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医務室に到着。
診療所みたいに設備も整っているし、常駐の医者と看護師もいるという至れり尽くせりな所だと、侍女頭のブランシェに聞いていた事を思い出す。
医務室の先生には話を通しておくから、体調が悪くなったら直ぐに診てもらう様にと言われていたのも思い出す。
……色々あって、本当にすっかり忘れていた。
ごめんね、ブランシェ。
お父様がきっと色々手を回して下さったのだろうし、お父様もごめんなさい。
医務室のドアを開けると、病院特有の消毒液の匂いが鼻をくすぐる。
私には、前世でも馴染みの匂いだ。
「エルザ様! ご無事ですか!?」
ドアを開けた途端、私に駆け寄って来たのは
「ディル? どうしてここに!?」
頭が混乱中の私に更に話しかける存在が居た。
「エルザ様、大丈夫ですか?」
「エルザ、具合、は、どう?」
其々私に訊ねるのは、
「シューにロタールも! え、本当にどうしたの!?」
頭がパンクしそうになっている私に構わず、エドは三人を置き去りにしてしまう。
「はい、後で説明するから、どいたどいた。先生、来てすぐで恐縮ですが、診て頂けますか?」
エドは私を抱えたまま、医務室に常駐している医者の先生に話しかけていた。
「話は聞いています。椅子に座れない程悪いのでしたら、こちらのベッドに横になって下さい」
先生が全て心得ているという様に指示を出し、看護師さん達がベッドの布団を巻くってくれる。
「あの、大丈夫です。椅子に座れます」
折角ベッドを用意してもらってなんだが、そこまで悪くは無いのだ。
それに仰々しくて、申し訳ないやら気恥ずかしいやらで、ちょっと遠慮したい感じだ。
「エルザ、大人しくしてて。ベッドで診てもらった方が楽だし、治療もしやすいんだからさ」
エドは私がワタワタしているのを丸っと無視して、ベッドに私を横たえる。
「っエルザ見つかったって? 大丈夫なのか?」
私がベッドに横たえられたら、更に医務室に飛び込んできた人がいた。
「アンドか。今から先生に診てもらう所。あれ? 彼は?」
エドが声をかけ、誰だか分かったのだが、彼って誰だろう?
「ああ、ここに、って、ほら、入って来い。何を遠慮してるんだ。大丈夫だから」
アンドが誰かを医務室に招き入れているらしいのは分かった。
起き上がって誰か確認したいとも思うが、先生が準備しているし、動かず待っていた。
「それでは、動かないで下さいね。慣れていらっしゃるとは思いますが、あまり動かれると、正確に診断できませんので」
先生が言った言葉に、肯き、待機。
すると、身体が白い光に包まれる。
「――――はい、もう動いて大丈夫ですよ。これは……」
先生の顔が瞬時に顰められる。
あの白い光で、身体の状態が分かるらしいのだ。
CTやMRI、その他触診、視診等、様々な検査が一度で出来てしまう優れものである。
その上、魔法的に、生命力や疲労度等も分かったりする。
その検査結果を視ている先生の顔が顰められた事に、不安を感じる。
「先生? あの、そんなに悪いのでしょうか?」
私が訊ねたら、先生が答えようとした瞬間、また医務室に声が響く。
「エルザはどうだ? ああ、成程」
医務室にいる皆が礼を取ったらしいのが察せられる。
それに、この美声は
「ヨハネ教官? え、本当にどうしたのですか!?」
人口密度の高い医務室に混乱中の私が起き上がろうとしたのを、医者の先生が、必死に止めた。
それを視界に収めた教官は、医者の先生の方を見る。
「大人しく寝ていろ。説明はまだの様だな。私がするより、そちらからした方が良いだろう」
医者の先生は礼を解き、難しい顔。
「分かりました。それではエルザ様、最低でも八日間は授業を休んで、部屋で安静にしていて下さい。シュヴァルツブルク大公爵家にも連絡しますので、侍女を派遣してもらいます。兎に角、安静にお願い致します」
その先生の言葉に、医務室に居たヨハネ教官以外の皆が、息を飲む。
「ここでは治療できませんから、王都から医師を派遣してもらいます。それまで大人しく、ここで寝ていて下さい」
医者の先生の更なる追撃に、私は訳が分からず、戸惑っていた。
「あの、それ程悪いのですか? 特に痛みはありませんが……」
私の言葉に、先生も眉根を寄せる。
「それがある意味、非常に異常な状態です。本来ならば真面に話すこと自体できない筈なのですが、こうして話しているし、意識もはっきりしている。どうも痛覚やその他の感覚を遮断しているとしか思えないのです」
その言葉に、思い当たる節がある。
「ああ、そういえば、幻獣の森の事件の時も、私、痛覚、ある意味麻痺していたかもしれません。麻痺している筈なのに痛かったから、訳が分からないなぁなんて思ったりしたのでした」
しみじみ言ったら、ヨハネ教官は呆れ顔。
「あのな、幻獣の森の事件は聞いてるし、エルザの状態も聞いている。それでだな、あの時のエルザの状態は、痛覚等、色々麻痺していなかったら、間違いなく痛みと失血でショック死していたんだぞ」
ヨハネ教官の言葉に、痛覚麻痺させた自分偉い!
なんて思ってしまう事位許して欲しい。
本当にあの時は火箸でも神経に刺さっているのか位痛かった。
それでも麻痺していたのだから、痛みでショック死というのも肯ける。
血も沢山出ていたし、失血死も現実味があって、今更ながら怖かったり。
しかし、疑問。
そんな痛みや、今でも色々な感覚を遮断って、普通に出来るものなのかな?
何故私が出来ているのだろうと、首を傾げるしかない。




