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老いた賢人

「ようこそ王都フリビナルへ!」


 やたら愛想の良い衛兵が出迎えてくれた。


「ちょっと凄すぎて何がなんだか」


 カナメが思わず呟いた。


「シュレウスが興奮しすぎて変になってるわ!迷子にならないよう見張ってて!」


【凄い!凄い凄ーい!人がいっぱい!お馬さんもいっぱい!お店もいっぱい!】


 リューリエの言う通り、シュレウスがその羽を千切れんばかりに振りながら激しく飛んでいる。


 ここは王都フリビナル。大国ロアの中心にして、大陸東部である東スラガ地方の中心。

 見渡す限りの都市面積と、他の街の数十倍の人口密度を誇る紛れもない大都市であり、首都である。


「はー。ピースイウムでも驚いたけどさらに驚かされるとは思わなかったよ」


 アルヴァも馬車の上からその市街地を眺めては、感嘆のため息をつく。


「なんか、香水の匂いがキツイわ。私の嫌いな匂い」


 ヘレーナが顔をしかめて鼻を覆った。


【ピースイウムからの道の途中も、凄い人だったものね。あの人達がここに集まってるからこんな多くの人がいるのかな】


 エンリケがあまりの人の多さに怯え、カナメの肩で震えていた。


「みんな!驚くのもいいけど、ちゃんと周囲を警戒しなさい!今まで何も無かったからって気を抜いてはいけないわ!」


 リューリエの激が飛ぶ。


 その言葉通り、辺境伯領での巡業は何事もなく終わった。

 気を張り詰めていたカナメ達が呆気にとられるほどに滞りなかったのだ。


「そうですね。事を起こすにはうってつけの人の多さです。もしかしたら襲撃者達も王都で待ち構えているのかもしれません」


 リナが馬上で頷く。

 ピースイウムから出発する際に、リナは本格的に護衛団に加わった。

 道中の魔物の討伐で見せた鞭やナイフの腕前は凄まじく、またその冷静な態度も信頼のおける人物だった。


「護衛は祭が終わるまででいいの?それともしばらく王都に滞在した方がいい?」


 リューリエの言葉に、リナとダインが頷いた。


「まあ、巡業を始めてから狙われだしたからな。祭の期間に何かあるとは思うけどよ。念のため背後関係を調べる依頼クエストを出すように劇団長に伺ってみるわ」


冒険者組合ギルドにもそういった裏付けを取る専門の冒険者がいますから」


 冒険者の中には、自ら裏の世界に片足を突っ込む者も少なからずいる。元盗賊や暗殺者。闇取引商人の護衛など、後ろ暗い過去を清算する為に冒険者になる者は多い。

 組合ギルドではそういった者達を条件付きで加入を許し、保護する事がよくある。

 国との協議の元、厳重な監視付きで組合ギルドの管理の元に全うに冒険者として生活するなら、という条件だ。

 そういった者達は自らのコネや伝手を使い、国から犯罪や裏取引の裏付けを依頼される事が多い。

 むしろその為に冒険者として縛り付けている側面がある。

 中には見過ごせない犯罪歴をもち、賞金首として手配されている者もいるが、蛇の道は蛇すら潔く利用するのが国家や組織という者である。

 もちろん指名手配は決して解除されないが、国からの配慮として軽い刑罰や刑期で済まされるケースが殆どだ。

 現代で言う司法取引である。


「そうだよね。結局ピースイウムじゃ何も無かったんだ。フリビナルで待ち構えてるって言われても不思議じゃないもんね」


 アルヴァは深く頷いた。


「まずは組合ギルド本部に行ってから、アドモント劇団のある王立劇場に向かいましょう。ミラさん、それでいいですか?」


「私達はそれでいいわ。祭中は普通の公演もしてないし、急ぐ理由もないしね」


「ようやく帰ってきたな。長かったようで短かった旅だぜ」


 リナの問いに、馬車の中のミラが頷いた。

 クマースが荷台の後方から街の門を眺めている。


「団長に襲撃の事とジュッツの退団を報告しなきゃな。しかしあの馬鹿。今頃どこに居んだか」


 荷台に寝転がりながら考え込むイノ。


「居なくなった人の事考えても仕方ないですよ兄さん。私達は最後の夜祭の事考えなきゃ」


 夢破れ、または夢諦めて劇団を後にする者は腐るほど見てきた。

 真面目に精進する者を追い出すような真似は、アドモント劇団長はしない。いつだって勝手に出て行く団員はどこか問題のある者達だった。

