アウェーなお宅訪問~3
今の御嫁さん(候補)は強い強い!
眠い・・・だた・・ひたすら眠い・・・・・・。
訳の解らない話をさっきから延々と聞かされている訳だが、何この拷問・・・まるで午後一の数学の授業の様に、詩乃の指向性の強い脳ミソ(興味の有る事しか受け付けようとしない)を通り過ぎていく・・何かの呪文の様に。
曾爺ちゃんのお葬式を思い出すな、延々と訳の解らないお経を唱えられて・・ウトウトするとジャ~~~ンと鐘が鳴らさせて、ビクッと目が覚めて・・何の嫌がらせかと思ったっけ。
小僧の騒動から、場所を代えての圧迫面接が続いているのだが・・今度の部屋は、陰気臭い(よく言えば歴史と伝統の重みが感じられる)代々の侯爵の執務室なのだそうだ。
重厚な黒光りする机を前に、何かの書類を見つめつつ話し続ける侯爵・・・これじゃぁ本当に就職の面接だわ・・した事ないけど。
ちなみに詩乃の座る椅子は背もたれが無く、微妙な嫌がらせを感じざるを得ない・・というか感じているライブで。
この部屋にいる3人(侯爵夫婦&執事)からは、まるで匂いがする様などす黒い、負の感情のオ~ラが漏れ漂っているのだ・・・これは嫌われたもんだねぃ。
他の侍従?みたいなオジサンは無関心だ、壁と同化しているプロの侍従だねぃ・・素晴らしい。
執務室にはこれといって華やかな装飾は無く、その代わりに田舎の民宿に良くある<鴨居にご先祖様の写真がズラ~~~ッ>と飾ってあるアレのごたるに、肖像画が壁一面に飾ってあり威圧感が半端ない。
『なんかさぁ、どの人も銀髪・青目で似たようなものなんだから・・・一つ飾ればいいんじゃね?』
はるか昔詩乃が小学生の頃だったか・・・夏休みにお父さんが<旅行だ>と言って、車で連れ出てくれたのは良かったが、肝心のお父さん本人は一人で山に縦走に出かけてしまい、詩乃は麓の民宿にとり残されて<一人山村留学>みたいに過ごした事が有ったのだが・・・夏休みのショッパイ思い出だ(ふざけんな親父!それ以来、お父さんと旅行に行かなくなった詩乃だった。)。
宿のお婆ちゃんが良い人だったからまぁ楽しかった(気を使って貰ったのだろう)が、余所のご先祖様達がズラ~~~ッと見つめる中で、ご飯を頂いたり眠ったりするのは・・・アウェー感が凄まじかった覚えが有る。
何で急にそんな事を思い出したかと言うと、今とその時、どっちの方がアウェー感が強いだろうか・・・と考えたからだ。・・・・・霊界VS異世界だからなぁ。
因みにそのお婆ちゃんとは数回年賀状のやり取りを交わした覚えが有るが、ある年に宛名不明で年賀はがきが戻って来たのだった・・・老人ホームにでも引っ越ししたのか・亡くなったのか・はたまた異世界に召喚されたのか・・・。
ぼそぼそぼそぼそぼそ
不毛な語りは続く、かれこれ1時間は一方的に喋っているんじゃないかな?喉乾かないのかねこの人、居眠りするのと話を遮るのはどっちが失礼だろうか。
『背もたれが無い椅子だからねぃ、コケる自信がしこたまあるわ。』
「・・・と、言う訳なのだ。解ってくれたかね。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「いえ、まったく。」
お互い見つめ合う事しばし、今の絶望感は侯爵と自分と、どちらの方が深いだろうか。時間が無駄になったね、巻き戻したいぐらいだ。
「貴方の頭は空っぽなのですか、侯爵様の御話を聞いていなかったのですか。」
大体こう言う時に噛みついて来るのは忠犬執事だ・・ひつじなのに忠犬とはこれいかに。ひつじじゃないよしつじだよ・・セルフ突っ込みで不毛な感情を紛らす。
「申し訳ないが、貴族的婉曲な表現は理解できない。3行で言って下さい。]
これには侯爵夫妻も冷血そうな執事も絶句した。
悪いがあんたの息子も理解出来ないと思うぞ?ターニーさんは言葉や文章に簡潔さを求める、効率が良い・時間の無駄が省けるからだ・・とかカッコ付けて言って付けてはいるが・・・本音は長く無駄な装飾語が多いと、相手が何が言いたいのかサッパリ理解出来ないからだ。
