閑話 それぞれの恋話~トデリ編
100話記念で恋話を書いてみました・・・恋愛成分がしょぼいけど( ;∀;)。
詩乃が南の伯爵領で「どっこいしょ~~っ」と、港の浚渫工事に勤しんでいる頃・・・北国トデリでは早くも冬が訪れていた。
海が結氷して閉じ込められる前に船を出さねばならない為に、港では荷の積み込みやその準備に忙しく大騒ぎとなっていた。家具の売り込みに成功し、経済規模が大きくなった為の結果で、嬉しい悲鳴と言ったところだろうか?
詩乃が住んで居た頃には考えられないほど、港も家具工場も・・・街全体が活気に溢れ返っていた。
また子爵様も王都の冬の社交界に向けて(営業の)下準備に追われていた、今ではお茶会を主宰する方になり・・集客の為の知恵を絞ってうんうんと唸っている。
何て言っても、今年は飴色の家具と共に、新作の螺鈿をワンポイントに使った家具もお披露目する予定なので大変なのだ。
螺鈿細工の部分は貝魔石で出来ている為に、平民の健康を害する怖い物なのだが、逆に貴族にはその魔力が喜ばれるだろう。その螺鈿細工の一つ一つには結界が張って有り(スルトゥの魔力持ちのお仕事)トデリの家具工場で魔力が漏れない様に工夫されていた。
勿論、螺鈿細工の部分はクイニョンの狼族の男衆の力作だ。
今年は細工する時間が少なかった為に作品数は僅かだし、肝心の螺鈿細工もあくまでもお洒落なワンポイントのみとなってはいるが、今期の売り込みの成功によっては増産の運びとなるだろう。個別のデザインで注文受注生産で行きたい所だ、夢は大きく膨らんでいる。
伯爵領で魔貝石を採り+クイニョンで螺鈿細工に加工+スルトゥで結界を張り+トデリで家具にはめ込んだ・・・ランケシ王国の北から南の地方まで使って作り上げた渾身の一品なのだ・・・此処は是非とも御高く買って頂きたい!
重要な営業を任されている子爵様は、緊張しつつもその実張り切っている。
獣人の手が入っている事は秘密にしたいので(もうけを生み出す源と分かれば、また要らぬチョッカイを掛けて来る輩が出てこないとも限らないからだ。)
目立つ王妃様はノータッチの蚊帳の外で、売り込みやアピールは家具販売に実績がある子爵様に白羽の矢が立ったって訳だなのだ。そこにチベットスナギツネの暗躍が有ったとか無かったとか・・定かでは無いが。
これではマイペースの子爵様でも張り切らない訳にはいかない・・・しかし不安材料も有るのだ・・今年またまた奥様がご懐妊となり、大事な時期なのでこの冬は王都に一緒出来ない事がすでに決定している。口下手な子爵様が、単独で営業を成功させなければならないだと?・・・どうしよう?
どうしよう・・・と、考えているのは子爵様だけでは無かった。
詩乃の友人、オイの一家も決断を迫られて居る所だった。
お目出度い話ではあるのだが・・何とオイの父さんに再婚話が持ち上がったのだ、お相手はトデリを去った兵士を追って都会に出た元アクティブなお嬢さんで、現在は2人の子持ちの未亡人だ。
旦那さんの元兵士が無くなった為に、逃げる様に都会から戻って来たそうだ・・・何でも、貴族の血を引いてた元兵士で有る父親の子供(5歳♂)が、平民にしては魔力が強めに生まれたらしくて、父親が儚くなった途端、貴族の爺に取り上げられそうになったと言う事だ。
中途半端な魔力持ちの子供が、どんな風に扱われるのか・・解った物では無い。
現に爺の実の子である父親は、常に荒事に駆り出されて苦労していたし、ついには魔獣の手に掛かって儚くなってしまったのだ。
旦那の二の舞にしてはならない、息子の命の危険を感じた元アクティブな母親は、故郷のトデリまで逃避行を決行、何とか爺から逃げ伸びて来たのだった・・・あの娘だから出来たのだろうと街の皆は頷き合ったものだったが。
・・そうして命からがら女1人+子供2人で財産も無く、ようようトデリに帰り着いてみたのは良かったが、狭い実家は兄の代となり入り込む隙間が(物理的に)無かった、子沢山の兄家族だけでギューギューの状態だったのだ。
しかし自分の子供もまだ幼く、下の子は年端も行かない乳飲み子だ。
・・・どうしよう・・・・?
