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真夜中の蝉   作者: the August  Sound ―葉月の音―
第一章 「真夜中の蝉」特別捜査班設立
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第四話 ヤンと聖

聖と慎は老人の後に従って彼の家に入った。老人の家は港や未整理区画内の繁華街から離れた地上3階地下一階建てのビルだった。彼はこのビルの所有者のようで、地下1階でバーを営み、地上1階を車庫、2階と3階を居住スペースと使用していた。老人はバーのスペースに聖と慎を連れて入り、カウンターの席に座らせた。

「いまなんか飲み物を入れてやろう。ビール、ウィスキー、シャンパン、赤ワイン、白ワイン、コニャック、ハイボールなんでもあるぞ。」彼はそう言ってくる。

「いや、自分たちは職務中なので酒はダメです。」聖は答える。

「なにいってるんだ。バーに来て酒を飲まないはないだろう。かくまってやるから一杯つきあえや。」彼はそういうと

「ちょうどヴァイスっていうドイツビールがあるからそれにしよう。」と彼は言うと瓶ビールを3本取り出し、渡してきた。

「男ならラッパで飲んでみ。」彼はそう言うと手本を見せるかのようにビールをラッパ飲みする。しょうがないので聖と慎も飲む。いわゆるビールよりかはフルーティーな味わい。のどの渇きにダイレクトに伝わってっくる味だ。

「なかなかいけるじゃねーか。」彼はそう言うと、なにやら大きくて薄い円盤状の板を取り出し、それを台に乗せ針のようなものを置いた。そこから流れてきたのは音楽。

「これはレコードって言うんだ。CDよりももっと前の代物だ。」彼はそう言いながら再びビールを飲む。

ところどころノイズが入りながら流れてきたのは、独特なリズムを刻むドラムの音、そして吹奏楽器の音。

「SING,SING,SING か。」聖がつぶやく。

「ほー。この曲を知ってるとは思わなかった。珍しいな。君ぐらいの子がこういうのに興味を持つのか?」

「死んだ父親がジャズが大好きでした。よく父の部屋に入ると曲がかかっていて、毎回曲名を教えてくれました。」

「そうか。いい親父さんだな。」

「これはいつのレコードなんですか?」聖は尋ねる。

「ええと、1943年のニューヨークカーネギーホールでの公演のときのらしいな。」彼はレコードの入っていたケースを見ながら答える。

「第二次大戦中だ。」慎が驚いたように言う。

「そう。ざっと200年前。」老人は笑いながら言う。

「考えると凄いことだぜ。そんなに古いコンテンツを知っている奴がいるってのがな。」

「あなたはこれをどこで手に入れたんですか?」聖は尋ねる。

「ここでは金さえ払えばなんでも手に入る。酒も女も全時代の遺物でも。お前らの住む都会よりもこっちの方がいろんなものがあるんだよ。」

「それでもこのレコードやビルを所有し、酒も購入できるほどの金を持っているという風には失礼ながら見えませんが。」聖は言う。

「ははは。こりゃ手厳しい。つまりはどうやって俺が金を確保しているのか白状させたいわけだ。」彼の言葉に対し聖は微笑で返す。

「いいだろう。まず俺の名前を教えてやろう。ヤン・ヤオウン―陽耀文―、まあこの界隈ではこう言われてるな。Don of Chineseと。」

 ドン オブ チャイニーズ。この名前は第6班にいたときからたびたび耳にしていた。横須賀未整理区画の中での中国人の自治会のトップ。犯罪行為―特に麻薬や武器の密輸入―にも関与されていると言われていたが、その証拠が上がらず真相がわからなかった。

「なるほど。理解できました。」聖はヤンを見つめて言う。

「でもなぜ私たちをこうしてかくまってくださるのですか?」

「最近のマフィアは少し調子に乗りすぎている。ここは後ろめたい理由のある外国人や日本人が集まってできた、いわばゴミ箱だ。だから少なくともこの街にヤバいことを持ちこむのは暗黙のルールとして禁止されてる。なのにやつらはヤバいものを持ち込みやがった。」

