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護りし者達

今回は短めです。どう頑張っても伸ばせなんだ。

※爵位について大ポカやらかしたので修正しました!すみません!

 

「副団長!ウェルフェン副団長はいらっしゃいますか!」


「なんだ。そんなに慌てて」


 剣の手入れをしていたウェルフェンの自室に、最近補佐を任じたアーマルが飛び込んできた。


「なんだじゃないですよ!ドナヒュー近衛団長から苦情が届いてます!狩猟祭の奉納試合、断ったらしいじゃないですか!」


「ああ、その件か。あったりめぇだよ。祭の見回りどーすんだ」


 物凄い剣幕で詰め寄るアーマルにウェルフェンはサラリと返す。


「あのですね!我ら騎士団と近衛兵団の奉納試合決勝はもはや伝統なんです!他の騎士団からも参加を募っているのに、貴方が出場しないなんてみんなが納得しません!」


「ヤダよ。憲兵達だけで国中から集まる民の抑制ができるわけねぇだろ。んな古臭い伝統なんざほっときゃいいのさ」


 そう言ってウェルフェンは、テーブルの上の酒瓶を取り、一気に煽った。


「エイスミル近衛副団長の性格をご存知でしょう!?貴方を勝手に敵視してるんです!わざわざ近衛兵団に付け込まれる様な事しないでくださいよ!」


 ウェルフェンは渋い顔をした。第七騎士団、別名「裂剣騎士団」は、平民上がりのウェルフェンのせいで他所の騎士団からはだいぶ嫌われている。


 陛下から騎士爵を叙爵された時、ウェルフェンは迷わず騎士団の入団を望んだ。

 かつて幼い頃、貧民街スラムで物漁りをしていた時にたまたま吟遊詩人が語っていた騎士の物語。

 それは弱き無辜の民を颯爽と救う仮面の騎士の物語。

 子供心に強く憧れた。


 それからは棒切れを片手に剣の真似事をしながら、やがて10になる頃には冒険者として稼ぎながら、憲兵団の入団を目指した。

 騎士とは貴族の子弟がなる物だ。

 貴族という位は絶対の壁として存在する。

 平民上がりのウェルフェンには遠い夢。そもそも成しえない絵空事だった。それでもウェルフェンは諦めきれず、せめて民を守るという事だけは叶えたかった。


 転機はようやく憲兵団に入団した、20の頃に訪れた。

 なだらかな丘が延々と続く、王都の北に位置するルプツ丘陵。

 そこに突如現れた大型の魔獣、岩巨犬ロックグリム

 憲兵団として王城の外壁哨戒の任に就いていたウェルフェン達が、最初に接敵した。

 外壁と同じぐらいの大きさを持つ獰猛な岩の獣。

 同僚達はみっともなく慌て、魔術士の応援を叫んだ。

 ウェルフェンのみが岩巨犬ロックグリムと睨み合い、牽制を続けていた。そこに放たれる火矢が、魔獣の神経を逆撫でした。

 暴れ狂う岩巨犬ロックグリム。紙クズみたいに吹き飛ぶ同僚と外壁の破片。

 王都北部区画の民は、突如外壁に空いた穴から魔獣の姿を見た。

 それはあまりも理不尽な巨体。普段は頼もしくも畏怖していた憲兵達の存在の絶望的な頼りなさ。

 皆が奇跡を願った。人が奇跡を願う時、それは奇跡が起きなければ全てが終わる時を意味する。

 だがその大きな絶望は、外壁から現れた一人の憲兵の手によってあっけなく掻き消された。

 そこには崩れた外壁を足場に、両手足に魔力を込めたウェルフェンがいた。

 民や憲兵達の予想を簡単に裏切り、岩巨犬ロックグリムはウェルフェンの全力の振り下ろしで真っ二つとなった。

 ウェルフェンも無我夢中であった。外壁を跳躍した瞬間など死を覚悟していた。

 一夜にして、大型の魔獣を『縦に割った』ウェルフェンの名は王都に広まった。

 目まぐるしく事態は動き、気づいた頃には王城の王陛下の御前で跪き、剣を賜っていた。ウェルフェンは我に返り、騎士団への入団を王に具申した。

 この一連の流れを「ウェルフェン騎士物語」として、吟遊詩人達が盛りに盛って謳うのであった。


「それにまぁ、ちょっと心配事もあるんでな」


「心配ですか?」


 アーマルもまた、男爵を持つ家の次男であった。兄は別の騎士団に勤めている。

 第七騎士団は別として、他の騎士団はウェルフェンを平民風情と蔑む者達が多い。


「ん。王陛下のお身体の事だ。今年に入って更に崩されている。この国は他国の侵攻を五十年も受けてねぇから、俺を含めて戦争を知らねぇ。他所の国だとこういう時に一悶着あるって聞いた事あるからな」


