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プロローグ

  近隣の国家に恐れられる大国があった。

 50年もの間戦乱から、果ては小さな国同士の小競り合いにすら巻き込まれず、粛々と栄える国である。

 名前を、ロアといった。


 優れた武の名門を多く抱え、さらには強力無比な騎士団をいくつも備える軍事国家であった。


  その王都フリビナル。

 広大な敷地面積をもつ、高くないが強固な城をシンボルとした都市は、中央通りでは夜の帳が下りた時間でも賑やかだ。

  行商人がござを広げ、種もみから食器、果ては怪しげな魔道具までを積み上げて声をあげている。

  娼婦が色を使い男共を誘い込み、屋台は腹を刺激する匂いで客達を集めている。

 

  城に向けて、まっすぐ伸びる通りに面した建物の一つに、良質で知られた宿がある。

  上等な食材を使った料理や、遠方の珍しい酒を振舞ってくれるそれなりに値の張る宿だ。


  三階建ての建物の、その三階部分。

 贅沢に面積を使った、二部屋しかないその片方。

  少人数では持て余す広さを持つ部屋の中央で、4人の男が語り合っている。


「……………王はまだ健在であるか。難儀な事」


  部屋の隅に魔力で灯された燭台があった。

  四隅にある燭台を全て灯せば、部屋の灯りとしては充分取れる筈だ。

 だが今は一箇所のみが爛々と揺らめいている。


  これは密談の際に使われる、初歩的な警戒術である。

  部屋の扉の下に折りたたんだ紙を噛ませて、少し持ち上げて間を作ってある。

  例えば誰かが部屋の前を通れば、影が外から扉に陰り、開けられた空間をさらに暗くする。

  灯り一つの薄暗い室内は、逆に明るい廊下からは何も見えない。

  仰々しく厳重に警戒するよりも相手に気取られる事なく、また余分な人員を用いる必要性がない。

  そういった後ろ暗い手法である。効果の程はたかが知れているが、しないよりマシだろう。


  つまり、この部屋では何らかの秘するべき会話が行われているのだ。


「焦るな。機を待つのだ。そもそも待たずして王はじきに死ぬかもしれん。病は順調に体を蝕んでおる」


「焦っているわけではないが、あの老害の姿を見ると期待してしまうのだ。いつ目の前で死んでもおかしくないやつれ方だぞ」


  男の一人が陶器のグラスを煽った。飲んでいるのは弱い酒だ。酩酊し、こんな場所で無様を晒せば全てが明るみに出る可能性がある。


「計画は順調に進んでいる。逸れば逸るほど我らの首を絞める事になるぞ。貴公は気が早くてかなわん」


「分かっている。分かっているさ。五年も費やしているのだ。金も人も大量にだ。ここでしくじるわけにはいかん」


「事が露見すれば我らの首は容易く飛ぶぞ。慎重に行け」


「お前の自死に巻き込まれるつもりはないぞ」


  お互いを見ながら、男達は会話を続ける。

 五年。それは短くない。それだけ長く付き合っている。

  だが彼らは同じ目的をもつ共犯者であり、親交の厚い友人ではない。友人と呼べる者を殆ど持たない彼らだからというべきか、同じ部屋にいて酒を酌み交わしていても、信用は一切していない。

  利のある計画だから、乗っているだけである。目的が達成されれば、浅ましくその利を奪いあうだろう。

  誰が先んじるかだけの違いしかない。

 所詮は同じ穴のムジナである。部屋にいる男達は皆が皆整った高級な衣装を身につけているが、その内側は醜く汚れている。

  望む物を望むだけ、得られる物は得られる分だけ、全てを欲してやまなく、その為なら手段すら選ばない。

  彼らは皆、例外なくそういう人物であった。


「あの阿呆も、上手に踊ってくれてる」


「そうだな。阿呆なりに使えるヤツだ。気持ちよく踊らせてやろう」


「問題は王女だ。資質だけなら飛び抜けている。まかり間違ってもあの小娘にでしゃばってもらっては困る」

 

