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重なる出会い

重要キャラを続けて出す方法に悩んでました。

なんとか違和感ない様にしたと思う。

 

「カナメさん!あれ見てください!白鷺ですよ!」


「あらほんと? どこかしら」


「カナメ!今晩のお肉よっ!」


「ちょっ!お二人とも近いです!」


 御者台で馬を操っていたカナメに、ネーネがその肩を掴んで白鷺を教えてくれた。

 素早くヘレーナとリューリエが間に入り、カナメを引き剥がす。


「ほらネーネ。白鷺がリューリエの風属性の魔術で無残にも落ちて行くわ」


「ネーネ!一緒に確保しに行きましょう!」


「えっ⁉︎まっ、待って‼︎ カナメさん! カナメさーん!」


 リューリエがその腕を掴み、白鷺の落ちた場所にネーネと共に消えて行った。


「……本当にどーしたんだよお前ら」


 そのテンポのいい漫才じみたやり取りに、カナメは付いていけない。


「別に、どうもしないってずっと言ってるじゃない」


 トーバ村で行われた夜祭の翌日から、ネーネに対する態度を明らかに変えたヘレーナとリューリエを、カナメは訝しんでいる。


 ジュッツのいない一座の王都への同行を断る理由もなく、カナメ達は一座の直接の護衛依頼を受けた。


 早くも旅程は半分を過ぎ、様々な村を渡り歩いては踊りを披露する一行は、辺境伯領の直営地であるピースイウムを目の前としていた。

 その時間にしておよそ一月半。

 慣れが出てきた街道の旅を、一行は今日も行く。


「げに恐ろしきは女の嫉妬か…」


「クマースさんなんか言いました?」


「いや、カナメが良いんなら別に良いんだよ」


「え?」


 ホロの中から顔を出したクマースが、ぼそりと呟いた。


「姉が最大の壁とはねぇ」


「ネーネも可愛い方だが、あの二人もかなり可愛いからなぁ」


「兄さん賭けようぜ。王都までにネーネがカナメに告白できるかどうか」


 ミラとクマース、イノはリューリエ手製の食事を馬車の中で頂いていた。


「……平和ねぇ」


 馬車の前方に先駆けたシノアが、馬上でポツリと零した。もう一頭の馬もシノアが引いている。

 前の村からここまで似た様なやり取りは何度もあった。

 トーバを出るときなど、リューリエとヘレーナはカナメの腕を抱いて離さなかったぐらいだ。


 昨夜の夜番をしていたアルヴァとサンニアとダインは、快適な『倉庫』の中で就寝中である。


「カナメさん見てください!こんなに大きな白鷺です!」


「カナメ!こっちには羊がいたわ!」


 競う様に馬車へと戻ってくるネーネとリューリエ。

 ネーネの手には大きな白鷺が一羽。

 リューリエはその先を指差していた。


「おーい落ち着けー。そろそろピースイウムにつくんだから、狩猟は充分なんだぞー」


 すでに『倉庫』の食料区画にある冷蔵魔道具『止の箱』は満杯である。

 何やら我を忘れている様な女性達に、カナメが優しく教えた。


「「あ」」


 正気に戻った二人は恥ずかしそうに御者台をよじ登る。

 勿論、カナメの補助ありで。


「カナメさん。ピースイウムに着いたら、まずは組合ギルド支部に寄りたいの。王都の本部に到着報告しなきゃ」


