第5話 ダリルの戦い方
ダリルは昨日と違う職員に自分のカードを見せ、迷宮内に入った。昨日と違うところは、首飾りを持っていないところだ。どうやらあれは加入テストのときのみ渡されるらしく、もうギルドの一員となったダリルにはもう必要なく、持っていかなくていいらしい。しかし、これはたとえどんな状況に陥ったとしても、首飾りによって助けを呼ぶということが出来なくなるため、より危険になったということでもある。つまりは多少の危険ならば自分で切り抜けろということだ。
ダリルはこの前来た時と同じように自らに《ダークビジョン》をかけ、その後下へと続く階段を探しにかかった。
その途中、何回か魔物に遭遇したが、そのすべてがゴブリンであり、多くても三体がまとまって行動しているくらいだった。どうやらこの階層はゴブリンしか出ないらしいと考えながら進んでいくと下へと続く階段を発見した。その階段に罠などの仕掛けがないかを一応確認しながらダリルはその階段を下って行った。
2階層は見た目としては特に変わったことはなかった。先ほどまでいた1階層と見た目も特に変わらず、一見すると特に変わったところなどないように思えた。しかし、先ほどの一階層と違う点が一か所存在した。それはゴブリンのほかに新しく蝙蝠のような魔物が出てきたのだ。
「あれはたしかケイブバットだったか…。」
(確かあいつは音によってほかの生き物の位置を把握しているんだったな…。だったらこの魔法だな。)
相手がどのような魔物で、どんな生体をしているのかを知り、その魔物の弱点になる部分をしっかりと見極め使う魔法を選択する。それはどんな魔法使いにでもできるということではない。しっかりとした知識とそれに伴った実践、それらに裏図けられたダリルだからこそできることである。
「音よ、弾けろ《サウンドボム》」
「ギィッッ!!」
ダリルの魔法は見事ケイブバットに炸裂し、その体を地面へと叩き落とした。その後、ケイブバットに向かって飛び出したダリルは自らの持っている杖を魔力で覆い、杖の耐久力を上げたあと相手の目に向かって突き出し、その生命を一瞬にして奪い取った。
「こんなもんか。やはり外の魔物とたいして変わっているわけではないな。」
この時ダリルの認識は確かに合っていた。ダリルはこの魔物と戦った経験が外でもあったためその時に最も効率的で効果の高かった方法をを使ったのだ。しかし、その時の経験が今回の場合はあだとなった。確かにケイブバットに対して『音』という攻撃は有効だった。しかしその攻撃に使った音が周りにどんな影響を及ぼすのかをこの時ダリルは失念していたのだ。その結果どうなったか、それはダリルの近くにいた魔物のすべてがその音────ダリルのことだ────に向かってきたのだ。そのことに気が付いたのはちょうどケイブバットの魔石を回収しているときだった。
「なに!?」
(なんだ?なぜこんなにも多くの魔物がこちらに向かってきている!?っつ!!そうか!俺は馬鹿か!こんな場所で大きな音なんて出したら向かってくるにきまっているじゃないか!いや、落ち着け、反省は後だ。とりあえずはここを切り抜けることを考えろ。まずは魔物の戦力確認からだ。このときは…)
「我に仇なす敵を知らせよ《ヘイトサーチ》」
ここで少し魔法の説明をしよう。この世界においてどんなものでも探せる探知魔法というものものは存在しない。いや、正確には存在するのだが、誰も使えないといった意味で存在しないというべきか。では、何故その探知魔法を使うことをできる者がいないのか、それは単純にその魔法を使ったときに入ってくる情報量に術者が耐えられないからである。使用した瞬間にそこらへんに落ちている石ころなどの直径やら質量やら自分からどのくらいの距離にあるのかといった役に立たない情報が山ほど出てくる。しかもその魔法に範囲内にある全ても物体に対してその効果は表れるため、その情報量は正しく殺人的になる。そんな魔法を一体だれが使えるというのだろうか?
