校長の後悔
断末魔。
言葉にならない雄叫び。
全てを失う際に捻り出される音色は、聞く者全てに悲痛な感情を植えつける。
どんな聖人も、どんな悪漢も、人間であれば誰しもが持つ矜持。
心の中で、それだけは譲れぬ一線を超えた時に出る、慟哭のような叫びが口を飛び出してくる。
九字貞晴は娘を失った。
ただ普通に暮らしていたのに、娘は7歳の時に交通事故に会い、意識不明の重態となった。
体の傷が癒えても目を覚まさずに、植物状態で一生を過ごすか、早期に安楽死を選ぶ道を医者から示されていた。
だから九字は魔法に頼ったが、分かったのは『助からない』という事実だった。
肉体は生きていたが、魂がどこにも無い状態で、このまま行けば肉体さえも朽ちる定めにあった。
だが、九字は諦められなかった。
魔法使いだった九字は、実家の蔵書を漁り、古今東西の魔術儀式で魂を蘇らせる為の秘術を探した。
そして見つけた。
神か悪魔か、霊的な存在をこの世に降ろし、それに蘇生を請い願うという曖昧なものを見つけた。
それはただ一筋の蜘蛛の糸に見えて、もう誰でも良いから縋りたかった。
九字貞晴は娘に、式神と呼ばれる霊的な存在を宿し、肉体だけでも生き長らえさせる事を選んだ。
式神は娘の記憶を模倣し続け、そして必要であれば、娘の蘇生に手を貸すという契約の元、九字が作った魂の模倣品。
娘の蘇生に必要なのは、魔法の気配に満ちた広大な土地と、膨大な量の魔力だった。
だから、九字は学校を作り、そこに通う生徒から一定量の魔力を拝借し続ける設備を作り、その魔法を発動させ続けることで、土地に魔力を染み渡らせるという方法を選んだ。
資産を増やすのは簡単だった。
占いや魔法で得た情報により、株式取引で莫大な富を得た。
学校法人までにする為にはコネを利用して、抜け道に継ぐ抜け道を使用して、娘の為に生涯を掛けて周囲を騙し続けてきた。
「あと少し、あと少し待ってくれ。玉依……」
もう何千回呟いた言葉は呪詛となり、自己暗示のように九字の心に決心を刻み込む。
「あと一年、あと一年で完成する」
必要な魔法が完成し、娘を蘇らせる為の算段が整う日まで、八年も待った悲願に向けて男はひたすらに前に進んでいた。
その背後、落ちる影にはもう一つ影があり、寄り添うように九字を抱きしめていた。
それを指摘する人も、それに気付く人物もまた、その場にはいなかった。