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聖女の条件  作者: 杜若 白花
第四章 帝立アリアルト魔法学校
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 最期の日は、最高のいつも通りでいたかったのだ。



 だから、勇に逢って、終わりたい。

 それが私の唯一といえる願いだったから。



 ――――最期に見たい顔は、逢いたいのは、勇。



 ……けれど私の最期は……



 目が覚めたのだと気が付いたら、頬が冷たいのに驚いた。

 どうやら泣いていたらしいと涙を拭って苦笑する。



 ああ、あの勇の笑顔。

 前世で最後に見た勇の……



 殺された日の昼に勇には逢えた。

 夜に殺されたから、死んだ日には逢えた、と言えるのだろうか……?



 勇の笑顔を思い返しながら脳裏を占領するのは、殺された時の事。




 寝ていてふと人の気配を感じ目を開けた途端、口に何かを詰め込まれて、くぐもった声しか出せなくなった。

 パニック状態の私が次に気が付いたのは、下半身から何かが入れられたのだという事。

 下半身だとしか分からなかった。

 ただただ襲ってくるのはどんどん突き進む激痛。

 震えが止まらない程の痛みで何がなんだか分からなくなって焼かれる様な痛さで意識が飛びそうになる度に、何か液体がかけられ、目の前が真っ赤に染まる様な痛みとさえ認識できない激しい苦辛で、意識が戻る。

 どこからか差し込まれたのが日本刀の様な物だと、腹から這い出てきて分かった。

 神経が焼き切れそうな痛みで朦朧としつつ聞こえてきたのは、狂気が滲んだ楽し気な笑い声。

 私を刺しただろう女は、

「これで膣と子宮はぐちゃぐちゃだ」

 ケタケタ楽しそうに煮え滾って抑えられない憎しみを込めて言いながら、女は私の下半身を貫く刺した刀をグチグチと動かし、その度に痛みで私は仰け反るがだんだん感覚が無くなって、女の狂笑を耳にしながら意識が徐々に闇に沈んで行ったのだ。




 うん、客観的に見ると酷い死に方だと思う。

 ただ死んだ時、私には彼女に対する疑問ばかりで憎しみは無かったのだ。



 相手が成長したらしい従姉妹だと気が付いてからは当然だと納得しかなかった。

 あの抑えきれない程の煮え滾る憎しみも当たり前だとしか思えない。



 従姉妹の年齢は私より下のはずなのに、成人した姿だった事には首を傾げるし訳が分からないが、それ以外の疑問は解消された、と思う。



 元々遠からず死ぬのは分かっていたから、殺された時には死ぬ事に対する恐怖はこれっぽっちも無かったし。

 長く入院していて覚悟みたいなものは出来ていたのだと思う。

 最初は怖かったけれど、だんだん心は穏やかになっていったし。

 それに本当に怖かったのは、勇を置いて逝ってしまう事だったからね。



 だから終わらせられる恐怖より、身体を切り刻まれる痛みより、何よりその時私の頭を占めていたのは勇の事。



 そう、死ぬ覚悟は出来ていても、勇の事だけが心残りだった。



 だからあんな死に方をしたら勇はどう思うだろうと、そればかりが切り刻まれながら思っていた事で、勇の心が心配で心配で仕方がなかった。



 ……勇、勇は、あの後……



 ――――見た夢が心を搔き乱す。



 前に見た夢の中の舞ちゃんの言葉が鉛の様に身体と思考を重くする。



 世界が優しいとか綺麗だけではないのはよく知っていた。

 ただ歩いているだけでおかしな人に矢を射られた事や殴られた事だってある。

 その度に勇が助けてくれたから、私は無事に生きていられたのだ。



 ――――空ろな瞳を思い出す。

 私を拐った人達に既に蹂躙されてしまった被害者の群。

 けれどその中には私や誰かを被害者にした加害者が混じっている。



 私には分からない。

 蹂躙された事が無いから、なのだろうか……?

 どうしても分からないのだ。

 自分が被害者だったなら、更に新たな犠牲者を差し出す心が。

 私は、例え自分が死んだり被害を受けても、誰かを酷い目に遭うと分かっていて道連れに等出来ないし、差し出せない。



 どうやら自分が育った環境が酷かったらしいのは理解出来た。

 だが、弟達は私と同じ目に遭わなくて良かったと思う。

 両親は弟達を大切にしていた、と解釈しているのだが、それで良かったと心から思うのだ。

 私だけで済んだのなら、本当に嬉しい。



 ――――だから、怖い。

 勇は、もしかしたら、弟達さえ…………



 あの子達は、悪くないと思うし、思いたいのだ。

 両親も、命を奪われる程には悪くないのではないかと思ってしまうのは、私がどうしようもなく甘いからなのかもしれないし、勇にとっては違うのかもしれない。



 感じ方や基準は人それぞれだ。

 だから私の思いを押し付けたらいけないのだと分かっている。



 ――――それでもおそらく私の死後に勇のした事は、私には……



 勇に逢いたい。

 無性に勇に逢いたくてたまらない。

 逢って話がしたい。

 勇の想いがどうしようもなく知りたくて仕様がないのだ。



 ――――でも、本当は、難しい事を全て置いてきぼりにして、単純に勇に逢いたいだけ。

 また勇の不器用な笑顔が見たいだけなのかもしれない。


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