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強者の笑み

タイトル変えました。

 

 あっと言う間に、奉納試合当日を迎えた。

 王都について休む暇なく、アドモント劇団の団長との挨拶や、派遣された憲兵との警護体制の打ち合わせ。 戻ってきた各地の巡業一座とその護衛のパーティーとの顔合わせ。

 長居する可能性がある為に王都での仮宿の手配、イバン組合長ギルドマスターとの契約やピースイウムのヒッケルト支部長への報告。

 奉納試合の一次予選や、当座の生活資金を得る為の狩りなど、やる事は山積みであった。

 特に冒険者パーティー『五色ごしきの蝶』のパーティーリーダーとなったカナメの忙しさは目も当てられず、リューリエとヘレーナが補佐についても祭の見物などとてもじゃないがする時間がないほどだ。

 放っとかれたエンリケやシュレウスが余りにもかわいそうだったので、アルヴァに休みをあげて一緒に王都を散策して貰ったが、彼らも申し訳なさそうにお土産を持ってきた。


 そんな忙しさも和らぎ始めたころ、気づけば奉納試合の当日の朝を迎えていた。


「カナメ。忘れ物ない?『交差する盾』と『ルファリス』は使えないから、普通の籠手と長剣を持つのよ?胸当てが傷んでいたらすぐに教えて。『倉庫』から新しい物見つけておいたの。あとはシャツと具足も大丈夫?ああ、そうだわ。ヘレーナから治癒術を習ってたと思うけど、予習はしておいた?確か大会では本人が使えるなら治癒魔術は使っていいって、シノアが言ってたわ。昨日も言ったかしら。自信がなかったらあたしが練習台になるから。あ、それとお昼ね。会場に入ったら本予選が終わるまで外に出れないらしいの。朝早起きしてサンドウィッチを作っておいたわ。後で渡すからちゃんと食べるのよ?少しでも食べておかないと力が出ないんだから。朝食の量はアレで良かったかしら。少し多めに作ったんだけど、足りなかったらまだ鍋に豆のスープが残ってるわ。それから」


「リューリエ、大丈夫だから落ち着けって」


 出場するカナメより、リューリエが緊張しているようだ。

 前日から慌しくカナメの世話を焼いている。


 カナメ達がいるのは王都西区画の市場に近い一軒家。部屋は三部屋のトイレ付きだ。

 王都到着の二日目に、ダイン達の提案で借りた王都での住まいである。

 借りた期間は二ヶ月ほど。

 祭りを終えても一座の警護が終わらない可能性もあって、王立劇場から少しだけ離れた場所を借りる事にした。

 家賃は二ヶ月で銀貨二十四枚。今までの護衛依頼の料金と、道中で狩った獲物を売ってできた金だった。

 究極的には『倉庫』で寝泊まりするという手もあるが、なにせ『倉庫』は閉鎖的な部屋である。外気や日光などが当たらないのは、自宅としてどうなんだと言われ、カナメが納得してしまった。

 賃貸物件としては少々割高ではあったが、蝶達の人界での初めての住まいに、カナメが手を抜く訳が無い。

 自分が頑張って稼げばいいとみんなを説き伏せ、リューリエと見て回ったこの物件に決めた。


 そんな大黒柱であるカナメの城では、朝も早くから騒がしい。

 リューリエがカナメへの心配で忙しなく動き、ヘレーナもまたカナメの側でソワソワと落ち着きが無い。

 王都での毎日が刺激的すぎてシュレウスは連日大騒ぎだ。

 常時テンションの高いアルヴァは、「対戦相手を調べてくるよ!」と手が空き次第、参加者の偵察に出ているが、本予選は一斉に戦う振るい落としタイプだ。今日は余りその調査結果も必要無い。