「はい、わかりました」


 辺境伯領はその領土の半分を未開の開拓地が占めている。

 その歴史は古く、文献では少なくとも五百年を超える。


 規模の大きな街には組合ギルド支部が存在する。

 支部では依頼クエストや冒険者の独自管理や、本部への通信魔術による報告などを業務としていた。


 残念ながら、トーバの村を始めとした辺境伯領の村落では、支部が殆ど存在しない。

 理由としては依頼クエストが無いこと。

 力仕事など無い事はないが、それは開拓従事者の仕事である。冒険者の領分ではない。

 魔物の討伐依頼などはピースイウムに来て依頼するし、村々には護衛団もいるのだ。

 そのため、辺境伯領では領主直営のピースイウムと、より開拓地に近い山岳地帯のアリバーと言う村にしか組合ギルドは存在しなかった。


「そろそろ見えてくるんだが、変わった外壁してんだよなぁあそこ」


 イノがホロから出てきて御者台の上に立ち、背伸びして前方を覗いた。


「ヘレーナ、代わってくれ。ダインさん達起こしてくる」


「わかったわ」



 そう言ってヘレーナは手綱を受け取った。

 旅するなら覚えといた方が良いとカナメに言われ、ヘレーナは御者の仕事を覚えだしていた。

 基本的に素直な五色蝶達だが、ことカナメの言葉はより素直に頷く傾向にある。

 リューリエなどは一度理由などを聞いてくるが、ヘレーナに至っては無条件でカナメに従う。

 それもどうかと、カナメは悩んでいた。

 別にヘレーナに何かする訳でもないが、時にはヘレーナの我儘も聞いてみたい。

 酔った時の甘えたヘレーナも可愛いが、普段のヘレーナの願いだってカナメはなんでも聞くつもりだ。


 リューリエの腰につけた丈夫な皮袋。細かな紋様が描かれた麻紐をカナメは外して、その中に手を入れた。

 一瞬の魔力光のあと、御者台の上からカナメの姿は消えていた。


「んー。やっぱり、便利よねぇ『倉庫』」


 ミラはホロのカーテンを開けて馬車の支柱に紐で縛りつけていた。


「安全にゆっくり寝れる旅って、すげえよなぁ。他にも風呂があったり台所があったり、俺もう普通の旅できねぇな」


 クマースがミラを手伝いながら答える。

 良く良く見れば、ミラとクマースの関係は親密すぎる。

 色事に疎いシノアですら、最近感じてきた程だ。

 恋どころか人族の機微を殆ど知らない五色蝶達も、家族じゃないのにあんなに親しいのは何故だろうと不思議に思っていた。


「リューリエ、見えたわ」


「本当っ?」


 シノアの声で立ち上がったリューリエ。

 あまり高くない丘の頂上に、赤土色の外壁が顔を出す。


「うわぁ!あれ何⁉︎」


「外壁に、傾斜が付いてる? その上にまた外壁があるわ」


 リューリエが声を上げた。嬉しそうに遠くを見ている。ヘレーナは冷静に見てる物を分析してる様だ。


「何でも、古代の遺跡跡の上にできた街だそうよ。あの外壁もその名残なごり」


 シノアが続けて説明した。

 近づくとわかる外壁の高さ。そして周辺には外壁郊外の建物が連なっている。

 最初は街からそこそこ離れている所から始まっている外壁が、鋭い傾斜で街へと伸びている。その先にはさらに高い外壁があり、見た目では二段式の外壁に見える。


