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我ら『五色の蝶』

 

 リナに連れられて、カナメ達はピースイウムの組合ギルド支部に来た。

 それはピースイウムの中央通りに面した大きな施設で、多くの冒険者で賑わっていた。

 そこには商会への挨拶の後に本部へと到着報告を入れる為、ミラ達を連れたシノアやリューリエ、アルヴァの姿もあった。


「カナメ!何かあったの?表が大分騒がしい様だけど」


 カナメの姿に先に気づいたリューリエが慌てて走り寄って来る。


「ああ、まぁ、まだ意味わかんないけど」


「この街の兵に先ほどの輩達の死体を引き渡しました。検分もあちらで行ってくれるそうです」


「わっ!誰⁉︎」


「失礼します」


 その静かな表情のまま、リナがリューリエのそばに立つ。リューリエにしてみれば、突然現れた見知らぬ女性だ。驚くのも無理は無い。


「死体?なんの事?」


「後ほど詳しく。私はリナ・ハイルティエスター・アーディナー。王都の組合ギルドより、アドモント劇団の護衛の増援を仰せつかった者です」

 

 リューリエに深々と頭をさげるリナ。そのサイドテールが大げさに揺れる。


「増援?なんの為にだ?そりゃ危ない事もあったが増援を送る様な依頼じゃねぇだろ」


 カナメの後ろに立つダインが不思議そうにリナに詰め寄る。

 組合ギルド依頼クエストに増援を送るのは大規模な討伐依頼、しかも複数の冒険者のパーティーがあたる様な困難な依頼クエストでしか前例がない。

 たかだか護衛依頼に増援を送るなど、任じられたパーティーにとっては自分達の力を見くびられたと思わせてしまう、組合ギルドの中でも最悪の部類に入る侮辱である。


「その事につきましても、奥でゆっくりとご説明致します」


 そう言ってリナは、広い酒場に似た組合ギルドの受付へと進んでいった。


「ヒッケルト支部長と面会したいのですが」


「は、はい先輩⁉︎ しょしょしょ少々お待ちください!」


 リナに話かけられた女性職員が、驚きながら立ち上がった。


「ミステラ。貴女普段からそんな口調で仕事をしてるのですか?本部にいる時はもっとしっかりしてたと思いますが」


「すみません先輩!すぐに確認して参ります!」


 受付にいたソバカスの似合う小柄な女性職員、ミステラがひどく動揺している。そのまま慌てて奥の関係者用の扉へと走っていった。


 その姿を見ていた一部の者に異変が起きる。


(嘘⁉︎ 先輩が支部にくるなんて!)


(ど、どうしよう!私の今日の服、派手じゃないよね⁉︎)


(誰か机の上片付けるの手伝って!)


(ああ久しぶりのリナせんぱーい!)


(やばいやばいやばいやばいやばい!)


 受付奥にいる五名の女性職員が慌ただしく動いている。なにやらギリギリの声音で話し合っているようだ。


「……どうやら、見知った顔の職員が慌ててますね」


 リナの人睨みで、女性職員達が固まった。


「本部から支部への異動にかこつけて、職務を怠惰にこなしてる……訳ではないですよね?」


「勿論です先輩!」


「あらやだ今日も忙しい!」


「番号札72番のかたー!」


「サガッテさーん!受注板どんどん持ってきてくださーい!」


「お仕事大好きー!」


 ピースイウム組合ギルド支部において本年度から配属された六人の女性職員、冒険者に人気の通称「六人娘」はみな、本部にてリナの指導を受けた後輩達であった。


(すみませんちょっと調子に乗ってましたー!)


(久しぶりにあったけどやっぱり先輩は美しいー!)


(ああ忘れていた私の被虐精神が満たされていくぅ!)


(ねえ!私の服派手じゃないよね⁉︎)


(お願いミステラ!あとでケーキ奢るから先輩の気を惹いといてー!)


