アウェーなお宅訪問~1
アウェーに単独で行かせるなんて、ターニーさん最低~~~。
解っちゃいないだろうが・・・(´Д`)。
「元気そうで何よりだ。」
「はい。」
「其方の活躍は良く耳にしている、私も誇らしく思っているぞ。」
「ありがとうございます。」
『父親と息子の会話って、どうしてこうもノリが悪いんだろうねぇ。』
思えばお兄とお父さんも、二人で話しているところなんか滅多に見た事が無かったな、それぞれ自分の好きな事に没頭していたし?そもそも顔を合わせる時間が圧倒的に少なかった。お兄は朝練で早朝には家を出ていたし、父さんは仕事で帰るのが遅くて夕食は一緒できなかったのだ、それにお兄は夕食を食べて風呂に入ればバタンキューと寝ていたしな・・少しは勉強しろや。
普通はそんなモノだろう・・・だからトデリの様な小さな職住接近が基本な街で、家族が仲良く行動を共にしているのを見た時にはかなり驚いたし・・・多少憧れた様な気がしたものだ。まぁ・・・あの暮しも実際自分がやってみたら、結構ウザそうな気もするんだがな。
気難しくも無く、誰とでも明るく話ができる様な人物は営業職の属性を持っているのだろう・・・ターニーさんは理系の研究職属性だな・・・専門分野には滅法強いが、それ以外はヘッポコでまるで使い物にならない、そんな感じがする。
ノリの悪い2人を眺めていると、ターニーさんが耳を軽く押さえて通話を始めた。
・・なんだ、有るんじゃぁ無いかインカムが、いいなぁ欲しいぞ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
詩乃は沈黙を恐れない質なので、微笑んで仏像の様に澄まして座っている。
「すまないシュノ、仕事が入った。・・・申し訳有りませんが、此処で中座させていただきます。」
困った様に詩乃を見るターニーさんに、
「私の事はお気になさらず、王都を適当に散策して女官長の妹君のホテルにでも泊まりますから、時間が出来たら迎えに来てください。」
お土産探すのには丁度いいしな・・・そうしようと予定を立てたのに。
「結婚前の若い娘が、一人で出歩いてホテル等に泊まるものでは無い。
我が家に招こう、家内も貴方に会いたがっていたのだ、良い機会だしそうしなさい。ラチャターニー、安心して出かけるがいい、彼女は私が預かろう。」
『勝手に決めるなよ・・・なんだぁ?アッシは手荷物の一時預かり品か。』
嫌だなぁ、大体相方の実家なんて、超アウェーと相場が決まっているでは無いか。
皆が出前の特上寿司を食べている時に、振り掛けご飯が(美味しいけどさぁ)出てくるような、地獄の1丁目なのだろう・・・詩乃は家庭板の<奴隷~脱出コース>の書き込みを読むのが好きだったので(何でだ?・・ほら、知識は大事だからさぁ)その辺のイベントは無駄に知識があるのだ。
異世界の嫁(候補)イビリかぁ・・・むむぅ・・でも少し興味があるかもねぇ。
取材して<貴族の実態・花嫁の受難>とか8ちゃんに書かせてみるのも面白いかもしれない、詩乃の取り分は3割でいいぞ?平民はなんだかんだ言って貴族の暮らしに興味が有るからねぇ。』
「”*#*;*:・・・・シュノ聞いているのか?」
「はいっ?すいません聞いていませんでした・・・で?」
呆れたような2人は、とても似たような顔をして・・・確かに血のつながりのある親子なんだな~と実感させられたのだが・・・で・・・ドナドナである。
*****
王宮の正門から4頭立ての豪華なキンキラでフッカフカな座席の馬車で、一路<バンメトート侯爵家>へと向かう。車内には侍従さんがいて、独身の女性が狭い車内で男性と二人きりにならない様に配慮していた。貴族のスタンダードだな、こちとらターニーさんとドラゴンのタンデムで、空の上で二人きり~とかしているんだけど?今更感がひしひしとする。
『お余所の家に伺うのに、菓子折りの一つも持たなくて良いのかなぁ。』
・・・詩乃の考える事は小市民的だ・・・。
『いざとなれば胴巻の中から何か出せば良いだろう、貴族が喜ぶかどうかは定かでは無いが。』
