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王の憂い

凡ミスを見つけたので修正しました!すみません!

なんだ十年って

 

「お身体はいかがですか父上」


「………お前に心配される日が来るとはな」


 その質素ながら格式の高い部屋には、部屋に似合わぬ豪華な椅子があった。

 部屋の内装はシンプルで、背の低いチェストやテーブルが置かれ、水差しや二つ並んだティーカップが湯気を出している。


「そう邪険にしないでくださいまし。心配をしているのですから」


「わかっておる。儂から見ればお前の方が体調が悪そうなのでな」


「それはもう。慣れておりますから」


 白いシルクのドレスに身を包んだ女性が、体格の大きな老人と向き合って話をしていた。

 女性の名をイリアリーナ。大国ロアの王族であり、第一王女である。


「そこまで母に似なくても良かったのだかな」


「この体で父上や民に迷惑をかけているのは、私としても心苦しいのですが」


「よい。お前の所為ではないさ。ゴホッ」


 咳き込む老人に、イリアリーナは慌ててティーカップを差し出した。


「……やはり無理をなさらず、今日はお休みになられたほうが」


「やらねばならぬ事が詰まっていてな。そうは言ってられん。祭に合わせて隣国の大使も来るそうだ。それまでに詰めねばならぬ事が多くてな」


 ティーカップを受け取り、老人はそこに注がれていた白湯を啄ばんだ。

 老人の名をアランカラン・オータス・ローアン。

 当代の国王であった。


「大臣連中ではまたくだらん見栄の張り合いを始めて会議を滞らせる。舵取りが一人いるだけで変わるのだ」


「イリアはそのお身体が心配でございます…」


 腰まである王族の証での青い髪を揺らして、その美しい顔を歪めるイリア。

 その瞳には涙が滲んでいた。


「気にするな。儂ももうすぐ八十になる。長く玉座に居座っているので、アシュー様からお呼びがかかったのかもしれんな。もうこっちへ来いと」


「父上、ご冗談でもそのような事は」


 イリアの顔が険しくなった。

 アラン王はその皺だらけの顔を引き伸ばすように動かすと、苦笑いをする。


「すまんな。冗談にでもしなければこの身体の重みを忘れられんのだ」


「もうっ」


 拗ねたイリアがティーカップを手に取り、上品に口をつけた。


「それで、ナーザの様子はどうだ。最近は執務室にも謁見の間にもとんと近寄らんくなりおって」


 アラン王が椅子の背もたれに身体を預ける。


「私の部屋にも、最近は訪れなくなりました。侍女達が安心するほどですわ」


「彼奴の女好きも極まったの。困ったものだ。そろそろ妃を決めねばならんというのに」


 その名はナーザスリア・アウル・ローアン。王国の第二王子である。


「狩猟祭か。もう五年も経つのだな」


「………前回のお祭りは、エラン兄様の葬儀で取りやめになりましたから」


「…民には申し訳ない事をした」


「いえ、兄様は民にも愛されておりました。きっとみな解ってくれていたのでしょう」


 五年に一度の狩猟祭は、一度の中止を挟んで今年は十年振りだった。

 中止の理由は王族の死。

 エランドラント第一王子がその若い命を散らしたのも、狩猟祭の前月の中頃である。


 それはウェルフェンが岩巨犬ロックグリムを縦に割った半年後。

 最初の悲劇は隣国アスバラントへの外交から帰ってくる使節団を襲った。

 魔獣の中でもその強さを欲しいままにする竜種、その中でも古来より生きるとされる十六匹の龍の二匹。

 幻龍グレアニアニールゲンと炎龍フレアゴアバウル。

 それは天災と呼ばれる襲撃である。

 数々の僕を引き連れて、運悪く使節団を見つけてしまった竜種たちは、『特に意味も無く』彼らを虐殺した。

