大切な友達
私と綾目は、学校の寮を借りて住んでいる。
隣の部屋で、4月1日から入居しているものの、毎日のように綾目は私の部屋にやって来た。
「綾目、ちょっと渡したい物があるの」
「プレゼント?」
「間違ってはいないけど、微妙にニュアンスが違う……」
私は歯切れが悪く綾目に小さい巾着袋を渡す。
中には水晶が入っていて、これは私特製のお守りだった。
「これは魔除け」
「私の事を心配してくれるの?ありがとう」
首に掛けられるように、巾着の紐を長く取ってある。
綾目は嬉しそうに受け取ると、迷わず首に掛けてくれた。
「この学校に居る間だけで良いから、必ず掛けておいて」
「……何かあったの?」
察しが良いのか、それとも私の言いなりなのか。
綾目は私の忠告や占い掛かった言葉を、昔から言う通りに実践してくれた。
川辺に近づかないように言えば、その日は通学に迂回ルートを使ってくれたし、天気予報では雨なんて降らないと出ているのに、私が『明日は雨』と言えば傘を忘れなかった。
私の事を信じているのか、それとも私の言う通りにすると安全と分かるのか、良くも悪くも勘が優れていた。
「今まで、些細な助言をしてくれる事はあっても、ここまで直接的に『お守り』なんて貰う事、無かったよね」
心配そうな声音で、綾目は私に問いただすような目を向けてきた。
「本当はさ、私もこういう学校を美奈が行くって知った時、納得した部分もあったんだ。悪い意味じゃなくて、こういうのに理解があるんだなって」
首から下げられたお守りを握りながら、綾目は珍しく饒舌に語っていた。
「昔から不思議な感じで、天気予報も当てるし、事故が起こる場所を避けて通るように助言してきたり。だから今回も、きっとこれを持たなきゃいけない理由があるんだよね」
綾目が何故、こんな学校に来たかは分からないが、今回の事で何か思うことがあったらしい。
ただのお守りを渡しただけで、そこまで身構えられるとは思わなかった。
「綾目こそ、何かあった?」
「うん……、朝兎君だったかな。授業であの子の起こした現象を見た時、なんだか胸がざわつくような感覚がした。こんな学校に来て、今日の授業を受けてもまだ、魔法なんて半信半疑だけどさ、あれが何か『良くないもの』に思えて、怖くなっちゃった」
「綾目は何で、この学校に来たの?」
「私は美奈と一緒の高校に行きたかった。少しお金を使って進路を調べて、今はこうして通ってる」
包み隠さず、さらっと常識外れな事を綾目は言うが、考えを読めば裏表ない率直なことを言っているのが理解できた。
「なんだか、美奈の傍が落ち着くって言うか、変な意味じゃなくてね?高校くらい、傍に居て安心できる友達と、三年間過ごしたいって思ったから……」
そこで、私は思わず笑ってしまった。
「何で笑うの?私は結構、真面目な話をしてたんだけど」
困ったように言う綾目は、顔が若干赤くなっている。
見ようによっては、これは告白に間違えられても可笑しくなかった。
「別に、多分そんな事だとは思ってたよ」
「意地悪だね」
他愛もない会話を続けつつ、綾目は落ち着いた調子を取り戻してきた。
そこからしばらく、雑談に華を咲かせたが、さすがに三時間もすれば自室に戻って行った。
「はぁ……」
綾目が居なくなった後、私は自分の部屋でため息を零した。
初日から、色々なことに驚かされすぎた。
前世の事が忘れられず、その片鱗を追いかけてみれば、前世の魔王が転生していた。
そんな、必然すら疑うレベルの珍事に加えて、特殊な事情を抱えたクラスメイトを目にすれば、冷静でなど居られなかった。
私が綾目に渡したお守りは、数年で一個作れる魂の分身だった。
日々、寝れば回復する程度に生命力を削り、物理的な物体として保存する悪魔の技。
これならば、大抵の魔法的な災厄が綾目に降りかかっても、分身たる私が勝手に思考して対処してくれる。
この世界では既に廃れている『魔法』からすれば、過剰ともいえるお守りになる。
この学校では、何が起こるか分からない。
少なくとも、私の唯一の友人である綾目には、何事もなく学校を卒業するか、早めに転校して欲しいと願いながらお守りを渡した。
あまり自分で意識していなかったが、私は綾目を『大切な友達』と認識しているらしい。