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真っ赤な踊り子

「少し待っててな」


 旅人と名乗った少年は、肩に乗せていた緑色の蝶を御者台に優しく乗せた。


「エンリケ、馬車を頼んだぞ」


 蝶に向かって話かける旅人の少年。

 なぜ蝶になんて話かけるのだろうか。もしかしてすこし不思議な人なのかな?リューリエは混乱した頭で考えていた。

 気のせいか、蝶は頷く様に一回羽を畳んだ。


「カナメ!逃げる奴がいるわ!」


「逃すか!アルヴァ!」


「まっかせなさーい!」


 どうやら不思議な人はカナメと言う名前らしい。ネーネが走り出すその後ろ姿をボンヤリ見ていると、隣に腰を落としていた魔術士シノアの体が、小刻みに震えている事に気付いた。


「シ、シノアさん?」


 リューリエの問いにシノアは答えない。


「うそ、なんで。こんな」


 やがて空を見上げてシノアはつぶやいた。その表情は伺えないが、何かに驚いているようだ。


「シノア!どうした!」


「だ、ダイン!これ、これ、わかる?ここに、魔術障壁があるの!目で見えないくらい透明なのに、間違いなく私より強い風の障壁が!ここにあるのよ!」


 馬から降りて馬車に近寄る剣士ダインに、シノアが半狂乱で説明する。


「何言ってんだ!そ、そんなアホな話があるか!どんな化け物が作ったってんだ!」


 ダインはベテランの冒険者である。一概に、冒険者としての歴が長ければ長いほど、魔術の恩恵については詳しくなっている。剣士といえど魔術には助けられるからだ。魔物との戦闘に魔術士は必要だ。

 だから、シノアの前の魔術士が、金に目が眩んでヘマをして死んだ後も、新しく若くて才能溢れるシノアをスカウトした。

 小娘に対して、プライドを一旦捨てるほど頭を下げて。

 有力な術士は引く手数多だ。もちろん条件のいい方へ流れていく。最悪なヤツだと付き合いが長くても遠慮なく、まだマシなヤツだと一言謝って、術士は入れ替わりパーティーを抜けていく。