「そのヤバいものとは?」

「傭兵。奴らは何回にも分けてかなりの数の傭兵を日本に密入国させた。」ヤンは言う。

「いや、それは、、、。」

「現実的ではないか?」

「はい。」聖は答える。

「密輸入なら俺らもやってる。もっともこの街の中での商売のためだが。海軍は一つ見誤ってることがある。」

「何をですか?」

「敵味方識別発信機と同じ周波数の電波を発していたら、無人の警戒フリゲートやレーダーはくぐりぬけられる。」日本はその広い海域をパトロールするために全自立式の無人フリゲート艦や潜水艇、レーダーを用いている。もちろん有人艦艇もあるが、それらは平時にはあまり航行していない。

「でも、映像解析で問題を確認したら追跡を開始するはずです。」聖は言う。

「ここから先は言えねえよ。俺らだってこの街で密輸で商売をしてる身だ。自分の首を絞めるようなことは言わねえ。」ヤンは笑いながら言う。

「私たちが職権を行使しないうちに話したほうがいいとは思いますが。」

「ははは。俺を脅すのか。だが、こっちだって連邦の法律はある程度理解している。こういう場合、任意同行で司法省のなんらかの施設あるいは車両に移動してからじゃないと、話させる事は出来ないだろ。つまり、今この状況で話す義理はねえ。しかもよく考えてみろ。今お前らは俺にかくまわれている。ここは俺ら中国人のシマだからマフィアどもも入っては来ねえ。このお前たちにとって有利な状況は捨てるべきではねえと思うんだが。」

「なるほど。そうですね。分かりました。今はそこについて触れないでおきましょう。」

「ああ。今はな。」ヤンは答える。

「それで本題に戻させていただきますが、マフィアはどのような傭兵を密入国させたか分かりますか?例えば人種だったり、国籍が分かるようなものであったり。」

「そうだなあ。黒人も白人も、もちろん黄色人種も混ざっていたが、少し黄色人種の割合が多かったかもしれねえな。練度はなかなかなもんだと思うぜ。いわゆる銃を持ったかかしではねえ。そうだな、そこそこ治安の悪い国のお巡りの特殊部隊並には鍛えられてるんじゃねえかな。」

「計どれくらいの人数ですか?」

「100は超えてるな。特にここ最近、回数と人数ともに増えている。」

これは想定以上の事態だ。海外から傭兵が100人以上密入国してきていて、しかも練度が高い奴らばかり。これが全て「真夜中の蝉」の構成員になっているとしたら、今後の治安維持に重大な問題が残ることになる。

「武器とかは分かりますか?」聖は尋ねる。

「詳しくは分からないが、少なくとも迫撃砲レベルの重火器は普通に持ち込んでいると思うぞ。毎回、クソでかい箱が陸揚げされてる。」

「ちなみに、傭兵たちのアジトはどこにありますか?」

「ここの正反対のマフィアどものシマの辺りだ。悪いが、そこまで送って行く気はねえぞ。無駄に争いのきっかけは作りたくねえ。」とヤンは言う。

「今ここで、その情報を教えていただいたのはやはり」

「そう。おまえら治安維持局の治安介入でマフィアを潰してほしいからだ。」

「傭兵ではなくマフィアですか?」聖は少し驚く。

「ああ。マフィアだ。ある意味奴らは商売敵だからな。自分の手を汚さずに潰れてくれるなら越したことはねえ。ただ、傭兵には手を出さねえほうがいい。恐らく、奴らはマフィアを利用しているだけで、もっと上位の意思決定するものがある。それが国家レベルなのか、ゲリラレベルかは知らねえが。」

