それぞれの恋話~クイニョン・スルトゥ編
少し恋話っぽくなって来たかな・・・・(*´▽`*)。
満月が天空に輝き星々も美しく瞬いている、月が3っつも有るせいか無暗やたらと明るいのがこの世界の夜だ。
此処クイニョンでは連日アカペラコンサート・・・狼族の恋歌がやかましく響き渡っている。この恋歌・・本人たちは真剣そのものなのだが、他人種にはその歌の良し悪しはサッパリ解りかねて・・・ただただ五月蠅いだけの騒音なのであった。そのせいか、その昔の鉱山時代には、恋歌は人間に禁止されてしまい歌えなかったものだ。
狼族の魂に響くこの歌声の良さが解らぬとは、人間と言うのは無粋な生き物である。
2度目の冬の訪れを、何の不安も感じることも無く悠長に歌って過ごす事が出来るのは、6男が冬虫夏草の養殖に成功し投資した分の配当金(狼族の場合は食料や衣類・日用品などで支払われる)がガッポリと入って来たからだ。
思わぬ贈り物に驚いた狼達は、それが新長老の銀さんが黙って勝手に投資していた報酬だと知り・・・内心複雑な気分を味わったが・・・まぁ結果オ~ライで良いかぁ?で・・・落ち着いた。単純で何よりである。
これだけ物資が有れば安心して冬を越せると言うモノで、銀さんは心底安心して・・・プチトンスラも消えつつあるようだ。誠にストレスと言うモノは恐ろしい、免疫機能も低下させるようだし・・・銀さんが長生きすることを節に祈ろう。
・・・でもって、恋歌の話である。
ホールに作られた舞台は真夜中になると、天井の窓から月明かりがピンスポットの如く照らす設計になっている。スルトゥ出身で凝り性な親方の渾身の力作なのだが、その言い出しっぺは・・・詩乃であった。
詩乃にしてみれば、こんな山奥でたいした楽しみも無く・・・歌ぐらい気持ち良く歌わせてあげればいいじゃん?くらいの軽い気持ちで言った事だったのだが。
今クイニョンでは真夜中のベストタイムに歌う順番を争って、若い狼達が血が出る程の抗争を繰り広げている事など・・予想もしなかったに違いない。
・・・順番に歌えば良いじゃん?至極ごもっともな意見だが。
あちらの世界のカラオケでも、マイクを握ったら離さない(詩乃の家ではお母さんがそうだった、振り付きでア〇ロちゃんとか歌うのは・・・見ていてキツイものが有った。)輩がいるが、此処でも同じようで力の強い個体が幅を利かせ舞台を独占してしまい問題となっていた。
力が全ての狼獣人の世界、野生に近い感性では致し方の無い事なのだろうか・・・温泉に入る有名な猿達も、力の強い群れしか温泉を楽しめないそうなのだから。
「あっははははっ・・・それで殴り合いの喧嘩三昧か。」
オマケのチビが呼び寄せた、胡散臭い商人がカラカラと嬉しそうに笑う。
『何が可笑しい、こっちは大変なんだぞ!』
悪態の一つも付きたくなると言うものだ、銀さんは鼻に皺を寄せて低く唸る。
『こいつは狼としては大変残念なビジュアルなので、はなから恋歌合戦は諦めている様だ、だから高みの見物でニラニラ笑っていられるのだろう・・・誠に持って気に食わない。』
銀さんはこの度の物資の配当で評価がグンと上がり、美しい金色狼嬢様の覚えも目出度く、嫁取りレースでは一歩先んじていたのだが・・・誠に惜しい事ではあるが・・・音痴なのであった。
赤や黒の副官たちが美声を響かせる中、ハンカチを噛んでクヤシーーーーッとばかり歯噛みする毎日なのである。ううぅぅ負けるもんかぁ!
