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神の愛した湖

 

「なんて読むんだろうなこれ。トジョウ?ミヤコノジョウ?沖縄だったらミヤグスクか?下の名前もだな。ヨウなのかカナメなのか。」


「あたし達に聞かれてもわかんないわ。だって文字を知らないもの。タム様だって文字は知らなかったし、人族でも知ってる人少ないって言ってたわ」


 白黒と話しながら、湖の水面に顔を近づける。

 学生証の写真と同じ顔。少しだけ焼けた肌に黒い短髪。眠そうに下がった目や、お世辞にも美形とは言えない顔。洒落っ気の欠片もない。ついでにいえば、頭も良さそうに見えない。


「だよな。ごめんごめん。そうか人族でも知らないのか。…え?」


  顔の確認をしながら、不意に大切な事を言われた。

『彼』の知る現代日本は、識字率はかなり高い。全てとは言えないが、ほとんど全てとは言える。

  文字を知らない人が多い国ではないのだ。


「何か聞きたそうだけど、たぶん私達よりタム様に聞いた方がいいわよ。私達は森の事しか知らないもの」


  何かを察して、青白が先手を打った。

 感が鋭い。なぜか女子って言葉が凄い似合う蝶である。


「そっか。わかった。案内してもらってもいいか?」


「いいよ!僕が案内するから!」


  元気よくお返事をしてくれる赤黒。


「ありがと。あと、これからは俺の事を…そうだな。カナメって呼んでくれ。たぶんそっちが正解だから」


  根拠は無い。語感の問題で名前を決めたカナメはまだ濡れている学生ズボンを履くと、Tシャツと学ランを肩にかけた。まだ着替えるには肌寒い。


「わかったよカナメ。凄いね。名前も持ってるなんて。精霊が名前を持つなんてたくさんの魔力が必要なのに」


 黄黒が興奮気味に言う。


「いや、俺はあれだ。君達が言う人族だよ。人族は名前持ってるだろ?」


「冗談言わないでよカナメ。あたしの触覚でちゃんと感じてるんだから。その魔力の色と匂いと量で人族なんて、精霊じゃない限り身体が中から破裂しちゃうわ」


「なにそれこわい」


 怖かった。魔力がどうとかじゃなくて、白黒の口からそんなスプラッタ気味な単語が出た事がだ。先ほど噛みちぎる発言をしたのも、実は白黒である。


「ほんとうに人族だったら、エレ・アミュには入れないから、たぶん違うよ」


  おっとり答えるのは緑白である。


「そういやずっと気になってたんだけど、エレ・アミュってなんだ?」


  自らを示す名前を得たカナメは、ようやくできた心の余裕のおかげもあり、ずっと気になっていた事を聞く。


「なにって、ほら目の前にあるじゃない」


「え?どこに?」


「さっき覗いてただろ?おかしなカナメだな!」


 どうやら湖の事を言っている事に気付いたのは赤黒が湖の上で8の字に飛んでくれてからの事だった。


「湖の事だったのか」


 白黒の言葉が本当ならカナメは湖の下から湧いてきた事になる。


「湖?なに言ってるの?神水泉よ?」


「呆れたカナメね!あたしは神水が突然吹き上げて、固まってカナメになるのをこの目と触覚で見てるんだから!偉大なる母の名前を知らないなんて御説教だわ!」


 青白が不思議そうに答え、白黒が可愛らしく怒りながら、2匹ともカナメの顔の前で飛んでいる。


 そしてまたもや、大事な事をさらりと告げる白黒。彼女の話を訳すると、カナメの身体は水でできている事になる。人ではなくスライムの可能性が出てきた。


 ようやくできた心の余裕に詰め放題のスーパーの袋のごとく押し込んでくる事実は、名前しかない少年を容易く混乱させていた。


「しょうがないな。カナメにエレ・アミュとは何かをじっくり僕が教えるよ」


 黄黒が嬉しそうに言いながら神水泉エレ・アミュの上を飛ぶ。


「他にも知らない事いっぱいあるんでしょきっと!手のかかる弟だわ!あたしが最後まで面倒見てあげる!」


「私達がよ。こんな魔力の多い生まれたての弟なんて、きっといろんな迷惑を余所の精霊にするに決まってるもの」


「そうだねカナメも、知らなきゃいけない事沢山あるよ。タム様なら物知りだから大丈夫だよ」


「え、えっと僕はあんまりそういうの得意じゃないから!美味しい果物とかあるところ教えるよ!カナメ!」


 次々と責め立てられ、なぜか落ち込まなければいけない空気がカナメを襲う。

 しかし、しょうがない。現にカナメには何もない。蝶達の言葉を信じついていくしか、生きるすべがない。

 小さな兄と姉を見て、やはり覚悟を決める。これから先、カナメについて回るのはおそらく覚悟と知識だろう。この時点で彼は大切な事を学んでいた。


 そして肝心の神水泉エレ・アミュの話が始まる。



 インテリぶって話す黄黒の話は、言ってしまえば脱線に次ぐ脱線で、話の最終目的地が変わる事7回。その都度皆から修正され、本来かかるであろう尺の3倍は引き伸ばされていた。

 脱線できるほどの知識なので、例えば森にでる狼の熊の倒し方とかはカナメの興奮を誘い、面白おかしく時は流れた。まさか回転しながら噛み付くとは誰も思うまい。


  本線である神水泉エレ・アミュの話はかなり簡単に説明できた。


 要するに、遠い遠い大地にいる水の大精霊・水神エレ・アーレの恩恵を受けた土地であり、水神の愛した場所であるが故の神水泉だった。水に見えるものは全て液状化した魔力であり、神性に関わるものでなければ耐えられない。この森の精霊や妖精もその神気と、木の大精霊である土神タム・アウの神気で形作られている。

 といった話だった。


 カナメの知っている世界とは成り立ちと構造が違うみたいである。まあ、カナメとしても、喋る蝶がいる時点で世界に違和感を持っていたのでそこは内心驚いてはいたが表には出さなかった。

  5匹の蝶達がかなり可愛らしかったのもあるが、ほとんどを失い真っ白に近い状態のカナメ側が、受け入れやすい状態であった事も大きい。


「やっぱり、タム様って人に会ってみないと始まんないか」


「そうね!早速行きましょう!」


  なぜか嬉しそうな白黒の先導で、カナメは目覚めてから約5時間経って初めて、湖改め神水泉エレ・アミュを離れたのだった。


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