「ヤンさん、あなたは『真夜中の蝉』というテロ集団は知っていますか?」

「いや、知らないな。同じ名前のアナーキスト集団なら知っているが。」

「それはどういう意味ですか?」

「お前らは司法省は『真夜中の蝉』を正しく理解してねえ。奴らはテロリストではなくアナーキストだ。ところでお前はアナキズムとテロリズムそれぞれを説明できるか?」

「アナキズムは秩序のある無政府主義、テロリズムは政治的思想の一手段としての破壊行為ですか?」

「うーん50点だな。」ヤンは言う。

「君は?」ヤンは今度は慎に尋ねる。

「アナキズムは政治的ななんかっすよね。テロリズムは俺らの敵。」

「ははは。俺らの敵か。面白いな。ただこれも50点だな。」

「聖さんと同じ点数とか俺すげえ。」慎は喜んでいる。

「それで答えとは?」

「アナキズムは秩序維持のために政府は不要である、すなわちお前が言った通り秩序のある無政府主義だと言える。これは一種の政治的思想だ。対してテロリズムは、政治または宗教等の活動の一種として破壊行為を行うこと。だから政治思想の一手段ではなく、選挙活動と同じような活動だ。」

ヤンの言葉を聖は何度も反芻させる。

「それならば、やはり『真夜中の蝉』はテロリズムに基づいているのでは?」

「いや、違う。さっき言ったようにテロリズムは極論破壊活動に政治思考が付属しているに過ぎねえ。つまり政治思考をダシにしているわけだな。テロリズムには、別に政治思想が破壊活動の根幹にあるとは限らねえ—外見的にそう見えてもな。ただ奴らは根幹に政府を潰そうとする政治、あるいは為政的な考えがある。これはアナキズムだろう。」

「でも、無秩序を思想としていることも考えられますよね。」聖は尋ねる。

「それは無いだろう。恐らく願っているのは現連邦政府を潰して、国民共同体としての秩序と公共サービスが成立すること。お前たち治安維持局はもしかしたら勘違いしてるんじゃねえのか?奴らは医療技術の進歩を嫌うんじゃなくて、お前ら司法省が作ろうとしている国民生存基本法に対しての反発だと思うぞ。」ヤンは言う。

国民生存基本法。それは、低レベルで増減している出生率を国家の維持発展に丁度良いレベルまで上昇させることを目的として、人工授精の医療費を国が負担したり、最近確立した人工出産(人口受精卵を人口子宮内で育てる)の技術を用いて子どもを作っていくというものを推奨、実行していくための法律である。また、その中には、クローン技術の推進を目的とする部分があるなどしている。これに対して、倫理的な問題や、人権等の問題についての反発が大きく、武力は用いないとしても、国会前でデモが行われたりしているという事実がある。

「人権の軽視に対する反発が基となって、それならば政府はいらないと考えたのが『真夜中の蝉』だということですか?」

「ああ。もちろん要因はそれだけじゃあねえだろうが、確かにこの要因も含まれていると思うぜ。」ヤンは答える。


レコードから発せられるところどころノイズの入ったジャズ。薄暗い店内。ロウソクの火に照らされる酒。その中で一人、聖は考えていた。

「真夜中の蝉」はテロリストというよりはアナキストである。

もし仮に「真夜中の蝉」がアナキストだとして、奴らの狙いはなんなのか。国民生存基本法に対する反発という理想だけではないように思える。もっと小さい、個人的な何か恨みが基になっているのではないのか?それならばテロリスト—政治思想が根幹だとは限らない—だろう。


「慎。」聖はふいに声をかける。

「はい。なんすか?」

「お前、今、タブレット持ってるか?」

「ああ、はい。ありますよ。」慎はそう言いながら、折りたたんである額縁のようなものを取り出す。

「ちょっと借りるよ。」聖は言いながら、額縁のようなものを開き、起動する。すると、額縁の内側空洞にホログラムが入る。これはリュート8という省庁職員専用のハイスペックタブレットである。一般では販売されていない。

聖は、司法省データベースを選択すると、これまでの「真夜中の蝉」によるテロ事件の資料を呼び出す。

最初の事件はもちろん「あの日」。高麗民主共和国首相爆殺テロ事件。その次は、横浜港第6商業区画爆発事件。そして台場官庁街銃撃事件に木更津石油貯蔵施設爆発炎上事件。小田原城址公園立てこもり事件、新国立競技場襲撃事件など、数多く発生している。一番最近のものが、この前のホワイトウィングス爆破銃撃事件。

