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呪いの蛇と燃える空

 ウェルフェンの鋭い太刀筋は何度もヒューリックの構える銀の盾を打ち鳴らす。

 常人には速くて見えないその剣は、宝剣『絢爛けんらん』。

 黄金の至剣は幾筋の軌跡を描き、その全てを盾に阻まれていた。

 ヒューリックは左腕の盾をわずかに動かしながら、宝剣の攻めを全て盾の芯で受けている。

 その盾はヒューリックの身体半分ほどの大きさで、内側の構造は腕の関節までを籠手状の筒に収める形状になっている。

 右手には、宝槍『穿うがち』。

 ウェルフェンの宝剣と同じく、大翼竜(プテライアー)討伐の功績から王より授かった黄金に輝く光金(ゴルドレイ)の槍。

 単槍(スピア)と呼ばれる武器であり、取り回しに優れた槍だった。

 本来なら盾で防いだ攻めの隙を突いて、岩をも穿つ必殺の突きを見舞うのがヒューリックの戦闘スタイルだが、この決勝はウェルフェンと取り決めた八百長(出来レース)だ。構えだけ取り、時々宝剣と一合打ちあい、試合としての体裁を取っていた。


(やはり、強いな)


 ウェルフェンの剣戟を受けながら、ヒューリックは薄く笑う。

 ウェルフェンに八百長を持ちかけたのは、もちろんアラン王の体調や刺客を警戒した発言でもあったが、ウェルフェンに勝てるイメージが浮かばなかったという理由もある。

 負けると思っている訳ではない。勝てる気もしなければ負ける気もしなかったのだ。

 お互いの戦闘スタイルの相性の悪さもある。実力が拮抗しすぎているのだ。

 速攻と一撃の強さを誇るウェルフェンと、堅固と粘り強さ、そして正確に隙を突くヒューリックとでは、どうしても決着は時間がかかる。

 それならば一撃で戦況をひっくり返すウェルフェンの方が、この試合の勝者として相応しい。


(私とて、負けず嫌いではあるのだ)


 (いち)武人としての意地もある。自らの義務を優先させたとはいえ、勝ちを譲るのはやはり悔しい。


(だがこれでいい。陛下の御身には代えられないのだからな!)


 ヒューリックは盾の位置を、本来構えるべき場所から少しだけずらした。

 高速の連撃の最中でも、ウェルフェンには一目で分かる作られた隙。

 すかさず宝剣の一撃が走り、ヒューリックの盾を強く弾いた。

 大きく跳ねる銀の盾。次いだウェルフェンの体当たりで、ヒューリックは弾き飛ばされる。

 盾と槍がその手から離れ、ヒューリックは石舞台の上に倒れこむ。


「近衛兵団長。幕引きです」


 宝剣の切っ先がヒューリックの首に当てられた。


「……私の、負けだ」


 わざとらしく笑みを浮かべて、ヒューリックは降参の意を唱える。審判を務める騎士を見ると、慌てて騎士は手をあげた。


「勝負あり! 勝者はウェルフェン・リアッツ・フェルドナ!」


 沸き立つ観客。飛び交う賭け札(ハズレ)。今、会場のボルテージは最高潮に達している。







「………であるから!ここに立つ八名の勇者はアシュー神へ捧げるに相応しい戦いを!」


(長いんだってば)


 城壁の上に、カナメやウェルフェン、ヒューリックを含めた本奉納出場者の姿がある。


 今は奉納試合閉会の儀。有難いらしい神官の言葉は、開始十分でカナメの意識を遥か彼方へと飛ばした。


(校長先生並に喋るなこの人。いや、記憶にないんだけど)


 あまりにも退屈なので、カナメは頭の中で下らない事を考え出していた。

 気持ち良さそうに語る神官の奥には、豪華な椅子に座るアラン王の姿があり、その隣には病的に白い美しい女性が座っている。


(イリアリーナ王女ってあの人か。凄い美人だな)


 珍しそうに見つめるカナメの視線と、イリアリーナの視線がぶつかる。


(あ、ヤバい)


 一国の王女をジロジロと見るのも、不敬にならないか。

 心配になったカナメは慌てて神官へと向きなおす。

 その姿を見ていたイリアリーナは、口に手を当て肩を震わせて笑い出した。


(わー。笑われてるー)


 神官の後方にいる為、どうしたってイリアリーナが視界に入ってしまう。

 恥ずかしくて居た堪れないカナメは、ふとある物に気づいた。


(………腰の位置、なんだろうあれ。モヤ?)


