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それぞれの安息 2

短めです。

 

「これ何かしら」


「どれ?」


 ピースイウムの市場で、リューリエとヘレーナが露店を冷やかしていた。

 明日は夜祭の本番。

 一座の稽古も大詰めであり、今までの村での公演よりも演目の多い今回の舞台に向けて汗を流している。

 現在の警備担当はカナメとアルヴァ。

 ダインとサンニアらこの後、就寝する一座の部屋の番を交代で担当する手筈になっている。

 リューリエとヘレーナ、シノアは夕方から休みとなっている。


 手の空いた三人は大通りに出ることにした。

 三月以上、ゆっくりと始まった祭は夜祭でフィナーレとなり、狩猟祭は王都の大式典をもって終了となる。

 さすがは五年に一度のお祭りだ。

 その規模は辺境の地でもかなりの大きさになる。


「何か面白い物見つけた?」


 出店で酒を買いに行っていたシノアが戻ってくる。

 あらかじめ押さえておいたテーブルに酒を置く。

 あまり酒を好まない彼女ではあるが、最近は付き合いで飲むようになった。

 酒好きのヘレーナのためだ。



「これ、変わった表紙の本だと思わない?」


 リューリエが露店の品を手に取った。


「本当ね。裸の女性が表紙なんて、なんの本かしら」


 ヘレーナもその本に興味を示した。


「ちょっ!リューリエそれは!」


 シノアが気付き、狼狽する。


「お嬢ちゃんそれ気に入ったかい?内容は男向けだけど、最近は女も買っていくんだ。少し高いが中々お目にかかれない代物だぜ?」


 怪しい露店の店主が擦り揉みしながら近づいてきた。


「男の人向け?へー。どんな内容なのかしら」


 リューリエがパラパラとページをめくる。


「これ、殆どが絵しか描いてないのね。女性と、男性の絵?」


 ヘレーナがリューリエの手の中の本を眺めて言った。


「リューリエ!ヘレーナ!それはダメよ!私達にはまだ早いわ!」


「シノア?どうしたの?」


 顔を真っ赤にして慌てるシノアを不思議そうに見るリューリエ。ヘレーナがその手から本を受け取る。


「………裸の男性と、女性が。重なりあって?」


 続きを確認していくと、シノアの狼狽え方が激しくなった。


「これ、最初のページから進んでいってるみたい。唇と唇を合わせて」


「ヘレーナ、それなんだろう。ほら、男の人が女の人の上に」


「二人ともそれ以上はダメ!」


 慌てたシノアが本を取り上げた。

 その動きは素早く、リューリエですら目で追えない速度だ。


「わっ!シノア⁉︎」


 リューリエの顔の前にシノアの腕が飛んできて、驚いてしまった。


「こんなっ!こんな!……こんな」


 恐る恐る本を開いたシノアが、更に顔を赤くして黙ってしまった。


「………嬢ちゃん。意外に好きなんだな?」


 露店の店主がニヤニヤと笑った。


「なっ!違うわ!ただ珍しかっただけです!ほら返すわ!」


 わかりやすく図星をつかれたシノアが、持ってた本を店主に押し付ける。


「いっ!行きましょう二人とも!お酒買ってきたから!」


「えっ、ええ」


「あの本、そんなに酷い内容なの?」


 その姿をみてリューリエとヘレーナが問いただす。

 常から冷静を心掛けるシノアのその姿が珍しかったからだ。


「知らないわよっ!弟さんに聞いてちょうだい!」


 憤慨しながらテーブルに戻るシノアを不思議がりながら、リューリエとヘレーナはついていく。







「さっき支部の人と話しをしてたんだけどね」


 一座の部屋の前で見張りをしていたアルヴァが、同じく哨戒の任についていたカナメに話しかけた。


「王都での狩猟祭では、奉納試合って剣技大会が開かれるみたいなんだ。手の空いた冒険者がいっぱい出場するんだって」


「へぇ。そりゃ楽しそうだな」