 平常通りなのは、いつも部屋の窓に止まり外を眺め続けるウルトラマイペースのエンリケと、当人であるカナメだけだった。


 奉納試合出場が決まり、なぜか一番喜んだのはネーネである。

 説明した途端に鼻息を荒くし、応援は任せてほしいとカナメに力説していた。

 一座の面々もカナメの背中を押して頑張れと言ってくれた。

 今日はその一座とダイン達の配慮により、土神ファミリーは皆が休みである。

 今の劇団には、他の巡業の護衛をしていたパーティーも詰めているし、王城の命で派遣された憲兵達もいる。

 三日程度ならカナメ達が抜けても問題は無かった。


「頼むからみんな落ち着いてくれよ。大丈夫だって、殺される事はないんだから。大会規定、聞いたろ?」


「そんな事言って!真剣を使うのよ⁉︎ 時々死者も出てるって言うじゃない! 相手が下手くそだったら打ち所が悪くて死んじゃうかも知れないのよ⁉︎」


「そんな下手な奴はそもそも勝手に予選落ちするだろうさ。この大会、結構強い奴が多いってダインさんは言ってたし」


 リューリエがその顔を真っ青にして、ソファに座るカナメの膝に乗った。


「……心配だわ。あたし達が側にいて戦えたら何も心配いらないのに」


 リューリエがカナメの頭を胸に抱きしめる。


「ちょっ!リューリエ!離して!」


「そうよね。私がいればどれだけ傷ついてもすぐに治せるのに」


 何時もの様にカナメの左腕を抱くヘレーナも、カナメの身体をよじ登る様にリューリエに覆いかぶさってきた。


「ヘレーナも!苦しいって!」


 日に日に増す二人のスキンシップに、最近のカナメは気が気じゃない。

 どうやらピースイウムで見た男性用絵本。いわゆるエロ本の絵に何かが感化されたようだ。

 あの本の使い道と内容に関しては、カナメの足りない語彙を掻き集めて夜通し説明したので少しは理解できたらしいが、それでカナメへのスキンシップが止まる訳が無い。


「アルヴァ!助けてくれ!」


【エンリケは毎日何見てんだい?】


【お向かいさんのおばあちゃんとこのお犬さん】


【あのお犬さんすっごい大きいんだよ!衝撃狼インパクトウルフよりおっきいの!】


【お前らー!】


 蝶の兄弟は姉達のカナメへの行動に口を挟まないよう教育されていた。さすがはお姉ちゃん達の威厳である。


「ほら二人とも!そろそろ家でなきゃ!」


「いけない!もうそんな時間⁉︎サンドウィッチ持ってくるわ‼︎」


 リューリエがカナメから勢いよく離れ、この部屋でもやはり彼女の城と化した台所へと消えていく。


「治癒術、ちゃんと覚えてる?貴方の身体は特殊だから、やっぱり不安だわ」


 ヘレーナが眉を落としてカナメの両頬を撫ぜた。


「まぁ、自分を回復させる分にはもう大丈夫だよ。戦闘で使った事がないのがちょっと不安だけどさ」


 神水泉エレ・アミュに居た時から始めたカナメの魔術修行は、制御系魔術から属性魔術と治癒術への修行へと移行している。

 その練度はお世辞にも高いとは言いがたく、リューリエやヘレーナと比べると魔術としても成り立たないほどしか行使できない。

 それでもこの一週間、忙しい合間を縫って治癒術のみに絞って練習してきた。

 その甲斐もあって、裂傷程度なら時間をかければ治癒できるところまでは成長している。


「お待たせカナメ。これ必ず食べてね」


 リューリエが台所からバスケットを持ってきた。その中にはお手製のサンドウィッチが入っている。


「ありがとう。んじゃ俺は先に会場に行ってるから。本予選開始の前にはみんな来るんだろ?」


「ええ。私達もお弁当持って応援に行くわ。頑張ってね」


「ああ。行ってきます」


 いってらっしゃい。

 と次々に返事が返る。手を振りながらカナメは外に出た。

 お向かいの家の大型犬が欠伸をしている。小さな庭を通って通りに出て、会場である城門前の第三練兵場への道へと足を向けた。


(いまいち、モチベーションが上がらないんだよな)


 そもそもカナメは最初から乗り気ではない。

 確かに優勝賞金は高額だが、元々カナメ達は旅人である。終の住処を求めている訳でも無いのに、財産を蓄える意味がない。あったとしても困る事はないが、所詮その程度だ。

 優勝者には王陛下からのありがたいお言葉と、軍関係の各所への任官が与えられる。少ない確率で爵位が叙爵される事もあるらしい。

 この国に滞在する理由は、カナメの記憶を持つ神族の捜索というそれだけだ。事が済めば別の土地にまた旅立ってしまう。あまりに魅力の無い商品に、カナメのやる気は上がらないのだ。


(……まあ、今の俺がどこまで通用するかっていうのは。興味あるけど)