 その姿を一人づつ見ながら、リナは浅く頷いた。


「……しばらくはここに滞在しますから、後ほど仕事振りをじっくり見させて貰いましょう」


 その言葉で、女性職員達は深く大袈裟に肩を落とすのだった。


「お待たせしました先輩!ヒッケルト支部長が奥にとの事です!」


 汗だくなミステラが扉を開けて雪崩れ込んできた。


「ミステラ、親しき仲とはいえ私は事前通告無しの訪問客です。そう言った場合は要件と同行者を伺ってから、支部長へと許可を取るのが正しい仕事です。前に教えたはずですが」


「ぴっ!すっ!すみません先輩!」


 ソバカスの似合うミステラの顔が一瞬でこわばる。その背が素早くまっすぐになり、顔もリナではなく遠くを見ているようだ。


「それに、お客様の前でその様に取り乱すのはよろしくないですね。貴女はこの支部で最初に目に付く受付係なのですから、常に見られている事を意識して冷静かつ公平な接客を心掛けなさい」


「はいっ!ご指導ありがとうございます!」


「よろしいです。では早速案内をお願いします」


「了解しました!」


 まるで軍人の様な直立不動で敬礼をする。


「ではダインさん。皆さんと奥で話し合いましょう」


 リナが振り返り、ダインを奥へと促した。


「なんか凄いわね」


 リューリエがポツリと呟いた。

 リナと女性職員の一連の流れを唖然と見ていた一同が、リューリエの呟きでようやく動き出した。


「さすがだけどよリナ。あの娘達も先輩であるお前さんが急に来たもんだから泡食っちまっただけだとおもうぜ? 多少は見逃してやれよ」


 ダインが苦笑いを浮かべながら歩を進めた。


「わかってます。仕事机の上を見ればちゃんと仕事してる事はわかりますから。ちょっと可愛い後輩達をからかっただけですよ」


 だが表情は一切乱れない。その視線も関係者扉を捉えたままだ。とても冗談を言っていたような顔ではない。


「一座の方や旅人の方達もどうぞお入り下さい」


 ミラに促されてカナメ達は受付のカウンターの側を通り抜ける。

 アルヴァは興味深く周りを観察していた。


「カナメ、あの黒板はなんだろうね?」


「あれ?お前も文字勉強したろ?」


「習ったけどさ、『白、三つ、8』とか『赤、トーバ、15』とか書いてあるんだもの。あれが何なのかサッパリだよ」


 カナメも黒板を見る。そこにはびっしりと文字が書かれていて、所々に羊皮紙が貼られていた。


「あれは依頼クエストの受注板よ」


 シノアがカナメの横から説明を始める。


「冒険者全てが文字を読める訳ではないから、ああやって簡単に書くだけでわかりやすくしてるの。白は採取依頼、赤は討伐依頼、青は護衛依頼、緑が特殊な依頼、黒が強制依頼よ。その次が採取数とか討伐数とか目的地。最後におおよその期間ね」