 イリアリーナの白いドレスに、黒い煙が集まっている。

 それは腰の少し左に浮遊していて、背中までぐるりと囲んでいた。


「……である! では優勝者! ウェルフェン・リアッツ・フェルドナ準男爵! アランカラン国王陛下の前へ!」


「はっ!」


 神官が締めの声をあげ、ウェルフェンがマントを翻してアラン王とイリアリーナ王女の前へと進み、片膝をついて頭を下げた。


「フェルドナ準男爵、頭をあげよ」


 アラン王が弱々しい声でウェルフェンを促した。

 ウェルフェンは姿勢はそのままに頭を上げる。


「ウェルフェン・リアッツ・フェルドナ! 陛下より賜った宝剣により、此度の奉納試合を制する事が出来ました! これより更に民やロアの剣として一層励みたい所存でございます!」


「うむ。見事であった。お前の今後の働きに期待しておる」


「ありがたきお言葉!」


 ウェルフェンは再び頭を下げる。


「神官ミトランより、勲章を受け取れ」


 ミトランと呼ばれた神官は、側仕えの近衛兵から赤い布を受け取った。

 布を広げ、中から青いリボンがつけられた小さな金メダルを手に取ると、頭を下げたままのウェルフェンに近寄った。


「面をあげよ。ロア大鷲功勲章を授与する」


「謹んで、受け賜わります!」


 ウェルフェンの鎧の左胸部分に、勲章が青い発光を放ってくっついた。


(あ、魔道具なんだ)


 その光景を見ていたカナメは少しだけ驚いた。留め具も紐も無いのに、勲章は鎧にピタリと付いたまま落ちなかったのだ。

 カナメの側に立つ目つきの鋭い騎士が、舌打ちをする。


(…うわー。わかりやすい嫉妬だな。ウェルフェンさん平民上がりらしいからなー)


 もう一人の軍属出場者、近衛兵らしき男も、恨みの籠った視線をウェルフェンに向けている。

 ヒューリックのみ、瞼を閉じたまま大人しく王と神官の言葉を聞いていた。

 平民出場者のカナメを除く三名を見ると、皆一様に項垂れていた。


(結局、ほとんど軍属が上位だもんなー。あの両手剣ツーハンデットソードの傭兵だけがベスト4入りか)


 それすら入れなかったカナメは気楽な物だった。

 他の三名はそれぞれ仕官を夢見て奉納試合に挑んでいたのだろう。

 傭兵以外は目も当てられない結果だ。その傭兵すらヒューリックに手も足も出なかった。

 彼らの望みが叶う事は無い。

 それに引き換え、カナメにはこの試合に賭ける意気込みらしいものは、ウェルフェンとの勝負しかなかった。

 その結果も、カナメの清々しいまでの敗北に終わっている。

 綺麗に負けた今のカナメに、気負う物など存在しなかった。


 カナメの視線がイリアリーナへと向く。


(……いや、見ちゃいけないのはわかるんだけど)


 意識して見ないようにしていたが、イリアリーナの腰のモヤがどうしたって気になってしまう。


(……えっと、魔力を目に集中して。あとなんだっけ。ああ、感知すんのか)


 アルヴァとエンリケ直伝の魔力感知増強法である。

 意識を全てモヤに向ける。

 あまりに強すぎると魔力光が発してしまうので、制御は慎重に行った。


(……導脈ラインを通って、全身に巡ってんのか? なんかあんまり良いものっぽく無いな。肺に集まるようになってんのか)



「トジョウ! カナメ・トジョウ!」


「っはい!」


 突然神官から名を呼ばれた。意識を全てイリアリーナに向けていたカナメは驚いて声を上げる。


「おほんっ! この度の戦い、見事だった。過去に例は無いが、陛下と王女殿下より特別功労賞の受勲である。前へ」


(嘘ぉ⁉︎)


 大慌てだ。どうやらいつの間にか授与式は進んでいたようで、ヒューリックが鎧の胸に銀のメダルを付けていた。

 カナメには礼儀作法といった物に覚えが無い。

 相手は大国ロアの国王。下手を打てば国が全て敵となり得る。


(せ、先手を打とう!)