 驚くのはその広さだ。丘を越えてみたら視界いっぱいに外壁が続いている。首を回してその先を追っても、陽炎でぼやけた草原ではその端が見つからない。


「よっと。見えたか?」


「あっ、いけない」


 狭い御者台にカナメの姿が現れた。

 リューリエはその体を馬車の内部に引っ込める。


 前にアルヴァが寝ぼけて『倉庫』を出た際に、御者台からはみ出た所に現れた事があったからだ。

 その時は気づいたカナメがアルヴァの襟を掴み強引に引き上げたおかげで大事には至らなかった。


 間一髪、狭い馬車の中にアルヴァやサンニア、ダインが現れた。


「うおお狭い狭い!」


 ダインの腰と馬車の骨に顔を挟まれたイノが苦しんでいる。


「おお悪りぃ悪りぃ」


 ダインがその傷のついた顔を歪ませて笑った。


 一月以上を共にした一行は、以前よりかなり親しくなっていた。

 カナメはダインに冒険者としての経験談を。

 リューリエはシノアに友情を。

 アルヴァはサンニアから王都の知識を。

 ヘレーナはネーネに対抗意識を。

 それぞれ良くも悪くも受け取った彼らに、些細な遠慮など存在しなかった。


「ダイン、サンニア。ピースイウムに着いたわ。街の正門に先に並ばないと、ここからでも凄い行列が見えるわよ」


 シノアが馬を抑えながら馬車に近づいた。


「おう。俺とサンニアが先に行ってるから、お前らは後から来な。あそこの門番にゃ顔馴染みも居るんでな」


「シノア、代わるっす」


 ダインがシノアから馬を受け取り、サンニアがシノアと馬上を代わる。

 そのまま慣れた馬術で先を行き、次第にその姿は小さくなっていった。


「俺も早く馬に慣れないとな」


「あら、カナメさんは随分上手になったわよ。最初の頃はかなり下手だったけど」


 道中、度々カナメはサンニアから馬術の指導を受けていた。

 今後旅する上で、何かと馬の世話になると思ったからだ。

 お世辞にも上手いとは言えないが、短時間の乗馬なら今のカナメでも行える。


「んじゃ、どうせ馬車は預ける事になるんだから、みんなで準備しましょ」


 リューリエの言葉で、一同は馬車内の整理を始めるのだった。








「いやぁ、凄い人だねぇ」


 アルヴァが唖然とした顔で呟く。

 街に入る祭の観客や商人の列に数時間並び、一同はようやくピースイウム市街へと入れた。

 馬車をゆっくり引きながら、通りの中央を歩いている。


「外壁郊外ですら今までの村と同じぐらい大きかったものね。領主様の直営地ってどこもこうなのかしら」


「祭があるからって事もあるがな、ピースイウムは国内でも有数の大都市なんだよ」


 ヘレーナの問いに馬を引くダインが答えた。


 開拓が始まって五百年以上。広大な未開地を含むピースリント辺境伯領の始まりはお世辞にも順調とはいかなかったらしい。

 当時は荒れに荒れていた地で、魔物や魔獣が我が物顔で闊歩していた。そのため、蟻の歩みより遅い速度でしか開拓は進まなかったのだ。

 ここまでの発展を成せたのは、既に故人である先代のエリック・ブラハム・ピースリント辺境伯爵の力が大きいだろう。

 途方もない時間をかけてきた国境付近の開拓を、運良く自らの代で終わらせたエリック辺境伯爵は、街道の敷設や村々の整備に奮闘した。その結果、輸出入や交通が安定したのだ。