そんな探知魔法だがある方法によって限定的にだが使用を可能としている。それは『何を対象にするか』ということを明確に指定することだ。例えば今回ダリルが使用した《ヘイトサーチ》でいえば、術者に敵意を持った存在を知ることができる。この魔法の利点としては、情報が少ないため、術者にかかる負担の少ないところだろう。逆に不便なところはこの魔法によって知ることのできる存在はあくまでも敵意を持った存在だけなので、こちらのことに気が付いていない存在に対しては全くの無意味となるという点だ。まあそのような場合はほかの魔法を使用すればいいため、デメリットらしいデメリットは存在しないのだが。
自らのことに気が付いている魔物はどれだけ要るのか。そのことを知りたかったダリルの使った魔法により敵の戦力を把握することに成功した。だがその知り得た情報は決して芳しいものではなかった。
(前からゴブリン3、その後ろにケイブバット2、後ろからケイブバット3、その後ろにさらにケイブバット2か…。とにもかくにも挟み撃ちはまずい。ならば)
「土よ、我が意を汲みて形なせ《ストーンウォール》」
挟み撃ちをまずいと考えたダリルは自らの後ろに壁を作り出した。前の敵を倒すことに専念するためだ。
「我に力を《フィジカルアップ》」 「我が武器は鋼鉄がごとし《ハードウェポン》」
ダリルは自らの身体能力と武器の硬度を魔法によって上げた後、魔物に向かって突っ込んでいった。ダリルは魔法使いである。しかし魔法が使えない距離にまで敵に踏み込まれてしまったとき、魔法使いは完全に無力となる。これはいわば仕方のないことであり、どうしょうもないことである。しかし、ダリルはそれをよしとはしなかった。確かに魔法使いが近接戦闘を得意とする職業の者と戦った場合、技術は同じだったとしても、力の差で競り負けてしまう。ではどうしたらいいのか?その答えの一つとしてダリルが思いついた方法が『魔法によって無理やりに身体能力を上げる』ということである。
この魔法を使用しることによって、魔法使いでも同レベルの近接職業の者と力比べをできるほどになった。欠点としては、魔力が切れると使えなくなることだが、この魔法は自分に掛けるという特性上、ある程度魔力が自分に戻ってくる。そのため、めったに魔力切れに陥ることはない。しかし、ここまでしても魔法使いが本職の者に勝つことは難しい。それが職業の差というものである。
「はあっ!!」
前から来たゴブリンの一体の足に自らの杖を当て体勢を崩した後、その勢いを使ってもう一帯を蹴り飛ばす。もう一体がこちらに向かってくるが、バックステップをして距離を取る。ゴブリンが武器を空振り、体勢を崩したところで眉間に杖を当て先ほど転がしたゴブリンのもとに吹き飛ばす。そうして三体が一か所に集まったところに魔法を放つ。
「土よ、敵を貫け!《アーススピアー》
そうしてゴブリンたちは土のやりに貫かれて絶命した。
しかし、ゴブリンを倒しているうちに後ろからケイブバットが壁にぶつかっている気配を感じた。ダリルはケイブバットがすべて壁から離れたということを感じ取った瞬間に土の壁を解除したあとすぐに姿勢をかがめた。
「ギイィ!?」
今までぶつかっていた壁が急になくなったことに驚いたのか、ケイブバットはかがんだダリルの頭上を飛び越えていった。そしてそのままダリルの前から来ていた二体のケイブバットのもみくちゃになった。それを見逃さず、ダリルは自らの手にはめている指輪をケイブバットたちに向けた。
「解放」
ダリルの指輪から放たれた五本の光線がもつれ合っていたケイブバットを正確に貫いた。
「侵入するものに風の裁きを《トラッピング・ウィンド》」
最後にやってきた二体のケイブバットはある地点を通った瞬間体中に斬撃の跡が出来た。
こうして総勢二桁の魔物は『魔法使い』という本来はソロ向きではない職業であるダリルによって瞬く間に倒された。