王国騎士
王都中央通りでは、ウェルフェン旗下の第七騎士団を筆頭に骨人との激しい攻防が続いていた。
烈剣の異名を持つ真っ赤な鎧の第七騎士団の戦い方は、前後列に隊列を組みながら敵中に切り込むという物だ。
前列の騎士が敵の体勢を崩すと、息つく暇なく後列の騎士による必中の連撃が敵を襲う。
すかさず前列の騎士が敵陣を前進し、それを後列が切り開く。一連の流れをひたすらに繰り返し、彼らは怯む事なく敵陣へと斬りこむ。
指揮を取っているウェルフェンは比類なき猛将であるが、元々が荒っぽい性格の持ち主故に、計画立てた指揮を得意としていない。
暫定的な指揮官のウェルフェンを戦略的に押し上げているのは、彼の右腕を任されていたアーマル・ナイアル・レグナジアム副団長補佐の力が大きい。
「副団長、区画別れの十字路をもう少しで割ります!」
アーマルは馬上槍を横薙ぎに振るいながら、骨人の一軍を崩した。
元々が男爵家の次男であり、剣の覚えはあれど商才も分与される領地も無い先の見えない貴族だった。
自身の意外な才能を発揮したのは、ウェルフェンが副団長の任に就いて、彼に見出された時だ。
アーマルは元々か対人、対魔物の戦闘にも秀でていたが、対軍指揮に最も力を発揮した。
稀に起こる国内の犯罪組織討伐や、魔物の異常繁殖の際に光る物を見せ、ウェルフェンの鶴の一声で副団長補佐などという新しい役職を得た。
「ベッサールの旦那の店が見えてきたな。てめぇら!根性見せろよ!外壁が見えりゃ終わったも同然だ!」
ウェルフェンの檄が飛び、部下である騎士達が雄叫びを挙げる。
「フェルドナ準男爵!ここは我ら第四騎士団に任せて貰いたい!貴殿の助力により西区制圧は時間の問題だ。後は我らでも対処可能だろう!」
第四騎士団、『騎馬の騎士団』の通り名で知れた薄い青の鎧の騎士団。その鎧を着た中年の騎士が、骨人を斬り伏せながらウェルフェンの横に現れた。
「第四騎士団…って事はアズバウル男爵様のとこの」
「ハハハ!あの腰抜けなら何を思ったのか城に向かったよ!破軍の男爵家とやらは我らの思い込みだった様だな!」
「お前らのとこのも逃げたのかよ……団長様ってなぁどいつもこいつも!」
呆れる事に現在、戦場と化した王都にいる騎士団長は二人だけだった。その二人も安全な避難場所で立て篭っている。
王が抱える八軍の騎士団。そのどれもが世襲制の団長職で、戦を知らない。
国内の厄介ごとに駆り出されるのはいつだって第七騎士団であり、民の小競り合いや村通しの諍いすら経験の無い他の騎士団はあまりにも頼りなかった。
貴族とは面子が命よりも優先される生き物だ。
この一見不利な戦場で、自らの指揮の元に魔物風情に遅れを取ろうものなら、取り返しのつかない失態となる。
小狡い者達は賢しくも一考した。
『王陛下の御身を考えた結果、猛者である団長が城の守りにつくのは自明の理』。
『魔物程度の相手なら、部下で充分だろう』
『万が一にも敗退したのなら、それは部下の責任であり、自分の失態ではない』
驚くべき事に、ほとんどの騎士団長がその答えにたどり着いてしまったのだ。
戦場はあまりにも広域で、王都は複雑に入り組んでいる。
兵の配置や彼我戦力差の把握すら満足にできない経験不足の彼らには、自信があまりにも無かったのである。
「最も魔物の多い西門さえ取り返せば、後の区画はなんとでもなります!フェルドナ準男爵は手薄な北区画を立て直して貰いたい!」
第四騎士団の騎士が、熱の籠った瞳でウェルフェンを見る。
彼らは王都が戦場となるまで、どこかでウェルフェンを見下していた。
平民上がりの騎士。成り立ての貴族。元は貧民街の物漁り。
ウェルフェンを揶揄する情報だけは、貴族のネットワークに腐るほど出回っている。
伝統ある貴族家を差し置いて武功を挙げ、自分達が頂くはずの名誉を掻っ攫う卑しい身分の者。それが貴族のウェルフェンに対する常識であり、誰も否定する事なく流布された偏見だったからだ。
しかし実際はどうだろうか。
奉納試合を経て剣の腕は国民全ての知る所となり、まるで地獄の様な戦場でその手腕を余す事なく目の前で見せつけられ、彼らは悟ったのだ。
貴族とは社会だ。しかも経験を伴わない社会である。
外聞は真実となり、偏見は常識となり得るそのコミニティーにおいて、マトモな感性すら捻れた情報に踊らされてしまう。
ここに至り、彼らは戦場に立ち、実践を経て、ウェルフェンを知った。