聖は、「あの日」の資料を詳しく読み始める。空港警備は日本連邦司法省治安維持局SAT、EsCT、東京第3機動隊、羽田空港署。李首相護衛担当部隊は、高麗民主共和国憲兵特殊警備隊と日本連邦司法省治安維持局刑事課第一司法捜査部第7班「三条班」。そして、高麗民主共和国の首相専用機が着陸し、地上走行を行っていた最中に、突如機体が爆発炎上。機体に乗っていた全員が死亡した。司法省治安維持局の殉職者は「三条班」全員—諫川かんがわ たかし三等司法捜査官、氷雨ひさめ 京司きょうし二等司法捜査官、大賀おおが 龍斗りゅうと一等司法捜査官、新神あらかみ 八雲やくも五等司法統監補、そして、三条さんじょう 穂瑞ほみ三等司法統監補と三条さんじょう 奏疾そうと三等司法統監補。

「母さん、父さん。」聖は資料を読みながら、思いがけず言葉が出た。

「あの日」あの場所で殉職した聖の両親。両親の名は三条穂瑞と三条奏疾。父親—奏疾—の遺体の一部は見つかったが、母親—穂瑞—の遺体そのものは見つからなかった。遺されたのは無傷のMR186隼。今の聖の愛銃だ。


聖は資料を読み進めていく。全体を通した、李首相来日中の警備責任者は瑞野琴和四等司法統監。警備計画委員は岡臣おかおみ まさし四等司法統監補と村嶋 宗嗣四等司法統監補。

—おかしい、と聖は思った。この3人が、現在では、司法省及び治安維持局で、かなり重要な役職を受け持っているのだ。李首相の爆殺を防ぐことができなかったというのは、その後の役職に必ず関わってくるはずである。それなのに、瑞野は司法大臣に、岡臣は司法省治安維持局永田町立法区画警備総隊司令に、村嶋は、東京第1機動隊や司法省治安維持局東京本部の刑事部本部長などの重要な役職を歴任し、今は品川駅署の署長になっている。

これはどう考えても不自然だ。「あの日」には、まだ明かされていない真実があるのではないのか?あるいは「真夜中の蝉」の大元もこれに関係があるのではないのか?

—個人的な復讐。この考えが聖の頭をよぎる。聖は、「真夜中の蝉」の捜査資料の中から、瑞野、岡臣、村嶋の名前を検索する。すると、すべての事件資料から、この内一人の名前が出てきた。

「これって、もしかして。」聖が言うと

「何かわかったか?」ヤンが聞いてくる。

「はい。もしかしたら、だいぶ重要なことかも。」

「なら一刻も早く帰ったほうが良いんじゃないのか?」

「とは言っても、マフィアはまだ探してるんじゃないんですか?」

「それなら心配いらねえ。俺ら中国人の車を使えば、わざわざ車の中まで探すようなことはしねえだろう。それとも、傭兵どものアジトを見るまでは、ここを出れねえてか?」

「まあ、それもあります。」聖が笑いながら答える。

「ははは。そうか。だったら俺も外について行こう。お前が乗ってきた車の中で、地図使って説明してやろう。」

「では、そういうことでお願いします。」

「よし、ちょっと待ってろ。今用意しよう。」ヤンはそう言うと、スマートフォンを取り出し電話をかける。

「明楼、请向这里转动高级轿车。」短い一言で電話を切る。恐らく車を回してくれといったことだろう。

「さて、お前らの衣服ホロはもう解除していいぞ。俺もスーツに着替えるし、何より中国人自治会のトップと一緒にいるやつが、薄汚れた服を着ているほうがおかしいだろう。」ヤンは聖と慎に言う。