「ああ、色の文字と数字だけ覚えれば大抵わかる様にしてるのか」


 カナメが感心して黒板を見る。


「そう。詳しい事は職員が説明するし、素晴らしい仕組みだと思うわ」


 よく見ると書かれた内容の最後に小さく担当名が書いてある。

 細かく担当を振り分ける事により、冒険者のダブルブッキングを防いでいるようだ。


 扉に入り、階段を登る。

 二階には幾つかの部屋があり、案内されたのは一番奥の部屋だった。


 ミステラがノックをする。


「入れ」


 返って来た声は男性の声だ。


「失礼します!アドモント劇団東巡業の一座の方々と、その護衛任務を受注した「古き鉤爪」と旅人の方々!そしてリナ先輩をお連れしました!」


「失礼します」


 ミステラの言葉の後に、先にリナが部屋へと入る。


「ご無沙汰しておりますヒッケルト支部長。少しご報告したい事がございまして」


 そう言ってリナが頭をさげる。相手は部屋の奥の執務机に座っているようだが、カナメ達の角度からは見えなかった。少しだけ鋭い光が目に写る。


「失礼します」


 皆が続けて部屋に入る。

 執務机に座っていたのは、ハゲ頭が眩しい小柄な男性だった。


「おお、リナ!ついに私の愛を受け止めてくれる気になったんだね⁉︎」


「ご勘弁を」


「えっ⁉︎」


 リナの姿を見るや否や、椅子から立ち上がり勢いよくリナの手を取ろうとするヒッケルト支部長は、あっさりとかわされ辛辣な言葉を受けた。


「相変わらずだなヒッケルト。お前さん現場離れて太ったんじゃねぇか?」


「うるさいぞダイン!私とリナの城に何しに来たんだ!」


「私の名前を呼ぶのを辞めていただけませんか?」


「えっ⁉︎」


 一切表情を変えずにヒッケルトを拒否するリナ。

 その姿にシュールを感じたカナメは思わず吹き出しそうになった。


 ヒッケルト支部長は元冒険者である。


 彼に限らず、組合ギルドの要職に就くものは現場経験者が強く斡旋される事が多い。

 海千山千の猛者が多い冒険者達の不平不満を抑えるためには、そこらの貧弱な貴族では差し支えが出る為だった。

 年齢は四十の後半。冒険者稼業を存分に楽しんだ彼が組合長ギルドマスターの斡旋を受けて、退陣したピースイウム支部長の後を任されたのは三年前。

 ダインは決して口にしないが、現場を離れた彼の最大の変化は体重ではなく頭髪だった。

 かつては茶色い髪がフサフサと生えた頭皮も、国内でも有数のトラブルを誇るピースイウム支部に配属された事によるストレスには勝てなかったようだ。


「……さて、リナ。今日は何用で来たのか伺っても良いかね」


「そうですね。では皆さん、どうぞおかけ下さい」


 配慮の足りない新人支部長に代わり、ミラ達を厚手の獣の皮でできたソファに促す。

 そんな気の使えるところも、彼女が本部で組合ギルド長付けの秘書にまでなれた手腕である。


「すまないなリナ。やはり私の嫁に…」


「至らない支部長で申し訳ありません。この事は本部でも議題に上げさせて頂きますので」


「えっ⁉︎」


「………早くしてくれよ」


 黙っていたら延々と繰り返しそうな茶番に、ダインが苦言を呈した。


「すみません。では支部長。まずは私ですが、王城からの依頼により、アドモント劇団東巡業の護衛任務の増援を仰せつかりました」


「なぜ一線を退いた君が来たのかね」


 急に真面目な顔になったヒッケルト支部長に、一同驚いた。


【カナメ、あの人ダメな人なのか凄い人なのかわからなくなってきたよ】


【あんぐらいユーモアがある人が、人望を集められる人……って事じゃないかなぁ】


 困惑した顔でカナメに伺うアルヴァに、適当に返事をする。


「まずは、すでに護衛依頼を遂行しているダインさん達への配慮です。私なら他のパーティーの方のような軋轢はありませんから」


「別に俺はそんな事は気にしねぇって」


「いえ、他の任務クエストを受注しているパーティーへの配慮の方が大きいです。後からきたパーティーが同じ分だけ依頼料をもらうなど、争いの種になりますから」


「まぁそりゃわかるがな」


 ソファで足を組み直し、ミステラの持ってきた茶を飲むダイン。

 カナメもミステラに礼をして、一口飲んだ。

 色々あって忘れていた喉の渇きが潤されていく。


「あとは、なぜ王城から増援依頼が来たのかですが、これがまだわかっておりません。組合長ギルドマスターもそこを怪しんでおりまして、祭りの為に他のパーティーも出払って王都には若手のパーティーしかいませんから、自由に動ける私が来ました。それと支部長、先ほどの教会通りの騒ぎは報告が来てますか?」


