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折れて傷ついた愛し子よ

「な、なんなのよこれ!」


  白黒が慌てて飛んでいく。カナメというとどうしていいかわからずただ立ちすくむばかりだ。

  目の前には100メートル以上はあろう大男が、樹木で形作られた台座に腰掛け、カナメを見下ろしていた。


「タム様!その姿はどうされたのですか!?」


  青白も白黒に続いていく。どうやら大男が木の大精霊、土神タム・アウらしい。

  その姿は狩人。ご立派なカイゼル髭を蓄え、盛り上がった筋肉と右肩を露出した衣装。神の名にふさわしき出で立ちではあるが、その大きな身体、特に左胸から左足が石化し崩れ落ちていなければだ。

  その周りを赤黒と緑白が忙しなく飛んでいる。黄黒はといえば、ブツブツとつぶやきながらカナメの肩で固まっていた。


「おお来たか。五色蝶。あんまりにも遅いのでもうダメかと思った。ワシパニック」


  あんまりパニック感を感じない口調で土神は笑う。


「何があったのですか!?つい156日前まではお元気にお酒を飲み過ぎて玉座の裏に汚い泉を作られておられましたのに!?」


「いやーあれは辛かったのう。久しぶりに二週間も休まず吐いたわ。ワシドランク」


「神らしいスケールとか絶対突っ込まないからね!?」


  カナメは思わず叫んでいた。


「突っ込んどるのう。突っ込んどる。いや、お前が迷い子か。なるほどのう」


  崩れた半身を残った右手で掬い上げて、土神はジロジロとカナメを眺める。


「ま、迷い子?タム様は俺の事知ってるんですか!?」


「すこーしだけの。多くは知らんし全ても知らぬ」


「ちょっとその前にお身体治してくださいタム様!?」


  カナメの肩でフリーズしていた黄黒が我に帰って叫ぶ。


「いやいや黄色や。これ、ワシにはどうしようもない。ちょっと面倒ごとでの。対応するためには神域にこもらなければならん。しかもあんま余裕なくてのー。地の恵みを維持するのに精一杯で現界すらできんくなった。もう半刻ほどでワシは200年ほど神域での引きこもり生活じゃ。ワシホームワーカー」


「いつもいつも最後の意味わかんない言葉で締めないでくださいよ!カナメの事はどうするんですか!?」


「ワシの事より迷い子の心配!?白よ、父は衝撃じゃよ!?」


  余裕たっぷりに目を見開いて肩を落とすジェスチャーをする土神。

  その姿に謎の壮大さを感じ、自分の事ながらカナメはまるでコントを見てるかのようだ。


「と、まあ冗談はこのくらいにして。迷い子よ。聞きたい事は沢山あるじゃろうが。先ほど言った通りワシには全てを語れない」


「えっと、俺が日本人でこの世界が俺の生まれた世界じゃないって事はあってます?」


  土神は立派に生えたあご髭をさすり空を見上げる。


「まぁだいたいそれで合っとるが、今いるこの世界もお前の生まれた世界じゃ」


  何を言っているのかわからない。


「と言ってもじゃ。器は水神エレ・アーレ。ワシの愛する妻が作り、ワシの神気で受肉した後にお前の魂を入れたので、なんかまあかなりややこしい事にはなっておる」


『嘘ぉ!?』


  カナメが何かを問う前に、5匹の蝶が声を荒げた。


「えっ!? なんでお前らが驚くの!?」


  テンション負けしたカナメは黄黒に問う。


「だってだって!エレ様ってかなりお若くて!」

 

 黄黒は慌ててカナメに言う。


「しかも優しくて!物静かで!」


  赤黒も遠くから負けじと声を張り上げた。


「だってタム様おじいちゃんだし!」


  緑白も普段のおっとりした口調からは想像できない大声を上げる。


「あんな幼気いたいけな方がこんな人の奥様!?」


  青白はパニックになって無軌道に飛び回る。


「信じらんない!信じらんない!駄目よそんなの!許されないわ!ていうか私が許さないわ!」


  白黒が土神の頭上で8の字に舞う。


「五色蝶が元気に育ってくれてワシ感激よ。いやホントに」


  かなり遠い目をした土神が悲しそうに呟く。


「さて話を戻そうかの。ワシが知っているお前の事は、マイワイフのエレが保護した魂という事だけじゃ。なぜ保護したかは知らぬ。エレも去年から水の恵みを維持するために神域に篭っておるので、ワシも一年ご無沙汰での。辛いんじゃ。はよ会いたくて逢いたくてわしのご立派様も震えておる。なんてたってワシらは結婚16万年の新婚ホヤホヤなんじゃからな!ワシアングリー!」