詩乃とナカ~マである。
コホン・・咳払いした執事が
「では私から・・・・良く聞いてください。
〇バンメトート侯爵家は由緒ある家柄である。
〇嫁として迎えるには、相応の能力と貴族的優美さが求められる。
〇こちらの条件に添えないと思えば、そちらから婚約を辞退するべきだ
・・・・以上です、お分かりいただけましたか?そのオツムでも。」
慇懃に振る舞いながらも、詩乃をあざけるオ~ラが執事の本性をさらけ出す。
こいつ根性が悪いな・・無表情の中にも意地の悪い好奇心が隠されていない。漆黒のオ~ラがwktkと輝いている・・こう言う奴がドS野郎で・・モラハラ野郎なのだろうか。
『いや~~っ、たったそれだけ言いたいが為にこんなに時間を潰したのか・・貴族って本当に暇人だな。こんな事なら、早く切り上げてお土産を買いに行きたかったよ。』
「では、謹んでご回答いたします。
〇ラチャターニー氏から婚約の打診を受けた時には、家名を名乗る事は有りませんでした。故に私はラチャターニー氏個人に縁付つもりであって、バンメトート侯爵家に嫁ぐつもりも、この家に係るつもりも微塵も御座いませぬ。
〇私に何を求めてラチャターニー氏が婚姻を申し込んだのかは、私には与り知らぬ事であります。御子息に直接お聞きになれば良い事だと考えます。
〇ご子息の回答を聞いた上で、尚この婚約に反対ならば、貴方が御子息に破談せよと命令すればいい。私は彼の意思を尊重するし、誰を恨むつもりも無い。自分で言いにくい事を此方に回すなヘタレ・・以上です・・もう帰って良いですか?」
詩乃の余りの言い様に、侯爵夫妻はじめ執事、傍に控える壁の様な無関心侍従までもが凍り付いた。名高い有家であるバンメトート侯爵家に対して、何たる態度・・コケにするにも程があるだろうが。
侯爵は内心の怒りを隠しつつ、努めて静かに冷静に・・・
「ラチャターニーはバンメトート侯爵家の長男だ、跡取りとして相応の覚悟と態度を要求される・・・配偶者も同じだ、率直に言って君はその任に相応しくない。」
「同感です。」
意見が合っちゃった、やっふぅ。
何だろうね、この暖簾に腕押し・糠に釘・・的な不毛な会話は。
「婚約者の件は辞退してくれるのだね。」
「話の通じない人だなぁ、その件はラチャターニー氏に直接言えって言っているだろうに、そうして私は彼の意思に従うと・・・何故直接自分で話をしようとはしない?あんたの息子だろう・・・最も30年近く放置しておいた様だが?
何故今頃になって接触を図ったんだ?婚約をしたと聞いて、少しは息子が話しやすく、まともな人間になったとでも思ったのか?・・・残念だが、彼は昔と少しも変っちゃいないと思うよ。」
『何で世の親って息子が結婚して、嫁を貰うとまともな人間に進化すると思うのだろう?家の近所の山本さんの家で、DQNのお兄さんがお目出度くも結婚し、なんと孫がすぐに出来(でき婚)て、やれ嬉しやこれで少しは息子も落ち着いてまともになる・・・とご両親は狂喜乱舞していたのだが・・・すぐに息子の家庭は崩壊し(何でも息子のDVとパチンカスが原因で、嫁さんは浮気をしたらしい・・・あくまでも噂だが。)嫁は出て行くし息子は行方不明になるしで・・・結局、爺婆が一生懸命に孫を育てて行く羽目になったのだ。』
結局結婚ぐらいでは人の本性はそう変わらないモノだと・・お母さんがいつも言っていたっけ・・・だから病気や怪我・離婚と、どんな事になっても路頭に迷わない様に、手に職を付け貯金は欠かしたらアカンのだとな。
「子供の教育は母親の領分だ、父親が口を出す事では無い。」
「詭弁だね、今さっき小僧の母親を追い出す決断をしたのはアンタだろうが。
平民の世界では、父親の背中を見て子供は育って行くものなのさ。あんたは息子に何の接触もしなかった、魔術師長に預けたまま成人しても交流も持たず時間が過ぎた・・・父として何にも彼の中に残してこなかった責任は重いと思うよ?