「……国内の小競り合い程度なら、我が第七騎士団は他の騎士団に比べて経験豊富ですから、そのためですか?」


「ウチの団長様は王子殿下のご機嫌伺いで忙しいし、奉納試合は権威ある大会だ。その隙を突かれたら笑えねえだろうが」


 アーマルは考える。

 平民からの成り上がりと揶揄されているが、騎士としての職務に一番忠実なのは間違いなく目の前の副団長だ。

『騎士たる者、みな民の為に』

 酔った時にウェルフェンがよく口にする彼の理念である。

 それがどれだけ夢想なのかは、貴族であるアーマルはよく知っている。

 だがウェルフェンには、それを成し遂げる力がある。

 騎士として単純に、その剣で守れる民の多さがある。

 第七騎士団、ウェルフェン直下の部下達はみな、ウェルフェンに惹かれていた。

 この男の下にいれば、守りし者としての実感がある。

 王政が直視しない貧民街スラムの治安改善も、ウェルフェンの手で驚く程の効果を発揮している。


「……はぁ。わかりました。ドナヒュー近衛団長には俺から穏便に答えときます。祭当日の配置とかは後で詰めましょう」


「悪いな。お前も俺の補佐を任じられたばかりにこんな目に合わせちまって」


「いいですよ。どうせ家督も継げないし商いもできない次男ですから。領地の無い貴族なんて暇なもんです。退屈するより全然いいですから」


「そう言ってもらって助かるわ。どうだ、この後一杯」


 ウェルフェンは人懐っこい顔で笑うと、椅子から立ち上がり、剣を鞘に収めた。


「中央通りに美味い羊料理の店ができたんだよ。給仕の姉ちゃんが別嬪な上に豊満でな!ありゃいい女だ」


「副団長も、人目があるんだから。あまり女関係で揉めないでくださいね。いつか副団長の子供が5.6人出てきても知りませんから」


 頭に手を当て、アーマルはため息をこぼした。


「気をつけるさ。んでどうだ」


「………まだ残務を処理してる部下が三人います」


「おう、そりゃご苦労だな。そいつらも連れて行くか」


 手早く上着を羽織り、ウェルフェンは財布を確かめた。

 この人には敵わない。

 そう思いながら、アーマルもまた着替える為に部屋を後にした。









「やはり、ウェルフェンは奉納試合は出ないか」


 ヒューリック・ヒューズ・ドナヒューは執務室の机で茶を飲んでいた。


「一応、団長からと言う事で第七騎士団に通達は回してますが」


「私も、そこまで拘っている訳ではないのだがな」


 ドナヒュー伯爵家の跡取りとして生まれたヒューリックは、軍閥の名門である家の教育を受けている。

 今は近衛兵団として功績もあり、子爵を名乗っているが、いずれ家を継いで伯爵家を取り仕切る男になる予定だ。


「周りがうるさくてな。騎士爵からのし上がった平民あがりの準男爵の鼻っ柱をへし折れとせっつかれているのだ」


「『縦割り』ウェルフェンと渡り合えるのは、ドナヒュー団長以外我が国にはおりませんから」


 副団長のエイスミルが、執務机に書類を置いた。


「奉納試合は三日間。初日は庶民達が競います。二日目で我ら軍属。三日目に決勝です」


「どうしても出なきゃ駄目か」


「もちろんです。前回の祭は不幸の為に見送られましたが、決勝で近衛兵団と騎士団が優勝を争うのはもはや伝統です。我々の代でそれを終わらせる訳にはいきませんから」


 ヒューリックはため息を吐きながら椅子にもたれる。

 しがらみの多い役職だ。ただ王陛下の側に仕え、御身を護る為の職務すら、簡単に全うさせてくれない。

 立場と権威を示す為とは言え、前任の叔父から団長の座を譲り受けてもう四年。

 ただの近衛兵だった若い頃がひどく懐かしくて羨ましい。


「我々の職務の都合上、その力を民は知りません。今ここでウェルフェンを打ち倒し、ロアにドナヒュー近衛兵団長ありと他国にも轟かせる好機にございます」


 近衛兵とは王仕えだ。常に王城の警備を任され、騎士団のように表に出る事は無い。

 特にヒューリックは『王の盾』の名を冠する近衛兵団長である。

 知る者は知っている。防御力と言う一点においては、ヒューリックに並ぶ者は存在しない。

