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私の異能力について、お父様には能力を人前で使った日の前日に教えておいた。
お父様はもっと早く教えて欲しかったといじけていたが、私としてはもっと簡単に使えるように成るまでは秘密にしたかったのだ。
使いこなせるようじゃないとダメだと思っていたのだが、ルーにもう大丈夫だろう、と太鼓判をもらえたので、勇気を出してお父様に言えたのである。
お父様は驚いていたが、何か納得していた。
何だろう? 良く分からないが、褒めてもらえて嬉しかった。
拒絶されなかったのは本当に嬉しい。
受け入れられているってありがたいなぁ。
お父様、ありがとう!
大好きだ。
アデラを助けた後、私は自室にいるように言われた。
アデラは色々検査を受けるとかで帝宮に行ってしまい、寂しいな。
いらしていた方々も、これから会議らしい。
お祖父様達とはちょっと会話が出来た。
二人共とても心配してくれていて、私の力も褒めてくれて嬉しかったのだ。
忌避されないで受け入れてくれて、本当にありがたい。
ただ、やっぱり無理はしない様にとそれは案じてくれて、やっぱり離れていても家族だなぁと思えてこれまた嬉しくなった。
大人の会議に確かに、私がいても仕様がない。
私に出来る事は少ないのだ。
後は他の専門家に任せた方が良いだろう。
自分が何でも出来る訳ではないのは分かっている。
それでも誰かに迷惑を掛けているようで、心苦しかったりはする。
その上、私をカウンセラーの人が見てくれる事になった。
本来はもっと早くに派遣されるはずが、何故か来られなかったらしい。
何故だろう?
お父様は自分の不備だとしきりに謝るし、家令のツィルマールを始め使用人達にも申し訳なさそうにされた。
その上、アルブ殿下まで謝罪してきて恐縮するやら申し訳ないやらで大変だったのだ。
ルーはまだ子供で気遣いが不十分だと自分を何故か責めていたし……
ディルクが家に来てから頻繁に声をかけている。
やっぱり知り合いがいないと心細いだろうし、私も彼が心配だ。
目が見えないから色々不便だろうし。
私が邪魔になりはしないか不安だったが、ディルクは一緒にいると嬉しそうだ。
アイクやカーラと一緒の所も良く見る。
二人と楽しそうにしているから、友達が出来て良かったと一安心だ。
きっとディルクなら魔力が戻ったら幻獣と誓約を交わせると思うのだけれど。
うん、貴族になったら家から出て行ってしまうだろうが、お父様は後見人になると言っていたし、良いだろうと思うのだ。
アイクやカーラと違って、代々仕えている訳でもないし、家に縛られなくても良いと思う。
紫の瞳の持ち主は基本的に皇族、それも皇帝陛下とか有力な皇族に仕えるモノだと言うしね。
今日中には進展は無理なのかなと思っていたら、午後には現れた紫の瞳のレムリア人を、翌日の午前中、軍の基地に呼び出すという決定が伝えられた。
ドキドキしながら、その時を待ったのだ。
念の為、結界で覆い、光学迷彩? とかいうのと気配を隠す姿隠しの魔法を使った上で、更に男からは見えないが、私達は男が良く見える部屋に隠れた。
私だけじゃなくて、アンドとフェル、エドが一緒にいてくれたのだ。
それ以外にも護衛の騎士や魔導師達が潜んでいるのには驚いた。
この部屋には様々な魔導機器が運び込まれ、さながら即席の研究施設みたいだ。
男が来る方向や男に力を使わせる運動場をぐるりと囲む形で計測し、色々調査する予定だという。
男には、帝国の皇族が会いたがっているという風に話を持っていったらしい。
だが、アルブレクト殿下が直接面会するのは危険が大きすぎるというので、代役の同じ髪の色と瞳の騎士が用意された。
殿下は不満そうだが、当然だと思う。
何かあったら、周りへの影響が大きすぎる。
ルーは私とは別の場所に待機。
相手の男の事が分かったら、皆に連絡をする予定。
それにしても、皇族の力って便利だよね。
相手の頭の中が分かるなんて。
ただ、ルー曰く、その男はとても見えにくいから力を使わせないと分からない、というのが大変な事だ。
ディルクも能力が戻ったか確認の為にこの場に来ている。
私達とは別の場所だが。
他にもこの場にはいないが、映像を見守っている方々がいるという話だ。
大事になっていて、自分の役割を思うと動悸が収まらない。
冷や汗をかいていた。
手はぐっしょり濡れていたので、ハンカチでふいたりして、時間まで待機だ。
男が約束の時間から大幅に遅れて現れた。
宮本武蔵のつもりだろうか。
皆、別にイラついてはいないみたいだが。
私としては、男に力を使わせて能力を判断し、捕らえて私が無効化させる、という手順を反芻するのと、落ち着くのに丁度よかったから、ありがたいばかりで文句は無い。
ただ、時間は厳守しようよとも、魔導機器を動かす為に使っている魔力も勿体ないなとも思うが。
「悪い、悪い、昨日は飲み過ぎて、寝坊した。あ、オレ、敬語苦手なんだ」
流暢なアンドラング帝国語で話しながら、時間を過ぎているのに、のんびりゆっくり表れたのには驚いた。
いつ、アンドラング帝国語を学んだのだろう。
数日前は片言だったと聞いている。
その上、皇族相手だと聞いているのに敬語じゃないんだ。
周りに居る騎士達の心象は最悪だろう。
不敬罪で罰せられてもしょうがないし、初対面の人にため口って常識知らずだ。
私も敬語はアンド達しかいないと、うっかりルー相手に忘れるけれど、それでも努力はしている。
お父様は自分相手だと敬語はあまり好きじゃないみたいだから敬語抜きで話すのだが、人前でもいつもの様に話してしまいそうで怖いのが悩みだ。
現れた男を良く観察してみる。
男は、レムリア人の平民に多い黒い髪だ。
瞳は確かに紫色。
何だが想像していたより随分と容姿の整った男だ。
冒険者というから厳ついのかと思えば、身体は鍛え上げられてはいるがマッチョという訳ではない。
身長も高いな。
印象的には魔力がそれなりにある人だという感想以外無い。
張りぼてみたいな感じは受けるが。
瞳から受ける印象は、なんだかこちらを見下しているような感じを受ける。
自分より下だと思っているのがありありと分かってしまう。
偉そうに胸を張って、顎を上げている。
態度も、呼び出しに応じてやった感が凄い。
しかし、何だ、この人?
