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暴走する感情

※多少汚い描写と、少ししんどい場面があります。

※今回より神語での会話を【】で表してます。誤字じゃないです。見づらかったら変えます。

 旅も順調に、三日目の昼には村に着いた。


「おっ、見えてきたな」


 カナメが御者台の上で立ち上がり、遠くにある村を覗く。


【楽しみだね!カナメ】


【そうだなシュレウス!エンリケ起こしておいで】


【うん!】


 その肩から赤い蝶が飛び立ち、ホロの屋根に消えていった。


「カナメ!お前らはこの国の者じゃねぇからな!小さな村とは言え、あんま目立つことすんじゃねぇぞ!」


「はーい!了解しましたー!」


 先頭を馬で行くダインからの忠告をありがたく受け取っておく。

 ピースリント辺境領は広く、小さな村が多く点在している。

 さらには国境に商人の寄り合い所を兼ねた集落まで存在し、他国の民の流出入は比較的容易であった。

 そのためカナメ達がこの国の民では無くても大した事にはならないが、あくまで建前である。


 カナメは腰に下げた『倉庫』の口を開け、部屋の中に入った。

 寝室の区画に簡単に貼ってあるカーテン越しに呼びかける。


「ヘレーナ、起きてるか。村が見えたぞ」


「ええ、起きてるわ。リューリエ、着いたわよ」


 どうやら寝ていたのはリューリエの方だ。彼女達は昨夜の夜番をしていたので、ゆっくりと休養を取らせていた。

 ベッドの上で気持ちよさそうに寝ているリューリエの腰に、シノアが抱きついて寝ている。馬車の中より快適と言う理由で、ネーネ達やダイン達すら『倉庫』の中で就寝していた。

 もちろん違う区画でだが。

 女子は大きなベッドの上で。男子は道具部屋区画のカーペットの上で。


 シノアもまた夜番担当だった。


 道中の三日間でシノアとリューリエの仲はかなり深まっていた。

 リューリエの魔術指導が原因だろう。

 教えれば教えるほど吸収して強くなるシノア。リューリエにとって最高の生徒だ。

 シュレウスやカナメも素直で真面目だが、少しばかり集中力に欠けていた。話の最中で違う事に気を取られる事も少なくない。

 その点シノアは、リューリエの言葉を全て聞き逃さぬよう耳を傾けていたし、理解力も高い。

 リューリエは楽しそうに指導をしていた。


 シノアにとってはリューリエは憧れだった。

 知らない知識や知らない方法。

 そして圧倒的な魔力量。

 過去に幼いシノアの憧れだった姿がそこにあった。

 その上、細剣レイピアまで振るう魔術剣士だ。

 まるでおとぎ話のような存在に心躍らない訳がない。

 王都にいる頭でっかちで保守的な魔術師どもとは偉い違いだ。

 なにせ彼らは、その体に触れることすら金銭を求める。

 全ては知識の保全と独占の為と銘打ち、やってる事はただの暴利な金漁りだ。

 反吐がでる。


 まだ12の時に王都を訪ね、冒険者となったシノア。

 少しだけ裕福な農民の四女という、どう転がされても誰も気にしない立場もあって村では好きに生きていた。

 村のはずれに住んでいた老婆の魔術師にたまたま気に入られ、その手ほどきを受けてメキメキと成長した。

 惜しむらくは老魔術師が出会って二年程で亡くなった事だろうか。

 シノアは老婆の家族より泣いた。悲しんだ。老婆の魔術師としての姿勢が何より好きだった。

 魔術師が弟子を取る際には、莫大な金銭が動く。

 それを老婆は、シノアの才能を認めた事で無償で弟子としてくれたのだ。


 [その知識は発展の為。惜しんではならぬ。]