「あっあの!」


「なんだ?」


 神官は胡乱な目でカナメを睨む。

 気圧されたカナメはウェルフェンを真似て片膝をつけてひざまづいた。


「俺は、いや自分は田舎者でして! 礼儀に欠けております! 陛下や王女様に無礼があってはいけないので、このままで!」


 できるだけ必死感を出すために、普段の何倍もの大声を出した。

 そうでなくとも必死だったが。


「よい、トジョウよ。頭を上げるが良い」


「えっ! はいっ!」


 その言葉にいよいよパニックになる。


「落ち着け馬鹿。陛下の前で今みたいにすりゃ、勝手に話が進んでいくさ」


 どうして良いかわからないカナメに、ウェルフェンが後ろから背中を押す。


「あ、えっ、えっと、カナメ・トジョウですっ!」


 アラン王の前に突き飛ばされたカナメは、勢いよく跪いた。

 大きな音とともに膝に鈍い痛みが走る。


「いっ!」


 顔を歪めて痛みに耐える。

 もはや何がなんだかカナメにはわかっていない。


「あはっ、あははっ!」


 イリアリーナがその澄んだ声をあげ、お腹を抱えてうずくまった。


「これ、イリア。はしたないぞ」


「すっ、すみません父上。ごめんなさいトジョウ。あまりにもおかしくて」


 涙目のイリアリーナは目尻の涙を指で掬うと、姿勢を正してカナメを向いた。

 その表情はまだ笑いを堪えたままだ。


「しかし、先ほどの試合で見せた姿とは偉い違いだな。トジョウ、楽にして良いぞ。礼儀も気にするな」


「えっ、あっ、はいっ!」


 アラン王も笑みを浮かべてカナメを見ている。


「若いのに、素晴らしい実力じゃな。かつてのウェルフェンを思い出す」


「ええ! 素晴らしかったわ! 私ではとてもじゃないけど目が追いつかないほど!」


 イリアリーナの目には、大笑いした所為なのか、涙が浮かんでいた。それを拭いながらカナメを讃えている。


「どうじゃトジョウ。城に仕えてみんか。お前ほどの男が在野で終わるのは勿体無い」


「え、いや、あの」


 うろたえるカナメ。

 ざわつく周囲。特に平民出場者達はみな驚きと嫉妬でカナメを睨んでいた。


「……も、申し訳ございません。国王様。俺、あ、私はとある目的で家族で旅をしている最中なんです。大変嬉しいんですが、王都で立ち止まるわけにはいきません」


 カナメの胸中は焦りである。

 国王自らの言葉を蹴るなど、もしかしたら不敬罪で捕まる可能性があるかもしれない。


「うむ。そうか残念だ。気にするなトジョウ。もし目的が済めば、いつでも城を尋ねるが良い。歓迎しよう」


「は、はい! ありがとうございます!」


 アラン王の言葉に安心する。


「……えっと、王様と王女様。少し宜しいですか?」


「なんだ申してみよ」


 カナメはさっきからずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。


「王女様の腰、いえ、脇腹と肺とかって、悪い所があるのでしょうか」


 そう、今でもイリアリーナ王女の腰部分にまとわりつく黒いモヤだ。

 カナメは少し前にヘレーナと『倉庫』で読んだ本を思い出した。

 大河の眷属から貰った大量の本の中に呪術に関する本があり、まだ文字を知らなかったヘレーナと共に勉強がてらに朗読をしていたのだ。


 その本曰く、触媒を使った相手を死に至らしめる呪術は、一般的な魔術と違い複数の人間の命を使って行使する物とあった。

 その効果は長い期間呪術を掛けた人間を蝕み、やがて激痛を伴って無残に死ぬ。

 呪術を掛ける側は必ず数人の死者が出る上に、相手が死ぬまでその儀式を続けなければならない。その上成功率は決して高くなく、失敗したら術者らが逆に死亡してしまう。


 そのモヤと呪術を結びつけたのは、完全に勘だった。

 見た目も受ける感覚も、あまりにも凶悪だったからだ。


「………その話、誰から聞いた。何故知っておる」


 アラン王は右手を振ると、周りの兵士を遠ざけた。


(あ、まずい。もしかして触れてはいけない話だったかも)