  後半がどうでも良さそうな話だった。分かるのは水神 エレ・アーレがカナメの魂を保護した事のみ。


「ちなみにお前の身体はワシとエレの合作なので、神性的には水神と土神の息子的立ち位置じゃ。豊穣神なんてばっちしなんじゃが考えてみんかの?」


『え?』


  さらに意味のわからない事をのたまう。記憶を失ったかと思えば神様の息子になってました。なんだそれは、騙すならもう少し話を練ってきてほしい。しかし現に目の前に神が居るのでカナメはなんとも言えない。


  「詳しく言うとの。異界の魂はこちらでは大きすぎて普通の肉体には入らんのじゃ。なのでワシとエレがちょっとハッスルした結果中々の強度の器をエレの腹の中で育ててワシが…」


「待って!止まって!言わないで!」


「馬鹿なんじゃないですか!もしかして馬鹿なんじゃないですか!」


  カナメと白黒の猛抗議を受け、土神は話を止めた。


「まぁ落ち着け。息子たちと娘たち。先ほど言うた通り、ワシとエレや他の恵みの精霊神たちはめんどくさいトラブルのために神域に籠らねばならん。この世界始まって以来の事態じゃ。神のおらん世界は緩やかに腐るでの。そのためにワシは五色蝶を作り、エレは迷い子を目覚めさせたのじゃ」


  すらすらと世界の破滅を語るが、カナメはそもそもこの世界について何も知らない。


「案ずるな。まだもう少し話す時間はある。お前たちにお願いと話があるのじゃ。無論迷い子、お前の記憶にも関する事だ」


  1秒ごとに崩れ落ちる土神の身体は、地面に落ちるやまるで倍速のVTRを流しているような速さで樹木に変わる。

  それを眺めながら、カナメは土神の足元に、正確に言えば足の指元に立ち、肩に白黒を止めた。


「えっと、つまりは俺は何をやればいいんですか?」


  大地の恵みの精霊神、土神タム・アウからの指名だ。

  五色蝶達からしたら神託である。もしかしたらとんでもない無茶ぶりが飛んでくるかもしれない。


「ふむ。まぁ簡単なおつかいじゃな。そう固くならなくてもよろしいよ」


  優しい笑みを浮かべて土神は右腕をカナメに伸ばす。


「先に色々と加護を授けておこう。全ての加護の説明はできんが、おいおい見つけてくれい。話に夢中で忘れとったじゃ、お前に申し訳ないからのう」


  差し出された腕の、人差し指がカナメに触れた。それだけでもかなりの大きさになる。

  加減を間違えて潰されないかと冷や冷やしていたら、カナメの頭に触れた人差し指が光りだした。

 かなりの光量で輝くそれは、不思議と目に優しかった。やがてカナメの身体も同じ色の光りが包み、しばらくおいて輝きを止める。


「加護…ですか?」


  右手、左手と自分の身体を確認し、足元や背中まで確認してみたが、何か変わったようには思えない。


「お前の身体を形作るのはエレが清め集めた純度の高い魔力じゃ。只の生物にはちと毒が過ぎる」


「はぁ。魔力…」


「まずはそれをどうにかした。さっきまではだだ漏れじゃったが、内側で循環するように流れを作り、外に漏れださんようにした。使い過ぎに注意するのじゃ。ちょっとやそっとじゃ無くならん量の魔力じゃが、お前の全てを成しているものじゃ。枯れ果てればお前が消滅してしまう」


「使えって言われても…」


  そもそもどう使うか、何に使えるかがわからない。小説やゲーム、漫画や映画で頻繁に使われている言葉なので知ってはいる。知ってはいるが見たことはない。


「まぁ魔力の制御は難しい。おいおい学んでいけば良いじゃろう。ワシら神性の者は時間だけはたっぷりあるからの」


  カナメの頭に置いたままの指をようやく離し、自分の顎をさする土神。


「蝶達のようにじっくりゆっくり教えてやりたいんじゃが、ちょっとタイミングが取れんかった。エレもここ百年ほどはパタパタしてての。器の作成や受肉の段取りがついても、お前の魂の覚醒をなかなかできなかったらしいんじゃ。これはワシの甲斐性が無かった。不甲斐ない父じゃ。許してくれ」