 それで本人が納得するなら、引き止めるような真似をする者は一座にはいない。

 それが芸の世界の厳しさなのだから。


「リナさん。これどこに進めばいいんですか?」


 先頭でシノアの乗る馬を引きながら、カナメがリナに聞く。


「外壁正門から城門までが中央通りです。組合ギルド本部があるのは王都東区画ですから、その先の十字路を右ですね」


「わかりました。アルヴァ、十字路見えるか?」


「ぜんっぜん見えない。人が多すぎるんだよ」


 聞かれたアルヴァが首を振る。

 何処を見ても人の波である。ちなみに先ほどから一行は殆ど進めていない。

 大通りとはいえこの人の量である。馬車や馬を進ませるには人が多すぎる。


「周りに警戒しながら、ゆっくり行きましょう」


 ヘレーナが御者台の上で馬を操っている。


【シュレウス、迷子になるから降りてらっしゃい!】


【リューリエ凄いよ!奥にね!すっごい大きな建物があるんだ!あれがお城なのかな⁉︎】


【あとで一緒に見て回りましょう。いい子だからカナメについていて頂戴】


 興奮して止まらないシュレウスをリューリエが諌める。


組合ギルドまで着くのにどんだけ掛かるのやら」


 カナメが呆れた目で人混みを見る。

 彼らが組合ギルド本部に到着したのはそれから二時間ほど後の事になる。









 王都西区画、中央通りとの接続口であるフリビナル西市場は王都の台所と言われている。

 果物や野菜、家畜の肉から獣の肉、川魚や南の隣国イムサからの魚の干物など、およその食品に通じた市場は民や仕入れの商人、果ては調理人でいつでも賑わっていた。

 その一角に、通なら知ってる隠れた食の名店がある。

 第七騎士団副団長のウェルフェンの姿がそこにあった。


「マリーちゃん!酒とお尻持ってきて!」


「お酒は出しますけどお尻は出しません!」


 周囲から大きな笑いが起きる。


「副団長様!振られやしたな!」


「ええいケチケチすんじゃないよマリーちゃん!減るもんじゃないでしょうが!」


 大柄な男に酒を注がれて、ウェルフェンが更に大声でがなる。


「そう言って力いっぱいお尻揉んだことあるでしょ!痛かったんだから!減るよ!」


 ウェイトレスのマリーが非難の声を上げる。


「そりゃいけねぇ!マリーの尻が更に安産型になっちまう!」


「こりゃおっさんが面倒みなきゃなんねぇか⁉︎」


「馬鹿いうんでない!ここは副団長である俺が夜の素振りをだな」


「ウチの客はスケベだけかー!」


 セクハラしか飛んでこない客に、マリーが涙目で声を上げた。

 この店は貧民街スラムの低給労働者から貧乏貴族の倅まで、幅広い金無し達の御用達だった。

 質の高い料理から安い料理。高級な酒から水で薄めた泥酒までを扱い、看板娘のマリーも金髪の可愛いグラマーで、どこまで行っても庶民の味方の酒場だ。


「ウェルフェン!おめえ奉納試合出るんだよな!優勝しねぇとタダじゃおかねぇぞ!俺のへそくり全部賭けんだからよ!」


「ミッツの親父!知ったことじゃねぇさ!負けたからってカカアの雷を払う手伝いなんざ俺はしねぇぞ!」


「よう言ったなこの悪ガキが!オメェがまだこーんなだった頃から面倒みてるってーのによ!」


 ミッツと呼ばれた老人が親指と人差し指でコの字をつくり、また周囲から笑いが起きた。


「んだそりゃ!その大きさじゃ母ちゃんの腹の中じゃねぇか!俺が親父と会ったのは14の時だぜ⁉︎」


「細けぇことはいいんだよ!優勝すりゃいいんだ優勝すりゃ!」


 ウェルフェンが椅子の上に立ち、ミッツを指指して怒鳴ると、ミッツが負けじと声を上げる。

 それを見た周りの客が笑い出す。ここはまさに飲み屋の典型的な光景だった。


「はい酔っ払いども!お酒ですよお酒!店の物壊したら今までのツケと一緒に取り立てるからなー!」


 マリーが両腕一杯に酒のグラスを持って乱暴にテーブルに置いた。

 ツケを人質に取られた酔っ払い共は一瞬たじろいだがすぐに騒がしくなる。


「んだよツレねぇなマリーちゃん!どうだ今日の夜?俺が素晴らしい景色を見せてやるぜ⁉︎」


 そう言ってウェルフェンはマリーの尻を揉みしだく。


「うひゃあ!だからお尻触るなってば!私は真面目で優しい旦那様を捕まえるのー!ウェルフェンさん絶対浮気するから死んでもゴメン!」


 飛び上がったマリーが涙目で叫んだ。