 朝の清々しい空気の中、まだ目の覚めない街をカナメは歩く。

 もう暫くしたら祭りの熱気が燃え上がり、王都は今日もまた騒がしくなるだろう。







 奉納試合本予選。それは三日ある剣技大会の初日に行われる。

 本予選は一般参加。冒険者や軍関係に仕官を望む者達がふるいにかけられる。

 第一予選は簡単な身分の調査と面接だった。

 いくら祭の開催期間とはいえ、正体のあやふやな者が国王の御前に立つ事は許されないのだ。


 第三練兵場に設置された特別会場。

 国内の加工職人達が磨き上げた広い石造りの四角い舞台に、その腕を披露する為に集まった参加者がおよそ百二十名。

 その中にカナメの姿があった。

 審判員を務める騎士団の者から説明を受け、ルールを確認する。


 一つ。

 武器の携行は自由。種類も自由。毒薬や魔剣、魔道具の類は認められない。

 一つ。

 本予選は総当たり式。三十名程、4ブロックに分かれた参加者が一斉に戦いあう。

 一つ。

 予選は各ブロック計二回。一回目は十名。二回目は一人。最後まで残れた四名が、三日目の本奉納に進める。


 ルールはそれだけである。


 二日目は軍関係の予選が行われる。身分の確かな彼らには面接など必要ない。

 参加希望の騎士や兵士がトーナメント式で戦い、上位四名が本奉納の出場者だ。


 つまりは八名。一般参加が四名に軍関係者が四名。

 険しい関門を突破した強者達で、本奉納は行われる。


(三十名が戦うにしては、少し小さくないか?)


 説明を聞きながら、カナメは石舞台を見る。

 綺麗に四角く区切られた舞台は確かに広いが、多くの人間が入り乱れるにしては狭く感じる。


(ていうか、あの騎士さん話長いって)


 どうやらどこかの騎士団長であるらしき男が、気持ちよさそうに語っている。

 本奉納とは。

 王国の歴史が。

 王陛下の御前で。

 大体がその三つの言葉で始まり、最後は大会に恥じぬ戦いを心掛けろ、で終わる。


(早起きしてるんだってば)


 欠伸を噛み殺しながら、石舞台の周りに高く作られた観客席を見た。

 ちょうどダイン達がネーネとミラを連れて観戦に来たところだった。


(あ、来てくれたんだ)


 少し嬉しく感じて、カナメが観客席に小さく手を振った。

 最初に気づいたのはシノアだった。

 席を探すネーネの肩を掴み、カナメを指差す。

 ネーネは少しだけ探す仕草を取り、すぐにカナメを見つけて大手を振った。


 手にグラスや皿を持ったダインも気づき、その傷の目立つ顔を破顔させて笑った。


(応援もあるんだ。頑張んなきゃな)