 それが老婆の口癖だった。シノアもそれに深く納得していた。

 単純に力ある魔術士が増えれば、世の中の危険は大分減るだろう。

 確かに軽い気持ちで力を与えてしまえば、破滅もありうる。

 だから継承者を絞るのは賛同できる。納得できる。


 しかし結社ソサエティは老婆の理念とは真逆に動くのだ。

 彼らは知識の独占を目論む。決して外部に出ないよう門外不出。

 彼らが選んだ者の間でしか知識の往復は行われない。

 その選定基準が下衆すぎた。


 まずは血。優れた魔術師を輩出した名門の貴族を主体に入門を許していた。

 そして金。多くの出資をした商人の関係者をわかりやすく贔屓している。

 そして最後が女。

 より良い魔術の血は、良い魔術師の女が産むべき。それがシノアを勧誘しに来た結社ソサエティの言葉であった。

 当時12だったシノアに、男をあてがおうとしたのだ。

 ロアの法では成人は15歳。未成年にしていい勧誘ではない。

 さらに別の勧誘員は、脅迫じみた事までしたのだ。

 当時駆け出しのシノアを面倒見ていたパーティー。その中の女剣士を人質に取り、シノアの身体を明け渡せとのたまった。

 間一髪で他のパーティーメンバーによって阻止されたが、結局シノアはそのパーティーを辞めざるをえなかった。

 それから三年、15になったシノアはパーティーを転々とし、ダインのスカウトを経て「古き鉤爪」にいる。

 あれ以来自分以外の魔術師や、男性が信じられず難儀してきた。


 そして目の前に現れたリューリエである。

 その実力に奢る事なく、さらには自分の才能を認めてくれている。

 一般的な魔術師が秘匿すべし貴重な知識を惜しみなく披露し、ましてやその心構えすら教えてくれる凄腕の術士。


 [その知識は発展の為。惜しんではならぬ]