「つい先だって来たぞ。領主様にも使いを出しておる」


「この街に到着したばかりの私がたまたま居合わせたもので、つい余計な事をしてしまいました。賊の自決なる結果に終わり、申し訳なく思っています」


「騒ぎって何?」


 ミラ達の商会への挨拶についていて現場にいなかったリューリエが、口を挟んだ。

 まだカナメ達からも説明を貰ってないからだ。


「はい。そこにいらっしゃるトジョウさん方が、二十名あまりの男共に因縁をつけられた騒ぎです」


 驚いてリューリエはカナメを見る。


「あ、誰も怪我してないぞ。俺達は」


 リューリエの視線はエンリケやシュレウス、ヘレーナへと移り、しばらくして安堵の息を漏らした。


「ただのチンピラだと私も傍観してたのですが、ネーネ嬢の姿が見えましたので思わず野次馬の前に出てみたのです。トジョウさんが凄くお強くて安心したのですが、どうも、唯のチンピラの集まりとは思えないほど男達は集団戦闘に慣れていました」


「…………盗賊か?」


 ダインの顔が険しさを増す。


「いえ、たまたま私の耳に報告がどうのと入ってきましたので、組織で動いた犯行と思われます。いざ問い詰めようと私が口を挟むと、動ける男達が倒れた仲間を刺し殺して逃走しました」


「口封じっすね」


 サンニアはソファに座るダインの後ろに立っていた。


「………穏やかではないな」


 ヒッケルトが苦々しい声で唸りをあげた。


「加えて申し上げますと、報告にないのはトジョウさんの事を言っていたと思います。ヘレーナさんもトジョウさんと同じ旅人だそうで、つまり狙われていたのは」


「ウチのネーネって訳ですか⁉︎」


 クマースが驚きの声を上げた。

 思わずソファから立ち上がり、ミラが慌ててクマースを制する。


「もしかしたら、一座の皆様の可能性もあります。ダインさん、道中何か不穏な事はありませんでしたか?」


「…………実は、まだ一座やカナメ達には伝えてねぇんだかな」


 ダインは衝撃狼インパクトウルフの群れの襲撃の不自然さを、ヒッケルト支部長とリナに語り出した。

 唯の群れとは思えない事、もし陰謀じみた計画なら、動機や目的が見えない事など、できるだけ詳しくだ。


【カナメ、レセの葉の事教えてあげたほうがいいよね】


 不安そうなアルヴァがカナメを見る。


【ああ、こうなったら黙ってる必要もないな。リューリエ、いいよな】


【カナメに任せるわ】


 リューリエも神妙な面持ちで頷いた。


「そうですか。アノスさんのお姿が無い事は気づいてましたが、お亡くなりになられてたとは」


 初めてリナの表情が動いた。その眉を落とし、顔を下げる。


「あ、あの、ちょっといいですか?」


「はい、なんでしょうトジョウさん」


 そろそろと挙手し、カナメがリナに伺った。

 その顔をあげたリナの表情はさっきまでの無表情だ。


「あ、カナメでいいです。ウチのアルヴァがずっと確証がなくて言えなかった事なんですが、大森林の奥に狼の食欲を異常に昂ぶらせる毒の葉があるんです。その葉の匂いがあの時微かにしてたらしくて、あと狼達のボス……っていうか頭らしい狼が四匹以上いたのも変だなって」