 気を引き締めて、カナメは未だ演説中の騎士を見た。





「おー、また厳つい野郎どもが集まった事」


 ウェルフェンが、観客席最上段で柵にもたれて参加者を見ていた。

 奉納試合の予選を明日に控え、本日は王より休暇を頂いている。

 団長であるベスヘラン男爵の急死の為、長男がベスヘラン男爵家を継ぐ事となった。叙爵が済めばすぐに第七騎士団の団長を襲名するが、それも祭が終わってからの話だ。

 それまでは副団長のウェルフェンが実質的な指揮系統の上位を握っている。

 降ってわいた権力に、ウェルフェンはすぐに奉納試合の本格的な警備体制の見直しを行った。

 そのため、休暇とはいえウェルフェンが直々に会場の確認を行っているのである。


「おー!ウェルフェンじゃねぇか!久しぶりだな」


 その言葉に振り向くと、飲みの席でよく一緒になる男が手を振っていた。

 ベテランの冒険者で、ダインと言う男だ。

 強面だが気持ちの良い酒の飲み方をする男で、好んで良く酒場巡りをする事が多い。


「なんだ。ダインのおっさんじゃねぇか。王都に戻ってたのかよ」


「七日程前にな」


依頼クエストは無事成功か?」


 ウェルフェンは憲兵になる前に、冒険者として日銭と鎧代を稼いでいた頃がある。

 その短い時間で、ダインとは数回仕事をしていた。


「それがちょっと長引いていてな。今も仕事中だ」


 そう言ってダインは背後のネーネとミラを親指で指差す。

 ちょうどクマースとイノが出店から大皿を抱えて戻ってきていたようで、ガヤガヤと騒ぎながら席についていた。


「ん?護衛任務か?なんでまた奉納試合になんか来てんだよ」


「いや、今回世話になってるヤツが出てるんだよ。組合ギルド枠でな。本人あまり乗り気じゃねぇみたいだけど、周りの連中が大騒ぎだ」


「へー組合ギルド枠って事は、そいつ強いんだな。どいつだ?」


 その言葉に、ウェルフェンは石舞台へと目線を移した。


「あそこの黒髪の男だ。長剣持った軽装の」


「……まだガキじゃねぇか」


 ウェルフェンの視界に入ったのは、幼さの残る顔立ちの少年だった。

 所在なさげに石舞台の隅に追いやられ、どうしたものかとオロオロと狼狽えている。


「強いぞ」


 ダインがニヤリと笑う。

 ウェルフェンの知るダインと言う男は、身の丈を弁えた男だった。

 冒険者としてや剣士としての自分の実力を客観的に見れる男で、他人の評価にも厳しい男だ。

 だから他人を褒める事はあまり無い。その人物の力量を正確に見定め、その上で適切な仕事の配分を提案する。


「ダインのおっさんが褒めるって事は、かなりの腕か」


「気になるかい?お前の相手かも知れないからな。出るんだろ?」


「出るさ。命令でな。あんまり乗り気じゃねえんだ」


 冷めた目つきでため息を吐いた。

 本来なら警備の任に直接付いて、部下達の指揮を取りたいのだ。

 呑気に大会など出ている場合ではない。

 団長を殺害した者は未だ特定できていないし、国王の体調が優れないという懸念事項もある。

 他国の間者や工作員が動いていても可笑しくはないのだ。


「見てなって、驚かされるから」


 ダインの言葉に、再び石舞台を見る。

 そろそろ最初の予選が始まる。

 興味はないがそこまで言われたら見ない訳にもいかない。


「ぼちぼち見てるわ。楽しめよ」


「楽しんでらあ。祭だぜ?」


 顔に似合わない笑みを浮かべたダインに、ウェルフェンもつられて苦笑した。






「リューリエ!こっちよ!」


 会場の広さに戸惑うリューリエ達に、シノアが声を上げた。


「あ、シノア!良かった。迷ってたの」


「席も取っといてあるから、ここなら良く見えるわ」


 そこには絨毯が敷かれた広いスペースがある。

 組合ギルドの伝手で手に入れた高級観覧席である。


「だからもっと早く出ましょうって言ったのよ。そろそろ始まるわ。カナメがどこに居るのかわからないじゃない」


 ヘレーナがリューリエに文句を言う。

 アルヴァがその肩にエンリケとシュレウスを休ませながら続く。


「しょうがないじゃない!こんなに混むとは思ってなかったんだから!お昼買わなかったらみんなが困るのよ?」


 せっかくだから会場の出店でお昼を買おう。

 そう言いだしたのはリューリエだ。

 食に目がない彼女はどんな時でも珍しい食べ物を探していた。


「カナメさん達は次みたいですよ!ほらあそこの待機場にいます!」