 かつての師匠の言葉を体現する魔術師に、シノアは初めて出会った。

 有頂天である。幸せだった。

 どんどんリューリエが好きになっていく。

 思えば同年代の友達など作った事がない。

 村には近くても五つ上か六つ下。農作物の出来次第で人口が左右される田舎の村では珍しい事じゃない。

 シノアが生まれた頃は不作の年で、生まれた子を他所に預ける事もあった。

 だからこの年まで同年代の友人はいなかった。

 特に冒険者なんて言う危険な稼業だ。婿探しやオシャレに時間を割くなら自らの実力を磨く。

 すると余計に友達もいなくなる。

 そして結社ソサエティの一件だ。無様を晒した彼らはわかりやすい嫌がらせをして来た。根も葉もない悪評の流布だ。

 曰く年上の冒険者をたらし込んだ淫売。曰く邪法でのし上がった外道術士。

 そんな噂を信じる人間はシノアから切ってきた。

 そんな孤独な生活の中、リューリエと出会った。

 懐くのも当然と言えよう。









「ん……ヘレーナ。なぁに?」


「目を覚まして。村についたそうよ」


「んあ。わかったわ」


 意外な事に、リューリエの目覚めは悪い。

 大切そうに布団を抱え、しつこく揺らさないと目を覚まさない。

 偶にカナメが起こす際など、寝ぼけたリューリエに抱えられて身動きが取れなかった事もある。

 無理に起こそうにも寝ている時の表情は幸せそのもので、押し寄せる庇護欲にカナメが悶絶した程だ。


「ん……腰……だぁれ?」


 ベッドの上で枕を抱いたまま座るリューリエは、腰にまとわりつくシノアに気づいていなかった。


「シノアさん。起きて。村に着いたわよ」


 仕事の最中なのに、警戒心の欠片もない姿のシノアをヘレーナが揺する。


「リューリエも、顔を洗ってきなさいな。そのままだとまた眠ってしまうわ」


「ん。ヘレーナありがとう……大好きよ」


「ええ私も大好きよお姉ちゃん」


 寝ぼけたリューリエに呆れ顔のヘレーナ。


「カナメ、まだいるかしら」


「おう。なんだ」


 カーテンの外で外出用にカモフラージュした鞄を整理していたカナメを、ヘレーナが呼びかけた。

 ダインの忠告どおり、普通の旅人としておかしくない装備をまとめてある。余計なトラブルは起こしたくない。


「リューリエもシノアも中々起きないから、お風呂に入れてくるわ。しばらく『倉庫』には誰も入れないでね」


 人族の常識を学び始めた彼女達は、その肌をむやみに晒す事をやめた。

 ヘレーナの胸元を見るジュッツの目つきが生理的に受け付けなかった事もあって、余計に考えさせられたようだ。


「ん、わかった。俺もしばらくは御者やってるから」


「あら、カナメも入っていけば?」


「馬鹿、シノアさんもいるんだぞ」


 ヘレーナはいついかなる時でもカナメと居たがる。

 隣を歩く時は腕を必ず抱えるし、座る時は必ずカナメの左を独占する。

 大河を出たあたりからそれは顕著になり始め、カナメも最早何も言えなくなっていた。


「…………悪いんですが、カナメさんとはお風呂に入れません」


 ようやく目覚めたシノアが目を細めて呟いた。


「そりゃそうですよ。んじゃ俺は出るぞ。なるべく早く上がれよ」


 未だにシノアとの距離感を掴めないカナメはそそくさと荷物をまとめて『倉庫』を出た。


「カナメさんって、アルヴァさんやヘレーナさんとは何か違う気がする。本当にリューリエの弟さんなの?」


「ん……カナメは……エレ様の子………だから……遠いけどあたしの弟よ」


 まだ目覚めないリューリエはフラフラと頭を揺らしていた。シノアの問いに答えられるところを見ると、もう一押しだろうか。


「え?親が違うの?遠い弟?腹違いって事?」


「私達の故郷では弟みたいな扱いをする間柄なのよ」


 風呂用の布を肩にかけて、ヘレーナはリューリエの着替えをまとめていた。


「ますます混乱してきた。なんか、イマイチ頼りない感じなのよね。剣の腕が強いのは知ってるけど」


 まず、強者特有の覇気がない。ダインやアノスから感じたピリピリとした空気が感じられなかった。

 そしてあまり自己主張しない。会話の中でも一歩引いていて、他の姉弟を優先している気がする。

 アルヴァは頭の良さそうな好青年。ヘレーナはクールな美女。リューリエはハキハキとした美少女。

 それぞれが個性的な家族の中で、カナメのみ埋没している気がするのだ。

 顔は決して悪くない。悪くないが良くもない。

 身につけた装備は一流だし、剣技も確かだ。

 だが何かが足りない。もともとあった何かを隠している、または無くしている。

 シノアやダイン、サンニアのカナメへの意見はそれでまとまっていた。

 ダインとしては好印象らしい。素直で腕も立つ。もしパーティーにいるなら連携のとれ易そうな性格だ。

 シノアにとっては、薄気味悪い存在である。

 リューリエ達の中では特に秀でているわけではないのに、なぜかその中心にいる。

 ヘレーナなんかはわかりやすく好意を示してるし、リューリエにとっても特別な存在。アルヴァは頻繁に彼に頼ってる節もある。

 不思議すぎて気味が悪い。


「まぁ、そうね。もう少ししっかりしてほしい所もあるけど、私達の中で一番腕が立つのは間違いなくカナメだし」


 アンタム大森林での一年は、カナメの成長を多いに促した。広域殲滅にかけてはリューリエに一歩劣るものの、状況判断と咄嗟の対応は誰もカナメに敵わない。