「第七騎士団副団長はおられますか‼︎」


 酒場の入り口から、慌てた騎士が飛び込んできた。


「おうアーマル!俺はここだ!」


「探しました副団長!」


 アーマルは人混みをかき分け、奥のウェルフェン達のテーブルに辿り着いた。


「なんだ、お前も飲みに来たのか!ん?まだ時間早くねぇか」


「違うんです!至急お伝えしたい事がございまして!人目があるので外へ!」


「………わかった。おーいマリーちゃーん!愛しの副団長様は用事できたんで帰りまーす!支払い渡すから釣りは取っといてくれーい!」


 そう言ってウェルフェンは小袋を投げる。


「帰れ帰れスケベ騎士!もう来んなー‼︎…ってあれ?待ってウェルフェンさん!これ私のお尻触ったにしても多いんだけど!」


 袋の中身を確認したマリーが慌て始めた。


「今いる客に奢れるだけ奢ってくれい!」


「お釣り出るってば!」


「取っとけって言ったろ‼︎」


 そう言ってウェルフェンとアーマルが店を出た。


「さっすが我らが副団長様!」


「おっとこまえだ!」


「マリーちゃん尻ぐらい揉ましてやんなって!俺らの酒の為に!」


「うるさい酔っ払い!ツケ取り立てるぞー!」


 店の中からはウェルフェンを讃える歓声があがり、しばらくして巷で流行りのウェルフェンを謳う歌が聞こえる。


「……あの歌やめろっていってんのに」


 それを聞いたウェルフェンの眉が落ちる。


「それでアーマル。何があった」


 店の脇道を通り、人のいない場所でウェルフェンとアーマルが立ち止まる。


「ベスヘラン団長の、死体が見つかりました」


「………どこで媚び売ってんのかと思えば、死んでんじゃねーよ団長様」


 ウェルフェンが額に手を当てる。


「んで、どこにあった」


「王都郊外の森の中です。北門から一時間ばかり歩いた所で、郊外の民が見つけました。ウチの鎧とマントを着けた首がない死体があると憲兵に通報が」


「……首がねぇのか」


 ウェルフェンの眉間が険しくなる。


「いえ、胴体が眠らされてた木の枝に刺さってました。先ほど死体がベスヘラン家に到着し、先んじて見てきました。ご家族の確認も取れてます。紛れもなく団長です」


「………最後に見たのは十三日前に俺に奉納試合出場の命令を出した時だよな」


「その後の王子殿下との夜会の後、ご帰宅されて翌日出られた所までは確認取れてます」


「そうか。どちらにせよ、今の第七騎士団は団長不在で実質俺に指揮権が移る。王城に行くぞ。軍務大臣殿にご報告しなければな。話は行ってるんだろ?」


「はい。耳聡い貴族なら恐らくもう知っているかと」


「俺に余計な疑いがかかる前に動かんとな」


 足早に道を歩き出すウェルフェンとアーマル。

 王城までの近道なら、平民あがりのウェルフェンがよく知っている。


「祭の前だっての、勘弁してくれよ団長…」


 すでに死んで居ない団長に向けて、ウェルフェンは泣き言を漏らした。

 死んでもなお周囲に迷惑をかけるとは、本当に恐れ入る男である。











「ただいま戻りました。イバン組合長(ギルドマスター)


「うむ。ご苦労だったリナ。報告は聞いておる」


 王都東区画。貴族街への入り口に、冒険者組合ギルドは存在する。

 三階建ての広くて高い建物、その三階の一番大きな部屋が、組合長ギルドマスターの執務室兼住居となっている。

 執務室の椅子に座るイバン組合長(ギルドマスター)はリナの礼に返事を返し、その後ろに並ぶダインとカナメを見た。


「帰ったぜじっさま」


「ダインもご苦労だった。それでそっちが」


「あ、カナメです。カナメ・トジョウ」


 ダインの軽い挨拶の後で、カナメが頭を下げた。


「うむ。話は聞いておる。急な頼みを聞いてくれて感謝する。助かっておるでな」


「あ、冒険者仮登録の事でしたらお気になさらずに。俺達も稼ぐ手段として考えてましたから」


 実際、何度も家族会議の議題に挙がっていた事である。その時は国の通貨も情勢も知らなければ、冒険者になる方法すら知らなかったので、実は渡りに船であった。


「そう言って貰って嬉しいわい。リナ、王都での一座の護衛だが、念のため王立劇場に兵を派遣するよう王城に話は通した。他の巡業に付いていた冒険者にも、そのまま警護に付くよう依頼クエストも発注しておる」