  申し訳なさそうに眉を落とし、土神はゆっくり頭を下げた。


「許すも何も、なんでこうなってるのかわかんないし…」


「うむ。お前も新たに生まれ落ちたばっかりじゃ。事情も知らず、記憶もなくしで不安だろう。お前を安心させる時間が取れなかったことについての謝罪じゃ。新しい我が子を、このようなタイミングで世に放つ事になった事への謝罪じゃ。受け取っておくれ。無くした記憶に関しては知らんが、それについてエレからの伝言を預かっておる」


  土神は右手を強く握り、口に近づけて息を吹きかける。ゆっくり開くと、そっとカナメの眼前に差し出した。

  そこにはゆるゆると渦を巻く、澄んだ水の玉が浮かんでいた。

 

「触れてみい」

 

  土神が促す。カナメはゆっくりと右手を伸ばし、手のひらで撫でるように触れた。

  水の玉は暖かく、心地よい温度であった。そのまま手のひらを押し込むと、薄いゴムのような感触で少し押し戻されたが、やがて微かな抵抗を破り、手首まで水の玉に入った。


『……しい…わが…よ』


「ん?」


  か細い声が響いた。


「エレの声じゃ。お前にしか聞こえん、ワシも聞くなと釘を刺されておったので、内容は知らんが恐らく、お前の知りたい事は答えてくれてるのではないかの」


  頷き、声に耳を傾ける。遠くか細い声が徐々に近づき、優しい声が耳でなく、頭に響いた。











  ……えます……ますか…… 聞こえますか?愛しい我が子よ。届いていますか?痛い所はありませんか?


 あぁ本当なら、私の腕の中で目覚めさせてあげたかった。その寝顔を見ながら、穏やかな目覚めをあげたかった。


  突然の事で戸惑ってはいませんか?泉の水は冷たいので身体を冷やしてはいませんか?

  夫の子供達は優しい子ばかりで心配してはいませんが、もしやいじめられてなんかいないですよね?

 もし意地悪をするような子がいたら、顔と名前を覚えておきなさい。母が懲らしめてあげます。


  もちろん、先にタムに注意しますが。あの人はよく言えばおおらかで、悪く言えば大雑把な人です。

  なので笑って済ませるかもしれませんが、母ならちゃんと守ってあげられますので必ず言うのですよ?

  ああ、かわいそうなあなた。その傷ついた魂をこの胸とお腹で守れた事は本当に嬉しい事でしたが、やはり目覚めの瞬間に立ち会いたかった。


  突然、母と言われて戸惑っているかもしれませんが、その身体は紛れもなく私の産み落とした肉体です。

 魂はあの世界で生まれ落ちました。しかし、再びこの世界に生まれた、私の腹を痛めて生まれ落ちたあなたは紛れもなく私の愛しい息子です。


  あなたのそばから離れる事になった母を、この不甲斐ない母をどうか許してください。


  現界できるギリギリまであなたのそばにいたのですが、力及ばず神域に籠る事になってしまいました。

  ああ、どうか勘違いしないで。母は間違いなくあなたを愛しています。そうでなければ、異界の制約を破り、異界の神と争ったりなんてしません。


  あ、そうでした。心配のあまり本当の目的を忘れていました。

  前の世界のあなたの事です。ごめんなさい遅くなってしまいました。


  先に言ってしまうと、貴方は一度亡くなっています。


 その若さでなんと可哀想な。しかし貴方は間違いなく死んでしまいました。


  なぜ貴方が命を落としたか、ですが。


 これは貴方を想っての事ですが、教える事ができません。私には、とてもじゃないですが伝える事ができません。


  そして、貴方の魂から記憶を奪ったのは、この母なのです。


  申し訳なく思っています。だけど、あの痛ましい記憶を持ったまま再び生まれ落ちても、もしかしたら貴方は自ら命を断ってしまうかもしれない。そう考えると母は、その記憶を奪うしかありませんでした。

  前の世界でも貴方は特殊な魂の持ち主で、他とは違う特別な力を持っていました。

  そのせいで貴方は、多くの災難を受けました。ひどく苦しい災難です。


  神の身である私が、試練とはとても言い難い災難でした。地獄のような、と言っても過言ではありません。


  たまたま異界を覗き見ていた母が、たまらなくて涙を流すほどに。


  苦難に打ち勝ち、それでも休みなく押し寄せる災難についに貴方が倒れた時、母は迷いなくその魂を抱きました。強く気高かった貴方の意思は完全に折れ、泣く事も嘆く事すらもできないほどでした。