『ルファリス』や『交差する盾』を用いた戦闘なら、リューリエすらカナメに一撃を加えることすらできなくなっていた。


「カナメ……んにゅ……」


「リューリエ。ほら起きなさい。お姉ちゃんってば」


 シノアにはイマイチ信じられない。リューリエの属性魔術は一流だし、その剣技もダインと匹敵するかもしれない。

 少ししか見ていないがアルヴァの魔術も、他の術士とは一線を画している。

 ヘレーナの治癒術は間違いなく最高の技術だ。


 カナメの剣技も素晴らしい。素晴らしいが所詮剣技だ。

 対人としては文句の付けようのない腕だが、こと魔物や魔獣が相手だとそうもいかない。

 物理的手段が効かない魔物もいるのだ。

 冒険者パーティーは魔術士ありきで戦闘方法や隊列を組む。


 正直、パーティー戦闘での剣士の役割は術士の盾を意味している。

 たとえ一対一で相手したと言えど、シノアは剣士には負けない自信があった。

 魔力障壁で剣撃を無効化できるし、属性魔術一発で決着がつくからだ。

 だからヘレーナの言葉をシノアは信じられなかった。


 シノアがただ知らないだけであるが、カナメにとって魔力障壁はさほど脅威にはならない。それはカナメの魔力の特性ゆえの事だが。


「信じられないのはわかるけど、確かよ」


 寝ぼけたリューリエを引きずりながら、ヘレーナは風呂に向かう。


 旅の最初にカナメが考案し設置した風呂は、ヘレーナやリューリエにとって今は欠かせない物だ。

 お湯が無限に湧き出る魔道具で、大きな桶を湯船代わりに使っている。

 その心地よさは蝶の時には考えもしなかった物だった。


「あ、私もいい?」


「ええ、もちろん」


 シノアからしてみれば物凄い贅沢品である。

 王都でも個人の浴室を持っているのは王族や、貴族でも限られた上級貴族のみ。

 大衆浴場は常に満員であり、入湯料もそこそこする。

 多くて一週間に一度ぐらいの頻度でしか入れない。

 それ以外は井戸水で体を拭くぐらいしか手段がない。


 入れる内に沢山入ろう。

 そう決めたシノアは慌ててヘレーナの後を追ったのだった。














 大国ロアでの村とは、おおよその決まりでできている。


 一つは人口である。約にして五百人以上の生活者を内包していなければ村とは呼べない。

 一つは教会。アシュー教にとって神殿と教会は意味合いが異なる。神殿は祈りの場。教会は信徒の窓口を意味していて、主に病院としての機能と諍いの仲裁を仕事としている。公共物として扱われている。その存在がなければ、国が一つの自治体として認を置かないのだ。

 そして職業である。飲食、被服、農業、そして工房。これらが一定数なければならない。

 他にも守護隊が配属されていたり、税が少しだけ高かったりと細かい決まりをクリアした集落を、名前のある村として扱っている。


 さらに発展すれば街となるが、ピースリント辺境領では領主のいるピースイウムのみであった。

 広い土地に少ない街、多くの村と開拓地。それが国境であるピースリント辺境領の特徴でもあった。


 このトーバと呼ばれる村も、周辺に20を越す名もなき集落を束ねる村の一つである。

 特産はアンタム大森林の浅い所で取れる獣の肉と石材。そして石材を加工した装飾品であった。


「人、いっぱいいるねぇ…」


 アルヴァがつぶやく。

 目の前を行き交う人、人、人。

 商人の馬が行き交い、子供達が走り回り、流しの芸人などがそのしのぎを削っている。


「狩猟祭があるからな。周りの集落からも人が集まってきてんだよ。なにせ今年は十年振りだ。田舎にゃ娯楽が無ぇからみんな楽しみにしてたんだろうな」


 村の関所で憲兵の確認を受けて、カナメ達はダインを先頭に村へと入った。

 村の入り口ですら溢れる状態だ。

 中に入ればさらなる人波に、田舎者のアルヴァは絶句するしかない。


「王都はいつもこんな感じだぞ。狩猟本祭なんて国中から人や商人が集まるから毎回大変な事になるな」


 人波で馬を動かせず、ダインがこぼした。

 馬車は村の外の停馬場に預けて、安く雇った孤児にその世話を任せた。

 村の入り口では、職を求める孤児や乞食が列を成していた。

 カナメはリューリエとヘレーナが『倉庫』の中にいて良かったと思っていた。

 なにせ孤児の量が多い。あまり高くない村の外壁をぐるりと一周するほどに、孤児で溢れている。


 一概に裕福な貴族が増えるほど、貧困にあえぐ者が減ると言われている。

 それは雑事の仕事が増え、生活困難者の就職先が増えるからだ。

 だがここは開拓を主にする辺境の地。

 力仕事とはいわゆる危険な仕事である。

 魔物の討伐に森林の伐採、開墾や荒れ地の整地といった、どんな事故が起きても不思議ではない仕事が沢山ある。

 彼ら孤児の半分は、その遺族でもあった。

 危険な仕事ほど給金は高いが、事故すら了承の上で雇われる場合が多い。

 死んだ後の遺族への慰謝料は存在するが、すなわち稼げる者が永久に失われる事を意味していた。

 ピースリント辺境領はここ100年ほどでだいぶ開拓されてきた地である故に、死亡事故に枚挙の暇がない。

 最近では近場の山岳地帯に鉱山が見つかり、我先にと鉱山夫が集まった結果、一つの崩落事故で2千人ほどが命を落とした。誰が死んで誰が見つかってないかすらあやふやな事故である。