 だが例外なく、魔術士というヤツらは他のヤツより金の亡者と思っている。

 ほとんどが金の為に魔術士になったと断言したいほどに。

 それはダインの偏見でしかない。


「本当よ!疑うんなら外に出て確かめてよ!」


「バッカ!そんな事できるわけ」


「失礼、少し宜しいかしら」


「後にっ…」


 話を遮られて、頭に来た。後ろから声がしたので怒鳴ってやろうと、ダインは振り返る。


「話の最中ごめんなさい。姉に、貴方が怪我をしてると言われたの」


 そこにいたのは美少女だった。

 金髪で小柄、そして巨乳。

 顔は幼いが、色気は爆発していた。


「お、おう。背中を噛まれてな」


「そう。他に怪我人は?」


 ダインを一瞥して、ヘレーナは馬車の方を伺う。


「あ、私が。魔力の使いすぎで、腕に魔傷を」


 シノアが右腕を見せた。細い筋のようにいくつも傷ができていて、血が滲んでいた。


 ダインとシノアは風壁を立てるまで最後まで前線に立っていた。

 ダインは背中を噛まれて、シノアは風壁を無理やり作り出したので、魔力の過剰放出により腕に傷を負っていた。

 魔力を限界まで引き出すと、体の中の魔力ルート、通称「導脈」が過剰に巡る力に耐えきれない。

 時にそれは導脈を超えて本来なら流れない箇所からの放出となり、皮膚を突き破る事がある。

 それを術士は魔傷と呼んでいた。


「ん。貴方はこれを」


 そう言って金髪の女性は腰の袋から小瓶を渡した。

 それは澄んだピンク色の液体。


「私の調合した回復薬よ。実験や治験は済んでるから安心して」


 そう言って女性は御者台に飛び乗った。

 肩の露出したロングワンピースを揺らし、畳んで持っていた黒い布を抱き抱えて、自然に流れる動作にダインはため息がでそうだ。


「貴女の傷は、私が治すわ」


 金髪の髪を手で払い、ヘレーナがシノアを見る。


「な、治すって言ったって。魔術の傷よ!?そんな簡単に」


 魔術でできた傷は治しづらい。それは、傷の周りにその残滓が残るから。高位の治癒術士が時間をかけてその残滓を取り除かねば、治療すらできないのだ。


「ん。みた感じそれほど難しい物じゃないわ。ほら」


 そう言って女性はシノアの腕を取り、右手で傷を覆って魔力を流し出した。


「え、え!?嘘?そんな」


 魔力が確かに流れていく。本来なら残滓が邪魔をして正常に流れない筈の魔力がだ。


「こんなものね。大丈夫だと思うけど、どう?」


 あっと言う間に、シノアの傷は塞がっていた。


「え、ええ。治っているわ。ありがとう…」


 何もかもが信じられない。シノアが学んだ魔術の常識が、一枚づつ剥がされていく。

 魔傷をいとも簡単に、しかも短時間に癒す。

 そんな治癒術士は、そういない。いたとしてもシノアの知識では、有名な大神殿の神官『白月の巫女』エレノア・アーザイルぐらいだ。だが彼女は大神殿から出る事は出来ないと聞いている。