「うん。騎士達も出場する大会で、毎回騎士と近衛兵が決勝で戦うのが伝統らしいよ」


 夜の見張りはかなりの暇だ。充てがわれた部屋から椅子とテーブルを持ち出し、ミラとネーネの女部屋と、イノとクマースの男部屋の間に座って交代を待つのみ。


 エンリケがやる気を出してついて来てくれたが、ついに眠ってしまった。シュレウスは今日は一日中寝ている。


「近衛兵って、お城の兵士の事か?」


「王様の周りの兵士の事だよ。王城の警備もしてるけど」


「そりゃ強くないとダメだよなぁ」


 テーブルの上には、大河の眷属から貰った未使用の魔道具が置かれている。

 道具整理を担当しているアルヴァが、暇だからと幾つか『倉庫』から持ち出した物だ。


「カナメとどっちが強いかな」


 魔道具を弄りながら、アルヴァはなんとなしにそんな疑問を投げかけた。


「そりゃ、騎士とか近衛兵じゃないか?俺はあんまり人とは戦った事ないし」


「そうかな?カナメの方が強いと思うんだ」


 アルヴァが今触っているのは、『逃げ道案内マッピング』と言う魔道具だ。

 小さな短杖ワンドの先に大きな丸い水晶がつけられていて、今までの道のりを水晶に記憶させ、光る箇所で元の道を教えてくれる魔道具である。


「ダインさんも言ってたけど、カナメの腕前は大した物だよ。森でも毎日魔物と戦ってたし、稽古だって欠かした事ないじゃん」


「まぁ、どちらにせよ。やってみないとわかんないさ」


「なんだカナメ。奉納試合に出たいのか」


 対面の部屋から、ダインが顔を出した。その後ろからサンニアも続いて出てくる。


「お疲れ様です。いや、出る気はないですよ」


 時刻はもう夜半。そろそろ遊びに行ったリューリエ達も戻ってくる頃だろう。


「奉納試合。組合ギルドからも強制出場枠があるんすよね」


 装備の確認をしながら、サンニアがアルヴァと席を変わる。


「そうだったな。イバンのじっさまは誰に頼んだんだろうな」


 ロアの国全ての組合ギルドを束ねる王都本部、その全てを取り仕切っているのはイバン組合ギルド長だ。

 かつては他国にもその名を轟かせる称号持ちの冒険者で、引退した後は自然と組合ギルド職員となった。

 多くの冒険者から支持を受け、二十年ほど前から組合ギルド長として冒険者を纏めている。


「有名どころだと『風穴』の奴らの誰か。あとは『炎陣』のとこのバースじゃないすか?」


「あいつらも強いが、『縦割り』ウェルフェンや近衛兵団長に勝てるとは思えねぇんだよなぁ」


 カナメとダインが席を変わる。


「『縦割り』?』


 その不思議な二つ名に、カナメが首を傾げた。


「王国最強と言われてる騎士だ。特大型の魔獣を縦に真っ二つに割ったから『縦割り』。近衛兵団長と一緒に、竜種のブレスを剣のみで搔き消した事もあるな。ありゃ凄かった」


「ダインさん。大翼竜プテライアー討伐戦に参加してたんすか?」


 サンニアが水差しからカップに茶を注ぎ、ダインに渡した。


「おう。前衛だったから良く見てたぞ。あのクソ竜種の姿も、ウェルフェンやヒューリック近衛兵団長の姿も。……王子のお姿もな」


「王子ってこの国の?」


 テーブルの上の魔道具を片しながら、アルヴァが話に食いついた。


「エランドラント第一王子。次期国王と目された優れたお人だったよ。その人柄も、軍を指揮した手腕も。殿下があの討伐戦で指揮を取っていなければ、舞台は早い段階で全滅していただろうな」


 人望もあり、賢くもあり、王子が国王を継げばロアは更なる安寧を得られると多くの者が唱えていた。


大翼竜プテライアーの苦し紛れのブレスが本隊に迫った時、俺は死ぬかと思った。すげぇ馬鹿でかい風の渦が、ど偉い勢いで向かって来たからな。今でも覚えてる。呆気に取られて身動き出来ねえ俺達の前を、殿下が共もつけずに駆け抜けて行ったんだ。誰にも止められなかった。ウェルフェンや近衛兵団長にもだ。そんな余裕誰にも無かった。それが、俺が見た最後の生きていた殿下だ」