 満足に補填などされるわけが無い。その結果、口減しや子捨てが増える。

 トーバの村などはまだ少ない方である。ピースイウムなどでは孤児街なるスラムすらできているのだ。


 優しいリューリエやヘレーナが見たら悲しむだろう。

 そう考えたカナメですら、心のモヤモヤが消えない。

 なにせ誰も孤児達に恵んでやろうとする者がいないのである。

 それほど、ありふれた光景なんだろう。

 そう納得してカナメは彼らから目を逸らす。

 きっと誰がどう動いても、この子達を救うには足りないのだろう。

 子供達もまた、強くならねばならないのだ。

 果たして孤児達もまた、わかっているのだろうか。










 一行が人波をなんとか掻き分け、一座の依頼主である村長の屋敷の前にたどり着いた頃、リューリエ達も『倉庫』から出てきた。


「カナメ、なんか顔色悪いわ。大丈夫?」


 リューリエが心配そうに覗き込んできた。


「ん?ああ、人に酔っただけだよ。心配すんなって」


 心のモヤモヤを払うように元気を振り絞り、笑顔を作った。

 心配ばかりかけるもんじゃない。なにせこの姉妹はカナメの心配ばかりしているのだ。


「さて、僕達の依頼はこれで終了だよね」


 アルヴァがダインに話しかけた。


「そうだな。アルヴァ、これが報酬だ。お前さんだったら勘定間違わねぇよな」


「えっと、三日で銀貨3枚。魔物結構倒したから銅貨六十四枚っと!うん確かに!」


「これからカナメ達はどうすんだ。さすがに同じ額は出せねえが、王都までついてきてくれるとスゲェ助かるんだがよ」


 ダインがここぞとばかりに詰め寄ってきた。

 この三日で、姉弟の中心を担うのがカナメである事は見抜いている。

 どうせならパーティーに勧誘したいとすら思っているのだ。

 彼らの持つ魔道具は『倉庫』をはじめ魅力的だし、カナメ達自身も凄腕だ。

 よそに取られるくらいなら先に顔を売った「古き鉤爪」が囲いたい。

 そういった下心ももちろんあるが、ダインは何よりこの姉弟を気に入っていた。

 みな例外無く素直で、スレていない。

 旅慣れていない所など、面倒見のいいダインが放っておけなかった。

 剣士ダインはロアの組合ギルドにおいては中堅を位置する冒険者だ。

 懐の深い彼を慕う若手の冒険者も多い。

 組合ギルドは伝統的に新人育成に力を入れているが、彼ほど熱心に指導する者は多くない。

 そんな彼だからこそ、カナメ達は見ててどこか危なっかしくてつい余計な口を挟んでしまった。


「ネーネの踊り、見る約束してますから。祭は見ていきます。後はみんなで相談ですかね」


「カナメさん!王都のお祭りでは一座総動員で踊るんです!ぜひ!」


 カナメの死角からネーネが飛び込んできた。

 ギリギリ体の当たらない位置で、低い身長を伸ばしてカナメを見上げている。


「う、うん。考えとくよ」


「そっか、この先の願い亭ってとこがオススメの宿屋だ。今渡した金なら三日ほど滞在できるさ。まぁ、お前らにゃ『倉庫』もあるからどこでもいいっちゃいいんだがな」


「いえ、宿屋に泊まろうと思ってます。目立たないようにしませんとね」


「『倉庫』の入口を開けたら、気づく人は気づくわよね。少しだけど魔力が流れるし」


 リューリエが顎に手を添えて頷いた。


「道中狩った獣や森のお土産なんかもありますから、それを売ればしばらくお金には困らないと思いますし。毛皮の剝ぎ方とか色々教わっちゃってすみません」


「いや、いいさ。カナメ達のおかげで命が助かったしアノスも弔ってやれた。シノアの魔術の手解きも受けたんだ。本来なら俺たち幾ら渡しゃいいのか」


 ダインの横に立つシノアは、今にも泣きそうな顔でリューリエを見ていた。


「リューリエ、ここでお別れなんて寂しすぎるわ」


「な、泣かないでよシノア。まだ村には滞在するんでしょ?」


 リューリエがその手を取って慰める。


「兄さん達も王都に行くんだったら、案内がいた方がいいっす。俺達と一緒なら安全性が増すし祭も間に合うしで一石二鳥っすよ」


「あはは、考えときますって」


 鈍いカナメでもこれが勧誘だと気付いた。

 後ろではミラとクマースが、馬車から降ろした荷物を孤児達に運ばせていた。

 余り見ないようにカナメは移動する。


「ヘレーナちゃん。この先で美味しい果物を扱った出店があったんだ」


 イノとジュッツは宿屋の手配をしてきたようだ。

 もちろん宿泊費は村持ちである。


「一緒に食べにいこうか、もちらん俺の奢りだよ」


 戻るや否や、ヘレーナの手を取り口説き始めた。

 ヘレーナの顔から色が無くなっていく。


「ごめんなさい。姉から知らない人について行ってはいけないと言われてるの」


「あはは、なら俺は大丈夫だね。よく知ってるから」


「私、貴方の事名前しか知らないわ」


「名前を知ってりゃ他人じゃないさ。他の事は後から知ればいい。なんせ俺達には時間がある。まだ若いからね」


「私、貴方の事名前以外知りたくないの」


「大丈夫。自然と僕ら分かり合えるから」


 ヘレーナはカナメを見る。

 それは助けを求める目だ。

 魔術を用いて排除できるなら話は楽だが、ヘレーナは人族の常識を学んでいる。

 それができないなら、あとは頼りになるカナメの出番だ。


「……あージュッツさん。もうやめてもらえませんか」


 カナメとしても、我慢の限界である。

 道中もヘレーナをいやらしい目でみたり、歯の浮くようなセリフで延々と口説いたりと殆ど嫌がらせに近い。

 王都では顔も知れている事もあって、その手法が通じるジュッツであるが、ヘレーナにとっては逆効果以外の何物でもない。


「カナメ、お姉ちゃん取られちゃうのが嫌なのはわかるがよ。これからは俺達二人の問題なんだ。俺たちの未来の話なんだよ。いくら弟でも邪魔しちゃいけねぇって」


「ヘレーナが嫌がってんですよ。察して下さい」


「嫌よ嫌よもなんとやらってヤツさ。俺には本気で嫌がってるようには見えねぇ。俺の事知っていけばきっとこの愛も分かってもらえる」


(…この野郎)