 規格外の硬さを誇るヒューリックと渡り合えるのは、同じ規格外の切れ味を誇るウェルフェン以外に存在しない。


「見せびらかす為に磨き上げてきた訳では無いのだがな」


「ご勘弁を。団長の職務にどこまでも忠実なお姿は我々近衛兵団全てが痛感しております。それでも、騎士団に名前で負ける訳にはいかないのです」


 右腕であるエイスミル副団長は有能な男だ。

 魔窟の様な王城の恐ろしい権力者どもと、三十にもならないこの若い男は渡り歩いている。

 見事な働きをしている部下の具申を、無碍に退ける訳にもいかない。


「第七騎士団といえば、ベスヘラン団長は今日も殿下に付きっ切りか」


「先ほど中央花園でお姿を見ました。王子殿下の茶会に出席されていたようですね」


 アンカー・オンガー・ベスヘラン男爵。

 第七騎士団のお飾りの団長であり、その実務を全てウェルフェンに投げ渡す、王城を代表する小物貴族である。

 団長職が世襲制でなければ、彼など城門をくぐる資格なんて無いとまで言われている。


「よくもまあ、あそこまで好きにできるものだ。たまに羨ましくなるよ」


「お戯れを。失礼を承知で言わせて頂ければ、ベスヘラン男爵は王政の膿でございます。腹黒い貴族連中の中でもわかりやすく下衆な男ですから」


「ふー。そこまでにしとけ。明日からの警備体制を詰めよう」


 執務机から羊皮紙を取り出した。簡易的な王城の見取り図であり、歴代の近衛兵団に伝わる門外不出の品である。

 閲覧できるのは近衛兵団長と副団長のみ。

 高さは無いが広大な敷地を誇るロア堅城は、護りに長けた作りをしている。

 城の所々に地下通路を設け、一つの区画を通り抜ける為には一つずつ別の廊下を通らなければならない。

 その全てを知る者は、やはり近衛兵団長とその側近しかいないのだ。


(陛下のお身体が優れないという事が、どれだけ我が国の危機かという事を、気づいている者は少ないのだろうな)


 八まである騎士団、七まである憲兵団、三まである魔術士団。

 王都直轄の陸軍や、騎馬隊、騎竜隊など、単純な兵士の数で言えば5万を超す。

 そのどれもが、戦を知らない。

 賢王の治世により、この国が戦をしなくなったのが五十年前。

 それ以来、王は他国に冷徹にも厳しく接してきた。

 他国のロアに対する不満も、五十年で大分溜まっているはずだ。


 次代の王がまだ選出されない中で、唯一無二の賢王がお隠れになるという事は、グラスの淵で蠢く水が溢れる事を意味する。


(ウェルフェンなら、あるいは危機感を覚えていてくれればいいのだがな)


 募る不安感を押し隠すように、ヒューリックは見取り図を見た。










 夜の通りを眼下に、イバンは酒の入ったグラスを傾ける。ここは王都フリビナルの東区画。貴族屋敷や教会、神殿などが並ぶ王都の高級地である。


「イバン組合長(ギルドマスター)、王城から直接の依頼クエスト、どうなさるんですか?」


 この国の冒険者達を管理する冒険者組合ギルド、その筆頭であるイバンは怪訝な顔をする。


「なんだってまた、辺境伯領に追加の人員なんぞ送らねばならんのだ」


「私に言われても、王侯貴族様方の遊びはよくわかりません」


 澄ました顔で、秘書を務めるリナが書類をまとめる。

 金髪の長い髪を頭の横で束ねたその姿は、時に貴族から求婚を申し付けられる程の美女である。

 この才媛、それを断り続けている。

 年で言えば19歳、一般的には結婚を焦りだす年頃であった。


「困ったな。アドモント劇団の東巡業の護衛依頼は、すでにダイン達に任せてある。あとから他のパーティーを送ったとなれば、奴らの仕事にケチをつける事になるぞ」


「『古き鉤爪』にはシノア嬢もおりますし、彼らがいれば並みの盗賊や魔物などは歯牙にもかかりませんからね」


「ダインならそんな事気にしないのだが、他の冒険者に示しがつかん」


 その蓄えた白髭を撫でながら、小柄な老人イバンは目を瞑った。


 貴族達の無茶はよくあるが、どれもがくだらない見栄や自慢の為に動かされる。その分報酬も潤沢なので冒険者達は喜ぶが、それを取り仕切っている側からすればこの上無い迷惑だった。