「あの後の葬儀で、狩猟祭の中止が国王より国民に知らされたんすよね」


 感慨に耽るダイン。サンニアがカップに口をつけながら言う。


「へぇ、じゃあ五年前に中止になった祭ってその為だったんだ」


「ああ、他にも死者が沢山でたし、その前に他国への使節団が全滅してたしな。浮かれていい雰囲気じゃ無かったぜ」


 ダインはカップをテーブルに置くと、その背もたれに身体を預けて感慨に耽った。


「話は逸れたがな。もし奉納試合に出たいんなら、俺やヒッケルト支部長の推薦があれば組合ギルド枠で出場する事もできるぞ?」


 突然身体を起こしたダイン。


「いや、だから出る気はないですって。俺なんかが勝てる訳もないし、そんな権威ある試合に出場するなんて恐れ多いですよ」


 慌ててカナメは否定した。

 そもそもカナメ達はロアの国民ではないし、組合ギルドにも仮所属の身だ。他の希望者を押しのけてまで組合ギルド枠での出場なんて、考えてもいない。


「カナメさん!出た方が良いです!絶対!」


「うわぁ!びっくりしたぁ!」


 突然、部屋の扉が開いてネーネが飛び出してきた。いつもはポニーテールにした綺麗な赤毛は、今は解いて背中まで流してある。

 先程から部屋の外のカナメを気にして、扉の前で聞き耳を立てていたのだ。

 呆れたミラが諌めても、なかなか動かない程に聞き入っていたのだろう。


「奉納試合で優勝したら、国から褒賞が出ます!もし優勝出来なくても、三日目の本奉納まで残ればそれだけでも金貨五枚が支払われるんです!カナメさんの腕なら間違いなく残れます!勿体無いですし、カナメさんのカッコ良い所私見たいです!」


「ネーネ⁉︎」


 鼻息荒くカナメに詰め寄るネーネ。その身体をカナメに押し付けて、顔は今にもくっつきそうだ。


「ネーネ落ち着いて!それと服!」


「え?」


 カナメの言葉に、ネーネは己の姿を確かめる。

 着ている者は薄着のキャミソールのような夜着と、下着のみだった。

 扉が邪魔をしてダインとサンニアからは見えないが、カナメとアルヴァには丸見えである。


「っひっ!」


 気づいたネーネが両手で身体を抱えて隠す。


「っ!!あっ、あのっ!」


「お、俺は見ない様にするからっ!早く部屋に!」


 慌てたカナメが壁に顔を向ける。耳まで真っ赤なネーネは涙目でへたり込んだ。


「ほらほらお馬鹿さん。だからやめなっていったのよ。ごめんねカナメ。でも美味しい物見たと思って許してね」


 部屋の中からミラが出てきて、ネーネをずるずると引きづって部屋に入れた。ミラのその姿も、シャツのみで下着もつけていない扇情的な姿だ。


「い、いえっ!お気になさらずにっ!おやすみなさいっ!」


「はいおやすみ」


 扉がぱたんと閉まる。

 カナメの心臓は未だばくばくと動悸していた。






 部屋の中、放心状態のネーネがベッドの足元で扉を見ていた。

 未だに羞恥の渦の中。身体を抱えて涙ぐんでいる。


「恋する乙女は無鉄砲だね」


 ケラケラとミラが笑いながら、サイドテーブルの水差しからカップに茶を注ぐ。

 二杯入れたその一つを、地面に座るネーネに差し出した。


「ほら、落ち着きな」


「……やってしまいました。破廉恥な子と思われてしまいましたぁ!」


 ネーネが頭を抱えてベッドに顔を埋めた。


「そうかい?満更でもなさそうだったけど」


「本当ですか姐さん!」


 顔を跳ね起き、ミラを見るネーネ。


「ほら」


「あ、ありがとうございます」


 未だ差し出されたままのカップにようやく気付き、それをネーネは受け取る。


「今までは何をしても狼狽えてばかりだったんだ。さっきは少しとは言えアンタの身体にばっちし視線がいってたよ。カナメもやっぱり男の子だねぇ」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、ネーネの頭を撫でる。

 可愛い妹分だ。込み入った事情・・があるとはいえ、健気に踊りを覚え、日々を一生懸命生きている。

 アドモント劇団。王都を代表する一座だ。その演劇の世界は決して華やかなだけではない。

 絢爛たる舞台の裏で、汗を掻きながらもがく者達がいる。気を抜けば下に追い抜かれる。人気を無くせば舞台に上がれない。才能を持ち、才能を磨き、それでもなお報われない芸人など掃いて捨てる程に存在している。

