるのだ、鉄板に叩きつけるように伸ばして焼いてみる。その間に柔らかくして蒸した芋をペースト状にして、焼き立てのパンに塗り付けもう一度焼いてみる。
『芋に焦げ目をつけたいのだがなぁ、オーブンが有ればなぁ・・此処では無理か、せめて石窯が有ったらな。贅沢言ったらキリが無いか、芋を育てて豊かになって後は自力で頑張って頂きたい』
それでも悔しいので木っ端に火を付けて表面を炙ってみる、砂糖でもあれば表面がカリカリに焦げて美味しそうなんだろうけど・・あまり贅沢を知っても後が辛いだろうし。
植える土地が変われば、この芋の味も変わるのだろう、植物ってそう言う物らしいから。土と人の手が芋の味を変えて行く、其処の所は覚悟しておかなければなるまいよ。その辺の試行錯誤は農業技術者の青年に丸投げだ、プロの意地にかけて美味しい芋を生産してくれたまえよ。グッドラック!
種類は少ないが量だけは大量に作ってみた、6男の芋だしな。
「みんな出来やんしたよ~~~」
鍋をガンガン叩いて呼ばわる・・こう言う所が残念の所以なのだが本人は気づいていない。
異世界の芋料理・・と言う割には、素材の味が生きている素朴な食べ物だが、村人は大変に喜んでくれた。甘味の少ない生活では芋の甘さでも大変なご馳走なのだろう、特にパンの芋ペーストは好評で(曾婆ちゃんと味覚の好みが似ているのか)皆で分け合い大事に大事に食べていた。
「美味しい?そりゃぁ良かった~~」
浮かれている村人に農業青年がおもむろに語りだす。
「今から苗を植え付ければ、秋にはこの芋が取れる予定なんです」
控えめな農業技術者の発言だが、村人の脳内にはすでに芋畑が広がっている様だった。笑顔のチビッ子達、お母さん・お婆ちゃん・・この笑顔が続きますように・・詩乃はそう祈らずにはいられなかった。
プチパーティが終わった後、詩乃はラチャ先生に協力してもらって気温を操り、時短魔術を使って<干し芋>の作り方を農業技術者に教えた。こればかりは冬の寒さが必要なので、皆の目の前では作れなかったのだ。干し芋は手間は掛かるが保存食になるし、旅人にでも売れたら小銭も稼げるだろう。
この村は次の避難所とのちょうど中間地点に在る、朝歩き出してちょうど昼飯が欲しくなる頃にこの村にたどり着く距離なのだ。
「いつの日にか白骨街道が、もっと安全で使いやすく、皆が利用できるようになったらよぅ、この村に<休憩所>を作れたら良いでやんすね。木の陰に小屋を作って日陰を造り、縁台を並べて、お茶やお菓子・・芋とか?ふるまって一休み出来る場所の事を<茶店>と言うんですよぅ。訪れた旅人は遠い街の話を語ってくれて、此処の芋の美味しさに驚いて・・また出かけた遠い街で、美味しかった此処の芋の話をするんでやす。素敵だと思いませんかねぇ?」
盗賊や魔獣のでる、今の白骨街道を考えると夢のまた夢だが・・。
「あの子達が大きくなって子を成し、孫が出来る頃には実現できると良いですねぃ」・・そんな夢を詩乃は、語っていた。
そうして翌朝早く、旅の不仲間は青い森のほとりの村を後にする事にした。
畑の整備もあらかた終わったし指導者も到着した、もう詩乃達のすることは無い。
後は自力で頑張ってもらうだけだ、冷たい様だが困っている村は他にも沢山在るのだろうから。王妃様から、早く次に向かえと命令書が何度も届いている。
・・ほんっと、人使いの荒いオバハンだわ。
村人達は揃って白骨街道の入り口のゲートまで見送りに来てくれた、村人に混じって農業技術者君とチビの姉ちゃんが何気に並んでいるのがツボだった。
チビはラチャ先生との別れに、水で造った花を見せて来た。
花は数秒で消えてしまったけれど、ラチャ先生は「励めよ、お前にしか思いつかない事を考えるのだ」と話しかけていた。言葉はぶっきらぼうだったが、小さな弟子を心配している気持ちが溢れていた。
一方のプウ師範は声の限りのダミ声で「ありやとうぅーごぜぇえーましたぁあーー」と、体育会系のノリで叫ばれていた。
「うむ」と頷いて、マントを払い颯爽と去って行く。
『何かっこ付けているんだか、けっーーー』
「かっこいい~~俺、憧れる~~」
アニキ好きなのか悶えている少年がいたが・・勘違いだ辞めておけ。
詩乃には女の子達が綺麗な花冠を作って頭にかぶせてくれた。
「有難うございました、聖女様の御使いのオマケ様」
・・何でオマケの情報が漏れているのか・・ちょっとイラッとしたが。
まぁいいや。この村に訪れる事は二度と無いのだろうし・・。
白骨街道を無言でテクテクと歩く、話す事も別段無いしね・・・・。
夕方近くになって突然光が遮られて、真上を影が横切って行ったので驚いた。見上げれば、ドラゴンに引かれた飛行船が村の方角に飛んで行くところだった。
奴隷状態で発見されて無事保護され、村に帰還する父ちゃん達を乗せた飛行船達なのだろう。『何人かの父親は亡くなっている・・』
6男の声が蘇って来る・・嫌だ嫌だ!!また誰かが泣くのだ。
下を向き唇を噛みしめる詩乃に
「お前のせいでは無い、お前は良く頑張っていると思う」
そう、ぶっきらぼうに言うとラチャ先生は詩乃の頭をグリグイと撫でた。
首がグラングランするんですけど、その撫で方はドラゴン仕様では有りません?
・・この2人でも気が重いのだろう・・平民の家族が、こんなにも絆が深いとは思わなかった・・と呟いていたのだから。貴族の家族の有り方はもっとドライなのに違いない、一つ屋根の下に腹違いの兄弟がゴロゴロ居るそうだから・・サバイバル?下剋上的家族関係で大変そうだ。
詩乃は二人から離れて遅れて歩くと、こっそりと<空の魔石>を取り出しアベンチュリンを造り出した。花冠をそっと外して(まだ被っていたのだ)石に添える。
【アベンチュリン・・・最悪の事態を好転させ、新たな流れに乗れるように見守る願い石】
悲しむ人たちに寄り添い、新たな生きる希望を見出せる様に守って下さい・・そう願いながら。
「実行!」
詩乃は、花冠とアベンチュリンを夕焼けの空高く投げ上げた。
・・青い森のほとりの村では、突然の訃報に崩れ嘆き悲しむ人達の上に。
突然・・天から花弁が降り注いで来て、慰めるように舞い、やがて寄り添う様に消えて行ったと言う・・そんな話が言い伝えられている。
そうしてチビが爺様なった頃。
・・賑わいを見せる街道の茶店では、今日もかぐわしい芋が焼かれていた。
甘くて香ばしい、疲れた体に染みわたる様な優しいお味なお助け芋。
・・・聖女芋・・・・・・皆はそう呼んでいる。
焼き芋の美味しい季節が近づいてきましたね~~。ホットミルクと食べるのがベストだと思います~。