身を寄せる場所を探し、街の世話役さんに頼んで、やっと紹介して貰ったのがオイの父ちゃんの家だった。家は小さいながらも、家族の内の男3人(父ちゃん・オイ・成人した弟)は冬の間は航海で留守をすると言う。それならば、家事をして家を守る代わりに住まわせて貰えれば有難いのですが・・初めはそんな話だったのだ・・・それがあれよあれよと言う合間に再婚話に・・・それは何故か。
仕掛け人はオイの下の妹である・・・。
冬に兄達や父ちゃんが出港してしまうと、彼女は姉ちゃんと留守番する事になっていた・・しかして、その姉ちゃんは夏の初めに幼馴染と結婚したばかりのホヤホヤの新婚さんだったのだ。
長い冬・・・そんなイチャコラする二人に挟まれて暮らしたいか?嫌だろう?
下の妹はハッキリ言って嫌だったのだ・・2人は2人きりで住んで思う存分イチャイチャすれば良いのだ。気を使い、気配を消して長い冬を暮らすなど御免被る、断固としてお断りだ!!
それよりもこの家に、父ちゃんが奥さんを迎えれば良いではなかろうか?
父ちゃんの奥さんと言えば、自分のお母さんとも言えるのだろう?
・・・下の妹は生まれた時にすぐに母親を亡くしているので、友達のお母さんが羨ましかったりしたもので・・今でも少し母親に憧れが有ったのだ。
下の妹は自分の名案に感動したものだ『私ってば、頭いい!』と。
下の妹はず~~っと妹ポジションだったので、お姉ちゃんになってみたかったのも有った。新しいお母さん(候補)の赤ちゃんはハイハイしていて面白いし、5歳の男の子は都会の子供然としていて、垢抜けていて何だかカッコ良かったのだ。
あの子が弟なら悪くない、茸やベリーの秘密の場所を教えてあげても良い。
そんな下の妹の提案を、初めは誰も本気にせずハイハイと聞き流していた。
上の妹夫婦は実家を出されたら住む所も無いし、とても現実的とは誰も思えなかったからだ・・・しかし、ヒョッコリとトデリに現れた出入りの商人・・・パガイさんが言い出した。
「それなら上の妹夫婦はシ~ノンの家に住んだらどうだ?今は空き家だろう、人が住まないと家は荒れるしな、オイの妹の新婚カップルが住むのならシ~ノンも嫌とは言わないだろう。」
・・・・話が急に現実味を帯びて来た・・・。
「それに父親が亡くなっても子供の親権は父親の親族に有るのだ、代わりの父親が出来て養子縁組でもすれば話は別だがな。・・その子は貴族の血を引いていて、魔力が強いのだろう?連れ戻される等の面倒が起きる前にトデリの住人となって、子爵様の保護下に入った方が身の安全となる。
それにオイの弟も成人して、この冬からパガイ商会の船に乗るしな、この家にも大人がいた方が安心だろう?」
世慣れている商人がそう言うのなら、それは間違え無くそう言う事なのだろう・・・この国では住民の移動や居住・平民ら権利や自由は無いのも同然なのだから、面倒な諸手続きの中で一番手っ取り早いのが結婚なのである。母親が再婚し父親の養子となり保護下に入れば、自動的にトデリの住人となって、後見が子爵様になる・・・A級平民に子供を産ませるような下位の貴族には手を出せない存在になれるのだ。
そんな訳で・・・これで万遍無く皆が幸せになると思いきや・・オイ兄ちゃんがあぶれてしまった・・ひと冬留守をして、春にトデリに帰ったとしても・・・オイは何処に帰ればいいのやら?親父の新婚家庭か?・・・それは何か嫌だろう・・・お互いにな。
そんな皆の懸念も、どこ吹く風と・・オイは出来上がったばかりの子爵様の船に夢中だった。パガイ商会の外洋船のクルーを長らく務めていたオイだったが、子爵様の新造船の就航と共にトデリに戻り、新造船のクルーとして副航海士の職を得ていた。異例の出世である・・・詩乃がトデリを出る時に、オイに手渡したファントムクリスタルやアクアマリンの守りでも有るのだろうか?
