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それぞれの安息 1

茶番回ですが、重要な名詞が結構出ます。

 

【初めまして。土神タム・アウの名代。五色の理の蝶の長女、リューリエです。風神ノジェ様の眷属、シスタービエラ様でよろしいですか?】


 ピースイウムの中央通りに面した出店の軒先で、リューリエとシスタービエラが対面している。

 本日は一座が内稽古を行っていて護衛の人員に余分が出たので、ダインに頼み込んでカナメとリューリエは休みを取った。


【初めまして。風神ノジェ・ノースの眷属。ビエラと申します。ふふっ、神語しんごでの会話も久しぶりで楽しいですが、周りから不自然に思われますから。スラガ語でお願いしても宜しいでしょうか】


「あっ、そうですよね。無言で顔だけ見てる様に思われちゃうかしら」


 リューリエとシスターはお互い可愛らしく笑った。


 歳をとっている様に見えるシスターは、その年季の入った皺だらけの顔でも充分魅力的に見える。


「今は町中が祭で浮かれてますから、こんな往来でも何を喋ってるかなんて誰も気にも止めないでしょう」


「そうですね。人里で神族の方と会えるとは思ってませんでしたから、妹や弟達も大変驚いてました」


 二人が女性特有のお喋りモードに移行したので、カナメは出店のカウンターに三人分の飲み物を注文する。


「えっと、シラハってなんですか?」


「白くて甘い飲み物です!」


 店番をしているのは、猫の獣人の女の子だった。多くて長い、赤い髪の毛を横で一本の三つ編みにしている。小さなエプロンドレス姿が愛らしい。


「おいしい?」


「すっごく!」


「じゃあ三つ下さい」


「えっと、ひとつがどうかみっつだから」


 頑張って指で数える女の子に、心の中で頑張れとエールを送る。


「きゅう!どうか九枚で、す!」


「おーすごい」


「えへー」


 褒められて破顔した女の子に、一枚ずつ銅貨を渡す。

 真剣な顔で手のひらに落ちる銅貨を数える女の子に、またしてもカナメは心の中でエールを送った。


「はい九枚。全部あった?」


「うん!あった!じゃなくて、はい!」


「おし、えらいね」


「はい!お席におも、おもてぃ、お、も、ち、します!」


 どうやらスラガ語に慣れていない様で、辿々しい口調で発音を確認している。


「ひとりでおるすばん?えらいね」


 カナメは聞き取りやすいようにゆっくり話しかけた。


「はい!お父さんが、今ご飯、届けにいっ、いってうの!」


 歳は十歳に満たないだろうか。所々難しい言葉を使うのは家業で良く使うかららしい。


 その頭を優しく撫でると、気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 カナメは席に戻る。

 そこはオープンテラスで、他の席にはカップルが複数組座っていた。


「リューリエ、腹は減らないか?」


「も、もうっ!さっき食べたじゃない!」


 しかし出されれば全て食べるのだ。出店の前を通ると反射的に聞いてしまうようになってしまった。


「シスターはいかがですか?あ、宗教によっては食べられない物もあるんでしたっけ」


「いえ、お気になさらずに。確かにアシュー教では馬の肉を禁食としていますが」


 一度周りを見て、シスタービエラは二人に顔を近づけた。


(その決まりも全部方便だと私は知ってますから、ノジェ様もアシュー様もそんな細かい事気にされる方ではございません)