 食らうわけでも無く、ただ戯れるように皆殺した。数にして千五百名。そこには貴族やその血縁者も含まれている。

 動く『物』が無くなった事を確認した竜達は、何事もなかったように北の空へ飛んでいく。

 そこで終われば、王子が死ぬ事はなかった。

 ニールゲンとバウルに群がる僕の一匹、大翼竜プテライアーが何をとち狂ったのか単身王都に向けて飛んできたのだ。


 報告を受けたアラン王は、第一騎士団団長であるエラン王子に王都の守護を命じた。

 当然ウェルフェンやヒューリックもそこに参加していた。ウェルフェンはまだ一介の騎士であり、ヒューリックは近衛兵団副団長として王子の護衛の任に就いていた。

 憲兵や陸軍、魔術士団を合わせて二万の兵が、ルプツ丘陵へと集まり、やがて大翼竜プテライアーとの戦闘になった。

 それは大規模な討伐戦だった。

 被害は四千を超え、通常の戦なら撤退しなければならなかった。

 魔術士の放つ属性魔術はことごとく跳ね返され、騎竜は上位の竜に萎縮して動かない。

 兵達の剣は空中の大翼竜プテライアーには届かなかった。

 やがて諦めの空気が戦場を支配しようかというその時、一つの結社ソサエティが、その構成員全員の命を燃やして水の大魔術を行使した。

 莫大な範囲に広がる莫大な量の神聖な水のカーテン。

 その低い檻に捕まった大翼竜プテライアーは、逃げ場を失い、弩や魔術の的になる。

 奇跡的な逆転劇に沸いた戦場は既に勝利を確信していた。

 しかしそれが悪かった。

 最後の命を燃やそうと足掻いた大翼竜プテライアーの風のブレスが、本隊へと放たれたのだ。

 危ないと思う暇もなかった。その時とっさに動けていたのは、ウェルフェンとヒューリックだけだったのだから。

 否、もう一人だけ行動に移れた人物がいた。

 エランドラント第一王子その人である。

 国宝である魔剣を抜き、ブレスへと立ち向かった。ヒューリック、ウェルフェンも続いた。

 一閃。

 三人がその剣を思わず振るったのだ。

 潜在魔力を操り、己の身体能力を底上げするウェルフェン。

 魔力障壁をぶつけることによって物理的攻撃を行えるヒューリック。

 そして、王族しかその効力を知らぬ魔剣を振るうエランドラント第一王子。

 戦場に衝撃の渦が走る。

 舞い上がる土煙、飛び散る草花。

 思わずその目を逸らした兵士達が見たものは、最前列で剣を振り下ろす三名と、変わらぬ戦場。

 大翼竜プテライアーのブレスがかき消されていたのだ。

 再び湧く戦場。断末魔の声を上げる大翼竜プテライアー

 皆が王子の偉業を褒め称えた。

 側近の家臣団が王子への賞賛の言葉と共に走り寄ってくる。

 そして、その言葉を無くした。

 剣を振り下ろした姿のまま、王子は事切れていたのだ。

 民や兵士達を守るため、命を燃やしてブレスへと立ち向かったのだ。

 勝者であるはずの兵士達から、笑顔が消えた。


 王都に戻る兵士達を向かい入れたアラン王が最初に出会ったのは、すべての魔力を使い果たして、白髪となったエラン王子の痛々しい姿だった。

 民は泣いた。

 王子はその人柄と能力で多くの民に愛されていた。

 イリアリーナも泣いた。同じ父と母を持つ実の兄であった。優しい兄であった。

 ナーザスリア第二王子も泣いた。腹違いだが、年を同じくした兄であった。憧れであった。

 アラン王は泣かなかった。民の前で弱音を吐く事を、弱みを見せる事を良しとしない王だった。

 来るべきはずだった狩猟祭の中止を宣言し、亡くなった者達の国葬を行い、日を変えてエラン王子の国葬を終えた後、自室で一人泣いた。


 あれから五年。当時まだ16歳だったイリアリーナはもう21である。いい加減伴侶を決めねばならない。それが国のために他国へ嫁ぐか、国の為に国の貴族を迎い入れるかはまだ決まっていない。なぜなら。