「夜更かしするのは良いが納期は守ってくれよ、此処で染めた魔虫の糸は別の狼族の村へと運ぶのだからな、そっちの狼族に皺寄せがいかない様に頼むぞ?
牙の細工も平民の男達に評判が良いんだ、ちょい悪な所がカッコいいそうだ・・狼族の評判も良くなる事だし頑張って作ってくれ。・・螺鈿の方は貴族がターゲットだから、上品な意匠の方が良いのだがな。」
『注文の多い男だな、嫁取りと仕事とどっちが大事だと思っているんだ。』
銀さんはむくれて、話も上の空の有様だ恋のシーズンが有るのも善し悪しだ。
呆れ顔のパガイさんが慰める。
「其処の村も男不足だからな、ワクの生産や糸繰なんかで人手が足りないんだ・・・此処であぶれても、婿に行く気が有れば結婚は出来るんだぞ?
・・その婿入りって言うところがハードルが高いんだよなぁ、イメージが悪いのか・・・向こうの村も良い所だぞ?どうだアンタ行ってみないか?」
自分の群れを離れて、頭を下げよその群れに身を寄せる・・・それは狼族にとって、身売りに近い屈辱的な行為だ、頷く奴は居ないだろう。
「此処に来てくれた娘達に、感謝こそすれ冷遇する事など無いだろう?
それと一緒さ。」
狼族の一員でありながら、魔術で人間の顔も持ちドラゴン様に乗り、この国を縦横無尽に移動して活躍しているこの商人・・パガイには嫉妬の為か意地悪な気持ちが湧いてしまう。
「あんたこそどうなんだぃ、恋歌は歌わないのか?そうそうスルトゥに人間の女を囲っているそうだな、あんた人間と番うつもりか?」
「勘違いするなあれは秘書だ、有能だから人間でも置いているんだ。」
「へぇ~~、そんな風には見えないけどなぁ・・・。どうでも良いが、狼族の女には手を出すなよ。あんたは人間に染まり過ぎた・・半端者なんだからな。」
・・・・普通、仕事を融通してくれている相手に言う事か・・・?
誠に狼族は脳筋でありながら、恋愛脳の色ボケ集団であった・・・そんなんだから、人間に良い様に扱われるんだ・・・詩乃がいたら、そう感想を漏らすであろう。
*****
「どうしたんです不機嫌な顔をして、クイニョンでトラブルでも有りましたか?」
「いや、仕事は万事恙なく進行している・・・ただなぁ、この時期は・・。」
「恋歌シーズンですか?年がら年中発情している人間が言う事ではありませんが、時期が決まっているってのも考え物ですねぇ。」
・・・・ビューティーの奴、俺に対してアケスケになり過ぎていないか?
「ご実家からドラゴン便で、お見合いの釣り書をダースで送って来られましたよ?そろそろ観念したら如何ですか。どちらも没落貴族の令嬢ですが、向こうは資金の援助・此方は爵位が手に入る・・・お互いウインウインの良い話ではありませんか?」
「・・・・・・・。」
「まさかその御年で、恋愛結婚に憧れているなんて仰らないでしょうねぇ?・・・ボソ<気持ち悪ぅ>。」
「おい、ビューティー言葉を慎め聞こえているぞ!