「えっ、どこ?」


 促されたリューリエが首を回すと、石舞台の側の区画にカナメの姿があった。

 屈強な冒険者達に囲まれ、居心地の悪さが顔に出ていた。

 控えの区画の隅で肩をたたんで立っている。


「……ああいう、周りに流されやすいところはカナメらしいわ」


「……ええ、もう少ししっかりして欲しいのだけど」


 その姿をみたリューリエとヘレーナがため息を漏らした。


「あれじゃ予選始まる前に空気に飲まれちゃうよ」


【僕が飛んでって応援してこうか?】


【僕も行きたい!】


 アルヴァの心配に、エンリケとシュレウスが提案する。


【心配いらないわ。やる時はやる人だもの】


 リューリエが鼻息を荒くして腕を組んだ。


「私達もお昼を買ってきたんですよ!良かったらご一緒にどうですか?」


「うちのボンクラどもが買い過ぎてきたのよ。リューリエちゃん助けて?」


 ネーネが大皿の麺料理をプルプルと掲げ、ミラがそれを横から支えた。

 他にも沢山の皿が並んでいる。


「んだってよ。こんな良い席、きっと最初で最後だぜ?カナメがここで負けたらもう二度と座れねーかと思うと、宴会するしか無いじゃねぇか」


「馬鹿野郎。カナメが負ける訳ないだろうが。お前もカナメの剣の腕知ってるだろ?また本奉納もここで宴会すんだよ。これはその前祝いだ」


 ボンクラ呼ばわりのイノとクマースが言い訳じみた口答えをした。


「リューリエとヘレーナの分もお酒を買ってあるわ。アルヴァくんの分はダインが買ってきたはずなんだけど」


「悪りぃ。飲んじまった」


 シノアが皿の横のグラスをリューリエとヘレーナに渡した。

 どうやらダインは先に酒盛りを始めていたらしい。


「だと思って!私達が多めに買ってあります!」


 ネーネが元気一杯に後ろに置いてある中樽を叩いた。


「おお!さっすがネーネ嬢ちゃん!太っ腹だな!」


 ダインが喜びの声をあげる。


「ちょっとダイン!仕事してるのよ私達!」


「わかってるさ!俺が酒に飲まれるわきゃないだろうが!」


 その目を血走らせてダインは樽の蓋を剣でこじ開ける。


「サンニアさんは?」


「今日は休みなの。私達もサンニアが普段何してるかわからないのよ」


 リューリエの問いにシノアが答える。

 普段から共にあるパーティー仲間が、休みになると誰の誘いも受けないのは良くある事だ。


「ダインさん。私にもお酒貰えるかしら」


「おっ!さすがはヘレーナだ!もう空けやがったのか!俺も負けてられねぇな!」


「ダイン!」


 シノアの激昂も届かず、ダインとヘレーナの酒盛りが始まる。






「次!緑の布を持つ者達は前へ!」


 予選第一試合が終わる。

 カナメのいる位置からは、待機する参加者に邪魔されて試合がどうなったかは見えなかった。


「あの!通してくださーい!!」


 カナメの手には緑に染め上げられた布がある。

 頭上でひらひらとはためかせて、一向に開かない道をこじ開けた。


「なんだ坊主!オメェも参加者かよ!」


「俺はてっきり騎士達の従者だと思ってたぜ!」


「ほら無様に負けてこい!」


 荒くれ者どもが好き勝手にカナメを茶化し、その身体を前へと運びだす。


「うわ、ちょっ!押しすぎだってば!おわぁ!」


 待機場を出るタイミングで足をかけられ、カナメは前のめりに倒れてしまった。


 観客席からは笑い声が上がる。


『見ろよ!あんなガキが戦えんのか⁉︎』


『可愛い顔してるじゃないか!アンタら優しくしてやんだよ!』


『おもしれぇな!おりゃ試しにあの小僧の予選突破に銅貨十枚賭けるぜ!」


『十枚程度かよ!』


『馬鹿野郎!大穴だぜ⁉︎』


 野次なのか何なのかわからない声が飛ぶ。


「早く立て小僧!もう他の緑の布の参加者は舞台に上がってるんだぞ!」


 運営側の騎士が怒鳴り声をあげ、カナメは慌てて起き上り、石舞台へと急ぐ。


(うーわー。恥ずかしいとこ見せちまったぁ。リューリエ怒ってるんだろうなぁ)


 ちらりと観客席を見る。土神ファミリーはネーネ達といるようで、リューリエは何か大声をあげていた。


(周りと喧嘩してんだろうなーアレ。ダインさん止めてくれー)


 カナメの想像通り、リューリエはカナメへの野次に真っ向から喧嘩を売っていた。その隣でヘレーナが洒落にならない量の魔力を拳に練っている。


(シノアさん!ヘレーナも見て!リューリエだけじゃなくてヘレーナも見てー!)