・・小僧の件だって、言いにくい事をアッシに丸投げしたね、本来なら父親が諭すところだろうに、貸し1つだ・・・覚えておきな。」
小娘に偉そうに説教されたお偉い侯爵様は、青筋を立てて怒りを抑えている・・・いや、このオ~ラは怒りだけでは無いな・・・この根深いトラウマのような根源的な色合いを持つオ~ラは。
・・・・・恐れ・・・・怖いのだ・・・・・。
幼いターニーさんが起こした事故・・・広大な侯爵邸を破壊するような魔力を持つ息子が、心の奥底では恐ろしいのだ。息子の魔力の強さを誇る一方、あの光景が脳裏をよぎり心が竦んでしまう。兎が狼を本能的に恐れる様に・・理屈では越えられない恐怖となって親子の間に高い壁を作っている様なに思える。
『近所の山本さんも、DQNの息子さんが暴れると怖いと言っていた、家庭内暴力だっけ?顔に青タン作って近所の人に心配されても、息子を庇って転んだんだと言い訳していた・・・どうしたかな~山本さんは。』
「私にも覚えが有る・・・。」
語りだした詩乃に、夫妻と執事がハッと息を飲んで注目した。
『覚えが有るだと・・・そうなのか?!』
「悪人に誘拐された、獣人の子供達を親元まで返す仕事をしていた時だ。
途中でオレウアイの群れに襲われて、撃退したのはいいけれど・・・その後、豆ちゃん・・・狼族の幼い娘だが・・・怖がられてしまって。
それまで一緒に寝たり、膝に座ってきたりして仲良く過ごしていたのに・・・近寄ってもくれなくなって。」
『覚えが有るって、そっちかいーーーーー。』
「可愛い子でなぁ、アッシに良く懐いてくれていたのに・・・頑張って戦って助けたのにさぁ・・・怖がられて。・・・凄く・・すんごく・・悲しかった。」
本心で悲しんでいる詩乃に、流石の執事も声を掛けにくいようだ・・・内心はそう言う問題では無いと思いながらも。
「人様に怖がられると言う事は存外キツイものだ、特に親しい身内とか親からだと辛いと思う。ラチャターニー氏が自分から、此処に・・侯爵夫妻に会いたいと思える日が来るまで、もう少しそっとしてやってはくれまいか。
彼は唯一無二の魔術師だ、彼に代われる存在はいない。
でも侯爵家を継ぐ候補者は他にもいるだろう?彼の拠り所で生き甲斐は魔術だ・・・それを極める事で今まで孤独に耐え生きて来た、どうかそれを取り上げないでやって欲しい。」
詩乃は周囲に飾ってある歴代の侯爵の肖像画を眺めて、
「侯爵家を継ぐ条件に銀髪・青目が有るのなら・・・変化の魔術具を付ければ良い事だ。そんな魔術具なら彼が朝飯前に作り出してくれるさ、たかが髪や目の色で軽く扱われるなら、あの兄弟も可哀想だ・・・努力してそれでも出来が悪ければ、養子でも取れば良いしな。」
『創業家と言っても、規模が大きくなれば家族だけの会社では無くなるものだ。侯爵家が一つの会社の様なものなら、それなりの覚悟を創業者も持つべきなんだと思う・・無能な者には・・血縁であっても後を継がせないと。戦後町工場から発展して巨大な企業になった会社は多数あるが、創業者の子や孫が社長になっている処は少ないはずだ。』
「ラチャターニー氏は王宮主催の舞踏会には出席する、話が有ればその時にでもすれば良い。・・では私はこれで失礼しよう、ごきげんよう・・侯爵家の幾久しい発展をお祈り申し上げる。」
スッ・・・・
話し終えた途端婚約者候補が瞬時に消えた・・・侯爵家は主要な家人以外は魔術が使えない様にと、疎外の魔術陣を施してあるのだが・・・。
その陣をあっさりと蹴散らして、瞬時に消え去ったのだ・・・伊達にドラゴン様の騎士では無いらしい。
「あの子が選んだ女性に、私達が勝てるはずが無かったのですね・・。」
無口な奥様が初めて喋った・・・。
侯爵は王宮で、数十年振りに会った息子の言葉を思い出していた。
『私を恐れない、世界でただ一人の生き物・・・か。』
幼かった時のあの事故は、息子の心にも深い傷を残していたようだ・・幼さ故に忘れていると思っていたが。
そっとしておいてやってくれ・・・か、息子の心を思い、深く案じてくれる人が出来た事を、親としては喜ぶべきなのだろうが・・・。
しかし・・それにしても、口も態度もデカい妙な迫力を持つ娘だった。
ふんっ・・・魔術庁では女性の審美眼は育てられないか・・これでは孫も期待の持てる顔では無いだろう。ブツブツブツブツ・・・気に入らない。
詩乃にやり込められて鬱憤が溜まった侯爵は、心の内で密かに悪口を言って溜飲を下げたのだった・・・が、それが詩乃や息子に駄々洩れている事にはまったく気が付かなかった。
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詩乃は懐かしい王都の下町、昔ルイ君やパン屋の兄弟とつまみ細工を売った広場に佇んでいた。詩乃一人の魔力で此処まで転移出来る訳が無い、心の内でモルちゃん~お姉さま~ターニーさんと、ドラゴン経由で連絡を取って、ターニーさんに転移して貰ったのだ。
『あの両親の様子では、まだしばらくは合わない方が良い様な気がするなぁ。』
せっかく同じ世界にいる親子なのに、仲良く暮らせないなんて・・・。
『・・アッシが心配してもしょうがないか。』
詩乃は肩に掛けていたショールで黒い髪を覆うと
「あの兄弟のパン屋はどの辺だったっけ~~、御土産に買いたいんだけどなぁ。」
などと思いつつ下町の裏路地を歩いて行くのだった。
着飾っていても、下町で浮かない詩乃さん。
お迎えがくるまでショッピング(´・ω・`)。