平時の無駄の多い儀式じみた式典剣舞や、台本通りの演習では感じる事の無い騒乱の中で、ウェルフェンや第七騎士団の持つ圧倒的な存在感。
それが、まだ貴族の腐った水に浸かり切る前の若い世代に、瑞々しい感性を取り戻させた。
我先にと逃げ出した責任者。安全な所から死亡宣告の様な指示を飛ばす上司。
貴族としての上下関係や、わずかばかりの騎士としての使命感に絡め取られ、退く事を選択肢から除外された彼らには、ウェルフェン・リアッツ・フェルドナ準男爵があまりにも眩く見えたのだ。
「ここには第八騎士団もいます!イグナジアム殿の指揮があれば、我らの様な弱卒でも充分でしょう!」
「お前ら……」
その昂った声に呆気に取られたウェルフェンが周りを見ると、薄緑のマントと、銀の鎧をつけた第八騎士団の姿がある。
ウェルフェン率いる赤い鎧の第七騎士団。薄い青の鎧の第四騎士団。
三軍が入り乱れながら、徐々にアーマルの声で隊列を整わせていた。
「ウェルフェン様!我らとて騎士です!」
「どうか国を!民を!」
「今に至り痛感しました!我らが守らねば、民はあまりにも儚いと!」
「俺たちの実力不足、今ならハッキリと分かります!事が終わった暁には第七騎士団との合同演習をお願いしたいですな!」
「それはいいな!我らも参加させて頂きたい!」
熱い声はどこか悲鳴にも似ていて、ウェルフェンは口元の笑みを隠せない。
戦場は未だに苛烈を極め、余談を許さない状況だった。
それでもウェルフェンは身体の内から滲み出る歓喜に震えている。
「なんだ……なんだよお前ら!立派に騎士様してるじゃねぇか!ハハっ!」
凶暴な笑みを浮かべたウェルフェンは、宝剣『絢爛』を両手で頭上に掲げ、全身の魔力と膂力を振り絞る。赤い攻撃的な魔力光は周囲を照らし、やがて甲高い金切声の様な音が鳴り響いた。
「アーマル!」
「ハイ!レグナジアムはここに!」
ウェルフェンの声に即座に反応したアーマルが、振り返らずに返答した。両手で突き出した馬上槍は、一体の骨人を仕留める為ではなく、複数の骨人の体勢を崩すために使われている。元々携行武器としては向いていないそれは、周りの兵の攻めの機会を作り出す為に、あえて使用していた。
「俺が道を一気に切り開く!兵を構えさせろ!その後は任せたぞ!」
「お任せ下さい!お前ら聞いていたな!副団長の前を開けろ!各員は構え、突撃の合図を待て!」
ウェルフェンの意図を汲んだ優秀な部下、アーマルの合図で騎士達が移動する。
この一撃を見舞った後、ウェルフェンは北区画へと向かう算段だ。それすらも理解していたアーマルは、数名の部下を下がらせてウェルフェンの背後につける。供として指示を出すまでに、時間はそうかからなかった。
「おぉおおおおおおおおおっ!!」
やがてウェルフェンの気合の声とともに、魔力光が赤から金色に似た輝きを見せた。
「構えー!」
アーマル指示の下、騎士達は武器を思い思いに構えた。
「だぁぁありゃぁあああっ!!」
それは目にも止まらぬ速度の振り下ろし。
剣戟の余波は外気の魔力を巻き込みながらまっすぐ一直線に向かい爆発する。
『轟顎』。
『縦割り』と民に知られた、奉納試合にてカナメに用いたウェルフェンの必殺の剣技。
対人に用いた命を気遣う威力では無い。間違いなく相対する敵を屠り葬る為に込められた壮絶な剣。
「もういっちょおっ!」
振り下ろされた剣は元の軌跡をたどり振り上げられる。余りにも早いその剣戟は、一合の剣閃にすら見えてしまう。
打ち下ろしと、打ち上げ。必殺の一撃と、必滅の二撃。肉を断つ上顎と、引き千切る下顎。
それこそがウェルフェンの奥の手にして、『轟顎』たる所以。
「総員、突撃ぃ!」
砂塵舞う中央通り、その砂埃が晴れるのすら待たず、騎士達は皆走り出す。
戦場という異質な空間において、皮肉な事に彼らの意識は統一された。今ここにいるのは、食扶持を減らす貴族家の穀潰し達では無く、国を守る為の剣であり、槍なのだ。
「アーマル!任せたぞ!行くぞお前ら!」
「はい!」
ウェルフェンはその突撃の結果を見ること無く、部下を率いて走り出す。
目的地は北区画。
劇場や貴族街が多いその場所は、祭りの期間は憲兵達ですら余り配置していなかった。
王都の貧民街出身のウェルフェンは、迷うこと無く近道を行く。
西区画の歓楽街の側にある貧民街を抜ければ、より早く北区画へと辿り着く。
それは、カナメやエンリケ、シュレウス達が通った道と全く同じである。