 そんな心配事をしながら、カナメは石舞台に上がる。

 そのカナメの様子をみた騎士が、審判役の騎士に頷いた。


  「それでは用意はいいか!太鼓の音が合図である!」


 審判の騎士が石舞台から降りた。

 狭い舞台の上で、むさ苦しい男達がひしめき合う。


「始め!」


 大きな太鼓の音が響いた。






「悪りぃな坊主!!」


 山賊スタイルの大柄な男が、カナメの頭上で短槍を振り下ろした。

 周りでも次々と男達が剣を合わせていがみ合っている。


「こちらこそ」


 その短槍を半身でかわし、男の腹部に腰に差したままの剣の柄を叩き込む。


「うりゃあ!」


 息つく暇もなく、小柄な軽装の男がナイフを構えて突撃してきた。

 そのナイフを無視して、手首を掴むと勢いよく引き込み、そのまま膝を顎に叩き込んだ。


「もらったぁ!」


 背後から気配を感じて一歩横にスライドし、回転するように肘を突き出した。剣がカナメのいた場所の地面にぶつかり、火花が散る。

 長髪の剣士の顔面に肘がめり込む。感触が確かなら鼻が折れたのだろう。血飛沫が上り、長髪の剣士がずれ落ちるように倒れた。

 続いて最初の山賊スタイルの男が倒れ、最後に軽装のナイフ使いが音を立てて崩れ落ちた。


「何を貰ったんだ?」


 カナメの軽いボケも、周囲の喧騒に掻き消えた。


 鍔迫り合いながら移動する男達の間から、身軽な剣士が飛んでくる。

 カナメは鞘をつけたまま剣を逆手に抜き、掬い上げるように上空に振るう。


「ぶべぇっ!」


 飛んできた方向に戻るように吹き飛ぶ剣士。


 それを見ていた数名の男達が、急に剣の打ち合いをやめた。


「……どうやらこの組で潰さなきゃいけないのはお前みたいだな」


「悪りぃな。俺たちも将来が掛かってるんだ。卑怯だなんて思うなよ」


「その若さなら次があるぜ。おっさん達に勝ちを譲れよ」


 勝手な言い分を述べながら、男達は近寄ってくる。


「いや、別に卑怯とかは思わないけどさ」


 カナメが剣を両手に構えた。


「おっさん達に申し訳ねぇよ」


 その言葉を皮切りに、石舞台では男達が宙を舞いだした。






 ウェルフェンはその光景を食い入る様に見ていた。

 ダインのお墨付きの少年は舞台に上がるまで、始まりの太鼓がなるまでは何処にでもいる普通の少年だった。


 入り乱れる舞台の上で少年の周りの三人の男が倒れたのを、観客の中でウェルフェンとリューリエ達しか見ていなかった。


 それほどの乱戦の中、少年は次々と参加者を吹き飛ばす。

 その剣から鞘は抜かれていない。

 周りの男達が殺す気で参加者たちを打ちのめす一方、何処までも少年は自然体で戦っていた。


 短槍が少年の身体を貫こうと迫る。

 長剣が少年の背中を引き裂こうと振り下ろされる。

 細剣が、ナイフが、大剣が。

 次々とその細い身体に襲い来る。


 それでも少年の一振りで、男達は宙を舞うのだ。


 やがて観客もそれに気づいた。

 一人の中年が持っていたグラスを落とす。

 小さな子供が呆気にとられて口にした芋菓子をこぼす。


 歓声はやがて止み、舞台に釘付けとなる。


 唯一、ダイン達は騒ぎ立てていた。

 結果が見えていたからだ。

 リューリエの熱の籠った声援と、ネーネの嬌声が会場に響いた。

 白熱したアルヴァの声が、舞台を超えて城壁まで届く。


 石舞台の上にはもうわずかな男達しか残っていない。


 予選一回戦で残るのは十名。間もなくその結果が出るだろう。

 しかし勝ち残った男達の顔色が優れない。

 予選二回戦、残るのは一名。

 この後男達は少年に挑まなければいけないのだ。

 それがいかに険しいかが、今まさに目の前で実演されている。


 ウェルフェンの口元が歪んだ。

 それは喜悦の笑みだ。

 自らの剣と打ちあえる相手が居なくなって久しい。

 ヒューリック近衛兵団長とは、率いる部下や王城のしがらみもあって、全力で戦う機会はまずない。


 いまあの年若い男が、自分の剣と匹敵しうる存在だと確認した。

 どう転んでも、あの少年は本奉納に出てくるだろう。


 ウェルフェンの顔が更に歪む。

 身体が久しぶりの熱に喜んでいる。

 かつて我武者羅に強さを求めた頃と、同じような熱だ。


 すでに石舞台の上は終わりかけている。


 それでもウェルフェンの目は、少年。

 カナメを離す事なく見続けていた。



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