俺は魔術で人間に変化しているフルフェイスの獣人だからな、人間との結婚はハードルが高いんだ・・・寝ている間は緊張も解けて獣化するからなぁ、ゆっくり眠れない様な結婚は御免被る・・気が休まらない・・・。」
「ヘンテコなお姿でしたものねぇ・・狼にしては、なんかテレッとしていて。」
「何だと!お前いつ見たんだ・・・人の寝込みを襲ったのか?この助平女!」
「人聞きの悪い、疲れて机に突っ伏して寝落ちしていたのはどなたでしょう?」
「まぁ世の中、いろんな趣味の方がいらっしゃいますからねぇ?シ~ノン様の様に、獣人好きな方も居る事だし・・・ガンバ!」
詩乃の話をされて、あの緊張感の無い顔を思い出し余計イラッとする。
「お前こそどうなんだ、行き遅れも良い所だろう?まだ貴族の男を狙っているのか、貧乏貴族なら紹介してやらないことも無いぞ?南の伯爵領はどうだ、これから貝魔石やロジスティックスで発展する見込みのある所だ・・・後継ぎは人好きのする男だし良い縁になると思うぞ?」
フ~~~~ッ、ウンザリするようにため息を吐くビューティーさん。
「現伯爵は王宮の女官長だった婆でしょう、文官時代に嫌ってほど虐められましたよ、何が悲しくてあんな婆を姑にしたいものですか。貴族も爵位も興味ありません・・・これからは爵位なんかより金の有る、ジェントリの時代でしょう?
この職場ほど面白い所は有りませんからね、辞めませんよ私・・・上司がヘタレワンコだろうが何だろうが。」
「お前本当に口が悪くなったな、俺は狼だ!間違えるな!!」
「へぇ~~。こんな美人が傍に居るのに、指一本出せないなんて・・・何処が狼なんです、パピーちゃん?」
パガイさんの目を見つめて妖艶に微笑むビューティーさん、フリーズしているパガイさんの頬を一撫ですると颯爽と会長室を出て行った。
石化したチベットスナギツネを残したまま・・・驚きすぎて術が解けたらしい。
王宮に仕えるA級平民の女性は、貴族からのセクハラやパワハラに悩まされながら働いている。彼女達は職場の華であり、何でも命令する事が出来る便利な存在なのだった、若く美しかったビューティーさんも苦労して来たクチだ。寄って来るチャラい貴族をすり抜けつつ、何度か良い感じになった真面目な殿方も居たのだが・・・階級の壁に阻まれて結婚には届かず・・・現在に至る。
『本当に私の仕事の能力を評価して、信頼する部下として扱ったくれたのはパガイさんが初めてだった。』
たまには逆セクハラするのも悪くない・・・獣人でも尊敬する上司だ、冷血漢の振りをしていても根は真面目で人情に篤い・・良い漢だと思っている。
「おい、ビュ~ティ~!!」
上ずった大きな声で呼ばわると同時に、何かにぶつかりドタアァアンっと派手にブッ転んだ音が響いて来た。ドアが乱暴に開けられ、飛び出して来たパガイさんは鼻を抑えて・・・どうやら顔から転んだらしい。
振り返ってちょっと驚いた顔をしたビューティーさんは、日ごろ見せない柔らかな笑顔を見せながら、パガイさんの鼻に血止めのハンカチを詰め込んだ。
「スイマセンが、もう少し優しくお願いします。」
「善処しましょう。」
この二人がタッグを組めば、最強の商人夫婦が出来そうだ・・・。
*****
パガイさんが派手に転んで鼻を強かに打ち付けていた時、スルトゥの酒場ではギリシャ神話の女神の様な服を身に纏った虎姫様が舞台で歌を披露したいた。
このところ酒場は非常に品行方正で、喧嘩騒ぎも無く高級クラブの如く上品な雰囲気だ・・・タヌちゃんへの配慮である。
タヌちゃんはもともと農家の手伝いをしていた、ゴクゴク大人しい派手な暮らしを知らない農村の出身者だった。その農園を魔獣が襲い、皆散りじりに逃げた所で気を失い・・・気が付いた時には奴隷商人の檻の中だった、詩乃に助けられたのは誠に幸運と言えるだろう。