 茶目っ気たっぷりの顔で笑っていた。

 それはそうだ。

 なにせシスターはアシュー教の成り立ちを本人達から聞いている。

 そもそもが勘違いで設立した宗教である。細かい規律自体が、過去の関係者の意図的な者だと彼女は知っているのだ。


「お、お待たせしました!シラハが、いち、にぃ、さん!三杯です!」


「ありがとうな。これ、お駄賃」


 カナメは財布から銅貨を一枚出すと、猫獣人の少女に渡した。大きなその瞳をキラキラと輝かせて喜ぶ。


「ありがとう!」


「お礼も言えるのか。すごいなぁ」


「えへー」


「か、カナメ」


 リューリエが瞳を潤ませてカナメの袖を引っ張った。その手は微かに震えている。


「ん?なんだ?」


「その子すっごく可愛い!」


 もともと溢れるリューリエの母性が決壊を起こしたようだ。


「お、お仕事忙しいのにごめんね?お姉ちゃんはリューリエ。お名前教えてくれる?」


 リューリエが椅子から立ち上がり、壊れ物を扱うようにそろそろと女の子と目線を合わせるために屈んだ。


「えっと!あの!ミウって、い、い、ます!」


「カナメ!どうしようすっごく可愛い!」


 たまらずリューリエはミウに抱きつき、混乱した表情でカナメを見た。


「わっ!えへへー」


 驚きながらもはにかむミウ。


「ど、どうしよう!どうしたらいい?あたしこの子をどう育てたらいい⁉︎」


 リューリエの顔が真っ赤だ。どうやら熱暴走を起こしかけてるらしい。


「あっ!お客さん!ごめんなさいリョ、リャ、リュー、リエおねーちゃん!お仕事いかなきゃ!」


「だ、大丈夫よ!ごめんね引き止めちゃって。ミウちゃんお仕事頑張ってね?」


「うん!じゃなくて、ハイ!」


 トテトテと小走りで店へと戻るミウを見ながら、リューリエの目は蕩けていた。その目はまさしく我が子を見る母の目だ。


 見ると店のカウンターに同じ猫獣人の中年男性が立っている。どうやら父親が出前から戻ったようだ。


「獣人や亜人が安心して商売ができるのも、この大陸ではこの国くらいしかないんですよ」


 ニコニコと笑みを浮かべながらリューリエとミウのやり取りを見ていたシスタービエラが、その瞳を閉じた。


「ええ、俺たちかなり人里に疎くて、道中で同行した冒険者の方に少しだけ伺いました。なんでも他所の国ではあまり扱いが良くないとか」


「この国でも、彼女達は王都には入れないんです。それでもここや他の街では普通に生活できるなんて、平和なこの国ならではの光景なんですよ?」


 亜人や獣人は本来この大陸の中心に住まう者達だった。そこには陽光台地と呼ばれる彼らの土地がある。その標高が高い彼らの故郷に辿り着くのは、とてつもない至難の道を行かねばならない。

 その容姿は極めて神性に近く、かつては妖精だった種族の名残であり証だった。

 人族が国を起こし発展した頃、全体から見れば少数ではあるが少なくない人数の亜人や獣人が陽光台地を飛び出した。

 その理由は判明していないが、学者の見解では「人口が溢れたために新天地を求めたのではないか」という説が一般的になっている。

 彼らの歴史は苦難の歴史だ。


 長耳犬族ドギールは人族と共に歩む道を選び、共に国を興した。

 やがてその国では長耳犬族ドギールと人族を二分する内乱が勃発し、今では二国に別れて存在している。


 短毛猫族ニャウルは何者にも縛られない自由を愛した。

 大陸中を旅した彼らはその気まぐれな気性ゆえに、時に戦に加担し、時に戦を収め、様々な陣営を混乱させた。一部の者は奴隷階級に落ちたと言う。


 剛獅子族レオーナは自らの縄張りを求めた。他者の干渉を一切拒み、自らの国を興してその勢力を伸ばした。

 やがてその勢いは他国との戦にまで発展する。

 勝敗は長い年月をかけて有耶無耶になり、現在では完全な鎖国国家として謎の多い治世を行っている。


 風猿族エテオは人に隷属し利益を得る道を選んだ。

 様々な国の支配階級に媚びへつらい、その種族的地位を下げてでも生存の道を歩んでいる。


 他にも多種多様な種族が大陸に入り乱れ、国によっては差別的扱いを受けている。

 その本質は人族と変わらない。何処に行っても利己的で、何処までいっても繁殖する。

 ゆえに人族と交わる者がいる反面、人族と対立する者も現れるのである。


「そっか、そんな事があるんだ……でもあの子はダメよ!あんな愛らしい子は幸せにならなきゃダメなの!」


 リューリエが力強く主張する。


「ふふっそうですね。それは人族も亜人も獣人も変わらないところだと思いますよ」


「シスター。俺たちに敬語を使わなくても大丈夫です。俺たちまだ半人前ですから」


 カナメがずっと気になってた事を告げる。


「あらそう?よかったわ。あの喋り方疲れるんだもの。うふふ」


 砕けた口調の方が、この可愛らしい老女には良く似合う。


「ところでどうして土神族の五色の蝶さん達と、水神族のカナメさんがご一緒してるのかしら。差し支えなければ聞きたいのだけれど」


 シスターは可愛らしく首をかしげた。


「……それはですね」


「カナメ?いいの?」


 リューリエが心配そうにカナメの肩をたたく。


「まぁ、隠す理由もないしな」


「カナメがいいなら、別にいいけど」


 不思議そうな顔をするシスタービエラに、カナメは今までを語りだす。

 記憶を無くして森で目覚めた事、五色蝶に導かれて土神に面会したこと、水神の伝言を聞き自分が異界の人間だと聞かされたこと、記憶が取り上げられていること、土神から五色の蝶の保護を頼まれたこと、微かな情報を頼りに記憶を探す旅を始めたこと。


