クロガネ町と謎の男
異様な現実を突きつけられた俺はすっかり興奮して、この世界をもっと知りたいという欲求から、脳内で処理が追いつかない内に俺の体が勝手に動き出した。
元々知りたがりで、知らない物は何でも調べてしまう様な俺だ、無理も無い。
俺はこの城下町を無意識に駆け回る、決して誰も止められない様なスピードで。
すれ違った幾人かの者は何事か、と言いたそうに俺を数秒間見つめ続ける。
そんな熱い視線を向けられているのには俺は気付かず、駆けながら周囲を観察する。
目に入ったのはあらかた、人、古い木造建築の家、そして日本の姫路城ぐらいはあるのでは無いか、というぐらいに立派で大きい城だ。
何百メートルかは走っただろう、というところで俺は立ち止まり、橋の近くに立て掛けてあった看板に気付きそれをを読む。
いや、読んだのでは無い、正確には「読もうとした」のだ。
その看板に書かれていた文字は日本語に似ていたが、全くの別物であった。
漢字に非常に良く似ている文字がある、一瞬中国語である事を疑うが、次に連なっている文字を見て、すぐ違うと分かる。
これは・・平仮名・・? いや、よく見たら平仮名に見える何かだ。意味が分かる様な気がして理解出来ない、一つは『あ』のようにも見えるし『め』のようにもみえる。
とにかくそれは、日本人の俺にとって心がもやもやする様な、気持ちが悪い文章だった。
分かるはずもないのに長い時間をかけて、必死に解読を試みようとする。
最終的に俺の脳は無駄だという結論を出し、少し冷静になる。
何気無く周囲を見渡す、立派な木製の橋だ、真紅に染色され、渡りそうになってしまう気持ちになる、真下に流れる川は魚が泳いでいるのが見えるほど濁りがなく、水面は太陽光の反射でキラキラ光って見えた。
俺は一つの重要な事を思い出す。
興奮してしまって考えていなかった深刻な事態だ。
「しまった、迷子だ・・・・」
夢中になって走ったせいで俺は完全に帰り道を忘れてしまった。
人生史上最悪の失態だ、どうしようか。
まぁ、ここで悩んで突っ立っていても仕方ないので、俺は元来た道を推測しながら歩き回る事にした。
帰り道が分からず途方に暮れていると、少し人がかりが減った事に気付く、さっきは出勤ラッシュという物だったんだろうか。
ああ、あそこで興奮して外に出なければよかった。
今更どうにもならない事を反省しながらとぼとぼ歩いてる時だった__
「おい、そこの小僧」
何処からともなく声が掛かる、声は低めだが、聞き取りやすいはきはきとした印象だ。
俺はおそるおそる、そしてゆっくりと後ろにいるであろう人物に振り返る。
いつの間に背後に立ったのか、百八十センチはあるだろう高身長の男が、愛想が良いとは思えない表情でこちらを見ていた。
そして高級そうな紺色の袴に身を包み、腰には刀、いわゆる日本刀のようなものを差している。
年は推測するに三十代前半といった所であろう、整った顔立ちで、意図的に伸ばしている訳では無さそうな長髪は、頭の後ろで1本に括られていた。
「な、何でしょうか? 」
「さっきから目的も無い風にほっつき歩いて何してる? もしかして、迷子じゃないだろうな? 」
俺は心の中で安堵の息を漏らす、この人は唯不審な俺を見て迷子だと察してくれた偉大なお方だと。
何か打開策を提示してくれる事を期待して、俺は迷子である事を認めることにした。
「いや、全くその通りです・・・・」
「そうか」
心なしか男が少し微笑んだ様な気がした、まるで俺が迷子である事を期待してた様に。
もしかして誘拐?
いや、俺にそんな価値があるとは思えないし、もし本当に善意で話しかけてくれたのならそれを疑うのは失礼に値するだろう。
この状況を何とかしてくれるのだろうか、と俺は期待して男を見る、男は片手を顎に当て、何かを考えるようなわざとらしいポーズを取った。
少しの沈黙が流れたあと、男は意を決したような仕草をした。
そしてその男は言った。
「付いて来い、お前の帰るべき所に連れて行ってやる」
そう吐き捨てた男は後ろに振り返り、付いてくるのが当然、という風に俺に背を向けてスタスタと歩いていった。