「あ、そうですね。」聖はそう言いながらホロを解除した。

「なかなかいい服着てるじゃねーか。ちょっと着替えてくるから待ってろ。」ヤンはバーから出て行った。

「聖さん、信用しちゃって大丈夫すか?」ヤンが出て行ったのを見計らって、慎が尋ねてくる。

「何を?」

「ヤンのことですよ。俺らを車に乗せて、マフィアに引き渡すつもりなんじゃないんですか?」

「それはねえよ。ヤンだって、俺らが今、司法省の管轄下でここに来てるのは言うまでもなく分かってる。そこで俺らが失踪してみろ。治安介入で、徹底的に潰されるに決まってるだろ。それに今頼れるのはヤンしかいない。まともな地図もなく連絡も取れないこの場所から、俺らだけの力で脱出するのは不可能に近い。」

「そりゃそうすけど、、、。」

「そんなに心配なら、いつでも銃を撃てるようにしとけばいいだろ。今の内に弾薬を補充しておくとか。」聖がそう言っているとヤンが戻ってきた。

「もう車も来るだろうから外に出るぞ。」


聖と慎、ヤンが外に出て3分ほどすると、車が2台近づいてきた。一台は白いSUVで、もう一台は白いリムジンだ。ヤンの前にリムジンが止まると、中から男が一人降りてドアを開けた。

「一応紹介しとくか。張明楼—チャン ミンロウ—、俺の養子兼護衛隊長だな。もし、お前ら司法省が傭兵どもを潰しに来るなら、こいつを連絡役にしよう。」

「明楼です。よろしく。」そう言いながら、小柄だががっちりとした体型のチャンは手を差し出した。

「私は司法省治安維持局の三条聖。こっちが弓野慎です。」聖が手を握る。

「さて、挨拶が済んだところで、早速出発しようか。あまり遅くならないほうがいいだろう。」ヤンがそう言いながらリムジンに乗る。

「そうですね。」聖と慎も続く。3人が乗ると、チャンは扉を閉め、運転席へと入った。

SUVを先頭にして、リムジンは進んでいく。途中、対向車が来るが、全て対向車が端により、道を開けて止まる。

「そういえば、お前らをどこまで乗せてけばいいんだ?お前らの車がある場所を聞いてなかったろ。」

「あ、そうでした。新大津に向かってください。」聖が答えると、

「明白了吗?」とヤンはチャンに尋ねる。

「是。」チャンはそう答えると無線マイクを取り、

「请面向新大津。」と言った。その後2ブロックほど行って右に曲がる。


「『真夜中の蝉』というか、傭兵のことだが、もしお前ら司法省が武力鎮圧するとして、俺らは協力したほうがいいか?」ヤンは聖に聞く。

「いや、それはどうでしょうか。少なくとも、武力攻撃に直接参加はやめておいたほうがいいと思います。一応、日本連邦では銃の所持は禁止ですし、敵だと認識されることだってあるかもしれません。ただ、奴らが逃げ出さないように見張っていただいて、護身のために銃を持ってたり—もちろん見せびらかさないでですよ。不明確なあの場所の案内なら協力を依頼するかもしれません。」

「なるほど。もし傭兵を潰すのなら、ついでにこの未整理区画(らくえん)全体を解体しにかかるってことか。了解した。」ヤンはそう言うと、リムジンの中の棚を開けた。その中には冷蔵庫がある。ヤンは冷蔵庫の扉を開け、赤ワインを取り出す。栓を開けると、紙コップを二つ取り出して、そこに少しずつ注ぎ、聖と慎に渡す。ヤンはそのまま飲む。ゴクゴクと一気に飲み、美味そうな顔を浮かべる。

「ほら、見てないで飲め。」ヤンがそう言ったので、仕方なく、聖も飲む。慎はもらった直後から飲み始めていた。全く、これに睡眠薬でも入っていたらどうするんだ。疑っていたのはお前だろうと聖は思いつつもワインを飲んだ。濃いブドウの味。恐らくカベルネだろう。最近はなかなかお目にかかれない貴重なワインだ。