「なるほど、トジョウさん。いえカナメさん達がたまたま現場に来なければその発言もなかった事になりますね」


 リナが深く考え込む。


「俺な、王都の怪しい魔道具店でその葉が焚ける香を見た事がある。べらぼうに高い上に何に使うかわからないってんで記憶に残ってたんだよ」


 ダインもまた考え込むように顎に手を置いた。


「レセの葉って、雨季の森でしか見つからないし、すっごい少ないんだ。乾期でしかもあんな森から離れたところで匂うのはおかしいよ」


 アルヴァの補足説明に、一同が黙ってしまう。

 その沈黙を破ったのは、ヒッケルト支部長だった。


「一座が何者かに狙われているのはほぼ間違いがない。リナはそのまま警護の任に付いてくれ。ダイン、他に増員はいるか?」


「いや、カナメ達がいるならこの面子で充分だ。ただカナメ達は組合ギルドを通さねぇで一座が直接依頼してる。そこらへんの便宜を図ってもらいてぇんだがよ」


「わかった。仮の証明証を発行しよう。ミステラ、手の空いてる者を二、三人呼んできてくれ。なるべくお前と同期の者がいい。あまり広められる様な話ではないからな」


「はいっ!」


 入り口前で待機していたミステラが勢い良く返事をし、扉を開けて部屋を出て行った。


「カナメとか言ったな。お前が旅人達を取り仕切っているという事でいいか」


 ヒッケルトの目付きが険しい。

 リューリエやヘレーナを見ると静かに頷いていた。


「はい。一応ですが」


「ならお前達を仮のピースイウム支部の冒険者として扱う。証明証があれば辺境伯領を抜ける際の関所も抜けやすくなるからな。そのまま一座を王都まで護衛してほしい。今までの依頼は支部を通した正式な依頼として扱うから、王都の本部でも何かと融通が効く」


「悪りぃなカナメ。そっちの方が、ネーネ嬢ちゃん達を護るのに都合がいいのさ。王都の一部は王都の民か冒険者しか入れねぇ場所とかもあるからな」


「す、すみませんカナメさん。私の我儘みたいな依頼だったのに、危ない事に巻き込んだみたいで」


 ダインの言葉を聞いて、ネーネがその顔を曇らせた。


「頼むよカナメ。他の冒険者達より、お前達の方が信頼できるし強いのも知ってる。俺やイノだけならまだしも、ネーネやミラの身が危ないってんなら、俺は気が気じゃ無くなる」


「兄さんの言う通りだ。今の話を聞く限りだと、狙ってる奴らは本気みたいだ。こんなん信じらんねえけどよ。頼むよカナメ」


 クマースとイノがその顔を心配そうに歪めてカナメに懇願する。

 ミラの顔色も優れない。


【俺は、受けたいんだけどさ。みんなはどうだ?】


 流石にカナメの独断では決められないと、五色蝶達に意見を求めた。

 だけどカナメには帰ってくる言葉はもうわかっている。


【そんなの考えるまでもないわ!】


【そうだね!僕は一座のみんなを護りたい!】


【私はそんなわかりきった事でもちゃんと聞いてくれるカナメが大好きよ】


【ぼ、僕の防御魔術、前より凄いんだよ?】


【僕は本気で怒ってるんだ!本気だぞー!】


 カナメが心の底から愛する五色の蝶たちだ。

 そんな事聞くまでもない。ただ、確認だけしたかったのだ。


 口の端がニヤけるカナメ。今周りに誰もいなかったら、エンリケとシュレウスを思う存分褒め称えて撫で回し、アルヴァの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、リューリエとヘレーナを気がすむまで抱きしめる所だ。


「俺達、その依頼受けます」


 ヒッケルトやリナを見つめるカナメの目には、五色蝶達への熱い思いに満ち満ちている。









「はい、これが登録板になります。パーティーリーダーはカナメさんですよね?スラガ語書けますか?」


 支部長の執務室のソファでミステラが薄い石板を差し出してきた。


「これに書くんですか?」


「はい、記憶と共有の術式が織り込まれてるので、他の支部の同じ規格の石板に登録者の血を垂らすとその情報が浮かび上がる様になるんです」


 この世界に紙はまだ多くないが、羊皮紙なら多く出回っている。しかしその羊皮紙もかなりの高価な品であり、こういった石板や木の板に文字を刻んで記録に残す事が主流だった。