 それを当代のスタンレー辺境伯爵が引き継ぎ、今の辺境伯領がある。

 王都までほど近く、交通や流通の交わるピースイウムが目覚ましい発展をしたのも納得だった。


「んじゃ、俺とサンニアとクマースは領主様に挨拶に行ってくるわ」


「貴族様に挨拶ってのも嫌なもんだな」


 ダインの言葉に、クマースがわかりやすく顔を歪める。


「やんなきゃいけない事なんだから、がんばってよ。失礼のないようにね」


 そんなクマースをミラが叱咤激励する。

 それぞれの街や村の狩猟祭の管理権限は、領主や村長が持っている。

 ピースイウムでは領主であるスタンレー辺境伯爵、その次に商会、教会と利益確保の為のピラミッド型指示系統が出来ているのだ。


「私達は宿の手配と教会と商会への挨拶ね。泊まる所は聞いてあるから、探すだけだけど」


「教会への挨拶は、私が行きましょうか?」


「んじゃ、商会の挨拶はミラとイノ。教会の挨拶はネーネに任すわ。カナメ達は悪いんだが、二手に別れて護衛頼めるか?」


 ミラとネーネの言葉に、クマースが答える。


「分かりました。んじゃ俺は……」


「カナメさん!一緒に行きませんか!」


「うおっ」


 どちらの護衛に回るかを決めようとしたカナメに、ネーネが迫ってきた。

 その勢いはカナメを一瞬驚かせる程だ。


「あ、ああわかったよ」


「じゃあ私も教会ね」


「ううっ、またぁ……」


 ヘレーナが当然だとカナメのそばで澄まし顔をしている。

 ネーネはヘレーナを見て悔しそうな顔をしていた。


「……あたしもカナメと行きたいけど、シノアはともかくアルヴァじゃ心許ないわ。ミラさん達に付くわね」


 基本的に真面目なリューリエは、少しだけ葛藤しつつも的確に状況を判断した。


「僕の信用がなさすぎる……」


 アルヴァが悲しそうに眉を落とす。


【エンリケとシュレウスはカナメについてちょうだい】


【わ、わかった】


【リューリエ、僕お腹空いた!】


【丁度いいわ。カナメにご飯用意してもらって?さっきそこで花屋の売り子を見たわ】


【うん!カナメ!】


【おう。もうちょっと待ってな】


「………ずっと不思議だったんですけど、その二匹の蝶はカナメさんが飼ってるんですか?」


 さすがに、一月以上肩や頭に蝶を止めていたら誰だって不思議に思うだろう。


「えっ、えっとまぁ、そんな感じかな。ほら可愛いでしょ?」


「綺麗だとは思いますけど、蝶を飼う人なんて珍しいです。しかも凄い懐いてる」


 そのつぶらな瞳で二匹を見つめるネーネに、カナメの冷や汗は止まらない。


「んじゃ早速動きましょうか。泊まる宿は街の大通りにある緑地の宿って所よ」


 ミラの言葉で一同一斉に動き出し、つられてネーネも自分の荷物を担いだ。カナメはホッと胸を撫で下ろす。

 馬車や馬は人数の多いミラ達が引くようだ。


「んじゃ。行こうか」


「ええ」


 ヘレーナは自然な動きでカナメの左腕を抱いた。

 もはやそこは彼女の指定席。慣れたカナメも特に意識せずに進み出す。


「………私だって」


 それを見ていたネーネは、小さな声で自分を鼓舞すると、いつもはリューリエが独占しているカナメの右腕を抱く。


「ネーネ⁉︎」


「あ、あれを見て下さいカナメさん!大きなお肉!」


 顔を真っ赤にしながら、ネーネは屋台に置かれている切り分け用の肉塊を指差した。

 すこし心配してしまう顔の赤さである。


(す、すこしだけ柔らかいモノが当たってるんだけど!)


 その薄い胸で挟むようにカナメの腕を抱くネーネ。

 普段からリューリエとヘレーナにされるがままのカナメには、ネーネだからと言ってその体を引き剥がす事が出来ない。

 普段の行いが今の窮地を招いているのだ。

 なぜなら左腕のヘレーナからの視線が痛い。

 その綺麗な青い瞳を細くして、カナメの顔をジッと見つめている。


 大通りを抜けて大きな教会に辿り着くまで、カナメの気まずい時間は続くのであった。







「アドモント劇団の東巡業をしております。踊り子のネーネです。こちらは護衛をしてくださるカナメさんとヘレーナさんです」


 恭しく頭を下げるネーネに続いて、カナメとヘレーナは頭を下げた。


「お久しぶりです。覚えていますか?ビエラです」


 シスタービエラは年配の修道女だ。

 薄い青の修道服とベールに包まれた姿がとてもよく似合う優しい笑みの老女だった。


「えっ、えっと」


「ふふっ。覚えていなくても結構ですよ。王都の神事の時に、貴女が祈祷の舞を踊られてたのを見てただけですから。あれだけ過酷で集中力を使う踊りなのですもの。周りに目が行かないのも当然でしょう」


 くしゃっと笑うその姿は、老いてもなお美しいと思える笑顔だった。


(若い頃は凄い美人だったんだろうな)