「かしこまりました。お手数をおかけして申し訳ございません」


 イバンの言葉に、リナが深く頭を下げた。


「いや、良い。さてダイン、早速だが聞きたい事がある。今回の依頼とは直接関係がないんだがな。まぁ座りたまえ」


 椅子から立ち上がったイバンは、ゆっくりと机を周り、三名を隣のソファへと促した。


「なんだよじっさま。改まって。俺らなんかしたか?」


組合長ギルドマスター。お話があるようでしたらお茶を入れて参りますが」


 そう言ってリナが動こうとしたら、執務室の扉が開いた。


「失礼します。先輩、お茶なら私が」


「リュミエール。助かります」


 リナの後輩の第二秘書、メガネの似合うリュミエールが茶の入ったカップをソファの前のローテーブルに並べる。


「下でお待ちの方々にもお茶をお出ししてますから、ごゆっくりどうぞ」


「ありがとうリュミエール」


「いえ、失礼しました」


 イバンの言葉に浅く礼をして、リュミエールは退室した。


「別に悪い話ではないぞ。そこのカナメについてだ」


「俺ですか?」


 急に話を振られ、ソファに腰を下ろしたカナメが呆気にとられる。


「支部からの報告を読んだんだが、なんだね。大層腕の立つ剣士だそうじゃないか。ダイン、本当か?」


 ローテーブルの反対側に座り、カップを取るイバン。


「ああ、こいつは強いぞ。最近の若手や俺達中堅どころはまず相手にならねぇな。単純な腕なら組合ギルドに勝てる奴はいねぇだろうよ。まだ集団戦闘に慣れてねぇようだが、『五色ごしきの蝶』の他の面子も強いし、連携も取れてる。称号持ちに匹敵するんじゃねぇか?」


「そうかそうか!それは実に素晴らしい!まだ若いのに大したもんだ!」


 なぜか大袈裟に喜ぶイバン。


「なんだじっさま。なんでそんな事聞くんだよ」


 訝しむダインがリナを見た。

 リナもわからず首を横に振る。


組合長ギルドマスター。何やらお話が見えないのですが」


 ソファには、カナメを中央にしてダインとリナが座っている。

 右手側のリナがカナメの肩に手を置いた。


「カナメさん達はまだ支部での仮登録しか行ってません。本部でも便宜を図って貰いたいのですが」


 どうやら心配になったらしい。本来なら支部付けの冒険者として扱われるカナメは、本部の思惑では動かせない。

 そこを崩せば、組合ギルドとしての体裁が取れなくなるのだ。


「……それなんだがの。条件をつけたい」


組合長ギルドマスター!それはカナメさん達に失礼です!」


 突然の言葉に、リナが大声を出した。

 初めてみるリナの姿にカナメは驚く。

 