 自らの頭の中で整理しながら、なるべく分かりやすく、それでいて全てをシスターに伝えた。


「……そう。それはまた、大変な事になってるのね。私でよければ力になってあげたいのだけれど」


 神妙な面持ちでシスターがグラスを持ち上げた。

 中に入っているシラハは、酸味の少ないヨーグルトのような味だった。


「アシュー様は今どちらにいらっしゃるんですか?」


 狩猟を司る男神アシュー。アシュー教の主神にして壮大な勘違いを招いた本人である。


「ノジェ様について神域へ。あの方はノジェ様に心底首ったけですから」


 ややこしい事に教団が設立した当初、風の加護なんか持ってないのに風の神と思われていた狩猟神に、風神は加護の一部を貸し出していた。

 それは主に楽しそうだからという理由だが、今日まで狩猟神がその役割を全うできたのもその加護のおかげだ。

 だがこの狩猟神。風神ノジェに心の底から惚れていた。恵みの精霊神達が神域に籠らなければならないと知るや、おなじ眷属の大鳥神に加護を又貸しし、自らはノジェについて行ってしまった。


「大鳥神ノトは、ピースイウムから東にあるステイラ山にいます。彼女は沢山の雛を抱える忙しい母神ですから、急に加護を渡されて困ると泣き顔でしたよ。うふふ」


 シスターが頬に手を添えて笑った。風神族の中ではそれほど大事にする事ではないらしい。


「大鳥神ノト様かぁ、会ったことないわね」


「エレ様が親しくしてたなら、俺の記憶についても知ってそうなんだけどなぁ」


 水神エレ・アーレは、自らと土神の信用が置ける神にカナメの記憶を預けた。

 条件としては水神と土神が親しくしていて、なおかつ近場に住まう神を探さなければいけないのだ。


「一座の護衛が終わったら行ってみましょうか。人命神様も探さないといけないし」


「あ、そうだ。シスターは人命神様のお住まいはご存知ないですか?」


 リューリエの言葉にカナメが思い出した。

 アンタム大森林を抜けた一行の最初の目的が、土神曰くご近所である人命神の捜索だったのだ。


「うーん。あの方、だいぶ享楽的な性格をされていらっしゃる方でして。特定のお住まいという物を聞いた事がないのよ。三十年ほど前にふらっとロアにやってきて、五年間滞在した後はまたどこかへ行ってしまったわ。この大陸を主な周遊地にしてるのはわかっているのだけれど」