突然車が止まった。外から言い争う声が聞こえる。チャンはダッシュボードからミニウージーサブマシンガンを取り出し外に出る。

聖がリムジンの窓から様子を見てみると、外では、ジャージや薄汚れた服を着た男が、ショットガンや猟銃を肩から下げて、SUVに乗っていた中国人と言い争っている。本来、進んでいくのであろう道には、テクニカルが横向きで止まっている。

つまりこれはマフィアの検問。チャンがマフィアの行く手を阻もうとするが、それを押しのけて、リムジンに向かってくる。そしてリムジンの窓をトントンと叩いた。ヤンが窓を開ける。

「何の用だ?」ヤンは尋ねる。

「これはこれはドンオブチャイニーズ。貴重なお時間を取らしてしまい申し訳ありません。ですが、一つ協力していただきたいことがあります。」

「なんだ?」

「実は今日、この未整理区間に司法省の番犬が紛れ込んだようなのです。男女2人は取り逃がしましたが、もう男2人は未だこの未整理区間にいると思われます。そこで、ここから出て行く車の中を全て調べさせていただいているのです。ご協力いただけますか?」

「断ると言えば?」

「それは困りますねえ。私どもも上からの指示なので従わない訳にはいきませんし。お互いに関係悪化は避けたいでしょう?ここは素直に協力いただきたいのですが。」男はそう言いながら、懐中電灯で車内を照らす。直ぐにチャンが横から懐中電灯を奪う。

「おやおや。ご協力いただけないならこちらとしても、別の手段に出るほかないのですが。」

「別の手段とはなんだ?」そう言いながらヤンは、ジャケットの胸ポケットに手を入れる。

「いや、なんでしょうねえ。」男は言いながら、テクニカルの方を見る。

「ははは。俺らを脅すか。おもしろい。」ヤンは笑う。

「いやあ、そんなわけないじゃないですか。ただ、協力していただきたいだけですよ。」

「別に見るまでもないだろう。俺らだって司法省にはここに介入してほしくはねえ。見つけたら殺しはしないまでも、助ける義理はねえだろ。」

「そうですねえ。ところで、ドンオブチャイニーズ、今からどちらに行かれるのですか?」

「それをお前に教える必要はあるのか?」

「いえいえ。ただ、リムジンにあと2人、男性が乗っていらっしゃる様なので、少し気になっただけです。」男はわざと、男性2人を強調して言う。

「今から横浜で鶴見未整理区画の中国人自治会と中華街の連中と会合だ。この2人は俺の友人だ。今から会合に一緒に行ってビジネスの話をする。」

「なるほど、なるほど。そうでしたか。」

「分かったなら、もう通らせろ。」

「別に構わないのですが、、、。一応お2人の顔を見せていただいてもよろしいですか?」

「お前は私に恥をかかせるつもりか?友人にマフィアに協力しろと言わせたいのか?」ヤンは睨む。

「いやいや、そこまでは言ってないですが、でもこっちも自分の命が懸かってますんで。」

「お前の命なんぞ知ったことか。第一、なぜそんなにも司法省の番犬にこだわる。多少の犯罪なら奴らだって介入してこないだろう。それなのにそんなにも躍起になるのは、お前らが相当ヤバい—それこそ、日本の治安維持の根幹に関わる様なことをやっているからじゃねえのか?例えば、海外から傭兵を招き入れるだとか。どうしても調べるまでは通さないと言うなら好きにしろ。ただ、そのときは、ここで、この未整理区間で中国人とお前らマフィアの戦争が始まるときだ。」ヤンは言い、胸ポケットからリボルバー拳銃を取り出す。

「分かりました、分かりました。落ち着いてくださいドンオブチャイニーズ。あなたは今から、ご友人と共に横浜で中国人団体と会合に向かうんですね?それならば、もうお通り下さい。おい、車を通らせるぞ。」男は手を上げながら後ろに下がる。