「すげえ…。体の疲れも取れてやがる」


 ダインもまた、信じられない顔をしていた。

 原因は回復薬だ。彼の知っている回復薬は苦い緑色の液体で、傷を治すと言うよりは傷を無理やり塞ぐというもの。

 痛みは取れず、すぐに傷が開く。

 薬効成分を魔術的な成分で補助した頼りない物で、あるだけマシ程度の効能に、それなのに値段の高すぎる代物だった。

 その価値は彼のパーティーが稼ぐ、一週間分の稼ぎに相当する。

 だが、今手渡された回復薬は違う。

 ピンク色の液体は喉越しが良く、味も薬とは思えないほど美味い。

 チェリーに似た味の液体を一口飲めばそれだけで背中の傷が一瞬熱くなり、気がつけば傷がなくなっていた。

 サンニアに背中を確認させたら間違いなく塞がっている、いや塞がっているどころか怪我をした痕さえなかった。

 手元の瓶にはまだピンク色の液体が大量に残っていた。


「あ、あんた一体?」


「ヘレーナー!」


 遠くから声がした。「古き鉤爪」と芸人の一座の目線が声のした方向に向いた。


「そっちの人達、具合はだいじょーぶー!?」


「ええリューリエ!もう傷は塞いだわ!」


「そっか!あたしの方ももう直ぐ終わるわー!」


 ヘレーナと呼ばれた金髪の少女が、うっすらと笑った。


「あらごめんなさい。私の姉なんだけど、少し落ち着きがないの」


 リューリエと呼ばれた黒髪の少女をみて、ダインはまたも驚愕した。

 なるほど、顔つきはヘレーナとよく似ている。体つきは貧相だが、十分美しい少女だ。

 その少女が、細剣レイピアの一振りで狼を五匹ほど吹き飛ばしていれば、誰だって驚くだろう。


「兄貴、俺たち揃って夢でも見てんすかね」


 弓士サンニアがか細くつぶやく。


「さあな、もしかしてアノスと一緒におっ死んじまってるかもな」


 絶対絶命だった。犠牲を覚悟した。

 先に死んだアノスに申し訳ないと思った。

 だがしかし生きている。

 唐突に助けられた。

 揃いも揃って超がつく凄腕が、少なくても四名。

 凄腕の冒険者なら何人か話で知っているし、見た事もあるが、話に聞いた誰とも合致しない。

 なんせ皆年若い。

 そんなパーティー聞いた事がない。

 冒険者とは、強ければ強い程に臆病になる奴らだ。

 どうな依頼クエストだろうが装備を固め、ルートを過剰に見定め、警戒を怠らない。

 だがら必然的にベテランの下に若手がつく形になる。経験豊富なベテランが、血気に逸る若手を御する。

 それはどの国の組合ギルドでもそうだし、強いパーティーは自然とそうなる。

 こんなまだ幼さの残る顔つきの少年少女のみで構成された、しかも軒並み凄腕のパーティーなんて聞いた事がなかった。

 冒険者でも、傭兵でも聞いた事が、ない。







 ネーネはいつの間にか移動していた先輩であるミラの傍で、ポカンと少年だけを見ていた。

 先ほどカナメと呼ばれた少年は、金髪の少年と共に狼達を次々と斬り伏せていく。


「カナメそっち任せて!」


「おう!こっちは俺が!」


「さっすが!んじゃ僕はこうだ!」


「おっと!負けらんねぇな!」


「うー!うー!」


 凄まじい連携で次々と狼が倒れていく。その周りを赤と黒のまだら模様が綺麗な蝶が飛んでいる。

 カナメが剣を一振りすれば、狼達の体が一斉に斬り開かれていく。

 鮮血が舞い。断末魔の声が残響する。

 次いだ連撃が、ネーネの知覚の外で繰り出される。

 気がつけば別の場所に飛んでいて、違う姿勢で剣が振られ、また狼の死体が生まれる。


 ネーネは見ていなかったが、金髪の少年も大概だった。

 両手に持つ銀のナイフを逆手に、どこかわざとらしい動きで踊る様に狼達を斬りつけていく。

 時々指を鳴らせば、地面が隆起したり、大岩が飛んで行ったりと信じられない事が起きている。

 その大袈裟な挙動の所為で、まるで台本のある舞台を見ている様だ。

 たまに武器を持ち替え、腰のベルトに数本入れられた短めの短杖ワンドに持ちかえそれを構えると、少年の目の前の狼達が吹き飛んだ。





 シノアの目を釘付けにしているのは、黒髪の少女だ。リューリエと呼ばれた彼女は、黒く艶のある外套をヒラヒラと翻しながら、華麗に舞っていた。

 時折その細い細剣レイピアを振るって風を起こしたかと思うと、まばたきする間に狼の懐に入り鋭い突きで串刺した。

 かと思えば、魔力光を纏いながら跳躍すると馬鹿みたいな威力の火属性魔術を放つ。

 この戦場で最も狼を狩っているのは間違いなく彼女だった。

 額の汗も美しく、女であるシノアが見惚れるほどに綺麗で可憐だった。

 横で立っているヘレーナを見ると、瞳を閉じて御者台に座っていた。多分心配なんてしていないのだろう。

 余裕に溢れる姿だ。

 慌ててリューリエを見返す。

 危なっかしい場面なんてなく、真剣な眼差しで次々と狼の群れを吹き飛ばしていく彼女。

 傍目で分かる淀みない魔力の流れ、知っているから感じ取れてしまうその制御の難易度。

 惚れ惚れする様な所作で彼女は魔力を行使していく。

 それはかつてシノアの目指した理想の姿。どこかで諦めていた魔術の極みの一つ。

 日々の修行で痛感していた、自身の限界の先にある筈の物。

 それがそこにある。

 しかも剣を振るっている。

 信じられるだろうか。その魔力の扱いは誰が見ても魔術師である。それなのに、前線に立って次々と敵を葬っていく。

 世の術士が真似しようにも出来ない芸当である。

 シノアは只々見惚れるしかない。


 自然とその拳は握られ、口元は笑みを浮かべていた。







 しばらくの時間が経過して、狼達の姿はどこにも見えなくなった。

 それは全てただの肉片となって地面を血で汚している。


「終わったかな」


 カナメがその綺麗な青い剣を、側面が開く形の鞘に収めた。

 大河で貰った時から抜き身で所持していたのだが、流石に危ないという事で、魔道具の中から見つけた物をヘレーナが加工した物だ。大した魔術は込められていない。元は別の剣の鞘だった。