 感心したようにシスタービエラを見つめるカナメ。そのカナメの袖を引っ張る事でヘレーナはカナメを咎めた。


【幾ら何でも見すぎだわ】


【ご、ごめん】


 さすがに、そうマジマジと人の顔を眺める事が失礼な事であるとヘレーナも知っている。人里に降りた五色蝶の学習能力は素晴らしく高い。


【こんなおばあちゃんでよければ、いくらでも見ていっていいのよ】


【えっ⁉︎】


 ヘレーナとカナメは顔を見合わせ、続けてシスターを見た。


 その笑みを崩さず、シスタービエラは二人に頷いた。


【お話は後にしましょう。聞きたい事が色々できたわ】


「貴女の踊りはとても素晴らしかったわ。年甲斐もなくはしゃいじゃったのよ私」


 何事も無いとネーネに話しかけるシスタービエラ。


「あ、ありがとうございます。すみませんお顔を覚えて無くて」


「いえいえ、気にしないで。さぁ、神父様とお話しがあるのでしょう?いってらっしゃい」


「は、はい。すみませんカナメさん。すこし行ってきます」


 わたわたと頭を下げ、ネーネは教会奥に立っている神父のところへ走って行った。


【どちらの神族の御身か分かりませぬが、どうかご無礼をお許し下さい】


 シスタービエラが恭しく頭を下げた。

 カナメとヘレーナは慌ててしまう。


【あ、あのやめて下さい。私達はまだ修行中の身ですから】


【あ、あの失礼ですが貴女は何故、神語しんごが分かるんですか?】


 ヘレーナがビエラの礼を止める。


【申し遅れました。私は風の精霊神、ノジェ・ノース様の神託を受けし者。末席ながら風神族の眷族に名を連ねてございます】


【ノ、ノジェ様の眷属の方でしたか】


 ヘレーナが慌てて頭を下げた。こういう場面はリューリエが得意だ。

 土神の側仕えをしていたリューリエは、他の神族との応対に慣れているが、ヘレーナはあんまり経験が無い。


【あれ?ノジェ様の眷属の方が何故アシュー教のシスターをされているんですか?】


 カナメが思わず疑問を投げかけた。

 以前聞いたリューリエの記憶では、アシューという名の神は狩猟の男神である。

 だが広く布教されたアシュー教では、アシューは風の加護を持つ神という認識が広まっていた。


【もともとアシュー教の修道女だったのですが、五十年程前にノジェ様のお姿とお言葉を頂く機会がございまして、その際アシュー様ともご対面させて頂きました】


 アシュー教の始まりはロアの建国より遥か昔の事だ。

 風神ノジェ・ノースは戦も司る女神であった。その眷属に、狩猟神アシューと言う男神がいる。

 たまたまノジェ・ノースの勅命を受けて大草原の整地を行っていたアシューは、周辺に住んでいた神性を持つ人族にその姿を見られる事となった。

 その神秘的な姿と大草原の強風のせいで、アシューは風の神と勘違いされる。

 最悪な事にその人族は神語しんごが解せず、またあまり位の高くないアシューもまた人語が話せなかった。

 焦ったアシューは、大神であるノジェ・ノースに報告する。

 予想外だったのは、風のように軽い性格のノジェはその状況を楽しみ、アシューの名での宗教の新興を許した事だ。

 よって、そのまま勘違いが肥大していき、今日のアシュー教が誕生する訳である。


【という説明を頂きまして。もともと神というよりはその加護に信仰を抱いていた私はそのままノジェ様の眷属に加わった次第でございます。アシュー教が間違った道に行かぬよう導くのが私の責務でございますから】


【なんて壮大な勘違いなんだ……】


 カナメは呆れていいのかわからない。

 今では狩猟神アシューも、その状況を楽しんでいて、実質的な加護をノジェから借り受けているようだ。


【えっと申し遅れました。私は土神タム・アウの眷属、五色の理の蝶の次女、ヘレーナと申します。弟のエンリケとシュレウス。こっちが、水神エレ・アーレ様の嫡男であるカナメです】