話す事などターニーさん程も無いので、黙って窓の外を眺める・・・詩乃の記憶にある王都とはだいぶ違う様だ。此方様はオマケの詩乃が近づく事も出来なかった、貴族街のメインストリートなのだろう、ボコール公爵領スランに負けない様な華美で清潔に保たれている大通りを走り抜ける。街路樹や花なども植えられて、車道と歩道も分けられており、お洒落な昔のロンドン風の街灯が並んでいるのが良い景色となっていた。
「あの街灯はラチャターニーが設置した物だ、御蔭で夜も明るく犯罪も減ったのだ。」
何と話によるとターニーさんの御父上は、領地経営の他に王都の管理を一手に任されている、知事みたいな仕事をしている総督なのだそうだ・・・結構な権力者だねぃ。
「それは良う御座いましたなぁ。」
詩乃の言葉に露骨に顔を顰める侍従さん、下位の貴族の2男3男か・・・はたまたA級平民か?貴族の一族など、一種の有限会社の様なモノなのだろう。
家族同様の社員とか大勢いそうで、人間関係が細胞分裂の如くに増えて行く様で恐ろしい・・・顔を覚えられる気がしませんが・・どうしよう。
別に好かれようとか、媚びを売るつもりも、諂うつもりも無いのだが・・・正直言って面倒臭い・・・今までターニーさんの背後霊の事までは考えていなかったよ。
能面顔でウンザリした気持ちを隠しつつ、10分ほど走って着いた森の奥には、お城と言っても良い様な立派なお屋敷が建っていた・・・建て直したんだな。
車寄せに馬車が着けられ、数十人の使用人が整列する中、侯爵のエスコートで<比較的優雅に(詩乃比)>馬車を降りた。
そうして、慇懃に伏せられていながら値踏みする様な視線の中、大きく開かれた玄関へと向かう・・・其処には、とても三十路の息子を持つように思えない様な、お奇麗な典型的な貴族女性が立っていた。
タ-ニーさんの御母上なのだろうか?
目の色や顔の上半分は良く似て居る様に思う・・・下半分はね、ほら大人になると髭が生えたりするからね、よく解らない。
『そう言えば、ケツ顎の女の人は見た事が無いね・・・プウはケツ顎持ちだが、お母さんはケツ顎なのだろうか?・・・あいつがベビーだった頃など全然想像できないけど。』
不本意なお招きに心がどうでも良い事を考える・・・だって・・このお屋敷、アウェー感が半端ないんだもの。
魔力避けを付けているから、ノイズは感じないけれど・・・いつの頃からか感じて、見える様になっていたオ~ラが、相手が隠している感情を露わにしてくれている。
『侯爵も本心ではこの婚約に賛成してない様だし、にこやかに微笑んでいる奥様の内心は不振と・不満と・嫉妬(息子を取られたとでも思っているのか?)・・・そうして色濃い恐れが見えて取れる。』
詩乃はもういい大人だから、そんな他人様の暗黒面など無視できるし、適当にあしらえるが・・・子供頃にこんな経験をすれば病むよねぇ・・・そんな実感が持てる出会いだった。
爵位は持っていないし、婚約者(候補)なのだから、立場の弱い詩乃の方から挨拶するのが礼儀なのだろう、お母様は悠然と構え此方の出方を待っている。
「初めまして、ラチャターニー様より求婚され、了承いたしました詩乃・大西と申します。お目に掛かれて光栄です。」
『あんたの息子から言い出した事だ、文句が有るなら息子に言えや、ごらぁ。』
内心の言葉を、上品にオブラートに包んで言ってみましたが・・・如何でしょう?
奥様は片眼の瞼をピクッと動かしたが、流石に高位貴族の奥方様・・・厚い仮面はヒビも入らなかったようだ。最も彼女のオ~ラは、急激に暗色が広がって、内心は相当なお怒りの様だったが。
空気を読んだ執事が・・・(何だか偉そうな執事だね、我が家のワンコ執事さんの方が断然ラブリーでぃ。)応接室にお茶の御用意が整っています・・とか話し掛けている。接客は奥様の領分だから、其方に報告したのだろう。これからどの程度の部屋に通されるか・・・それで詩乃の存在をどう感じているのかが解る場面だ。普通の貴族の令嬢は通された部屋のグレードで、相手側からの暗黙のメッセージを受け取るのだろう。京都の伝説のブブ漬みたいなものか?