「文字なら下手ですけど書けます」


「私達職員は皆書けますので、よかったら代筆いたしますよ。あっ、代筆に代金は頂いてません。無一文から冒険者になる方はかなりいますから」


 伝言板の代筆サービスは、庶民の間ではポピュラーだ。それを届けて読み上げるまでが商売として成立している。

 貴族などは文字が書ける者も多いし、書けなくても専門の代筆者を雇う事が多い。


「んー。自分で書きます。間違えていたら教えてくれますか?」


「かしこまりました。そちらからこちらまでにパーティーメンバーを記入してください」


 石板の上の方から、順に名前を彫っていく。

 カナメ、リューリエ、ヘレーナ、アルヴァと書いていて、そこで少し悩んだ。

 意を決してミステラに聞いてみる。


「俺達、蝶を家族みたいに扱ってるんです。ダメでなかったら書いときたいんですけど」


 その言葉にミステラが一瞬止まり、カナメの頭上をひらひらと飛ぶエンリケとシュレウスを見た。


「えーと、少々お待ちください。エルザー」


 エルザと呼ばれる女性職員は、最初に受付でリナに睨まれていた赤毛のショートカットの娘だった。

 呼ばれたエルザはダイン達の報告を木の板にまとめていた。


「呼んだ?」


「蝶々も使役獣になるの?」


「何言ってんのアンタ」


 使役獣とは、調教され人に懐いた獣の事だ。

 冒険者の中には虎や狼や馬、果ては翼竜などを相棒にする者もいる。

 自分の相棒は立派な冒険者だと騒いだ者が一定数居た為、登録板の使役獣の記名が許されたのは結構昔からだ。


「前例はないけど、特に問題なければいいんじゃないの?」


 ミステラとエルザの話に割って入ってきたのは、やはり先ほどリナに睨まれていた女性職員だった。茶髪を腰まで垂らした色白の女性だった。


「アイが言うなら、大丈夫かな」


 アイと呼ばれた職員は、一座のカナメ達の依頼を支部を通して処理している最中だ。

 納得したミステラがカナメに向き直す。


「というわけで、大丈夫だと思います」


 言質は取ったのでカナメは石板にエンリケとシュレウスの名を彫った。


「これでいいですか?」


「えっと、カナメ・トジョウ…リューリエ・アウ…ヘレーナ・アウ…アルヴァ・アウ…エンリケ・アウ…シュレウス・アウ…読み方合ってます?問題なければあとはパーティー名ですね」


「パーティー名ですか?」


「はい、指名依頼などは大体がパーティー単位での依頼となりますから。個人的な依頼でも、どこどこの誰々みたいな呼び方になります。同名の方、結構いらっしゃいますから」


「なるほど、何か決まりとかあるんですか?」


「パーティー名のですか?あまりないですが、個人名を使うと何かと差し支えが出るので禁止しています」


 たとえば、ヤマダというパーティー名を名乗ると、同名の山田さんに余計な勘違いを生むような物だった。

 あとは国王の名前だ。当代の国王はアランカラン・オータス・ローアン。その名を用いるのは流石に不敬罪に値する。


「んー。どうしよっか」


「なんだカナメ。パーティー名で悩んでんのか。懐かしいな俺も悩んだよ」


 エルザの聞き取りを終えたダインがソファに戻ってきた。


「ダインさんは『古き鉤爪』ってどうやって決めたんですか」


 石板から顔を外してダインを見た。


「あぁ、俺が独り立ちする前に世話になった人の得物だったんだよ。その少し前に死んじまってな。あの使い込まれた鉤爪に幾度も助けて貰ったからな。まあゲン担ぎみたいなもんさ」


 なるほど、とカナメはリューリエの顔を見た。

 リューリエやアルヴァは興味深そうにカナメの持つ石板を覗きこんでいる。

 反対を見るとヘレーナがミステラの入れてくれたお茶をゆっくりと飲んでいた。

 頭の上では飽きたシュレウスが眠り始めたようで、エンリケが寄り添って止まっている。


「決めた」


 こういった事を、カナメが一人で決める事は滅多にない。いつだって姉弟に意見を求めるし、意見が聞きたい。

 それでも直感を得たカナメは石板にガリガリとパーティー名を刻んでいく。


「ミステラさん。できました」


「はいご拝見させていただきます」


 手早くチェックをする敏腕受付嬢ミステラ。やがて全ての確認を終えて顔を上げた。


「では、こちらで登録させて頂きますね。登録した内容はパーティーが解散しない限り変更できませんがよろしいですか?」


「はい、大丈夫です」


 そこに記載した名前は、この世界で目覚めたカナメにとっての誇りであり、自慢であり、愛すべき者であり、全てだった。


「ではパーティー、『五色の蝶』を登録いたします」




 そうして、カナメ達の冒険者生活が始まる。

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