【こ、こんにちは】


【こんにちは!】


【ど、どうも】


 エンリケ、シュレウス、カナメも頭をさげる。


【あらあらこれはご丁寧に、恵みの精霊神様のご子息の方々との面会など恐れ多く】


 シスタービエラはその周りを飛ぶシュレウスの羽を優しく指で撫でた。

 エンリケはカナメの肩の上で萎縮しているようだ。


【いえ、気にしないで下さい。先ほど言った通り、私達はまだ修行の身。それに神族としては貴女の方が歴が長いようです。失礼がなければ良いのですが】


 ヘレーナが恐縮さを顔に出した。


【土神様の眷属といえばフレグ・バスタ姫様もいらっしゃいますね。あの方には過去2度ほどお世話になっております】


【姫をご存知でしたか。私達土神族でも彼女の存在に助けられてます】


 カナメは先程から話に入れない。

 口を開けば何か無礼を働きそうで怖いのもあるが、神族の事を殆ど知らないから何も言えないという方が正しい。


【ピースイウムにはしばらく滞在しますので、次は長女のリューリエとともに挨拶に伺いたいと思います。土神様の名代は実質的には姉ですので】


【ええ、畏まりました。次はキチンとおもてなしの準備を整えてお待ちしております。五柱の恵みの精霊神が神域にこもられて、私達眷属は手と手を取り合わなければなりませんからね。末席の私で申し訳ないですが】


【そんな事はありません。私達など、人界の常識も知らぬ若輩者ですので、ビエラ様の存在が大変心強いです】


【そう言って頂けて助かります。私でよければ相談に乗りますので、遠慮なくお声をかけて下さい】


【ありがとうございます】


 二人の神族の女性の会話は、スムーズに流れていく。

 役立たずのカナメは只々立ち竦むだけだ。

 人懐っこいシュレウスは早速シスターの掌の上で甘えている。





 しばらくシスターと会話をしていると、ネーネが小走りで戻ってきた。


「お待たせしました。挨拶も終わったので、宿を探しに行きましょう」


「いや、そんなに待ってないよ」


「シスタービエラ、今日はありがとうございます」


 すぐにカナメの右腕を抱くネーネに慌てるカナメと、シスターに頭をさげるヘレーナ。

 シュレウスは名残り惜しそうにヘレーナの肩に戻ってくる。


「いえいえこちらこそ。また今度はゆっくりいらっしゃって下さい」


 そう言って頭をさげるシスタービエラに挨拶をして、カナメ達は教会を後にする。


【び、びっくりしたね。街にも神族がいるとは思わなかった】


【あのおばあちゃんとっても優しくて僕大好き!】


 エンリケがおずおずとカナメの肩で羽をたたみ、シュレウスがヘレーナの肩で羽を広げた。


【あのお姿、魔術で変えられていたわね】


【そうなの?わかんなかったけど】


【眷属になったのは五十年程前と仰られていたから、その時間に合わせて歳を取っているように見せているんだと思うわ。神族はある程度で老いなくなるから】


 なるほど、確かにフレグ姫も大河の歴史に近い年月を生きているが、その姿は未だ年若く美しかった。

 そうカナメが考えていると、ネーネがカナメの袖を引っ張った。


「カナメさん。さっきから黙ってますけどお気分でも悪いんですか?」


「あ、いや。少し考え事してた。悪いなネーネ」


 アルヴァは器用にもスラガ語を話しながら神語しんごも操るが、カナメにはそんな真似はまだできない。

 短い呼吸音にすら意味を乗せられる神語しんごは、慣れれば同時に会話もできるのだ。


「いえ、大丈夫ならいいんです!宿は確か大通りにあるって姐さん言ってました!」


 太陽の様な笑顔でネーネは答える。






「兄さん、なんだ。可愛い女の子二人もはべらせてよぉ。ずるいじゃねえか」


 しばらくたわいもない会話をしながら歩いていると、突然男達に囲まれた。その数は二十人ほど。みな武装している。


「幸せのお裾分けしてくれよ。なぁに、三日ぐらいその二人を貸してくれるだけでいいんだ」


「まぁ、帰ってくる頃にはどうなってるかは知らねえがな」


「女っ気の無い俺たちに恵んでくれよ。グフフ」


 分かりやすいほどの悪党達だった。

 右腕のネーネが体を強張らせる。


「ワリィ。この二人は大切な大切な人なんだ。おっちゃん達には預けらんねぇよ」


 今までの村でもこの手の輩は多かった。

 祭の熱気に当てられたのか気を大きくした荒くれ者共が、ミラやネーネ、ヘレーナやリューリエを放っておく筈も無い。

 カナメ達が護衛の仕事を買って出たのも、この様なクズ共からネーネやミラを守りたかったからだ。

 今回は少しばかり多い様だ。


「兄ちゃん。女の前だからって格好つけてると痛い目見るぜ」


「なんなら兄ちゃんも同伴でいいんだぜ?まぁ、夜には目の前で何があっても手出しできねぇようになってるがな」


(なんでこいつらはみんな似た様な事言うんだろうな)