 自然と拳に力が入る。

 確かに、嫉妬心や独占欲が入ってるのはカナメも認めている。

 この一年ずっと供にあったのだから、それもあるだろう。

 ただ一番ムカつくのは、ジュッツがヘレーナの側に立つその姿だ。

 そんな未来は望んでいない。


「ジュッツさん。妹を離して下さい」


 見かねたリューリエがジュッツに近づき、ヘレーナから引き剥がした。


「リューリエさん!そうだ、リューリエさんも一緒に行きましょう!妹さんとの将来について相談したい事があるんです」


 そう言ってジュッツはリューリエとヘレーナの肩を抱いた。













「おい」
















 地の底から這い出たような声がした。


 一瞬周囲の人波が止まる。


 木の枝に止まる鳥すら身動きをやめ、馬達は頭を低くした。


 ダインは危うく剣を抜きかけた。


 シノアは魔術障壁すら貼ってしまった。


 サンニアは弓を背後から抜き取り矢をかける寸前だ。


 ジュッツを止めに入ろうとしたミラは一歩も動けない。


 イノとクマースはジュッツの死を一瞬で覚悟した。


 ネーネは体の震えが止まらない。


 アルヴァはエンリケとシュレウスを腕に匿ったが、その気配の出先を知ると安堵した。















「二人に、触れるな」













 それは殺気。

 無意識にカナメから溢れた殺意。

 湧き出る焦燥感と独占欲と嫉妬心がまとまって、それだけでジュッツを殺せそうなほどの感情の刃だ。


「どうしたのカナメ、落ち着いて!」


「そ、そうよ。私達は大丈夫だから、お願いカナメ落ち着いて」


 リューリエとヘレーナが、ジュッツを引き剥がしてカナメに駆け寄る。

 ジュッツは身動きが取れない。

 二人の肩を抱いていた姿勢のまま固まってしまった。

 流れる油汗。

 押し寄せる死の予感。

 滲み出る涙。

 下半身に、熱い感覚が行き渡る。失禁してまったようだ。


「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ」


 喉が自然と震え、声が漏れる。


「二度と」


 その声は脳裏に反響する。


「俺の二人に」


 それは耳元で囁かれているかのような。


「触るな」


 そう言ってカナメは踵を返して歩き出す。

 リューリエとヘレーナの手を取って、アルヴァとダイン、ネーネの元へやってきた。


「ダインさんすみません。今日はこのへんで、また祭りの時に会いましょう。ネーネも、頑張ってな」


「お、おう」


「は、はは、はい…」


 ダインが抜きかけた剣を戻せずに返事を返す。

 ネーネはカチカチと震える歯をなんとか抑えながら言った。


「アルヴァ、エンリケ、シュレウス。行こう」


「う、うん」


 アルヴァは引きつった笑顔でダイン達に会釈した。

 そのままカナメは歩き出した。

 リューリエとヘレーナは心配そうにカナメを伺いながら隣をいく。

 ヘレーナはカナメの左腕に抱きつき、カナメの頬を撫でた。

 リューリエも握られた手を撫でながら、カナメの顔を覗いていた。

 アルヴァはエンリケとシュレウスを抱きながらついていく。







「ひ、ひっ、ひい〜」


 カナメが視界から消えた途端、ジュッツが情けない声を出してへたり込んだ。

 ネーネは震える体を抱くように抑え込んでカナメの背中を目で追う。

 下腹部に感じる熱がなんなのか、ネーネにはわからない。鼓動は早まり、カナメから目が離せない。


 ミラやクマース、イノは安堵のため息を漏らし、ジュッツを取り囲んだ。


「………こればっかりは、アンタを庇えないわ」