「カナメさん方『五色ごしきの蝶』は、一座の護衛の為に支部が無理を言って仮登録を行ったのです!そこを付け入る様な真似は、職員としても個人としても見過ごせません!」


「そう言ってもだリナ。事は背に腹は変えられん案件なのだ。儂としてもこれほどの人材をただ放流するのは組合ギルドの為にもならんと思っておる」


「それは本部としての都合ではないですか!何があったかは知りませんが、ヒッケルト支部長のお顔にも泥を塗る行為です!各支部にも示しがつきません!」


「ヒッケルトには儂から通達を出す。他の支部にも意見は言わせん。おまえも我ら組合ギルドの人財不足は良く知っているだろう」


「それとこれとは話は別です!カナメさん達は元はただの旅人!これ以上、組合ギルドの思惑で動かす訳にはいかないのです!」


「落ち着けよ二人とも!まだ話は終わってないんだろ⁉︎」


 激しく口論する二人に割って入るダイン。


「あ、あの!聞いてみない事には判断しかねますし。とりあえずお話だけでも」


 カナメも慌てて場を取り持とうとする。


「……失礼いたしました。組合長ギルドマスター。お話をどうぞ。先に申し上げますが、どの様な条件であろうと私は納得致しません」


「頭の固い所がお前の欠点だ。もう少し大局をだな」


「じっさま、いい加減に先に進まねぇと俺はカナメを連れて出て行くぞ」


 ダインもイラついているようだ。

 元はといえば、カナメ達に護衛依頼を頼んだのはダインが先である。

 トーバ村までの三日間は間違いなくダインが雇い主だった。そこから先はアドモント劇団東巡業の一座が雇い入れたが、ここまで巻き込む事になった原因は間違いなくダインである。

 カナメ達には命を救われ、長年連れ添った相棒の弔いまで面倒を見てもらっている。

 そんな恩人を巻き込んだ組合ギルドのいざこざに、ダインが我慢しているのは相手がイバンだからだ。

 歳を取ったとはいえ元は凄腕の冒険者にして今は組合長ギルドマスター。ダインが組合ギルドに入りたての頃には大分面倒を見て貰った。

 相手がイバンでなければとっくに切れている。


「……すまぬな。カナメには、奉納試合の組合ギルド枠として、剣技大会に出場して貰いたい」


「奉納試合ですか?」


「そうだ」


「なんでだ?この時期に指名してない筈がないだろ。後一週間もないんだぜ?」


 惚けるカナメに代わって、ダインが疑問を投げかける。


「その件は元々、三名の方に私から指名依頼を出した筈です!」


 リナがまたも声を張り上げた。


「そうじゃ。『炎陣』からバースとアグリ。『風穴』からシュルツを指名した」


「ならなぜ!」


「昨日、バースとアグリが死んだからじゃ」


 一瞬、執務室が凍りついた。

 ダインの顔は一瞬で青ざめ、リナの顔にも普段と違う驚きが見れた。

 カナメだけ、場についていけずに三人の顔を伺っている。


「………それは、『炎陣の焔槍』のパーティーが全滅したってことかい」


「確か彼らは、南のイムサに向かう隊商キャラバンの護衛に付いていた筈です。他にも若手のパーティーが二組一緒だったはずですが」


隊商キャラバンごと、な。若手のパーティーにいた冒険者が支部から報告を入れた。報告があったのは今日の事じゃ。イムサの内乱に巻き込まれて、国境付近でイムサ軍に雇われた冒険者の襲撃にあったようだ。積荷狙いじゃな」


「それほど規模の大きな内乱ではなかったと」


 リナの顔が徐々にいつものクールな表情に戻る。


「ダインさん。『炎陣の焔槍』ってそれ程強いパーティーだったんですか?」


 ついに疑問に負けて、カナメがダインに問う。


「……ああ、パーティーとしては間違いなくロアでも五本の指に入る。『炎陣』の称号を持つ『焔槍ほむらそう』って五人パーティーだ。火の属性魔術の使い手が二人と、剣士が三人。パーティーリーダーだったバースは焔の魔槍を持った凄腕の冒険者だった。総合力なら、普通の軍隊なら一個師団にも負けねぇ火力のあるパーティーだ」


「それが、全滅したのか」


 カナメには想像もつかない。


「その被害総額と相対した冒険者は、目下捜査中じゃ。じゃがバースとアグリを欠いて、奉納試合に欠員を出しておる。組合ギルドからの出場枠は王城からの依頼じゃ。力ある冒険者を補填せねばならない。他の称号持ちのパーティーは全て出払っておって、奉納試合までに間に合わん」


 落ち込んだようにイバンが目頭を押さえた。


「……話はわかりました。納得はできませんが。それで、組合ギルド本部としてカナメさんに強制依頼しりぬぐいをさせようと、組合長ギルドマスターは仰られるんですね?」


 リナの目付きが鋭くなる。


「断れば、カナメさん達の王都での行動範囲が狭まります。正確に申し上げれば、中央通りから出れません。各区画の門番に締め出されるでしょう。そうなれば一座の護衛もままなりません。王立劇場は北区画の公園広場にありますから。さらに言えば、この組合ギルド本部を出た瞬間に不法侵入の罪人となります。これが組合ギルドのやり方とは、職員として呆れるばかりです」