「なるほど、大陸規模をご近所さんなんて、タム様なら言いかねないわね」


「大鳥神様を先に訪ねた方がいいか」


 カナメとリューリエが神妙な面持ちでグラスを睨む。

 その時、パンパンに張った風船を絞るような音がした。


「リューリエ……腹減ってるなら言えよ……」


「ちっ!違うわ!あたしじゃない!」


 ジト目でリューリエを見ると、顔を真っ赤にして否定する。


「あらごめんなさい。私なの」


 シスターが頬を赤らめて両手を合わせた。

 リューリエがカナメを睨む。


「………カナメ」


「お、おしっ!シスター!奢りますよ!何食べますか?」


 カナメは慌てて誤魔化した。








【僕も行きたかった行きたかった行きたかった行きたかった‼︎】


 ピースイウム組合ギルド支部の酒場で昼食を取るヘレーナの上で、シュレウスがパタパタと喚いている。


【しょうがないでしょ。貴方ぐっすり眠っていたのだもの】


 ヘレーナが構わず澄ました顔で、目の前の皿に盛られたパスタを綺麗にフォークで食べる。


 支部に併設されている酒場は、昼は冒険者専用の食堂を営業している。

 料金は、その質に比べればわりかし安い。駆け出しの冒険者達御用達だった。


【あまり大勢で押し掛けてもシスターに迷惑だわ。それにリューリエとカナメは遊びに行った訳では無いのよ?タム様の名代として挨拶に行ったの】


【そうだよシュレウス。それに僕やシュレウスも『五色の蝶』のパーティーメンバーなんだよ?お仕事しなきゃ】


 パスタの皿の横で、エンリケが赤い果実の蜜を吸っていた。

 苺に似た甘酸っぱい果物で、ジュアンと言う一般的な果実だ。


【でも僕だってシスターに会いたかったもん!会いたかったもん‼︎】


 大事な事を二回言って、シュレウスは激しく飛び回る。


【なんだい?シュレウスが我儘言ってるのか?】


 偽装用の鞄を背負ったアルヴァがテーブルに座った。


【あら、おかえりなさい】


【ただいま。さっきダインさんと交代してきたんだ。ヘレーナが休憩してるから一緒に行ってこいって】


 鞄をテーブルの下に下ろし、アルヴァは外套を脱いだ。


【クマースさんと舞台の下見に行ってたのよね】


【大きな舞台だったよ。今までで一番かな。カナメに言われた通り、魔術士が潜んでそうな場所も調べてきたんだ】


 ピースイウムの夜祭は、それまで一座が回っていた村の祭りとは規模が違う。

 辺境伯領の全土から見物客が訪れ、また一座が回りきれていない村からも人が大挙として押し寄せてくるのだ。


【何食べようかなー】


 アルヴァがカウンターへと視線を投げる。

 カウンターの上には黒板があり、大きな文字で二行ほど文字が書かれていた。

 パスタ!

 魚!

 と大雑把にも程があるメニュー表だった。


【パスタが美味しいわよ?】


【本当?でも魚料理も気になる】


【お話聞いてよ!】


 シュレウスの癇癪を受け流していたら、シュレウスが泣いてしまった。


【もう、いい加減にしなさいな。何も今日しか会えないってわけじゃないのよ?】


【僕もまだ会ってないなー。挨拶に行った方がいい?】


【とっても優しい人だよ。なんかいい匂いがする】


 ヘレーナがシュレウスを諌めるのを、アルヴァとエンリケが眺めていた。


「あのー」


「はい?」


 声をかけられたアルヴァが振り返る。


「わ、私達もお昼なんで、良かったらご一緒してもよろしいですかー?」


 そこには、リナの後輩である『六人娘』の二人。ミステラとアイが立っていた。


(あー!あの二人抜け駆けー!)


(うわぁ……休憩交代するんじゃなかった……)


 受付の奥で、同じく『六人娘』のエリザとシャルガノが二人を見ていた。


「はい、大丈夫ですよ。えっとミステラさんと」


「私はアイと申します」


 深く頭を下げる茶髪のロングヘアーのアイ。


「私はもうすぐ食べ終わるから、狭いようなら出るわ」


 食堂は冒険者でごった返している。

 後輩に説教をしながら昼飯を食べる冒険者。

 わざわざ隣合わせで座り、周りから怨嗟の視線を集めるカップル冒険者。

 結構前からリューリエを凝視し、その肩出しワンピースの腋の部分を舐めるように見つめる数えるのも面倒な程多いおっさん達。


 席もまばらだから、二人が一緒に座るのも少し難しいだろう。


「あ、お気になさらずに」


「お話したかったんです」


 アイとミステラが慌ててヘレーナを制した。


(あの金髪の若造!あんな綺麗な姉ちゃんだけじゃなくミステラとアイちゃんにまで!)


(違うよねミステラちゃん!冒険者は顔じゃなく腕だよね⁉︎)


(おい!あの小僧どこのパーティーの若手だ!知ってるヤツ居ねぇのか!)


(ついでにあの金髪の嬢ちゃんもだ!銀貨一枚でその情報買ってやらぁ!)


(なんて羨ましい!)