  強すぎるゆえ、特殊すぎるゆえに輪廻の輪すら弾き出された貴方を放っておくなど私にはできませんでした。


  だからその魂と記憶を切り離しました。魂や肉体は異界の境界を容易く渡る事はできません。

  稀に境界を渡る異界の者は、例外なく強大になります。


  だから、もともと特殊な魂を持つ貴方は、境界を渡った時に私たち神性を持つものと同じほどの強大さを持ってしまいました。


  それが、貴方を私が産む事になった経緯です。神に近い身体を作るには、それに見合う苦労と時間が必要だったのです。


  だけど、いくら記憶を切り離したとはいえ、貴方の魂に深く刻まれた傷は癒えませんでした。

  私はできる限り貴方を胸に抱き、貴方が癒えるのを待っていました。


  しかしすでに時間はなく、泣く泣くアミュの地で貴方を療養させる事を決断したのです。

  ああ本当なら、私の胸の中で愛しい貴方は目覚めるはずだったのに。忌まわしい、本当に憎たらしい災難がこの世界に迫っています。恵みの神であるあなたの母は、この世界を維持しなければなりません。それさえなければ、貴方の傍でお話しできたのに。


  この地に降りかかる災難に備えるために、私達5柱の恵みの精霊神は神域に込もらねばなりません。


  それほどの災難がこの世界に迫っています。


  何もわからない貴方が不安に思うのも勿論わかりますが、どうか心を強く持ち、母と再び会うその時まで健やかに育って欲しいと、勝手ながらに願っています。


  …………………………切り離した貴方の記憶ですが、力ある貴方の記憶です。私達神といえど完全に処分する事は叶いませんでした。


  タムが貴方の記憶なのだから、貴方に折りを見て渡すべきだと言うので、貴方に返そうと思います。


  しかし!しかしです!貴方の心の傷はまだ癒えたばかり!


  母は貴方を案じています。だから記憶自体を6つに切り分け、私とタムが信用している属神達に封ずるよう頼みました。


  場所は母も知りません。


 ですので、覚悟があるのなら、本当に!覚悟があるのなら!


  貴方の手で見つけ出してください…。


 本当なら、忘れたままでいて欲しいのです。この世界なら貴方を守ってあげられるから。


  あんな辛く苦しい記憶を、せっかく忘れられたのに再び思い出すなんて、そんな悲しい事があるでしょうか………。


  母は反対なのです。貴方は優しい。時に自分を傷つけてまで貴方は人に優しすぎる。

  違う世界にせっかく生まれたのに、きっと貴方は前の世界の痛みに引きずられてしまう。


  そうなった時の貴方を想うだけで、母のこの身は引き裂かれるかのようです。


  どうか、どうかお願い。母は貴方を縛りつけません。貴方の思うままにこの世界を生きてください。望むなら記憶を探しても構いません。


  ですが準備を、痛みに耐える覚悟をしてください。

  そしてできる限り強くなってください。

 

 恐ろしい災難がまた貴方を襲っても、生き延びれるよう強くなってください。強く在って下さい。


  今度は母がいます。頼りないですが父もおります。しばし会う事は叶いませんが、きっといつかこの胸で、貴方を抱く事が私の願いです。


  それまでは、楽しい事や嬉しい事、辛い事や悲しい事、沢山あるでしょう。


  ですが何事にも負けないよう、健やかに生きてください。


  いつか貴方の話をこの耳で聞くことを、母は楽しみにしています。


  あっ、それと女の子には気をつけなさい!あまり男の子の本能のままに快楽に走らないよう己を律してくださいね!


  そっちの事は貴方ですからあまり心配していませんが、タムの神気がありますからそちらに引っ張られないように!


  ご飯もちゃんと3食食べて、お腹を冷やさないように暖かくして寝なさいね。


  それから……えっ、なんですか?いいじゃないですか!初めての息子なんですよ!?少しぐらい長くったって!私は心配で心配でたまらないのです!それに貴方の弟なんですよ!?


  ……わかりました。


  すいません。貴方の下の姉がもう終わりにしろとうるさいのでここら辺で終わりますね。


  全く一体誰に似たのだが小言が多くて。

  いえ別にそんなことないんですよ?ただちょっと多いなって思うだけで………。


  ああ、ごめんなさい!謝りますから!だから私の隠し持つ甘味を処分するのはどうか勘弁を!


  ブツンッ!ツーツー………










「どっから突っ込めばいいんだよ……」


  深く肩を落とし、カナメは水の玉を見つめ続けた。

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