 気になりすぎた。カナメの悪い癖である。

 どうしてもハッキリさせなければ気が済まないのだ。


「いっ!いえ!先程から王女様の腰部分に黒いモヤが見えまして! 魔力感知で見てみた所、肺に集まるように」


 正直に全てを話そうとした時、大きな爆発音な鳴り響いた。


「何事だ‼︎」


 ヒューリックが部下の近衛兵に問う。


「わ、わかりません!」


「すぐに陛下と王女殿下を城内にお連れせよ!ヘンリー隊は王子殿下をお探しし、その警護に当たれ!アクバム! 何の騒ぎか調べて来い!」


「陛下! 私は団を率いて城下へ! すぐに城内へお入り下さい!」


 ヒューリックが部下に指示を出し、ウェルフェンがアラン王の側について膝をつく。


「失礼します! ウェルフェン副団長宜しいでしょうか!」


「エリオット! 何があった!」


 第七騎士団の隊章をつけた騎士が、ウェルフェンへと駆け寄ってくる。汗だくで大きく息を乱していた。


「アーマル補佐からの伝令です! 外壁西門と東門、さらには東南の通用門から、大量の魔物が侵入! 憲兵や我らだけでは対処できません!」


「なっ! なんで魔物の接近に気づかなかったんだ!」


「いえ、奴らは突然現れました(・・・・・・・)!!」


 その言葉にウェルフェンの顔が険しく歪む。


「っくそ!俺が前線で指揮を執る! 憲兵団には民の避難を優先させろ!ドナヒュー子爵! 軍務大臣に軍と魔術士団を動かすようお伝えできますか⁉︎」


「わかった。王城にいるはずだ」


 その言葉を聞いたウェルフェンは、部下を引き連れて城壁を降りる階段へと走って行った。

 慌ただしく騎士達が動く中で、カナメは取り残されていた。

 惚けた頭を振って我に返り、アラン王に向き直る。


「す、すいません!警護の依頼クエストを受けているので、ここで失礼します!」


「ならん。貴様には聞きたい事があるのだ。一緒に来て貰う」


 アラン王は先ほどまでと一変した怒りの表情をしていた。


「いや、だって!」


「言い訳は聞かぬ。イリアリーナの身体が弱っている事は国民全ての知る事だが、腰の呪紋と肺の病は儂と城の治癒士しか知らぬ事。なぜ貴様が知っている」


「見えたんですよ! 今も見えてます! 黒いモヤがハッキリと!」


「そのような見え透いた嘘で、儂が騙されると思ったか」


 アラン王が右手を上げると、左右に控えていた近衛兵がカナメを取り囲んだ。


「あぁ! ちくしょう!」


 その間にも、城下では爆発音が繰り返し響き渡る。


「っ!失礼します!」


 カナメは身体を翻し、城壁を飛降りようと駆け出した。

 この騒ぎが、一座を狙う者の仕業かもしれない。そう考えたからだ。


「すまんが、行かせる訳には行かない」


 それを遮ったのは、ヒューリックだ。

 銀の盾と宝槍を構え、カナメの目の前に立つ。


(この人、強い! ウェルフェンさんの決勝の相手か?)


 否が応にも伝わる強者の気配。少なくとも、うかつに近寄れる相手では無かった。


「うう、わかった!わかりました! 王女にかけられた呪術、解けば良いんですよね!」


 読んだ書物に書かれていたのは、遥か古代の解呪法。

 試した事は無いが、やり方は知っている。


 ヤケクソ気味に王へと向かい、その眼前に立つ。


「武器と上着、全部外します。そこの槍の人に、首に槍を当てて貰っても構いません。俺が変な動きしたら、即座に首を跳ねてください」


「貴様、何を言っておる」


 アラン王が訝しむ。当然だろう。


「だから、俺はただ王女様の腰に呪術のモヤが見えただけなんです。それを証明する手立てもありません。解呪の方法は確かでは無いですが知ってるので、俺がその呪術を解けたら、行かせてください」