侯爵が奥様をエスコートして、移動しようとしたその時。
「まぁ、その方がラチャターニー様の思い人なの?ほほほ・・意外なご趣味のようねぇ。魔術の研究ばかりしていると、世間一般と女性の趣味もズレるのかしら。」
奥様よりかなり若く、少々悪役令嬢の残滓が残っているような、第2の夫人?が優雅に階段を下りながら現れた。彼女は後ろに成人前ぐらいの少年を引き連れて(もちろん。背丈は詩乃より、よほど高いが。)おり・・・どうやら、それが彼女の息子の様だった。
『これは、誰が侯爵家を継ぐのか?いわゆる跡目争い・御家騒動って奴?』
今まで象牙の塔に引きこもって世間から乖離していた長男が、突然勝手に婚約などをしたものだから、俗世に戻ろうとしている・・まさか!この侯爵家を継ぐつもりなのか?!・・等と、勝手に危機感でも持ったのだろうか?8ちゃん出番だぞ、御家騒動も書けそうだ。
『ターニーさんは、そんな面倒臭い事は興味無いと思うけどねぇ。』
彼女のオ~ラは闘志満々で真っ赤に燃え上がっていて、見ただけで火傷をしそうだ・・・向上心(意識が高い系なのかな?)が有り余っていて、侯爵には僻僻されているように見える(なんと公爵のオ~ラが縮んで萎れて行くではないか(笑)。)
奥様はつん・・とソッポを向いていて静観の構えだ。
『お・・面白い・・・これでは江戸城本丸・大奥の世界では無かろうか?御台所VSお局様か???ナレーターは誰だ!』
詩乃が内心ワクテカしていると、お局の息子・・・御控え様か?
「母が失礼な事を言いまして、申し訳ない・・・ボソッ<考えなしに喋るのだよ、あの人は>・・お手をどうぞ、私のエスコートで我慢してください。」
などと少年ながらも、貴族の女性なら心惹かれる笑顔で申し出て来た。
断る理由も無いので、差し出された手にそっと手を乗せる。
『鍛えられていない手だな、文官志望なのかな?ペンダコはあるが剣ダコは無しか・・・華奢な手だねぃ。周りには居ないタイプの手だな・・クスクス。』
こう見えて詩乃の腕は筋肉が付いていて重い、普通のご令嬢と同じだと思って貰ったら心外だ。体重を掛けても支えて居られるかな~?どれどれ。
【詩乃の脳ミソは、すでに脳筋菌に感染していて、人物への評価は筋肉の質で判断している様だ。腹筋の緩みは心の緩みだ!】
意識して腕の力を抜くと、御控え様は『ぐっ!』と息を飲んで、プルプルする手でエスコートを続けている・・・髪の生え際から汗が流れているのが見えた。
『・・面白い・・・少年、少しは鍛えたまえよ?』
*****
案内された応接室は、雪が片付けられた庭に面していて、綺麗な針葉樹が見渡せるなかなか良い部屋だった。今日は天気も良いので、温室のようなガラス張りの部屋は暖かく気持ちが良い。
これはかなりの好待遇なのかな・・・と、思いきや。
突然庭に面したガラスの扉が、バーーーンと音を立てて開けられると
「何だよ、全然ブスじゃないか!」
訓練用の剣を手にぶら下げた、小僧(小2くらいかな)に暴言を浴びせられた。
「思ったのと違う、魔術師長も趣味が悪いな・・・侯爵家の長兄でも社交界にも出ない引きこもりでは仕方がないのか。やい、このブス!!」
庭先で剣術の訓練でもしていたのだろう、ラフな格好だがお坊ちゃま然とした綺麗な顔をした小僧が喚いている。後ろに困惑した様に、剣の教師のような頼りなさそうな若い者が佇んでいた。
『失礼な奴だな、これでも化粧で70%増量(皮膚の厚み)なのだぞ。・・小僧のセリフは、母親のお局の受け売りなのだろう・・・貴族の家庭内はサバイバルだと聞いた事があるが、足の引っ張り合いがデフォなのか・・・実にくだらない。』
紹介もされていないし、無礼な小僧なのでガン無視をする。