 冷静な思考でカナメは呆れている。もはや怒りもわかないほどに慣れた仕事だ。


【エンリケ、念の為に障壁張っといてくれ】


【うん。わかった】


【ヘレーナ、みんなを宜しく】


【ええ。頑張って】


【シュレウス、近づいてきた奴らはやっつけてもいいぞ】


【えへへ。そんな奴らカナメの相手じゃないって僕知ってるもん!】


【任せとけって】


「ネーネ、ヘレーナと一緒に下がってて」


「は、はい。あのカナメさん!どうかご無事に!」


「大丈夫だよ。ありがとな」


 殆どルーチンワークじみた指示を飛ばし、ダインの忠告の通り所持するようになった剣を、鞘から抜かずに構えた。


「へぇ。この人数でやる気かい。兄ちゃん正気か?」


「うるせぇよ。さっさと来いクズ共」


 軽めに挑発を入れる。さっさと終わらせたかったからだ。


「んじゃ、さよならだ兄ちゃん」


 手前の大柄の男が、腰に下げた剣を抜いた。

 周りの男共も合わせて抜く。


(ん?)


 そこでカナメには違和感が生まれた。


 いつもなら剣を抜けば、すぐに襲いかかってくる男共が、ゆっくりと広がっていく。

 まるであらかじめ決められていた隊列を組むかの様にだ。


(………こいつら、もしかしてただのチンピラじゃない?)


 訝しんだカナメは、少しだけ賭けに出た。

 遅めに手前の男の懐に入り、大袈裟に剣を振る。すると男はそれを構えた長剣ではなく、籠手で防いだ。

 カナメはわざとその反動に負け、身体をのけぞらせる。

 途端、男の後ろから短剣が三本飛び出してきた。

 今のカナメにはそれを避ける事など造作もない。反らした身体の勢いに乗ったまま、後ろに一回転、ついでに背後の男の脳天に一撃。そのまま体勢を整える。

 どさりと男が倒れると、来ると思っていた追撃が来ない。


(………訓練されてるな)