 無茶苦茶を言っているのは理解している。

 だがこの場を素早く抜ける方法がこれ以上思い浮かばなかったのだ。


「……やってみろ。そのかわり、解けなくても身柄を抑え、口を割らせた後に首を跳ねる」


「父上っ!」


 イリアリーナが驚愕の声をあげる。


「私にはこの者が嘘を申してるようには見えません。この程度で命を奪うなど!」


「だがこの者はお前の秘密を知っている。それだけで十分捕らえる理由となる。それにお前にかけられた呪術は、この四年間誰にも解けなかった物だ。この男が解ける筈が無い」



 カナメには目の前の国王が、さっきまでカナメを勧誘スカウトしていた人物と同じとは思えない。

 その表情は冷酷そのもの。

 触るものみな斬り伏せる意思が、眼光から伝わってくる。


「……分かりました。必ず解呪してみせます」


 覚悟を決め、カナメは装備を外す。魔剣ルファリス、『交差する盾』、胸当てにシャツ。全てを取り払い、非武装を周りにアピールした。

 近衛兵達はもちろん警戒を解かない。


 ヒューリックが近寄って来て、宝槍『穿うがち』をカナメの首に添えた。

 それだけで、カナメの身体が強張っていく。

 この形になったら、例えどう動こうとヒューリックからは逃れられない。本来入られてはいけない間合いである。


 ゆっくりとイリアリーナに近づいていく。

 額を伝う汗はとても冷たい。


「トジョウ、私には分かります。貴方が嘘を言っていない事を。貴方の目はとても澄んでいて、何故だかとても気持ちの良い風を感じる。事情と背後関係をちゃんと調べれば、父上からの疑いもきっと晴れます! 王城まで来ていただくだけで良いのです!」


「……すいません王女様。俺には守らなければならない人達がいるんです。それに、守らなければいけない家族も。この騒ぎの中で、あいつらを放っておくことなんてできません」


 そう、ネーネ達も勿論心配だが、リューリエ達の方が心配なのだ。

 一座の面々には申し訳ないが、やはり家族と他人とでは、どれだけ実力があると分かっていても家族を優先してしまう。


「きっと、その呪いを解いてみせます」


 そう言ってカナメは手を差し出した。


 解呪の方法は二つある。

 一つは呪術をかけられた証である呪紋を、魔力により拡散する方法。流れ出る呪力を暴発させないように、慎重に制御を行い、時間をかけて取り除く方法である。

 もう一つはその流れを遮り、自らに移し替える方法。

 こちらは極めて危険であった。

 呪術とはかける対象に合わせた術式である。イリアリーナに合わせたその術式は、他の人間にとっては即死しかねない。

 導脈ラインは人によって形が違う。

 カナメは知らない事だが、特にイリアリーナは王家の者。髪が青くなるほどの神性を持った一族。魔術的耐性は普通の人間より遥かに高い。そのため、その身体にかけられている呪術は常人にかけられるそれとは違い遥かに強力だった。


 勿論、カナメが取る方法は後者である。

 時間をかけている場合では無かった。


(やっぱり危ないか? ヘレーナを呼んだほうが、いや、この人達が俺をここから動かす訳がない。そもそも何で俺には見えてるんだ?もしかして、これは俺の体に近い形の魔力なのか?ならっ!)


 カナメは意を決して、イリアリーナの腰に浮いているモヤを掴んだ。


「ああっ!」


 イリアリーナが声をあげる。

 ヒューリックの槍が微動した。


「待て。ヒューリック」


 アラン王の声で、ヒューリックは槍を止める。


「な、何? これは何?私の体の何かが掴まれている?」


 イリアリーナが慌てながら疑問を投げかける。

 周りからは、カナメがイリアリーナの腰の横で拳を握ったようにしか見えていない。


(やっぱり、これは魔力で固められた見えない生物だ。基本的な構造は俺と一緒?)