 軽量化の術式を施され、持ってる感覚が無くなる程内容物が軽くなる程度である。

 刀身の長い『ルファリス』が収まる様に獣の皮で延長し、そのままでは抜けないので側面が開くよう細工してある。

 ヘレーナはこういった物品の加工や、薬品の調合といった作業を好んでいた。趣味と言っていい。

 時々アルヴァと二人で怪しい物を作っている。


「うん。周りには何もいないと思う」


 エンリケが周囲の魔力を探った。

 ちなみにエンリケはスラガ語を話してはいない。

 一般的に人語を解する存在を、人族は魔族と認定している。

 喋る蝶も当然その範疇に入ってしまうため、人族になれないエンリケとアルヴァは、人前では神語しんごを話すと家族会議で決まったからだ。


「誰も怪我をしてないわね?」


「馬車の人達も大丈夫よ」


風香フレグランス細剣レイピア』を腰の鞘に収め、リューリエが馬車に駆け寄ってきた。

 ヘレーナが状況を報告し、御者台を降りる。


「すごい多かったな。森から出てきた群れなんかな」


「それにしては、あんまり群れっぽい動きしてなかったね」


 カナメとアルヴァも戻ってきた。アルヴァの肩にはシュレウスもいる。


「あ、あの」


 御者台の上に座り込んだシノアが、震えた声で話しかけた。


「ん?あ、突然ごめんなさい。獣に襲われてる所を見つけたもんだから」


「い、いえ。それは有難かったわ。助けてくれて感謝してる」


「お、おう。すまねぇ。恩にきる」


 剣士ダインもそれに続いて、頭を掻きながら礼を言った。


「助かったっす。もう少しで皆死ぬ所だったっす」


 弓士サンニアは、馬から降りるとダインに並んだ。


「俺らは「古き鉤爪」っていう冒険者のパーティーだ。俺は頭をやってるダイン。王都のギルドに属してる。馬車の中のヤツらは依頼主のアドモント劇団の一座だ」


 ダインがリューリエに右手を出した。


「私達は姉弟で旅する旅人よ。あたしは長女のリューリエ。遠い田舎から森を抜けて来たばかりなの。この国の事はあまりわからないから、失礼があるかもしれないわ」


 リューリエがその手を取って握手をする。

 旅人の設定は以前から家族会議で決めていたことだ。

 修行中の神様です。なんて言ったら、頭を疑われてしまう。


「私!私はシノアよ!あの!貴女は魔術師よね!?」


 突然、シノアが御者台から降りてリューリエに突撃してきた。


「え、ええ」


 あまりの勢いについ身体を引いてしまう。


「あの子も魔術師よね!あの子、金髪の子も!」


「ヘレーナよ。そうね。私は治癒術のほうが得意だけど」


 話に出たヘレーナが返答を返した。

 本人の才覚と一年の修行で、ヘレーナの治癒術は更に磨きをかけていた。晶洞でカナメの傷を治すのに手間取った事で、彼女のプライドに火がついた様だ。

 今のヘレーナなら、寸断されてなければどの程度の怪我でも治す自信がある。

 逆に言うと、カナメの身体を治癒できるのは彼女しか居ない。リューリエも軽い怪我程度なら処置できるが、カナメの身体に流れる魔力を整えながら補填する技術は、「伝える」魔力に秀でたヘレーナの方が覚えが良かったのだ。



「凄いわ…私と同じくらいの歳なのに……教えて!一体どこの結社ソサエティで修行したの!?わ、私は育った村の術士から教わった事を独学で学んできたのだけれど、限界を感じていたの!」


 一般的に、魔術師の多くは「結社ソサエティ」と呼ばれる集団に属する。それは冒険者でいう組合ギルドに似ているが、大きく違うのは利益でなく知識を求める者達の集まりである事。