出来る男と評判も良く、そこそこにモテているらしい・・自己申告だが。
成人の歳ですでに180センチオーバーだった体は、伸びに伸びて今や2メートルにもなり、潮焼けした髭ズラの顔は昔の面影など微塵も無い・・・船乗りとしては、実に見事に育ったと言って良いだろう。
そんなオイに幼い頃から一途に思いを寄せている女の子がいた、妹の友達で子爵様の船の長の一人娘のルンちゃんだ。彼女もスクスクと健康に育ち、綺麗な娘さんへと成長している・・・かなりモテていて、声を掛けられたり縁談を申し込まれたりと、オイへの気持ちを貫く為のディフェンスに忙しい、大変な毎日を送っている。
そんなルンちゃんだから、オイの妹としたら気が揉める・・・小姑としては、気心の知れた友達の方が嫁には良いに決まっている・・・って、自分の都合かぃ?
そんなこんなで忙しい夕方、新造船のマストにへばり付いて、何やら作業に余念が無いオイの所に妹がやって来た。なんでもシ~ノンの家に引っ越した記念に、家族でピザパーティーをすると言う。
「兄さんの好きなスパイシーピザも焼いてるから食べに来ない、航海に出たら美味しい物は食べられないんでしょう?出港前にパアッとやろうよ。」
それは悪くない話だった、オイも船乗りとしてあちらこちらの港をウロウロしているが、トデリのピザに勝るものは無いかったからだ・・・スパイシーなサラミが良い味を出しているのだ。
食い気に連れられて懐かしいシ~ノンの家に行ってみると、そこには家族のパーティーのはずだがルンがちゃっかり混じっていた。
彼女は何の違和感も無く、家族の中に溶け込み・・・むしろオイの異物感の方が半端なかった。長い間トデリを留守にして、フラフラと港々を渡り歩いていたツケだろう。
シ~ノンを探していたなどと、最初の命題は家族の中では綺麗サッパリ忘れ去られていた。何たって今では有名なドラゴン持ちのオマケ様なのである、恐れ多くて話題に出すことも出来ない。
「パガイさんがね、この家で以前オマケ様がしていたような、手芸の店をしないか?と誘ってくれたの。魔術具のコンロとかお風呂を、平民用に改装するにもお金が掛かるけれど、働いた給料から少しずつ返せば良いと言ってくれて。此処で働ければ赤ちゃんが生まれても大丈夫だし・・・良い話だと思って。」
えええええ~~~~(もう)デキたのか~~~~~!!
ピザパーティーは突如、引っ越し祝いと・父親の結婚祝い・出港の送別会・孫の誕生(予定)祝いとなったのだった。
*****
そうして夜も遅くなってから、ルンを家まで送り届ける為にオイは並んで坂を登っていた。トデリの丘を吹き渡る風が冷たくて、もう冬が深まって・・・オイが此処を出て行く・・・そんな時間が近づいている事を感じさせていた。
「寒く無いか?」
オイが自分の上着をルンに着せかける・・・ちょっとした心遣いは、都会のナンパ師に教わっていたテクニックだ。・・・そう、これはテクニック・・・深い意味は無い。自分に言い聞かせるオイ君、腹芸を心掛けているのでそんなツマラナイ男心の見栄は微塵も出さないが。
「有難う・・・。」
控えめに答えるルン、でもオイの首から下がっている巾着袋に目が止まると苦しい気持ちになってしまう。オイが絶対に人に見せようとしない、巾着袋の中身は・・・街の噂では・・あのオマケ様がオイに直々に手渡した守り石が入っていると言う事だが・・。
『肌身離さず持ち歩いている守り石・・・オイ兄さんは、まだオマケ様の事が好きなのだろうか。』オイに問いただす勇気も出ずに、とうとう家の前まで来てしまい・・・お父さんが玄関の前で待っているし(怒)・・・で、結局その夜はそのまま別れてしまった。
『女の方から<好き>と告白するのは恥ずかしい行為とされているし、相手から告白を引き出す駆け引きが、女としての腕の見せ所な訳なのだが・・・。そう・・出来ればオイ兄さんから言って欲しい・・・ルンの事が好きだと。