「………おっかなかったな。おいイノ、あの兄ちゃんあんなに怖かったか?」


「いや、爽やかで物静かな兄ちゃんだと思ってたんだがな………。しっかし情けねぇ姿だなジュッツ。俺はなんだか涙が出てくるぜ」


 だらしなく肩を落として地面に水溜まりを作るジュッツに、三人は呆れるばかりだ。





「……スゲェな。思わず構えちまったぜ」


 ダインはようやく剣を戻した。


「……ええ。狼の群れより恐ろしかったわ。エンリケとシュレウスって何かしら」


 額の汗をぬぐい、シノアは両手を見た。微かに震えている。

 今なら、ヘレーナの言葉が納得できた。

 確かに、カナメが一番怖い。


「カナメの兄ちゃんの逆鱗は、あの嬢ちゃん達なんすね」


 引いた弓をゆっくり戻し、サンニアは周囲を見る。

 人波は再びざわつき始めている。

 不意に感じた死の恐怖すら、祭りの熱気に掻き消されたようだ。

 馬や鳥達だけが狂った様に鳴いている。


 シノアもまた、遠ざかるカナメの背中を見た。

 先ほどの姿からはかけ離れた普段のカナメを想像する。

 その背中は、普通の青年の背中だった。










「………カナメ?落ち着いた?」


 リューリエがそう聞くと、カナメが勢いよく頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!恥ずかしいこと言ったぁぁぁぁぁぁっ!」


 悶えた。

 悶え苦しんだ。

 地面をゴロゴロと転がりたい衝動に駆られる。

 髪の毛をワシャワシャと混ぜた。

 黒歴史であろう。やってしまった感がある。


(なんだ俺の二人って!俺のって!)


 専有権を主張してしまった。

 あり得ないだろう。

 ドン引きである。

 穴が無いから掘って入りたい。

 そのまま埋めて貰って、召されてしまいたいほど恥ずかしかった。


「カナメ、私は嬉しかったわ」


 ヘレーナがしゃがみ込み、カナメの頭を撫でる。


「そ、そうよね!助けてくれてありがとう!」


 リューリエも同じ様にしゃがみ、未だ暴れるカナメの手を握る。


「ビックリしたなぁ。僕思わずエンリケとシュレウスを庇っちゃったよ」


 右肩に止まるエンリケを撫でながら、アルヴァが笑った。


【か、カナメ。大丈夫?】


 エンリケがカナメを気遣う。

 その言葉は、周りに聞こえないように、神語しんごで会話している。


【ぼ、僕いい子にしてたよ?】


 シュレウスは少し震えていた。


【ああ!違う違う!エンリケとシュレウスはなーんも悪くないぞ!すっごい、いい子だもの!勘違いさせちゃってごめんなぁ】


 情けない限りだ。

 小さなシュレウスやエンリケにまで気を使わせてしまった。


【あのジュッツって人、悪い人なの?】


 シュレウスの無垢な質問だ。


【悪くはないけど、気持ち悪かったわね】


 ヘレーナが抱えられた左肩をさする。


【特に何かしたってわけじゃないのよ?まぁ、あんまり気分のいい感じじゃ無かったのは確かね】


 リューリエもまた、両肩を抱えた。


【ん、まぁ、なんだ。とりあえず宿に入ろう…。俺もう今日は眠りたい……】


 カナメはヨロヨロと立ち上がり、歩き出した。


 リューリエはその後を追って、ヘレーナはニコニコと笑顔でカナメの左腕を抱いた。

 アルヴァも、震えのおさまったシュレウスを撫でながら歩き出した。





 初めて入る人里だったが、カナメにはそれを楽しむ心の余裕が無かった。

始めて感想頂きました。こんなに嬉しいとは思わなかった。ありがとうございます。

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