「そうだ。最初から邪魔しなければいいんだ。」ヤンはそう言って窓を閉める。チャンも運転席に戻る。

テクニカルが道の端に退き、SUVが前に進む。リムジンも動く。

「全く、ヒヤヒヤしたぜ。」ヤンはそう言って笑う。

「すいません。ご迷惑かけて。」聖は謝る。

「いやいや、久しぶりに脅すのは楽しかったさ。いずれにせよ、これから先俺ら中国人と奴らは戦争になるだろう。ここで関係が悪化したところで大差ない。」ヤンはワインのボトルをつかみ、喉に流し込む。

「う〜ん。ワインのガバ飲みは喉にくる。」ヤンはそう言って快活に笑った。


そこから先は止められることなく、直ぐに未整理区間から出れた。車を15分ほど走らせると、聖たちがパトカーや機動装甲指揮車を置いてきた場所に着いた。

聖と慎が車を降りると、指揮車から深月や佳奈江、憲渡、翔輝が出てきた。

「聖、怪我はない?」佳奈江が駆け寄ってくる。

「ああ、大丈夫だ。」

「なかなか戻ってこないので心配していました。ジャミングで連絡も取れませんでしたし。」深月も言う。

「深月姉さんは何もなかったんすか?」慎が尋ねる。

「うん。わざわざここまで来ようとはしないでしょ。」深月は答える。

「そういえば、佳奈江や翔輝はどうやって戻ってきた?」今度は聖が尋ねる。

「蘆利さんがすぐにドローンを使って、上空から投下で装備を送ってくれて、それで、全速力で走って、途中で敵のテクニカルを奪ってここまで来ました。」翔輝が答える。

「なかなか荒技で来たな。」

「ええ。カービングの弾が切れました。」

「昨日補充したばっかりだろ。」

「申し訳ありません。」翔輝が謝ると、全員が少し笑った。

「それで、聖はどうやってここまで?リムジンで来るなんて大分社長待遇じゃない?」佳奈江が聞いてきた。

「ああ、それなんだが、」聖が答えようとすると、リムジンの扉が開き、ヤンが出てきた。

「はじめまして、司法省治安維持局の皆さん。俺は陽耀文(ヤン ヤオウン)ことドンオブチャイニーズ。今日はお前らに協力しに来た。ていうかもう協力してやったんだけどな。」

ドンオブチャイニーズという言葉に全員が驚く。

「え、聖、これってどういう、、、?」佳奈江が尋ねる。

「俺と慎は、中国人自治会に助けてもらった。攻撃してきたのは未整理区間のマフィア。このマフィアは、おそらく『真夜中の蝉』の構成員となっている外国人傭兵の密入国を手助けしている。」聖が答える。

「そう。だから俺ら中国人もマフィアが嫌な訳。だから、あんたら司法省に情報をリークして、外国人傭兵とマフィアを叩き潰して欲しいってこと。」ヤンが付け足した。

「なるほど。理解しました。」翔輝が言う。

「じゃあ俺は聴取を始めるから、装甲車借りるぞ。」聖はそう言って、慎とヤンと装甲車に入った。


「じゃあぼちぼち話をしようか。」ヤンが話を切り出す。

「まず、マフィアはこの未整理区間の久里浜長瀬を完全掌握している。つまりは奴らの領土だな。もちろんマフィアのアジトもここにある。」ヤンは地図を指し示しながら話す。この地図は、ヤンが持ってきた手書きのものである。そもそも未整理区間には政府や地方自治体は無関心なので、コロコロと建物が変わり、把握しにくい地図は作られないのである。

「それで、傭兵のアジトがあるのは旧長瀬2丁目の辺りだ。マフィアは旧法務省長瀬庁舎をアジトにしてる。ちなみにお前らが襲撃されたのは旧久里浜7丁目、俺ら中国人の領土は東京湾フェリーターミナルの辺りだな。どう傭兵のアジトを攻撃するかは、この地図を司法省に提供するから勝手に決めてもらうとして、俺らはロシア人会と協力して川から下には行かせないようにする。お前らの案内はうちから出す。これでいいか?」