でもこのままズルズルと待っていて、婚期を逃しても困るし・・。』
ルンは夢見がちの様でも、其処はトデリ女・・・現実的なリアリストでもあった。
『決戦の日は近い・・・。』ルンは静かに燃えていた。
*****
そうして、いよいよ出港する朝・・・港の片隅にオイとルンの姿が有った。
街の人々はニヨニヨと、生暖かい目で見守っている・・あぁ、若いって良いよね・・自分達にもそんな時期が有ったよね・・・と。
「オイ兄さん、良かったらこれ受け取って欲しいの。・・・これは守り石・・・パガイさんにお願いしてね、私がオマケ様に手紙を出して特別に造って貰った<願い石>なの。オイ兄さんが怪我もせず無事にトデリに『私の所に戻ってきますように』帰れますようにって、願いを込めて造って貰った特注品なんだぁ。」
「お前、そんな事を・・・わりぃ、金使わせてしまったな。」
ルンはニッコリ笑うと<知り合い特典でタダだった>事はおくびにも出さずに、プレゼントを差し出した・・・それは・・。
【オリーブクォーツ】
災いや困難に遭遇した時に、乗り越える力を発揮できる様にサポートしてくれるパワーストーン・・・で、出来た勾玉型のペンダントだった。
差し出されたペンダントをマジマジと眺めるオイ・・・。
『これを首からぶら下げたら・・・俺ってルンの唾が付いたも同然では無いのか・・・?シ~ノンの守り石はルース(裸石)だったので、巾着袋に入れ人目に付くことは無かったが・・・これは・・・さすが転んでも只では起きないトデリ女、勝負に出てきたなルン。』
「オイ・・・・。」
不安そうな目で見つめて来るルンに
「ありがとな、嬉しいよ思い人からの<願い石>は特別に効果が有るって聞くからな。外国土産楽しみに待ってろよなぁ。」
そう耳元で囁くとオイはペンダントを首にかけ、ルンの頬に軽い口付けをして・・・ピューピューと港の皆が指笛を吹く中、船に向かった走り去って行った・・・呆然と残されるルン、浮かれ燥ぐ周りの人々。
さぁ、出航だ!!トデリが外国と単独で商売を始める祈念の航海だ!
帆を張れ、風を読め・・・素晴らしい未来を目指して進んで行くのだ。
港には街中の人が溢れ、旗や手を振って船の安全と商売の成功を祈っていた。
その船のトップマストに、オイは冬の風にも負けずに一人佇んでいた。
『ルンの事が好きじゃ無い訳ではない・・・ただ・・今は、船が・・航海する事に夢中なだけなんだ。トデリを守るとシ~ノンとも約束したしな、トデリに住みルンが傍に居る事に何ら不満は無いが・・・ただ、まだ少しだけ・・・仕事の方に意識が向いてしまうだけなのだ。シ~ノンが平和にしてくれた海だ、俺が漕ぎ出さずに誰が行くんだ。』
胸に下がるルンの<守り石>を眺める、優しい色がルンの雰囲気に似ていて思わずニヤケそうになって来た。思ったよりも俺は、ルンの<お守り>が嬉しいらしい・・・年貢の納め時か・・・ルンが困らない様に精々稼がねばなぁ。
青い海を見つめ潮風を胸一杯吸い込むと、陸の事は過去になり今は青い海を進むだけだ。『さあ行こう、見知らぬ世界に向かって。』
遠ざかる船を見ながら、ルンは服の上から<守り石>を握りしめていた。
ルンからの注文を受けた詩乃は<知り合い特典>で、ルンにもパワーストーンを贈っていたのだ。ルンに見立てたのは【ピンクオパール】
愛の象徴で、将来の不安を無くし・希望を持たせ・幸福な未来へと導くと言うパワーストーンだ。
『オマケ様、有難う御座います・・・私、絶対幸せになります。』
どうやら・・オイが、ルンの思いで幸せになるのは確定している様だった。
あんまり恋話らしくも無い話でした・・・(´・ω・`)。
恋話は難しいねぃ・・・次回、クイニョン&スルトゥ・・モブさん達のその後編です。
読み専の時に、モブさん達のその後が気になったのもので・・・(*´▽`*)。