「ナーザは、王位継承権を儂が取り上げた意味を忘れたのか」


「いえそんなことは、ナーザス兄様は賢い方です。きっと兄様なりの考えがあるのだと信じています」


 エラン王子が亡くなった後の、ナーザス第二王子の振る舞いは王族の悪い見本の様なものだった。

 権力をかさに民に無茶をさせる。連日連夜、自分の与えられた屋敷で派手な夜会を開く。市井の女をとっかえひっかえし、侍らすなど。

 その問題行動はアラン王の頭を悩ませるには充分すぎるほどだ。


「彼奴が今のままだと、イリアリーナ。お前の旦那はヒューリックになるな」


「……私も王族、覚悟はとうの昔にできております。ドナヒュー伯爵、いえ今はまだ子爵でしたね。あの方なら家柄も人柄も、そしてその手腕も申し分ありません」


「……ロアは近隣諸国をまとめて相手立てても劣らぬ国となった。ナーザがその態度を改め、次期国王にふさわしい男になれば、お前の結婚も自由に選ばせるほどの余裕はあるのだが」


 アラン王は冷めた白湯を飲み干した。

 老いた王が未だ玉座に座る理由はただ一つ。

 後継者の問題である。


「冗談ではなく、儂ももう長くない。それまでにこの問題を片付けねば、国が内側から乱れるであろう。イリアリーナ。時間はもうないぞ」


「…………私はそれでも、ナーザス兄様を信じております」


「………ナーザがかつてのエランと共にあった頃の自分を取り戻してくれれば、儂も安心なんじゃがな」


 イリア王女がアラン王のティーカップに白湯を注ぐ。

 その温度は、すでに温くなっていた。






「王子殿下!本日もご健勝で何よりでございます!」


「ベスヘラン男爵、お前昨日も同じ事を言ってたぞ」


 着崩した派手な衣装を直すこともせず、エランドラント第二王子は高級なソファでだらしなく座っていた。


「それはそれは!私も王子殿下ぐらいの巧みな話術を磨かねばなりませんな!」


「わかったわかった。昨日は余も飲みすぎた。お前の声は頭に響くのだ。少し下がれ」


 綺麗に整ったその青い髪を梳いて、ナーザス王子はサイドテーブルの籠から赤い果実を取り、かじった。


「シャント。昨日の女達がまだ余の寝室で眠っている筈だ。金を握らせて追いだせ」


「かしこまりました」


 従者のシャントが頭を下げて部屋を出る。


「それで男爵。今日はどんな趣向を用意してるんだ?」


 食べかけの果実を籠に戻し、王子は男爵を顎て促した。


「そうですな!まずは治癒術士を呼んでますので、王子の酔い覚ましが先かと!おい!」


「し、失礼します」


 ベスヘラン男爵は側に控えていた女魔術士を呼び、偉そうに指示を出した。


「ふむ、中々美しい女だな。第七騎士団の囲っている術士か?」


「いえ!市井の民にございます!王都でも腕利きだというので本日・・の治療にと!」


 女魔術士の足元から舐め上げる様に視線を移動し、笑みを零す王子。


「さすがは男爵、わかってるじゃないか」


「ひっ!」


 エラン王子は女魔術士の腕を掴み、引き寄せた。


「治癒は余の部屋でやる。じっくりとな」


「は、はい。承知しております」


 その魔術士は、ベスヘラン男爵に金を積まれて王子の屋敷まで来ていた。

 毎度の事だが、王子は男爵に治癒術士を要求している

 。しかも毎回違う女を寄越せと、『決して口には出さず』にだ。


「シャントが女共を追い出せば、あそこはしばらくお前の部屋だ。楽しい治療にしようじゃないか」


 ニヤニヤと楽しそうに女魔術士を弄ぶ王子を見て、ベスヘラン男爵は内心ほくそ笑んだ。


(酒と女さえあてがっていればご機嫌が取れるとは簡単な男だ!私の出世の道を開いてくれるのであるならいくらでも差し出してやるさ!)


 第七騎士団団長であるベスヘラン男爵には、王族への忠誠心など微塵もない。

 先代の父は真面目で勤勉な家臣であり、実力もある騎士団長だった。

 その背中を見て育ったアンカー・オンガー・ベスヘランはこう思った。


(戦のない国で真面目に騎士団なぞやっても、家名なんて上がらないではないか!)