 組合ギルドは、冒険者に仕事を斡旋する代わりに戒律や規律を求め、組織の益を肥やす事を目的とする。

 結社ソサエティは術士の育成を補助する代わりに、その知識の独占を目的としていた。

 両者に属する事も可能だが、結社ソサエティの法は単純にして絶対、その魔術の知識を漏洩した者には厳罰が下される。

 罰の内容は結社ソサエティごとに違うものの、大概にして違反者の命をもってして償われる物だった。


「そ、結社ソサエティ?あたし達は別にどこかの組織に入ってるわけじゃないわ。小さい頃に教えてくれた方はいらっしゃるけど」


 詰め寄ってくるシノアの圧力に押されながら、リューリエが答えた。


「そうね。基本は教えてもらっているけど、今の術は殆ど独学ね」


 ヘレーナが答えた。


 土神は確かに五色蝶に魔術の手ほどきをしていた。

 しかし殆どが基礎制御についてで、属性魔術などは蝶達の興味から身につけた物である。

 それに旅に出る前と今では大分違っている。

 かつてはその術にあまり実用性を見出せず、無駄の多い制御だった。

 今は様々な戦闘に対応できる様、各々が修行によってよりその技術は洗練されている。


 リューリエの属性魔術なぞは顕著な物だ。

 かつては「発する」魔術に属性を付与し、力任せに発動していた。

 今のリューリエは、手元で属性を付与した魔力をコントロールし、放つ際に魔術として構築している。その力量は格段に上がり、今では範囲や威力の調節まで行える様になっている。


「す、凄い!凄い凄い凄い凄い凄い凄い!」


「落ち着け」


「痛っ!」


 興奮し飛び跳ねるシノアをダインが拳骨で静めた。


「お前らしくもねえ。凄いもん見て逸る気持ちもわかるが、ここはまだ街道だぞ。いつまた狼共が来やがるかわかんねえ。お前さん方行くあてはあるのか?」


「シノアのそんな所初めて見たっす。いつもは黙って口開かねえから尚更っすね」


 サンニアが馬を引っ張りながらついてきた。

 死んだアノスの乗っていた馬と二匹だ。


「特にあたし達も目的はないの。近くに村があったら寄ろうと思ってたぐらいね」


「そりゃこっちにも都合がいい。どうだ、金は払うから近くのトーバって村まで護衛頼めねえか」


「護衛?」


 ヘレーナはダインの肩越しから一座の面々を見た。

 武装はしていない。それに馬車に馬が付いていない。


「こっちの方は御者二人と馬車一台、馬車馬一匹を無くしちまってな。この馬で馬車を引くしかねぇんだがこいつは馬車なんか引いたことがねぇんだ。勝手が悪すぎる。御者の代わりにウチから一人つけちまったら、護衛が手薄になっちまうからな」


 ダインはサンニアの馬の首を撫でながら言う。

 その馬は背が高く、がっしりとしている。だが馬車馬はもっと小柄で、更に太い。


 リューリエはカナメを見る。

 カナメはアルヴァと二人で馬を触って遊んでいた。


「どうするカナメ?ラボアに行こうって言いかけてなかった?」


 問われたカナメは馬から手を離し、リューリエに向き合う。


「ん。別にそのトーバって所でもいいんじゃないかな。お金が手に入るのは大きいし。どうやってこの国の通貨を手に入れようか考えてなかった」


 馬の首を撫でると、興奮していた馬は落ち着きいて、気持ちよさそうに鼻を鳴らす。


「助かる。今までの旅路は何ともなかったんだが、大森林に近づいてからこっち、魔物や魔獣がチラホラ出始めてきやがったからな」


 ダインが逃すまいと話に割り込んできた。


「カナメがいいならあたし達は問題ないわ。お金ってどれくらい貰えるのかしら」


 しっかり者のリューリエだ。アルヴァの授業で金銭については学んであった。ただ現在、このまだ名前も知らない国で流通している通貨を知らない。ここぞとばかりに探りを入れている。