何故偉そうなのか、理解に苦しむ。
初対面の人に会うのに、どうして予定時間より遅れてくるのかがまず分からない。
こちらが一方的に呼び出したと言っているが、呼び出しを了承したのはそちらだろうに。
前世でも大統領とか、首相に呼ばれて、遅れてくるとかあり得ないと思うし、こちらの皇族はそれ以上の権限と権力、権威があるのに怖い物知らずだ。
帝国もレムリア王国も時間厳守は常識だと聞いていたのに、十代半ばから十代後半、もしくは二十歳前後にみえるから、礼儀は分かっていると思うのだが……
観察していたら、事態が動いたみたいだ。
アルブレクト殿下役の騎士が、他の騎士達を従えながら男に言う。
「アンドラング帝国語が上手いな。何処で習ったのだ?」
それに男は露骨に顔をしかめ、舌打ちをした後
「どこでだっていいだろ! あんたに関係ないじゃん」
手を腰に当ててやれやれみたいに言う。
うん、真面に訊いても、きちんとした回答は望めないな。
殿下役の騎士が溜め息を付き、
「では、これを倒してみてくれ」
その声と共に建物の影から、大型の虎くらいある豹が連れ出されて来た。
豹、だよね、模様的に。
しかし牙が大きいな。
顎の力が強そうだから、豹じゃなくてジャガーなのかも。
手足も太い。
男は余裕の表情で、肩を竦め、しょうがねえなと呟きながら剣を構える。
「はっ! なかなかのヤツだな」
私には強いのか分からないから、こっそりエドとフェルに小声で訊いてみた。
「あれって魔獣?」
「違います」
「違うよ。あれは令獣。あ、令獣も低レベルだけど魔法は使えるってのは知ってる?」
二人同時に即答された。何とか聞き取って
「令獣って魔法使えるんだ。ありがとう。それで、えっと強敵?」
お礼を言ってから更に訊いてみた。
「私は家庭教師と共に、授業で一人一体倒して、何度か解体した事があります」
「俺も。まあ、そう難しくは無いと思う。六歳児でも狩れるし」
二人の意見はちょっと恐い。
いわゆる帝国基準プラス紫の瞳故の二人の基準な気がする。
私は訓練を積んでも無理かも。
魔力無しだしなぁ。
「あの男がレムリア人なら、妖獣だと思っているかも知れませんね」
フェルが真面目な顔で言う。
「妖獣?」
聞いた事がないと思う。
「レムリア大陸にいる私達にとっての魔獣の事です」
「強さ的には令獣だけどね」
フェルとエドが続けて教えてくれる。
「レムリア人の王侯貴族ならば、支配して使役獣として使うと聞きます」
「品種改良して、下位の魔獣位の強さのやつを王家は所有してるって話」
「ありがとう、為になった」
しかし妖獣かぁ。
レムリア大陸では令獣をそういう呼び方なのか、それとも全く別の種なのか興味は尽きない。
今度先生に訊いてみるか。
どの担当の先生に訊いたらいいのか悩むな。
誰に訊いてもしっかり教えてくれそうでもあるのが、先生達の凄い所だ。
フェルとエドの説明は助かった。
あの男の非常識に一区切りできたから。
そう、あの男に対して色々思ったが、一番はあの人の違和感が凄まじい事が再確認出来た。
凄く気持ちが悪い。
上手く言えないけれど、排泄物と腐敗臭等の不愉快な臭いを混ぜて濃縮したような異臭と、人体どころか全てのモノに有害な猛毒の毒ガスを撒き散らしている感じ。
その上、魂と力と器が、例えるなら犬に海藻を切断面で無理矢理繋いだみたいな、全然違うモノ同士を継ぎ接ぎだらけにした、ちぐはぐな印象を受ける。
何だろう? この世界のモノというより全く別の世界のモノみたいだと思えて仕様がない。