あれから虎姫様とスルトゥにやって来たタヌちゃんは、昼間は虎さんの家へと向かい掃除や洗濯・食事の下ごしらえ等を虎姫に指導しつつ行い、夕方からは姫様を連れて酒場に出勤・姫を見守りつつホールの仕事をこなしていた・・・下宿先は酒場の女子寮である。
働き者のタヌちゃんはすぐに酒場でも人気者になったが、ある日酔っ払い共が些細な事で喧嘩を始め・・その怒鳴り声に驚いたタヌちゃんが倒れて硬直してしまったので、酒場中が驚いて喧嘩どころ騒ぎでは無くなったのだ。
スルトゥにはタヌキ獣人がいなかった為、その生態を誰も知らなかった様だ。
・・・それで、このお行儀の良さである。
蟒蛇の出入りが減って、利益が減るかと思いきや・・酒場の雰囲気が良くなった事で、家族連れや若い女の子同士でも入店しやすくなり、トータルすると利潤は上がっているそうだ。特に料理長お勧めグルメや旬のデザートが人気だ。
経営者はこの路線で行くと決め、タヌちゃんは安心して今日も酒場で働いている。
そんな酒場に大男が入って来た、虎さんである・・・過保護な虎さんは9時を過ぎると姫を迎えに酒場にやって来るのだ・・・最強の用心棒・・・誰も姫にチョッカイはかけられない。
「いらっしゃいませ虎様、どうしますか此処で食事なさいますか?姫様は今日はノッている様なので、なかなか歌い終わらないと思われますが。」
カウンターに座った虎さんに、タヌちゃんがオシボリと黒ビールの大ジョッキを持って来る、虎さんの好みの<いつもの>ってヤツだ。
チラリと舞台を見ると気持ちよさそうに、姫が不思議なメロディーを奏でている。聞いたことも無い旋律、歌詞も兎が美味しいとか、魚が釣れる川とか・・・どうも要領の得ない歌だ。
「オマケ様の歌です・・・オマケ様はまだ意識のはっきりしなかった姫様に、いつも歌を口ずさんでいましたから・・・歌を聞かせると姫様の目に力が宿ると仰って。オマケ様にも懐かしい歌なのでしょう、2人で寄り添いながら、いつも暗い海を見つめながら歌っておられましたよ。」
2人の姿が目に映るようだ・・。
虎さんは今日のメインと数品の副菜を頼むと、再び虎姫様の歌声に耳を傾けビールを喉に流し込んだ・・美味い・・・しかし、やはり訳の解らない歌詞だな。
虎獣人の2人は出会った時から、百年来の恋人の様に暮らしている。
虎姫様にまだ言葉は無いが、もともと獣化が強い2人なので言葉は余り必要ない、感情の微細な揺らぎは香りとなって相手の鼻に届き意思の疎通を図っている。
今も虎さんが迎えに来たのを知った彼女から、嬉しい感情が香りとなって立ち登って来た。
『女をこんなに愛しく思うとは・・・我ながら呆れる事象だ。』
自分の心が柔らかく変化していくのを感じ、彼女を命がけで救ってくれた小娘に感謝の気持ちが湧いて来る。
『あの小娘は、俺の身体と心をも救ってくれたのだな・・・。』
「何だか解らない歌詞だけど、聞いててジ~~ンとするのよね。」
客たちが話あっている・・・解らない歌詞。
それもそのはずである、詩乃の頭の程度によって自動翻訳される言葉は、歌詞となると更に???を極めるのであった・・・歌詞は適当にはしょられ、単語を適当にハメられ、魔改悪され元の歌詞など微塵も残っていない有様で・・・それでもメロディーの珍しさと歌姫の声の良さで一定の評価は得ているのである。
「えんだぁああああぁぁ~~~~ああ~~あ~~~ああ~~~~。」
英語の歌詞の意味など、詩乃だって知る由も無い・・・・摩訶不思議な歌声が、今晩もスルトゥの街に流れている。
えんだぁああああぁぁ~~~~ああ~~あ~~~ああ~~~~。の歌は聞きごたえが有りますよね~~映画も良かったなぁ(=゜ω゜)ノ
歌の上手い人が羨ましいです・・・。