「そうだな。依頼料は俺たち「古き鉤爪」が出す。村まであと三日ほどだ。一日銀貨1枚。魔物が出る度に銅貨2枚つけよう。どうだ太っ腹だろ?」


 話を聞いたリューリエはアルヴァを見る。

 アルヴァは首を縦に振った。


【まだそれがどんな価値なのかわかんないし、どうしても必要ってわけじゃないんだ。どっちに転んでも損しないから、とりあえず受けたらいいと思うよ】


【そうよね。私達にとって得しかないもの。受けましょう】


 呼吸音で意思の疎通ができる神語しんごを用いて相談した。内緒話に優れた言語である。


「いいわ。受けましょう」


「ありがとう!あの、道中貴女の魔術を見せてもらいたいのだけれど!」


 受けるや否やシノアが突撃してきた。


「落ち着け」


「痛っ!またっ!」


 ダインの拳骨に又も静められるのであった。









 ダイン達が衝撃狼インパクトウルフの毛皮を簡単に回収し、一行は隊列を組んでトーバに向かった。


 隊列と言っても単純なもので、先頭を馬に乗ったダイン。後方を死んだアノスの馬に乗ったサンニア。カナメとアルヴァが馬を引くシノアと共に御者台に乗り、狭い車内にリューリエやヘレーナや芸人一座が乗っている。