 親の背に何も学べなかった愚かな子は、いずれ政治の世界に飛び込む己を夢想した。

 外交や国内の治安維持に成果をだし、ロアにベスヘランありとなるまでを毎晩夢見たのだ。

 そのあまりにも小物すぎる野望は、皮肉にも第一王子の死によって道が開く事となる。

 次期国王と期待されていたエラン王子には、隙がなさ過ぎた。

 騎士団長のベスヘランには内政へのパイプがない。なんとか糸口をと足掻いてみたが、政治の要職に就く貴族家は自らの家の権威を守る為に必死で、取り付く島がなく、もしあっても他の腰巾着共が親の代から順番待ちをしていたのだ。

 そこに来てエラン王子が亡くなり、次の継承権を持つナーザス第二王子が注目を浴びた。


 ベスヘラン男爵は虫の様に素早くナーザス王子に飛びついた。

 元々、エラン王子と何かと比較され、そして劣っていると評価を下されたナーザス王子だ。

 付け入る隙は驚く程見つかった。

 まずは女にだらしなかった。綺麗な女を見ると、家柄など関係なく寝室に呼ぶ男だった。

 そして酒に滅法弱かった。珍しい酒を持っていけば、一日中酒盛りをしていた。

 王子直轄の第三騎士団を、間接的に預けられたのも大きかった。なにせそこは親離れできない貴族の集まりだったからだ。皆が一様に親の七光りで騎士になり、着る物から食べる物まで準備されていないと生きていけない人間達だらけだった。

 すなわち、他家へのコネを容易く作れる場所である。

 王子と同じ様に女や酒、食事をあてがえば、あとはベスヘラン男爵の想像通りに動いてくれた。

 現在の男爵は無敵状態である。

 部下のウェルフェンの存在が邪魔だが、いずれは内政の場に出るのだ。騎士団なんぞ好きにすればいい。と本気で思っていた。


「ナーザス様。ガスタール様がお見えになっております」


 部屋のドアを開けてシャントが入ってきた。


「……シャント、女を部屋で待たせておけ。ベスヘラン男爵。少し用ができた。また明日来い」


 突然、王子の態度が変わった。ベスヘラン男爵が今まで見た事のない顔だった。


「い、いえ殿下。良ければ待たせて頂きとう」


「帰れと言っている」


 その眼光は鋭く、ベスヘラン男爵は何も言えない。


「そ、そうですな!殿下もお忙しい様で!では私はこの辺で」


 そそくさと部屋を出るベスヘランの内心は、怒りであった。


(色狂いの酒狂いが!今まで私がどれだけ援助してきたと思っているのだ!その私に向かって)


 今までが順調に進んでた反動か、ベスヘラン男爵はいつの間にか王子を下に見る様になっていたのだ。


 足音を立てながら屋敷の階段をおりるベスヘラン男爵に、邪な考えが浮かんだ。


 この屋敷は、王子が国王から頂戴した別荘だ。

 使用人は従者のシャントしかいないのをベスヘラン男爵は知っている。

 そしてほとんど側近と化した男爵を追い立てるほどの来客など、やましい類の客に違いない。

 自分の身に置き換えてベスヘラン男爵はそう結論立てた。なぜなら男爵もまたそういう取引相手を持っているからだ。


(……確認、せねばならんだろう)


 思い立った男爵は、階段を降りた先にある部屋に潜り込んだ。そこは使い終わったリネンのシーツが置かれている部屋だ。

 香水の匂いと女の匂いで蒸せ返るが、茹だった思考のベスヘラン男爵には関係がなかった。


(禁制の品などを取引していたら、儲け物なのだが)


 部屋の扉を少し開け、玄関を伺う。

 その姿を見て貴族の当主だと思う者はいないだろう。


 しばらくして、階段の上からシャントを連れた王子が降りてきた。

 その顔は険しく、どこか焦りが見える。


 シャントが先に立ち、扉を開けた。


『中に入れ。ここでは目につく』


 間髪入れずに王子が客を招き入れる。


(やはり後ろ暗い客の様だな)


