入学式
高校の入学式では、中学に比べて広い地域から人が集められる為に、入学式で顔見知りが居ないのも珍しくはない。
それも私のように、地元から離れた学校に通っているとなれば、なおさら知り合いなど居はしない。
それなのに、何の因果か目の前には見知った顔があった。
「ねえ綾目?何でここに居るの?」
「私もこの学校に通うことに決めたの」
「前に、東京の学校に行くって言ってなかった?嘘だったの?」
「受かったけど、美奈の行く学校の事を調べたら、面白そうだったからね」
この少女には、常識というものが無いらしい。
それほどまでに、私に執着する理由も分からず、そして一般的に考えてこんな『胡散臭い学校』に通うのは人生に対してデメリットでしかないように思う。
「まあ、それは良いとして」
周囲を見れば、私には不思議な風景が見て取れた。
既に存在しないか、廃れたと思っていた『魔法』の気配を纏う少年少女達が、いくらか存在していた。
普通に暮らしていれば、出会うことの無い人々は、それでも定員90人の募集要項の内の2割くらいは魔法使いだろう。
「どうしたの?」
綾目は尋ねるように顔を傾けながら、私に問いかけてくる。
「いいえ……、この制服、なかなか可愛いなと思って」
「そうだね。普通に見えるデザインの制服なのに、学校指定のコートを組み合わせると、修道服に見えるんだよね」
背には学校の印が刺繍されていて、紫を基調とした学校の制服は、それ自体に魔法の発動を助けるような効果を持っているのが、見て取れた。
また、強い素材で出来ていて、カタログスペックでは耐熱加工・防刃加工を施されたコートであるらしい。
「少し重いけど、校内ではこれを着用するんだよね」
校舎は五角形になっていて、それを囲うように外壁が備え付けられている。
校舎の中心には中庭があって、校舎も5つの区画に分かれている。
校門の両端から地下に二本の双方向トラベレーター(動く歩道)を備えていて、裏門(五角形の頂点の場所)と校舎の一部に出入り口を備えている。
それだけでなく、外壁の地下に沿って同様のトラベレーターがあり、全て含めれば六本もの地下の移動設備を完備している。
広さは途方も無く、設備も建造物もいくらお金が掛かっているのか想像が付かなかった。
規模は幕張の大型展示施設に来た時のような広大さで、一方の学費は私立大学と同等程度であり、更に独自の奨学金制度も兼ね備えているので学費を借りることも出来る。
学内には食堂やコンビニ、休憩スペースがいくつかあって、学生は格安でそれらを利用できる。
また月2万程度で『寮』が利用できるという、高校とは思えないほどの充実した学校施設が揃っている。
「この学校凄いね」
入学式が終わり、当日から授業が始まるかと思えば授業は翌日からだった。
入学式はクラス分けされるでもなく、生徒用と保護者用と別れてはいたが、基本的に自由に座ってよかった。
初年度は定員90~100名であり、学校の広大さに皆が意識を奪われていて、誰も上の空だった。
「……」
私はふと、数ヶ月前に行われた入学試験を思い出した。
それは、魔力の量を計る意図を持った『儀式魔術』であり、周囲を見回しても学生の中には魔力を多く持つ者が多かった。
前世で悪魔であった私の視界は、この世の光景とは別に、意識すれば魔力や魂といった霊的な光景を映し出すことが出来る。
全ての人間が、この世界の基準で言ってもかなり高い魔力を有している。
「……」
それとともに、この学校の敷地に立つと、僅に体に保有する魔力を吸い出される感覚があった。
それは、生活する上で特に問題になるような量ではなく、本当に微細な感覚だった。
私は周囲の人間の数百倍の魔力を持っている。
私は試験では意図的に絞った結果を出したので、入学生の平均くらいしか、魔力を持っていないと学校側は思っているだろう。
「見て回ろうか」
ふと、視界の端に気になる禍々しさを捉えた。
まだ微弱で、誰も気にしない程度の微弱な魔力の放出を。
それは前世に慣れ親しんだ、ある人の魔力に似ていた。
「え?」
入学式が終わって全員が退出する最中、右の後方に座っていた私は、左の斜め最前列の方向に目を向けた。
そこに居たのは……。
前世で主と仰いだその人と、同じ魂を持った存在だった。
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「あの……、ちょっと良いですか」
「はい?」
入学式の終わりに私は声を掛けていた。
一人の少年へと声を掛けたが、私には何と声を掛けていいのか、分からなくなっていた。
「どうしたんですか?」
不審そうにこちらを見てくるのは、魔王と呼ばれた者の魂を持っている一人の少年。
しかし同時に、魂は同じでも私と同じように、前世の記憶があるとは限らない。
私はそれを一瞬だけ忘れていた。
「ぇぁ……お名前は?」
「俺は高瀬朝兎、君は?」
「私は……、立花美奈です」
私から声を掛けたは良いが、それ以降の言葉を継ぐことができなかった。
彼からは、私の事を……、前世の事を覚えている様子が見られなかった。
考えを読み取っても、同じだった。
考えが読み取れる時点で、前世の魔王や勇者のように、精神攻撃への防壁を備えていない事が分かってしまった。
「そう、よろしくね」
矢継ぎ早にそう言う少年は、すぐに去っていった。
私の胸の中は、ここに来て初めて、後悔の念を抱いてしまった。
失恋の痛みとも思える切なさと、主君を失った時と同じような悲しみと。
初対面のはずなのに、愛しさが溢れる矛盾した現象と。
涙は出ないのに、泣き疲れた後のような倦怠感がその身を襲ったのだ。
「美奈、知り合い?」
綾目が突然走り出した私の所まで来ると、そう切り出してきた。
遠目に去って行った少年の背中を見ながら、顔を覗き込むように私を気遣ってくる。
様子がおかしい事が、すぐに分かってしまったらしい。
「ううん、違う。人違いだったみたい」
「一目惚れでもしたの?結構、格好良かったけど」
「そんなんじゃないよ……」
茶化した会話をしながらも、私は綾目と共に学校の内部を見学する事にする。
「行こうか」