プロローグ
「もし、タイムスリップ出来るとしたら、誠はいつの時代にタイムスリップしたい?」
俺が確か八歳だった頃、歴史学者だった父は仕事場の椅子に座りながらそんな事を俺に尋ねた。
子供だった俺は確か、その時父に借りていた戦国時代に関する本に触発されてか、大して考えもせずに戦国時代に行きたい、と即答してしまったのを覚えている。
父は相変わらず優しい表情で、俺がそう答えた後「うん、そうか。」とまるで俺の答えを求めていなかったかのように受け流した。
俺は父のそっけない態度と不釣り合いな表情に違和感を覚え、何か不味い事を言ってしまったのかと子供ながらに意味も分からず反省した。
今考えてみれば、いくら俺が本好きだからといって、父は八歳の子供にとっては難し過ぎる質問を投げかけたと思う。
十七歳になった今の自分なら、もっと違う回答が出来ていただろう。
もっとも父が期待していた回答にはほど遠いのかもしれないが。
俺、二階堂誠は極普通の本好きな男子高校生だ、文学少年と言えば聞こえはいいかもしれないが、学校のクラスでは無口な陰キャで通っている。
俺は基本他人を見下す傾向に有る、父は歴史学者、母は看護師で小さい時から歴史関係の物ばかりではあるが本を与えられてきた、そこらの奴よりは知恵があると自負している。
そのせいか学校に友達は一人もいないと言ってもいい、断じて友達が出来ないのではなく、作る必要がないのだ、本は一人で楽しめる最高の娯楽であり文学である事を俺は知っている、他人に分かれと強要する気もない、分からない奴はほうっておけばいいのだから。
とても天気が良い朝、ギラギラと太陽が照りつける中、俺は今朝もお気に入りのSF小説に熱中しながら、軽い足取りで大通りを登校していた。
俺は集中力なら人一倍長けているだろう、周りのガソリン音、風の吹き抜けていく感触、太陽の暑ささえも全て無視して本に集中できる自信がある。
「おぉーい、そこのアンタ___気をつけろよぉー」
誰かの声が聞こえるが、俺は全く気にしない、もはや何を言われたかさえ曖昧だ、恐らく俺に声を掛けているのだろうが、今は物語の一番盛り上がる所、俺は宇宙でエイリアンと戦っているんだ、戦いの最中に目を放せるか、とぶつぶつ呟きながら声の主が誰なのかも分からないまま、俺は本を読みながら通学路を突き進んでいった。
「今日は人通りが多いな、裏道にするか。」
流石にこの人の多さでは、本を読みながら歩いている俺は邪魔にしかならないだろう、今も俺と接触しそうになり、注意しようとする人がちらほらいる、しかし大抵の人は皆諦めてしまう、俺の読書の熱中さに呆れているからだ。俺は周りの人々の目など気にしないが、面倒くさい人とぶつかって怒鳴られたりなどしたらたまったものじゃ無い、俺の世界がそれだけでぶち壊しになってしまう、そんなのはごめんだから、遠回りにはなってしまうが人通りが少なく、快適に本が読める裏道を最近利用する事にしている。
軽快なステップで右に曲がり、裏道の快適さに、満足しながら俺は歩を進める。
数十歩歩いた所でいつもとは違う違和感を感じる。何かがおかしい、無論第三者がその通路を歩いていたら即座にその違和感に気付く事が出来ただろう、だが俺は読書に熱中し過ぎていたせいで、その大きな違和感さえ数十歩進むまで気付く事が出来なかった。
「暗すぎる」
いくら本を読んでいて、外を一切見なくても、歩く度に暗くなっていき読みづらくなっていくのは自分でも分かる、今は朝のはずなのに視界が真夜中の街にいるように暗いのだ。
何故か? いくら裏道だからと言ってそんなに狭い道でもない、ここまで暗くなるのは有り得ない、本で身に付けた知恵を必死に働かす、考えても分かる筈がない癖に、俺は必死にこの現象を説明できる「言い訳」を脳内で探していた。
通路のど真ん中で立ち止まり、考えても答えに辿り着く事は出来ない現実を嫌々受け止め、流石にこの違和感を無視する事が出来なくなった俺は顔を上げて前を向く事にする。
目の前にあった物は、____闇だった。
まるで深淵を覗いているような、闇。
道の終わりが全く見えず、周囲は闇に包まれている、地獄への道、それを彷彿とさせるような道。
家は? 人は? 標識は? 自分が何処に立っているのかさえ分からなくなり、吐き気を催す、まるで自分以外の存在が全て無くなったみたいだ。
無ってこんなに怖い物だったのか?
恐怖感に襲われ、必死に目を瞑った、暗闇を見ていると俺も暗闇に喰われるような気がした。
生命の危機を感じ取った俺は目を瞑りながら振り返り、元来た道に向かって光を求めて全力疾走した。