 腕に定評のある冒険者達が、どうでもいい依頼クエストに指名されれば、その分実力を必要とする依頼クエストに手が回らなくなる。


 特にここ最近は狩猟祭の事もあって、街道の治安維持の依頼や、隊商キャラバンの護衛依頼が溢れているのだ。

 現状ですら手が足りないのに、送らなくていい増援を回す余裕など以ての外であった。


「何かあちらであったんじゃ無いですか?ピースイウム支部からの通信魔術では問題無しと報告を受けましたが」


「アドモント劇団の他の巡業は何も問題無いのだろう?腕利きのパーティーをそれぞれつけた意味が無くなるではないか」


 考えれば考えるほど、追加増員を送る意味がわからない。


「しょうがないですね。今の王都には若手のパーティーしか残ってません。ここで動けるのは私ぐらいでしょうか」


 リナはもともと冒険者である。

 増強魔術の使い手であり、単独で街から街を行き来できる貴重な存在だった。

 その実務経験と、見事な書類処理能力を見込まれ、荒くれ者が多い冒険者への牽制として組合ギルドに雇われた。

 その貴重な人材が、組合長ギルドマスター付きの秘書になるのも当然と言えば当然の話だ。


「かつてのお前のパーティー達は皆出払っておるぞ?」


「ピースイウムぐらいなら馬さえあれば一週間で着きますし、一人なら魔物からも逃げやすいですから」


「……そうだな。この忙しい中で職員の皆には悪いが、お前なら貴族にも体裁が取れる。すまんが明日から向かってくれんか」


「かしこまりました。職員なら大丈夫ですよ。部下の娘達も厳しく育ててますから」


 その異常に似合うパンツスタイルでリナは頭を下げた。クールビューティーという言葉がとても良く似合う女性だった。


「たまに、若い女性職員が涙目で仕事してるのを見るんじゃが」


「嬉し泣きなんて、先輩冥利に尽きますね」


「とてもそうは思えんがのう…」


 イバン組合長(ギルドマスター)はグラスを飲み干し、また窓の外を見た。


「十年ぶりの祭とはいえ、今年は何やら奇妙な事ばかり起きるのう」


「大森林の魔物の活性化や、大河の増水などもありましたしね」


「南のイムサでは内乱が起きとるらしいしの」


 白髭を撫でながら、机の上の酒瓶からグラスへと酒を注ぐ。


「………『翼の心理』どもはなぜか大人しいがな」


「他の結社ソサエティはそうでもないんですが、あの方達が祭の利権に絡まないのは確かに不穏ですね」


『翼の心理』とは、王都に本部を構える中堅の結社ソサエティだ。

 その規模や実力はお世辞にも優れていると言えないが、この結社ソサエティの有名さは大手の結社ソサエティに匹敵する。

 小さな商売から大きな軍事演習まで、いちいち口を挟んでくるのだ。

 得意な文言は『我らの叡智が備われば』、『由緒ある我らを抜きにして』。

 その言葉で、必ずと言っていいほど騒ぎを起こす。

 その特徴的なやり口は、結社ソサエティを特定するような言質を取らせない、といった手法だ。

 たとえどのような騒ぎになっても、『翼の心理』が絡んだ証拠や証言が出てこないのだ。

 その中途半端な規模が、王政や組合ギルド、果ては大手の商会の頭を悩ませる。

 適度に保持した権力と、微妙な支持の所為で処罰の対象にならないからだ。


「うるさくても邪魔だが、静かでも邪魔とは驚いたのう」


「人や国に迷惑をかけた歴史だけなら、王都でも老舗ですからね」


「昔、お前にも勧誘がきたのだろう?」


「逃げ回って事なきを得ました。シノア嬢などは脅迫じみた手段すら取られています。相談に乗り、手助けした事がございます。結果は残念でしたが」


「若い才能を潰すのが上手いのう……」


 呆れて物も言えないとはこの事だろうか。

 イバンは再びグラスを煽る。


「祭の空気ぐらい、素直に楽しみたい物なんじゃがなぁ」


「同感です」


 二人は並んで窓の外を見る。


 王都の夜は、まだ穏やかだ。

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