第1話 始まりの日
「やっと着いたか…。」
人口が五十といないド田舎の村から自分を育ててくれた人の言葉を信じて旅をすること約二ヶ月。魔物に襲われるのは当たり前で途中で盗賊に見つかったり、商人によく分からない物を買わされそうになったりと村にいた頃には考えられない経験を数多くした。
「それにしてもここが迷宮都市ディアンか…。」
目の前に広がる光景を見つめながらそうつぶやいた。これまでに幾つかの街を見てきたがそれに比べて明らかに人が多く、熱気がある。また、種族も様々であり、希少種族と呼ばれる者達も数多くいた。武器を持っている人が多いことに気づき、ここが迷宮都市であることを再認識した所で自分がここに来た目的を思い出し、奥に見える一際大きな建物に向かって歩きだした。
「ここがギルド…でかいな。」
入口の前に立って改めて建物を見ると、その大きさがよく分かった。なにしろ、周りの建物の三倍以上もあるのだ。今まで辺境の片田舎に住んでいたダリルにとってその大きさは未知のものだった。
「行くか。」
このままここにいても何の意味もないと意を決して中に入ると思っていた以上に中が清潔であり、また人が少ないことに驚いた。
しかし、その少ない人が一斉にこちらを向いて来たため、居心地の悪い気分になった。なにしろ、チラリとこちらを見たかと思ったら何か珍しいものを見るような目でジロジロと見られたからだ。
「おい!坊主!オメェ面白ぇ格好してんな!」
そうして居心地の悪い気分を味わっていると、近くにいた大盾の持ったヒューマンに声をかけられた。
「えっ、ええ。」
思わず生返事を返してしまい、まずいと思ったダリルだったが、そのヒューマンの方は特に気にした様子を見せず、そのまま話しかけてきた。
「俺はレザールってんだ。オメェ新人だろ?だったらあっちだぜ。」
大盾を持った男はレザールと言うらしい。よくよく見てみると身体もよく鍛えてあり、装備も一級品である。何故昼間のうちから酒の匂いをただよらせているのかは分からないが少なくともここに居る誰よりも強いということは分かった。そしてこの場の誰よりもお人好しだということも。
「なるほど、ありがとうございます。僕はダリルといいます。」
相手が名前を教えてくれたため、こちらも礼儀として名乗った。しかし、面白い格好とはなんだろうか?いつもと同じ服装でいるというのに。と思ったが務めて考えないようにした。
ダリルは今考えることでは無いと自分の中に起こった疑問をすべて投げ捨て、男が指を指した方に歩きだした。
「ようこそディアン支部へ。新規登録の方ですか?」
男が指をさした方向に向かって行くとそこにはエルフの女性の職員がいた。
「はい。色々と分からないところが多いのでよろしくお願いします。」
そう一言言ってから少しだけ頭を下げた。第一印象は大事である。
「はい、分かりました。では、基本的なことからお教えしますね。一応どこまで知っているか教えてください。」
「そうですね…この建物はギルドという、ギルドは世界中にある、ギルド所属の人を探求者と呼ぶ。このくらいしか知りません。」
ダリルは育て親から聞いた話をそのまま話した。
「なるほど、大方のことは知っていますね。では少し補足をさせていただきます。まず、探求者になる為にはギルドカードと呼ばれるものを作ります。このギルドカードとはその探求者の身分を示すものです。また、探求者にはランクがあります。最低がEランクで最高がSランクです。ランクを上げると様々なサービスを受けることが可能になります。しかし、それに伴ってギルドからの指名依頼をされるようになります。また、指名依頼を断ることは余程のことがない限り出来ません。」
「なるほど、ランクの上げるメリットはサービスの向上でデメリットは指名依頼による拘束ですか。」
「はい。そのような感じです。勘違いして欲しくないのは、指名依頼は悪いものではなく、滅多にありません。なのでそこまで大きなデメリットに感じることはありません。」
(なるほど、実質的なデメリットは無いということか…。ランクは上げていった方が良いな。まぁ上げないという選択は元から無かったがな。)
ダリルはそう決意を固めた後、受け付けの方に向き直って登録すると言った。
「かしこまりました。では、まずは仮登録とさせていただきます。これをどうぞ。」
「仮登録…ですか?」
「はい。探求者は一定の強さ持っていなければ勤まりません。そのため、始めに試験のようなものをして貰います。また、これはどのような人でもやっていただきますので特例はございません。これは探求者の死傷者を減らすために行っているからです。なお、試験の内容は迷宮内のゴブリンを五体倒し、その証拠として、倒した時にゴブリンが落とす魔石を持って帰ってくることです。これはおひとりでやっていただくので、ほかの人に倒してもらうなどのようなことはできません。それとこのカードはギルドカードを持っていない人のための、つまり仮登録をしている人のための許可証です。」
納得のできる理由であった。確かに、戦うことのできない者を多く入れるだけでは管理のしにくいだけである。また、ゴブリン五体というのはある程度戦えるのであれば楽に倒すことのできるが、街に暮らしている一般市民にはまずできないという難易度だ。興味本位でくる人を振り分けるには丁度いいのだろう。
「この許可証とは迷宮に入るための許可証のようなものですか?」
「はい。そのカードを迷宮の入り口にいるギルドの職員に見せていただければ大丈夫です。そのあとは職員の指示に従っていただければ迷宮に入ることができます。ほかに何かご質問はありますか?」
「いえ、特にありません。こんな田舎者に丁寧に説明してくださりありがとうございました。」
ダリルはそう言って頭を下げた。ギルドのことをまったくと言っていいほど知らなかった自分に対して嫌な顔一つせずに教えてくれたからだ。
「かしこまりました。すいません、最後に一つ教えてもらいたいことがあるのですがいいですか?」
教えてもらいたいこと?ダリルは初対面の自分に教わることなんていったいあるののだろうかと思いながら大丈夫だと伝えた。
「すいません、ありがとうございます。あまり見ない装備ですが、あなたの天職を教えていただけないでしょうか?」
その質問にダリルは何のためらいもなくこう言った。
「『魔法使い』です。」