 扉に邪魔され姿は見えぬが、どうやら王子と客は隣の応接室に入ったようだ。


 ベスヘランも耳を反対の壁につけた。


『それで、どうなっている』


『はい、まずはあの頭の悪い結社ソサエティ共が勝手な行動に出たようでして』


『勝手、とは?』


『ピースイウムで、目当ての娘を確保しようと動いたらしく、挙句の果てに失敗したようです』


『………娘は生きているのだな』


『はい、どうやら雇った冒険者とは違う護衛をつけたようです』


『そもそもなぜピースイウムまで冒険者共が生きているのか、聞いていいか』


『それも、その護衛達の手助けがあったようでございます』


『………まあいい。生きているならそれでな。動いた者もいるのだな?』


『はい、数名の劇団員と神殿の者が』


『そうか、それで今日は何をしにきた。まさか報告だけとは言わんよな』


『かねてより希望されていた品が届きました』


『………遅いな。既に代わりを手に入れている』


『そう申されましても、なにせ品が特殊な物ばかりで』


『わかった。それも頂こう。あればある程やりやすくなるからな』


『毎度どうも』


『引き続き報告を頼むぞ。娘には一切の傷をつけるな。無傷で連れてこい』


 どうやら、取引相手は商人で間違いないようだ。

 しかし何の品かベスヘラン男爵にはわからない。


(娘?奴隷売買か?王族個人が奴隷を持つのは当代の王が禁止しているはずだ)


 しかし買ったとしても大きな罪ではない。没収されるだけである。


(しかし名に傷は残るか。これはもう少し聞いてみない事には)


「男爵様。失礼します」


「ぎゃあ!」


 突然部屋の扉が開き、ベスヘラン男爵の背中が切られた。


「シャント!何の騒ぎだ!」


 気づいた王子が駆け込んでくる。


「ナーザス様。男爵様でございます。聞き耳を立てていたようで」


「………もう少し早く気付け。おいベスヘラン男爵」


「ひっ!きっ!貴族である私を斬るなど!従者の分際で!」


 腰に差していた剣を構えて、ベスヘラン男爵がヨロヨロと立ち上がる。


「わが主人の屋敷でそのような無礼。見逃す訳にはいきません」


 その能面の様な表情から怒りを放ちながら、従者の男、シャントが剣を構えた。


「でっ殿下!違うのです!帰る扉を間違えてしまって!来客と鉢合わせる訳にもいかずにこの部屋で待機していただけなのです!」


 その小狡い思考で、通ってるのかいないのか微妙な言い訳をする男爵に、ナーザス王子はため息を漏らす。


「………すまんな男爵。もうすこし甘い夢を見させてやりたいが、どうやらお前はここまでの様だ」


 そう言って部屋から姿を消した。


「殿下? 殿下⁉︎ どういう意味ですか‼︎殿下!」


「つまり、あなたはここで死ななければならないと言うわけです」


 扉への道を塞ぐ様に、シャントがベスヘラン男爵の前に立ちはだかる。


「っ!従者ごときが偉そうにっ!私はっ」


 シャントの剣が光りを放った。

 ベスヘラン男爵から見れば、剣が動いた様子はない。


「さようなら」


 そう言ってシャントは剣を腰の鞘に戻した。


 もう男爵は喋らない。なぜならその首は転げ落ち、見開いたまま床を見つめるだけだったからだ。

 瞬きだけが四度ほど行われる。未だ自分に起きた事を認識していないのだろう。

 首を失った体が、首に向かって倒れ込む。

 その体に押しつぶされた時、ようやく男爵の意識が途切れた。






「ナーザス様。死体は如何致しましょう」


「なに、どうせすぐ王都はそれどころでは無くなる。王都郊外の森にでも放り投げておけ」


 ソファに戻ったナーザス王子の目の前で、一人の男が額の止まらない汗を拭いていた。


「あ、あの王子。私はこの辺で」


「ご苦労だった。品は明日までにいつもの場所に運びいれろ。遅れたり数が足らん時は覚悟しろ」


「承知しております」


 深々と頭を下げて玄関へと向かう男を、シャントの感情を感じない顔が追う。


「わかってると思うが」


 王子の言葉に、男の足が止まった。


「下手を打てばお前もこうなる」


 目を閉じ、茶の入ったティーカップをすすりながら王子は言った。


 無言で何度も頷き、男は屋敷を出るのであった。

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