「助けてくれてありがとう。あたしはミラ。踊り子をやってるわ。この子が同じ踊り子のネーネ」


「俺はクマース。太鼓叩きさ。あっちのがラッパ吹きのイノと弦語りのジュッツだ」


 芸人一座の男女の中で、年長にあたる二人が挨拶してきた。

 紹介されたネーネ達は浅く頭を下げる。


「無事で何よりよ。あたしはリューリエ。こっちが妹のヘレーナよ」


「どうも」


 ヘレーナが瞳を閉じて頭をさげる。


「御者台に座ってるのが弟のアルヴァとカナメ。あとは」


「リューリエ」


 危うくエンリケとシュレウスを紹介する所だったリューリエをヘレーナが止める。

 その二匹といえば、馬車の屋根に止まり気持ちよさそうにお昼寝をしている。


「いやーこんな綺麗なのにあんなに強いなんて!凄いねお二人さん!」


 髪の長い男、ジュッツが馴れ馴れしくヘレーナの肩を抱く。


「ん。ごめんなさい。少し離れてくれないかしら」


 心の底から嫌そうな顔をして、ヘレーナはジュッツを引き剥がした。

 リューリエとヘレーナにとって、カナメ以外で会話する人族は今日が初めてだ。

 距離感を掴み間違えたジュッツの所為で、ヘレーナが警戒を強めた。


「おっとごめんよ。この身体といったら、綺麗な子を見たら勝手に動き出しちまうんだ」


 そう言うジュッツは負けじとヘレーナの両手を掴み、目を見て訴えてくる。

 ジュッツと言う男は弦楽士である。別名、弦語り。

 四本の弦が張ってある縦長の楽器を用いて、歌や物語を語る芸人だった。

 この男。女に目がない。それだけならまだしも、節操がなかった。

 同じ一座の新人に手を出しては、毎月の様に問題を起こしている。

 芸の腕がいいのが余計にタチが悪い。

 その芸風は、二枚目である顔を生かして、哀愁漂う曲を弾く事に定評があった。

 王都の熟れた貴族の奥様方に人気であり、囲われてすらいる。

 不思議な事に若年層には大して人気が無く、本人もそれに少しだけ悩んでいる。

 悩んでいる理由は若い女を摘めないからという、ひどくくだらない悩みだが。


「ジュッツ!あんたは!」


「てめぇ、さっきまで震えていたのに調子が良すぎねぇか!命の恩人が嫌がってんだろうが!」


 ミラと、強面のクマースの喝が飛んだ。


「そうなんだよ兄さん!こんな可憐な華に命まで救われちゃ、惚れねえ訳がないだろ?」


 芝居じみた動作で語るジュッツ。

 同じ様な動きをするアルヴァより、なぜか気持ち悪いとヘレーナは感じていた。


「ごめんなさい。男の人が苦手なの。手を離してくれないかしら」


 淡々と拒絶するヘレーナを見て、鼻息一つでジュッツは手を離した。

 ミラとクマースはジュッツの襟元を引っ張って座らせた。

 ヘレーナは狭い車内で立ち上がり、御者台に向かう。

 ホロを開けて、アルヴァに声をかけた。


「アルヴァ、少し変わって」


「ん?別にいいけどどうしたの?」


「気分が悪いわ」


 不思議そうなアルヴァにヘレーナが答える。


「おい、大丈夫か?乗物酔いかな」


 シノアに御者の仕事を教わっていたカナメが、今は馬車の手綱を持っている。


 その顔を見て、ヘレーナは薄く笑った。


「いえ、問題ないわ。外の空気を吸えば治ると思うの」


 そう言って、アルヴァが立ち上がりヘレーナと入れ替わる。カナメの左側だ。

 御者台に腰を下ろしたヘレーナは、まるで当然の様にカナメの左腕を抱いた。


「ちょっと難しいんだこれ。あんまひっつくなよ」


 初めての作業にまごついてるカナメからそんな声が飛んできた。

 ヘレーナは気にせず鼻歌を歌いながら抱きついている。

 旅の最初の頃こそ、ヘレーナの過剰なスキンシップにみっともなく慌てていたカナメだが、今では慣れたもので抱きつくくらいなら平常を装えた。

 装えるだけである。内心は甘い匂いと柔らかい感触に理性はゴリゴリと削られていた。


「あ、あのー」


 アルヴァと入れ替わりで、ホロの中からネーネが顔を出してきた。


「ん?」


「カナメさん……であってます?」


 上目使いでカナメを見ている。


「うん。そうだけど」


「あ、私はネーネって言います。王都の劇場で踊り子をしています」


 首を後ろに回しながら、馬車を引く馬の扱いは難しい。


「代わるわ」


 シノアが手綱を引き継いだ。


「あ、ごめんなさい」


 カナメは基本的に女性に弱い。シノアはどう見てもカナメより幼いが、敬語で会話をしていた。

 体をネーネに向ける。


「へー。踊り子か。っていっても見たことないからどんなんかわからないけど。人気ありそうだな」


「へ?」


「いや、可愛いし。きっと人気あるんだろうなーって」


 素の発言だった。目覚めてずっと森の中で、獣か魔物の相手しかしていない。人相手に社交辞令を述べれるほど彼は人間慣れしていなかった。


「か、可愛い…」


 見れば分かるほど赤面したネーネは、幌の布を抱く様に身体を隠した。


(……なんかマズイ事言ったかな)


 ネーネの反応がなくなった。対人経験値の足りないカナメには、どうしてそうなったか、皆目見当もつかない。


「あ、あの、お祭り」


 ようやくホロを身体から離して、ネーネはおずおずと話し出す。


「お祭り?」


「はい、お祭りがあるんです。この国では、五年に一度の狩猟祭。前はやってないけど、もうちょっとで」


 支離滅裂なネーネの話をまとめてみる。


 この国では、五年に一度お祭りが開かれる。狩猟祭と呼ばれる祭り。

 なぜか五年前は行われなかったその祭りが、近々開かれるそうだ。


「へえ、じゃあ十年ぶりなのかな」


 コクコクと、取れそうな勢いで頭を揺らすネーネ。


「な、なので私達は、回ってるんです。夜祭の出し物をしに、あの、楽団もいて、遠い村から巡って王都に向かって順に。お祭りの最後は王都で踊るから」


 つまり、王都で開かれる大きな祭りまでに、田舎の村から先掛けて祭りを開いているらしい。一座はその村ごとの祭りで踊るために旅をしていた。


「ぜひ、見てください。あの、私、頑張って踊りますから……」


 その首まで真っ赤にして、ネーネは言う。


「うん。わかった。急ぐ旅でもないし、見させてもらうよ。お祭りっていうのもみんな初めてだし」


 そう言ってヘレーナを見ると、ゆっくり首を縦に振った。


「わぁ……ありがとうございます…」


 なぜネーネが礼を言うのかわからないが、カナメは快く解釈した。きっと助けた礼がわりなんだろうと。


 真っ赤になってうつむくネーネを不思議そうに眺め、ヘレーナを見る。ヘレーナは何処か眠そうな目で景色を見て鼻歌の続きを歌いだした。

 一行を乗せた馬車は穏やかな速度で、日が沈み暮れかけた街道を進む。

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