「……なんか嫌な視線をいっぱい感じる」


「襲撃者?」


「いやそんなんじゃないけど」


 ヘレーナがアルヴァの言葉に一瞬身構えた。


 五色の蝶の中で、一番五感に優れているのはアルヴァだ。常に興味というアンテナを立てたアルヴァは、感覚に無意識に魔力を通し、些細な変化を見逃さないようにしている。

 似ているが魔力の感知に優れているのはエンリケだ。

 その生まれつき特殊な魔力、「止める」魔術に秀でたエンリケは、逆を言えば魔力の流れに敏感だった。

 ヘレーナは魔力の構造理解に秀で、リューリエは構築に秀でている。

 シュレウスは未だ修行中だが、内包する魔力の量はカナメに匹敵する程である。


「何の話ですか?」


「たぶん気にする事でもないよ」


 不思議そうにミステラがアルヴァの横に座った。


 シュレウスは騒いでも無駄だとようやく気付き、エンリケのそばで同じジュアンの蜜を吸い始めた。






 テーブルに回ってきた給仕に注文を告げると、すぐに三人分の料理が運ばれてきた。


「お二人は、ご姉弟なんですよね?」


 パスタを食しながら切り出したアイの問いに、ミステラだけではなく受付で業務を行っていたエリザやシャルガノまで聞き耳を立てる。


(でかしたアイちゃん!それが知りたかったの!)


(登録板で同じ家名だったけど、もしかしたら夫婦の可能性もあったし!)


『六人娘』の面々は、皆一様にお年頃である。

 ミステラ。

 エリザ。

 アイ。

 ノーラ。

 シェスリー。

 シャルガノ。

 十七歳と十八歳に別れる彼女達は、この世界ではすでに結婚適齢期である。

 なまじ王都で優秀な冒険者を見てきた彼女達の理想は高い。

 その上、先輩であるリナはそこいらの男共より仕事ができ、しかも女性である彼女達が見惚れるほど美しい。

 それぞれが13.14歳の時に組合ギルドに勤め始めた時から、リナは先輩として指導をしてくれていた。その日から、女としての自信が日に日に崩れていくのだ。

 理想の高さと自信のなさで、彼女達は未だに彼氏すら作れていない。

 しかし見た目は充分に可憐であり綺麗である。

 言いよる冒険者は後を絶たないが、そういった軽い男は彼女達のお眼鏡には敵わなかった。


 そこに来てアルヴァである。ベテランで顔も広く信頼も厚いダインのお墨付き冒険者。

 その上、顔が並の男が十人束になっても敵わない美形。

 背が高いのに幼さの残る顔立ちに、少年の様な瞳と振る舞い。

 すべてが完璧だった。

 パーティーリーダーであるカナメは、顔が悪いわけではないがパッとしない。彼女達の眼中には写らなかった。

 魅力とは格も残酷である。


 今現在、二階でヒッケルト支部長の来客対応をしているノーラとシェスリーも、アルヴァには興味深々であった。


「ええ、私達は姉弟よ。アルヴァが弟」


「もう一人、上の姉のリューリエもいるよ」


(よし!勝った!あとはどう出し抜くか!)


(アシュー神様ありがとう!こんなトラブルだらけの支部に配属されて良かったって初めて思えた!)


