初めての魔法の授業
私には悪い癖がある。
それは、周囲の人間の思考や感情を読み取る癖が有ることだった。
もちろん、人間でもある私は、意識しなければ他人の考えていることを読み取る事など出来はしない。
前世のように、魔法が発達した世界でそれを行えば、一定以上の魔法使いには私のしている事がばれてしまっていた。
故に、少なくとも今生でもこの学校に居る限りにおいては、注意しなくてはいけないと考えていた。
「最初から実技となるが、まずは『魔力』というものを体感してもらう所から始めなくては、座学も何もないので、今日はそこから始めます」
最初の授業は、学業全体の4割に相当する『魔法学』という科目、その実技授業だった。
各人は特殊な箱が配られた。
説明するのは宮守先生であり、担任の先生だった。
「まず、昨年のニュースでこの学校が特集された映像を、見た人もいると思います」
それは、正方形で全部の面に幾何学模様が書かれた箱だった。
「これは、あの放送では『杖』という言い方をしていましたが、これはそんな大層なものじゃありません。精神に由来するエネルギー、私達が『魔力』と呼ぶ存在を自覚する為の教材でしかありません」
そこまで言うと、誰もがその箱を凝視するが、私にはそれほど興味を引かれなかった。
「触れてみて下さい。科学的ではない、何かのエネルギーが接触面から吸われるのが分かると思います」
周囲がするように、私はとりあえず同じように触れる。
もちろん、そんな事せずとも私は既に自覚しているし、このクラスにも何名か同じように魔力を使う者が居る。
「わぁ……」
「あったかい」
「光った」
一般人から入学した生徒の中から、感嘆の声と初めて魔力を使った感想が零れる。
魔力は発光現象と、熱を発生させるだけの簡易魔法に使われている。
「魔法にはいくつかあって、これは儀式魔術と呼ばれる種類の魔法です。魔力を込めて図形や刻印を刻む事で、一定の効果を得ることができます。これは、人体との接触面から魔力を強制的に吸い上げて、発光や発熱をします。実際に温度計もあるので、計ってみると良いでしょう」
各々が、温度計で箱の表面温度を測って、物理現象を引き起こしている様子を観察している。
「氷澄先生、これは科学で行われているのではないのですか?中に電池が入っていたりして」
「良い点に疑問を持ちましたね。ここに金槌があります。その石を砕いて中身を確認しても構いませんよ」
一人の男子生徒が、先生から金槌を受け取ってそれを砕く。
砕け散った石は、まさに普通の石であり、中から電子基盤が出てくる訳もなく、ただ表面に刻印が彫られているだけだった。
「触っている際に、何かが流れているのを感じませんか?」
先生は、それが魔力だと言う。
「魔方陣と呼ばれるものや、こういった儀式魔術は予め条件付けすれば有用ですが、特定の効果しか発揮できませんし、作るのも難しいです」
生徒の方へ向きながら、先生は説明を続ける。
「これから、魔力で炎を作ったりしますが、その際に最初こそ儀式の魔法を用いますが、皆さんに習得してもらいたいのは『妖術』と分類される魔法です」
「妖術?」
先ほどの男子生徒が、疑問を口に出す。
彼が出さずとも、きっと大部分の生徒が思っていることで、それを咎める声はなかった。
「魔法の源となる魔力をイメージだけで組み立てて、現象を起こす事を『妖術』と私達は分類しています。つまり、炎や水などを手のひらから出して、使うような魔法です。それ以外には、自然の力を借りる『精霊魔法』や、星や気運を読む『占い』。相手に不幸をもたらす等の効果を持った『呪い』が存在しています」
私はちらりと周囲を見回した。
様々な反応を示す中で、私のように冷めた視点を持っている者達を中心に眺めていく。
私は気取られないように注意しつつも、既に魔法を使える者に今の内容は興味の無い分野である。
その中で異様な光景が目に入り、この学校の創設者の娘、九字玉依という少女の放つ視線は、人間味の感じない空虚さが目立つ瞳だった。
そして彼女はその瞳で、一人の少年の事を凝視していた。
視線の先には高瀬が居て、そちらは別の意味で目立っていた。
「高瀬君の魔力は、ずいぶん個性的なのね」
九字が高瀬に声を掛け、それに釣られるように皆の視点が高瀬の下に集まる。
「高瀬くん、それは何ですか?」
教師も驚いているようで、本来は白み掛かった光が出るはずの魔法は、黒か紫に見えるように発光している。
見る者に不快感を催すようなその光は、しかし高瀬が石から手を離すことで、消えて霧散した。
「分かりません……、何か変でしょうか?先生」
「ん……、後で職員室に来てください。とりあえずは、問題なさそうなので、そのまま授業を続けてください」
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全員が高瀬の方へ意識を向ける中、私だけは違う事実を見てしまった。
九字玉依の視線は、人間の魔法使いが向けるような視線ではなかった。
どちらかと言えば、私のような(・・・・・・)者が向ける視線であり、それだけで警戒感を持つのに十分な材料であった。
「……っ」
私はそこで、玉依の感情を読み取る事にした。
魔法に精通していた場合、私が目を付けられるリスクがあったので、極力は控えていた。
だが、そこで見えたものは、私の背筋を凍らせる事実だった。
九字玉依は人間ではない。
それは空ろの容器であり、辛うじて仮初の魂が入っているだけの死人のそれだった。
肉体は生きているように見えるが、内側に読み取るべき魂の存在が無い状態。
動かしているのは魔力によって作られた、魂に似た偽物だった。
入学数日にして、私の不信感は高まっていく。
この学校が、ただの九字貞晴の気まぐれで作られた学校ではないという確信。
魔力を生徒から日々搾取するような学校の仕組みに対して、その魔力を何に用いるかという疑問。
極めつけが、創設者の娘がこの世の道理に反した存在であると言うこと。
もちろん、私は九字に用いられる魔法が、本人の意識を模倣する類のモノであることは理解できた。
厳密に言えば、彼女が自らを人間ではないと自覚する事はない。
しかし、だからこそ(・・・・・)危険であることもあった。
それは――。
――授業の終鈴が鳴る。
音が思考を遮り、眼前の問題がすぐに結論が出る問題ではなく、後々調べるべき事だと言い聞かせる。
「それでは、この授業はここまで。次は普通科目なので、教室へ戻るように」
先生も誰も、九字の事を気に掛けている様子はない。
もちろん、最初のホームルームで九字の紹介は行われたし、クラス全員で自己紹介もした。
彼女の周りには誰かしら話掛ける人物は居たが、不信感を抱くどころか九字の愛想の良い笑顔と美しさから、好意を抱く者が殆どだった。
「美奈?教室に戻ろうよ」
「そうだね」
私はひとまず、この問題を先送りにした。
教室へ戻る足取りは重く、でも心の中ではどこか、何か起こらないかと期待もしていた。