  一人の男が強くグラスを握る。憎々しい表情でグラスの中の氷を睨んでいた。

  他の三人も深く頷く。


「案ずるな、手は打ってある。王子が死んですでに五年も経っているんだ。今なら王族の一人や二人、不意の事故で死んでも大して不思議ではあるまい」


  邪悪な笑みを浮かべて、グラスの中身を飲み干す男。


「そう、不意の事故だよ。全てが事故で片付くのだ」


  浅ましく、下卑た夜会は続いていく。この中の誰一人とて、国や民を想う気持ちなど欠片も持っていない。

  そこは醜悪な意思の坩堝だ。底に溜まり渦巻く物は、欲望と野望しかない。

  権力、財、女、酒。種類はあれど、純粋な願いなど込められていない。


  密談は続く。この国を左右するそれは、何かを生み出す為の物じゃなく、積み上げられてきた輝かしい未来を、無残にも打ち崩すために行われているのだ。







  旅は順調、風も穏やかに。

 周りに三頭の馬を従えて、王都に劇場を構える一座の幌馬車は進んでいく。

 冒険者ギルドで雇った護衛も優秀で、生命の危機はなく余裕を持って体を揺らす事ができる。


  王都から伸びた、整地された街道はとっくに無い。

 自然のままに荒れた、道なき道を一向は東へと進む。


  一台目の馬車の御者はあくびを噛み殺す。簡単な仕事であった。

  旅慣れたベテランの冒険者たちは、方角を間違える事なく先導してくれる。

  獣も馬に怯えて近寄ってこないし、魔獣は前衛の剣士が、自分が騒ぐ前に斬り伏せている。

  問題なんて起りようがない。

 旅を始めて二週間。最初こそ身構えていたが、ここまで何も無ければ贅沢にも一悶着くらい願ってしまう。


  向かう先は王国で最も端のピースリント領。

 さらにその端の村である。

  特産は、迷いの森で有名なアンタム大森林で取れた魔力の果実。それだけでピースリント領を成り立たせる事ができる逸品だが、いかんせん滅多に実をつけない半ば幻の果実。十年に一度取れれば重畳。その程度ではとてもじゃないが領の生計に組み込む事はできなかった。

  質素な村の唯一の楽しみは、五年に一度の狩猟祭。

  五年前は王国全土が自粛した祭である。

 十年ぶりに行われる祭に、少しばかり奮発した村人は王都の劇場に巡業を依頼した。

  今は一座も四つに分かれて、依頼の消化と劇場の公演に大忙しだ。

  王国東部を担当する彼らは、最も遠いところから順に村を巡るつもりである。

  つまりは嵐の前の静けさ。これから嫌というほど体を酷使する一座にとって、この旅路が最後の休息であった。


「らららー♪らーらー♪」


  二台目の馬車の御者の隣に座り、地味なストールを羽織った少女が歌っていた。目深い帽子を被った少女は、楽しそうに赤毛を揺らしていた。


「相変わらず楽しそうだねお嬢ちゃん」


  気のいい御者がそう言うと、少女は大きく頷いた。


「前にも言いましたけど!生まれて始めての旅なんです!楽しいに決まってるじゃないですか!」


  満面の笑顔で答えた少女に、御者もつられて笑った。


「王都を出て二週間もその調子じゃ、本気で楽しんでるんだな。王都から出るのも始めてなんだろ?」


「はい!見るもの全部知らない風景で!私こんなに楽しいのは生まれて始めてです!」


  彼女は一座の看板娘。王都で人気の踊り子ネーネ。

 露出度の高い衣装と綺麗な赤毛、そして魅惑の笑顔で民を魅了する劇場の花形だった。胸がないのも魅力らしい。

 一座に入ってたった四年で、一つの演目を任せられるようになった天才。

  その人気は、長い人気を誇る女優のミモザと二分する程である。


「どこまでその態度を取れるか、みんなで賭けてんだよ」


「ジュッツ!また賭け事ですか!?」


  弦楽士ジュッツが、馬車の幌から顔を出す。

 王都で女性、特に年配の民衆に人気のある売り出し中の新人である。何故若い女性に受けないのかは本人も苦悩していた。


  「いいじゃない暇なんだもの」


「ミラ姐さんまで賭けてるんですか!?」


  幌の奥の方で、ネーネの先輩にあたる踊り子ミラがケラケラと笑っていた。

  ネーネに足りない色気を武器に、王都のスケベ中年共を一網打尽にしている美女だ。


  「クマース兄さん、イノ兄さんも止めて下さいよ!」


  幌で横になっている打楽士クマースと、ジュッツとカードに興じていた管楽士イノ。


「娯楽がねぇんだよ。俺らのために村まではしゃいでいてくれ」


「いやいや、どうせあと二日もすりゃ飽きるって」


  クマースはどうやら、村に着くまでネーネがこのままの調子でいると賭けているらしい。

  イノは逆に張ったようだ。


「もう!みんなしてもう!」


  その赤毛と同じ様な顔色を浮かべて、ネーネは御者台に座り前を向きなおす。


「あんまりお気楽なのも困るんだけどよ」


  額から右頬までに傷のある剣士が、馬を下げて馬車に近づいた。


  冒険者ギルドで雇った「古い鉤爪」のリーダーである。

 先頭の馬車の横には男の弓兵。後に続く馬車の後ろには男の剣士が付いていて、小道具や衣装、寝具や食料の詰まっている先頭馬車の幌の中には、女の魔術師が眠っている。

  弓兵の反対側にいた剣士は背中に下げた剣を、肩を揺らして器用に位置を直して、馬を先頭馬車より先に戻した。


「まぁ、ここまで何もないから、こんくらい良いんじゃないすか?」


  軽い口調の弓兵が口を挟む。最後尾にいる剣士は眉一つ動かさず、背後を見ながら馬を操っている。


「…でも、もう少し静かにしてくれると助かるわ」


  先頭馬車の幌、後ろ側の革紐を開けて薄着の女性が顔を覗かせた。

  昨夜に夜番についていた彼女は、つい先程眠りについたばかりだった。


「ご、ごめんなさい」


  「そうだそうだ!反省しておとなしくしてなさい!」


  慌てて頭を下げて謝るネーネに、ジュッツが囃し立てた。


「ちなみにジュッツは飽きる方に賭けてたわ」


「ジュッツ!!」


「姐さん!?ひでぇよ!」


  一向に静かにならない彼らに諦めをつけて、魔術士の女は幌を閉めた。


「俺も賭けに乗らせてくんないかな……」


  最後尾、無表情の剣士が呟く。

 その喧騒はしばらく続く。


  旅は順調、風は穏やかだった。

 

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