「はい。特段問題はないと思います。」聖は答える。

「それじゃあ、連絡役にチャンを連れていけ。」

「それについてなんですが、どういう名目で私たちはチャンさんを連れていけばいいでしょうか?」

「何も、司法省が連れて行く必要はない。個人的に未整理区間の外に連れていけばいい。それなら罪状はいらないだろう?言いたいこと分かるか?」ヤンは言う。つまり、聖がタクシーを呼ぶなりして、チャンが行きたい場所まで送れば、治安維持局にしょっぴく形である必要がないということだ。

「分かりました。」

「恐らく、チャンは歌舞伎町の中国人会のところに行くだろう。あそこには俺のダチが何人かいる。連絡先は後で聞いておけ。」

「はい。」

「それじゃあ、あとは頼んだぜ。俺はついでに横浜の中華街で飯を食ってく。」そう言いながらヤンは席を立った。聖も立ち上がり、見送りに行く。

「そういえば、お前に渡したいものがあった。」ヤンは小型の古いタブレットを聖に渡す。聖が電源をつけてみると、ある資料ファイルが自動に開かれた。

それは官僚なら全員読んだことがあるとされるし、司法省の研修生も知っている有名なレポートだ。タイトルは

『テロリズムとアナーナキズムの融合による国家転覆の危険性』。瑞野琴和が書いた不朽の名作レポート。

ただ、このレポートはこの国の—日本連邦の—治安維持体制の根本を揺るがす様な指摘があり、一般への公表は見送られた。すなわち、このレポートは一般人—一部の公務員以外知っているはずも無いし、持っている訳がないのである。それなのにヤンはレポートを持っていた。

「これは一体、、、どういうことですか?」聖は尋ねる。

「なに、ちょっとしたマジックさ。ただ、このレポートをもう一度読み返してみたら、『真夜中の蝉』についても別の考えが持てる様になるんじゃねえか?」ヤンはそう言ってニヤッと笑う。

「『真夜中の蝉』との関係が判明すれば、マフィアも潰されるんだろ?これから先の未整理区間の俺らの商売は、お前にかかったんだから頼むぜ。」ヤンはリムジンに乗り込み、

「再见。」と言って去っていった。

「それじゃあ、私もタクシーを呼んでもらっていいですか?」チャンが聖に話しかける。

「ああ、はい。今呼びます。」聖はアプリを使ってこの場所にタクシーを手配する。

「これが私の連絡先と、新宿歌舞伎町での住所です。」そう言ってヤンは紙切れを渡す。

「了解しました。これから、ときどき司法省の霞が関の方まで来てもらうことがあると思いますが、よろしくお願いします。」

「あなた方は捜査がまだ残っているでしょう?先に帰って頂いて大丈夫ですよ。ドンからお金も貰っていますし、タクシーもここに来るのでしょう?」

「お気遣いありがとうございます。それならばお言葉に甘えさせて頂いて、先に失礼します。」聖はそう言うとパトカーに乗り込む。他の全員もそれぞれ車に乗る。

「ドンのためにも、あなた方の仕事のためにも頑張ってください。」チャンがそう言ったので聖は手を振って車を出した。


聖はオフィスに戻ると、すぐに『テロリズムとアナーナキズムの融合による国家転覆の危険性』を読み始めた。そして、今、聖はある一つのことに気がついた。

「これは大分不味いことになってきている。ただのアナーナキズムやテロリズムではない。」聖はそう呟いた。そして、全速力で司法大臣執務室に向かって走る。瑞野の元に向かって。




それを監視カメラのモニターで見る瑞野。その手に握られているのは中の歯車が見える時計。カチカチと確実に回る歯車。また新たな局面(とき)を迎える。



こんにちは。the August Soundです。なんとか第四話書き上げました。今回は戦闘シーンないんで、だるかったかと思いますがご容赦を。次回は恐らく未整理区間で傭兵と戦いますよ。

これからも「真夜中の蝉」をよろしくお願いします。

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