 受付のシャルガノが軽くガッツポーズをとり、相対していた冒険者がビクついた。

 エリザは勢い余って、持っていた彫刻刀をへし折った。隣の職員が本気で怯えている。


「へー!ご兄弟で旅をされてたんですか?」


 ミステラがわざとらしく質問をした。

 内心は狂喜乱舞である。


「しかもみなさん腕が立つとか。凄いですね」


 アイもそれに続く。

 ちなみにアイはそれほど喜んでいない。

 彼女のそう言った感情は全てリナへと向いているのだ。

 その事実は『六人娘』の誰もが知らない事ではあるが。


「ありがとう」


 ヘレーナが短く返事を返し、邪魔な髪を掻き上げてパスタを巻いたフォークを口に運ぶ。

 その姿は上品で、とても絵になる。

 周囲のおっさん共が生唾を飲んだ。


「ミステラさんもアイさんも、リナさんの後輩なんですよね!」


「はいっ。王都の組合ギルド本部で大変お世話になりました」


「先輩は!凄い人なんです!」


 突如アイが前のめりで詰め寄ってきた。

 質問をしたアルヴァは勢いに押されて体を引いた。


「ど、どんな風に?」


 その返しが、不味かった。




「まずはその秘書としての腕!敏腕から駆け出しまでを大量に抱える王都の組合ギルド本部で、気性の荒い方が多い冒険者達に一歩も引かず冷静に対処する処理能力!そして近年の依頼クエストの仔細を全て把握するその記憶力と対応力!しつこい貴族の結婚の誘いを穏便にかつ一切の容赦なく断る決断力!さらには元凄腕の冒険者だけあって、そこらの偉そうな中堅冒険者より高い腕前!鞭なんていう使いづらい変わった武器を自由自在に操るお姿なんてまるで戦女神の様です!特筆すべきはその速さ!下手なナイフ使いが投げたナイフを追い抜くほど早いんですよ⁉︎私見たんで本当ですから!さらにはその溢れる知識と知性!食べれる野草から舞踏会のマナーまでを網羅した歩く辞典!応用力にも優れていて有事の際は誰よりも早く動く危機管理能力も必見です!そしてその性格!冷たく突き放すように見えて実は誰よりも優しくて、出来の悪い後輩を内心ハラハラしながら後ろで見てる姿なんてそれだけで私は!私は! 語る必要もないですがその美貌も念のためにお教えしましょう!まずは黄金を寄り細めたような流れる金の御髪おぐし! 手触りも良く匂いも最高!吸ってよし噛んで良し巻きつけて良し!俺によしお前によし!私に良し先輩に良し!先輩を語る上で外せないのかその御御足おみあしです!まるで野生の豹のようなしなやかさと力強さを併せ持ち、それなのに触ると折れてしまいそうな細く美しい脚線美!まるで高級芸術品!その価値は晶石貨ですら扱えない!その上には神々しくも麗しい腰が存在します!もう、ケーキのおかずにケーキみたいなものですよ!貴方の大好物の上に更に大好物です!倍ですよ!もう数百倍ですよ!知ってますか⁉︎本当に美しい腰っていうのは、つ ま め な い んです!もう一分の無駄がないんです!余分な物は勝手に消えていくんです!私ね、幸運な事に先輩とお着替えを一緒にした事があるんですが、その真っ白ですべすべのお腹!小さくて可愛らしいおへそ!もう目が潰れるかと思いましたよ!潰れても本望でしたよ!もうなんていうか後光がね、パァーって、ブワァーって!思わずおがたてまつったほどですよ!あと聞いてください!是非とも聞いてください!胸です!その胸!その慎ましい胸!自己主張も控えめな恥ずかしがり屋の胸!いつだって上を向いている頑張り屋の胸!夢と希望の詰まった小さな膨らみ!先輩ってば、もう、どこもかしこも細くて素晴らしいから、やっぱり胸も小さいんです!でもただ小さいわけじゃないんですよ!すっごい張りがいいんです!プルンプルンなんです!ポヨポヨなんです!そして形が素晴らしいんです!完全に完成された形なんです!黄金比率です!無限の回転です!たまたまお風呂をご一緒した時なんか、私もう目が離せなくて!離す気も無くて!その頭頂部にあるピンクの頂きなんて思わず咥えてしまいそうなほど美味しそうでした!あれは絶対誘ってました!緊張と興奮で動けなかったあの時の私を殺してやりたい!でもあの時の映像は今も瞼の裏に焼き付いて離れません!墓の中まで持っていきます!墓場ですら繰り返し見ます!そして最も語るべきはそのご尊顔!アシュー神もおそらくは三日三晩寝ずにお作りになられたであろう麗しいその完璧な配置!小さく瑞々しい唇から発せられるお声は、まるで穏やかな調べ!その高い鼻も美しい!わかります⁉︎鼻が美しいって聞いた事あります⁉︎鼻ですよ⁉︎そしてその冷ややかな瞳!いつだって細く隠されていますが当然です!完全に開かれた時には周りの人間があまりの美しさに心臓を止めてしまいますから!お優しい先輩がそれに配慮しないわけがありません!眉からまつ毛にかけての完璧な流れ!これがわからなければ先輩を語る資格がない!私が許しません!横で纏められた御髪おぐしから覗く可愛らしいお耳もそうです!想像してください!あんな美味しそうな耳が、目の前にあったら!どうします⁉︎ どうしてくれます⁉︎ 決まってますよね⁉︎ 思わず甘噛みしますよね‼︎ 舐めまわしますよね‼︎ 人なら当たり前の行為ですよね!わかってくれます⁉︎ この気持ち!わかっ」


「アイちゃん!お願いアイちゃん戻って来て!」


 目を見開き汗を流しながら、ゆっくりと迫ってくるアイの顔に、アルヴァは心の底から恐怖していた。


 怯えた目でヘレーナを見ると。彼女はエンリケとシュレウスを胸に抱いて椅子を引いている。その顔は畏怖だ。


 恐らく咄嗟に弟達を守ったのだろう。


 目の前ではアイが変わらず、リナへの熱い思いを語っていて、ミステラが泣きながら止めている。


(カナメぇ……助けて……)


 心の底から、カナメを呼ぶアルヴァだった。



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