子供は嫌いじゃぁ無いけれど、躾の悪い小僧を教育するほどの愛情は無い。
御控え様と髪と瞳の色が似ている、揃って赤味の強い金髪だ・・・ターニーさんには似ていないな・・彼に同母の兄弟はいないのだろう。
「其方のその、素直で正直なところは美徳だの?」
お局がほほほ・・と笑う、公爵も奥様も何も言わない(お局が圧迫面接の悪役なのかな?)これが普段通りの侯爵家の様子なら、残念ながら侯爵家も先が知れていると言うものだ。
メイド達が澄まし顔でお茶をサーブして回っている、誰も何も喋ら無いが・・・彼女らのオ~ラが、面白がっている様にチラチラと跳ね回っているのか解る。
「おいブス、何とか言えよ。ぶすぶすブス!!」
ブス3連発の挑発にも、詩乃は動じず無視をしてお茶を頂いている、
『流石に高級品だな・・・聖女様のお茶会と引けをとらない。』
小僧は無視されているのが面白くない様だ、
「土産は無いのか、土産は!!この屋敷に来る客はな、皆この私に贈り物を贈るんだぞ!私は特別な者なのだからな。常識が無い奴だな、これだから平民上りは。」
ターニーさんの婚約者が平民上りだと言う情報は、屋敷の皆が知っているらしい・・それでこの態度なのか・・・ふ~~ん?売られた喧嘩は言い値で買うよ?
「坊、土産が欲しいのか?よろしい差し上げようではないか。」
詩乃はそう言うとスッと立ち上がり、皆が驚き目を見張るなか、小僧を見下ろしつつ部屋から庭先へと足を運んだ。小僧は詩乃の迫力に押し出される様に、部屋から庭先へと後ずさりを始めた・・・何故ならば、詩乃の全身からは闘気が漏れ出していて、口元は笑っているが目は少しも笑っておらず・・冷たく光っているからだ。
小僧は後ずさりなどプライド的にはしたくは無いのだが、詩乃の得体の知れない迫力に押し負けて後退し続けている。
「お・お・お前・・な・な・なんだよ~~ぅ。」
今まで他人から、悪意や殺気などぶつけられた経験など無いのであろう。小僧の身体はガタガタと震え、お漏らし寸前の有様だ。
館にも護衛騎士が居るのだろう、あり得ない殺気に気が付き、慌てて物陰から数人現れて詩乃に対して警戒態勢に入ろうとした・・その時。
詩乃のスカートの裾が、ふわりと風で持ち上げられた。
思わず眺めてしまう、男のサガ・・・護衛騎士や小僧・侯爵でさえも目を向けてしまった。
『スパッツは履いているからね、大丈夫なのさ。』
太腿に付けられていた胴巻から、詩乃は景気よくドーーンと取り出してあげた。
・・・・・ブルーのオレウアイ・・・・・
6男に売りつけようとして狩ったのは良かったが、仮死状態に失敗してお陀仏させてしまったオレウアイだ。そのうちトンスラのギルドにでも売れば良いかと、胴巻に入れておいて忘れていた品だ、皮は傷も無く艶々のピカピカの上物だし・・これはお店で買うとお高いよ?
・・・侯爵邸の雅な御庭に、4メートルは有ろうオレウアイの死体・・・。
・・・かなりシュールな図である・・・・。
誰も彼も唖然としていて声も出ない、王都の護衛騎士なんか、こんな大型魔獣と戦う機会も無いのだろう、恐々と眺めるだけで近づく事も出来ない。
「気絶しているだけだから、そのうち正気付くよ。」
その場にいる全員が驚いて、凄い勢いで詩乃を振り向いた。
「嘘~。」
『こんぉの女~~~!!』
「良い皮をしているだろう?坊、騎士を目指しているならこれで防具でも作るがいいさ。肉も美味しいから食べれば良い・・・それとも、王都のお上品な料理人には無理な相談かな?」
出禁目指して・・・全力で喧嘩売ってしまいました・・・(笑)。
侯爵家には手の余るお土産だった・・・でも、ほっておくと腐るよ?(脅し)