 カナメは再び拳に力を込める。


「王女様。呪術を掴みました。気をしっかりと持ってください。一気に引っ張ります。槍の人は、俺が腕を引いたら少しだけ体を離して下さい。首の槍はそのままでいいですから」


「わ、わかったわ」


 イリアリーナは困惑の表情で頷いた。

 彼女は思考する。何故自分は彼を信じてしまうのだろうか。 初めて会った、まだ幼さを残す顔立ちの少年。

 その発言は突飛な物ばかりだが、不思議と真実だと思えていた。

 少年から感じる澄んだ水のような清涼感と、気持ちの良い風のような清々しさは何だろうか。

 ただ今理解出来るのは、この四年間身体を蝕んできた呪いが、少年の手に握られているという確信だけ。


(これは、蛇、か?)


 カナメは目と拳に魔力を集中する。

 掴んだモヤが動き出す。のたうち回るようにくねくねと波打ち、激しく抵抗を開始した。


(っええい! やってやる!)


 覚悟を決めて、腕を勢い良く引いた。


「ああああああっ!」


 イリアリーナの身体が大きく跳ねる。その白い喉を引きしぼる様に、大きな声を上げた。

 身体の芯から、太いロープを抜き取られる感覚。初めて味わうそれは快感だった。今までずっと塞がれていた物が、解き放たれていくような、そんな感覚。


「槍の人っ!離れて!」


 カナメの手にあるモヤが、一気に膨らんだ。

 アラン王が目を見開いてそれを見ている。

 ヒューリックもまた、カナメの首から槍の切っ先を離してしまう。


 視認できるほど存在感を取り戻したそれは、二股の首を持つ蛇だった。

 カナメの身長ほど長い蛇は、尻尾を掴まれて激しく暴れている。


(剣っ!あっ、置いたまんまだった!)


 慌てて息の根を止めようと腰に手をかけたが、魔剣はカナメの後ろの床にある。


「槍の人っ!切って!」


 ヒューリックに全身で促し、暴れる二つの蛇の首の一つを踏みつけた。

 もう一つの首はカナメの太ももを狙い、顎を開く。


「ふっ!」


 ヒューリックの宝槍が、その首を刎ねた。

 飛んでいく蛇の首は、断末魔の息吹をあげながら、城壁から落ちていく。


「あの首、危ないから! 誰か拾って来て!」


 ただの生物ではない。魔力生物である。カナメと同じ構造をしているのなら、充分な魔力を補充さえすれば生き長らえる異形の化け物である。


「ラクサー! 術士を一人連れて回収して来い! 」


 ヒューリックが部下に命令し、受けたラクサーが慌てて駆けていく。


「あと早くこいつ!」


 首を一つ失ったというのに、蛇はなおも暴れ続けていた。

 その力は凄まじく、カナメの増強済みの力でも押さえるのがやっとだった。


「ふっ!」


 ヒューリックの槍が、頭を串刺した。それでも蛇は動く事をやめない。

 周りの近衛兵も、その蛇に恐れを抱いて剣や槍を刺す。確実に息の根を止めねば、誰かが被害を受けると直感したのだ。


 幾度も幾度も身体を刺され、しばらくして蛇は動きを止めた。

 カナメは恐る恐る蛇の頭を伺う。

 どうやら絶命したらしい。 そしてようやく拳を開き、蛇の尻尾を地面に落とした。


「はぁ、おっかなかったぁ」


 安堵のため息を溢し、カナメはイリアリーナを見る。

 驚愕の表情で惚けたまま、椅子にしがみつく姿すら美しい。


「えっと、王女様。お身体は、大丈夫ですか?」


「えっ、あ」


 イリアリーナは我に返り、自分の身体を確かめる。

 肩、胸、腰と次々と手を当て、探っていく。


「……息苦しくない。身体が重くない!熱もないし、頭痛も無い!」


「イリア、まことか」


 アラン王もまた、状況に驚いていた。


「父上っ!私、私っ!」


 イリアリーナは瞳を涙で濡らして、アラン王へ飛びついた。

 その頭をしっかりと抱き、アラン王もまた涙を流す。


「良かったっ!そうか!そうかぁ!」


 カナメは自分の服が置いてある床まで下がり、腰を下ろした。


「た、助かったぁ……」


 城壁の上から見る王都の空は、夜なのに明るかった。




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