「そ、それは困るなあ」


 カナメの顔が引きつった。

 冒険者としてではなく、ネーネ達の友人として困る。

 確かに依頼クエストとして護衛や警護を任されたが、個人的にも死んでほしくないのだ。

 たとえ依頼クエストじゃなくても、彼らを護りたい。


「……じっさま。変わったな」


「そういうな。ダイン、リナ。儂とて心苦しいのだ。しがらみとはいえな」


「いーや。昔のじっさまならベテランの冒険者とかを出して茶を濁す筈だ。たとえそれが実力で劣っていてもな。なんだ。王城の連中にいい顔しようとした結果か」


組合ギルドの四割は王城や貴族達の依頼で成り立っておるのだぞ。無碍にはできんであろう」


 ダインとイバンの話を聞いていても、カナメにはピンと来ない。

 特に、奉納試合に出る事は別にいいのだ。それで済むなら躊躇はない。特に損も得も見出せないだけだ。

 だがリナとダインが納得できない部分は、王都での活動を盾に出場を強制している部分だ。

 ならばカナメが止めねば、この話し合いはダインとリナ、イバンにとってたもとを別ちうる結果となってしまう。


「……あの、奉納試合。出ます」


「……カナメ」


「カナメさん」


 ダインとリナが申し訳なさそうにカナメを見る。


「なんか話がややこしくなってますが、俺が出ればそれで終わる話なんですよね?それじゃ、出ます。その代わり、俺たち『五色の蝶』は本部ではなくピースイウムでしか活動しません。今後本部からの依頼は全てお断りさせていただきます。聞いているだけでも、イバン組合長(ギルドマスター)のやり方はどうも褒められたやり方ではないようなので。リナさん」


「はい。なんでしょう」


「俺たちが今後本部の指示に従わないという、何か強制力のある契約書とか作れませんか?」


「……可能です。組合長ギルドマスターと他の立会人の血の保存が必要ですが」


「俺が立ち会う」


 ダインが手を挙げた。

 血の保存とは、所謂血判である。

 登録板に保存と共有の術式を織り込み、その血を登録すれば、原本以外からは改竄ができなくなり、そして同じ規格の閲覧板にその書面が映るようになるのだ。


「このやり方はあんまりだ。現場を馬鹿にしている。俺らもこの一件が終われば支部に移るぜ。カナメのように本部からの指示を跳ね除けるような事はしないがよ」


 ダインが足を組み替えて、ソファの背もたれにもたれかかった。


「お互いが条件を出しました。俺らは組合ギルドたっての希望で冒険者になりました。俺らはその希望を最初は無条件で認めてます。組合ギルドはさらに条件を上乗せしてきました。ならば俺たちが条件を提示しても問題はない筈です」


「………そこを、どうにかできんかの」


 組合ギルド本部としては、優秀な人材と王城への体裁という二羽の鳥を、一投で手に入れようとした結果だ。

 さすがにそれを上手く行かせてしまうのは虫が良すぎるだろう。


「もう、あなた達のやり口は見せたんです。それも最悪なやり方で。そこから信用を得ようなんて、それこそ無理って話だと思いますよ」


「……わかった。それでいこう。リナ。契約書の作成を頼む。立会人はダイン。それでいいな」


「はい。今回の件、私はカナメさん達の側に立っています。カナメさん達には有利な契約書となってしまいますがそれでも?」


「……すでに賽は投げられている。致し方なかろう」


 遠い目をしたイバンが頷く。


「立会人として日付を決めさせてもらうぜ。俺達は今日フリビナルに戻ってきたばかりだ。疲れもある。万全な体調の元で契約したい」


「わかった。二日後はどうだ」


 ダインの言葉にも頷き、カナメを見る。


「俺はそれで大丈夫です」


「よし、今日の話は以上だ。下の連中も待たせてるしな。じっさま、俺達は行くぜ」


 ソファから立ち上がり、ダインがカナメを扉に促した。


「失礼しました。また後日」


 カナメもそれに続いて頭を下げた。


 ダインとカナメが扉を抜けて、執務室は静寂に包まれる。

 そこにいるのは本来の秘書であるリナと、部屋の主であるイバンだけだ。


「リナ。儂は変わったか」


「……はい。組合ギルドとしては正しい事をしてると思います。しかし以前の組合長ギルドマスターなら、きっとこんな結果になりませんでした」


「そうか」


「私も。……とても残念に思います」


 そう言ってリナも部屋を出る。

 残されたイバンは、ソファからまんじりともせず、ただ目の前の壁に掲げられた組合ギルドの紋章旗を見てるだけだった。


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