 そんな生馬の目を抜く様な慌ただしく過酷な世界で、この純真な娘は今日まで生きてきた。

 それは才能もあるが、多いに人柄の良さの賜物だった。

 教えられた事、教えられなかった事。全てを余す事なく吸収し、素直で、決して弱音を吐かない。

 そんなネーネを、ミラは愛おしく思っている。実の妹の様にだ。

 一座の中にはネーネを疎ましく思う者も少なからずいる。女役者のミモザなどは、わかりやすくネーネをいびっていた。

 そういう者達の胸中は、焦りと嫉妬心で渦巻いている。分からないでもない。何時だって若い才能は古い経験を凌駕しうるのだから。

 ミラだって、少なからずネーネに嫉妬している部分はあるが、それ以上に敬意を持っている。

 それ以外の感情の方が、はるかに強いのだが。


「そ、そうですか?やっぱり、普段からこういった格好を」


「落ち着きなさい。そんな姿で歩く女は娼婦以外いないわよ」


 どこまでも想いが空回りしている。それもまた愛らしい。


(この子が出来る限りの幸せを。その日は必ずくるのだから)


 ケラケラと笑いながら、ミラは願わずにはいられない。

 目の前の可愛い妹分に、やがて来る運命の日まで笑って生きてもらう事を。







「ただいま。戻ったわ」


「うふふカナメ。ただいま」


「おかえり。ヘレーナはまた酔っ払ってんのか」


 カナメ達の部屋に、リューリエとヘレーナが戻ってきた。

 カナメはベッドに腰掛け、普通使いの長剣を手入れしていた。

 アルヴァは『倉庫』の中で魔道具と戯れていて、サイドテーブルに積まれた布の束はエンリケとシュレウスの簡易ベッドだ。


「最初の店からペースが速かったから、周りの男の人達がうるさくて宿の酒場に戻ってきたの。ここなら宿の旦那さんがいてくれるから静かに飲めたわ」


「だから女だけで行くなって言ったのに」


「シノアが男の人を退治してくれたの。うふふ」


 幾ら休みとはいえ、女性のみで祭に賑わう市内での酒盛りをカナメは反対していた。

 シノアとリューリエが大丈夫だというから、渋々酒代を渡したのだ。


「ダインさんと一緒にいる事を知らせたら、殆どの人が帰っちゃうの。心配いらないわよ」


「さすがだなぁ」


『古き鉤爪』は、決して強くないが顔の広いパーティーだった。

 パーティーリーダーのダインの力が大きい。面倒見の良いダインは、数世代下の冒険者を始めとし、最近の若手までからも慕われている。

 経験溢れるダインの指示で装備を決める若手もいる程だ。

 さらには所々の街や村まで、顔を売っている。

 すなわち、ダインの連れに手を出したと知れ渡れば、多くの冒険者や道具屋、果ては王都の武器屋などから目をつけられるのだ。

 そう簡単に手出しできるはずが無い。


「ところでカナメ」


「ん?」


 ヘレーナが真剣な目つきでベッドの上を履い近寄ってきた。


「聞きたい事があるの」


 少しだけ赤い顔のリューリエも、サイドテーブルのエンリケとシュレウスを撫でながらカナメに近寄る。


「なんだ?」


 普段の二人からは余り感じない違和感を覚え、カナメは少しだけ身を引いた。


「露店でね?変な本を見つけたのよ」


「シノアは私達にはまだ早いと言うの」


 徐々に近づく二人。


「それで中を確認して、シノアに聞いたのよ」


「あれは何をしてるところなのって」


 カナメの肩に触れるリューリエ。

 カナメの太ももに手を置くヘレーナ。


「へ、へー。それでシノアはなんて?」


 カナメは顔を引きつらせながら、リューリエとヘレーナを交互に見た。

 その顔は酒のせいで火照っていて、瞳は潤んでいる。

 綺麗で小さな唇も、そのピンクを強めていた。


「あれは、好きな人と一緒にする事だって」


「あとはカナメに教えて貰えって」


 嫌な予感が頭をよぎる。


「だから」


「教えて?」


 その身体はすでに限界までカナメの身体に近い。

 部屋を渦巻く異様な緊張感。

 身動きするのも憚かるような、空気が身体にまとわりつくような。


「な、なにを?」


 その先は聞きたく無いが、意を決してカナメは切り出した。


「好きな人同士が」


「裸でなにをするのか」


「駄目だぁぁぁぁぁぁ!!」






 ベッドの上にリューリエとヘレーナを正座させて、人の営みとは、好きとは何かをあらん限りの言葉で説明し、カナメの眠れない夜が明けていく。


次からはこういった場面を差し込みづらいから、こういった茶番が本当は大好きです。


ご意見、ご感想を宜しければ。

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