 疑問が確信へと変わった。

 ただのチンピラなら、体勢を崩したカナメに向かってガムシャラに向かってくるだろう。

 それがカナメの作り出したわざとらしい隙と気づかずに。

 しかしそれがなかった。恐らく、カナメの演技に気づいたわけでは無い。

『確実に』カナメを『仕留める』ためだ。カナメが一人を沈めた事で、冷静に減った戦力とこの後の展開を分析していたのだ。


 突然、後方にいた弓士から矢が放たれた。

 カナメは前方に走る。頭を振る事で矢を回避する。

 大丈夫だ。すでにエンリケの障壁によってヘレーナとネーネは守られているし、周りの人は離れた所で見ている。誰かが巻き添えになる事は無い。

 状況を一瞬で判断しまカナメは、身を低くして今度は本気で男達の懐に入った。足に集めた魔力は、魔力光を発するほどに多い。


「うおっ⁉︎ いつの間に!」


「構うな!仕留めろ!」


 そのあまりの速さに驚愕する男達は、その手持ちの武器を振り下ろす。斧、槍、剣。様々な武器がカナメの頭上から襲い来る。

 だが、その武器が届くという事は、カナメの剣のテリトリーでもあるという事だ。


「ふっ!」


 カナメの短い気合と同時に、男達の中心で烈風が走る。

 同時に五人の男達が吹き飛び、三人の男が打ち上げられた。

 カナメの攻撃は2回。近い位置にいた五人を回転しながら薙ぎ払い、次いだ短距離移動ののちに三人の男を斜め下からすくい上げる様に払ったのだ。

 吹き飛ばされた男達に巻き込まれた者もいて、今では立っているチンピラ達は八名ほどだった。


 余りにも速いカナメに、男達は目すらついていけてなかった。


「……強えな」


「報告になかったな。なんて名の冒険者だ?」


 小さくやり取りする男達。その声をカナメは聞き逃していた。


「報告とはなんでしょうか。聞き捨てならない事を言ってますね」


 だが、その言葉を聞いている者がいた。


「誰だ?」


 急に割って入ってきたその女性を、カナメは不思議そうに見る。


「貴方達は、どうやら訓練された者達の様ですが、所属はどちらでしょうか。素直に吐いて頂ければ助かります。組合ギルドとしては拷問は専門外なのであまりやりたくはないのですが」


 その女性は、高い背のスマートな美女だった。美しい金髪を左耳の上で縛り、浅い赤の外套と鉄の胸当て、皮のズボンにすね当てをして、黒いブーツを履いている。


「………ちっ、おい!」


 その言葉を聞いた男達が、驚くべき行動に出た。


「ちょっ!まっ待ってくれ!俺はまだ戦える!」


「待て待て待て!まだ早い!ギャア!」


「動け!なんで動かねぇんだ俺の足!ガァッ!」


「なっ!何やってんだお前ら!」


 カナメの制止の声も届かず、男達は自らの手で仲間を次々と刺し殺したのだ。

 余りにも異質な光景に、カナメの足は動かなかった。


「……ずらかるぞ」


「おいっ!待てって!」


 残った八人はその声に従い、素早く散っていった。

 カナメは唖然とするしかない。残された十名を超える男達の死体、騒つく野次馬達。

 急に現れた女性。全てがあっという間の出来事だった。


「………想定外でした。こんな手早く証拠を隠滅して逃げるとは。これでなぜ彼らが演技してまで貴方達を襲撃したか、探り辛くなってしまいました。すみません」


 近寄ってきた女性がカナメに軽く頭を下げた。


「お、おい。悪い通してくれ!すまねぇ道を開けてくれ!」


 遠くからダインの声がする。


「何が何だかさっぱりなんですが、貴女に説明を求めても大丈夫ですか?」


「いえ、私にも事情はさっぱりわかりません。だけど無関係ではない様です」


 意味のわからない事を言う。

 カナメはますます混乱していった。


「カナメ!何の騒ぎだ!大丈夫なのか⁉︎」


 人混みの中から、ダインとサンニア、そしてクマースの姿が見えた。


「彼らと依頼者に怪我はありません。死者に関しても襲撃者のみですし、彼が殺害してないのは皆が見てますから、罪にも問われませんよ」


 金髪の女性がダインに近づいていく。


「ん?なんだお前、リナじゃねぇか。本部付きのお前がどうしてピースイウムにいんだよ」


「その件は支部で話し合いましょう。どうも怪しくなってきたので」


 どうやら女性とダインは顔馴染みの様だ。

 とりあえず、考えてもわからないのでカナメは早々に見切りをつけ、ヘレーナとネーネの元に行く。


「大丈夫か?」


「は、は、はい」


「私は全然問題ないの。ただネーネが怯えちゃって」


「す、すみません。こ、怖くて」


 ネーネは可哀想な程震えていた。

 思わずカナメはその肩を抱いて落ち着かせようとする。


「安心して、カナメがいれば貴女は安全よ」


 そのネーネの後ろからヘレーナも覆いかぶさって、ネーネの震えが取れるまで三人で抱き合っていた。


「すみません。お取り込み中ですが挨拶をと」


 金髪サイドテールの女性が、無表情にそばに立っていた。


「ああ、すみません。えっと、俺は一座に護衛で雇われた旅人です。カナメ・トジョウです」


「同じくヘレーナです」


 未だ腕の中で震えるネーネを強く抱きながら、カナメとヘレーナは挨拶をする。


「申し訳ありません。こちらが先に名乗るのが礼儀でしたのに。私は王都の組合ギルドに勤めております。リナ・ハイルティエスター・アーディナーと申します。リナとお呼び下さい」




 そう言って、その表情を全く崩さないリナは、深く頭を下げた。


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