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踊りたい気持ち

 

「もう行くのか、寂しくなるな」


 フレグ姫と握手をする。

 炎鬼ファイアオーガ討伐の大宴会から一週間ほど。

 カナメ達は大河の眷属に見送られ、バスタ晶洞を後にしようとしていた。


 渡された魔道具や装備などをチェックし終えて、人魚や半魚人と交流を深めた一行は、アルヴァとシュレウスの人里への好奇心を抑えきれずに出発する事にしたのだ。


「色々とお世話になりました。もらった装備、大事にします」


「うん。いいさ。旅する内に消耗していく物だ。感慨にふけて処分し忘れたら命取りになる。気にせず使ってくれ」


「拙者も昔を思い出しました!剣の稽古を怠らんように頼みますぞ!」


「色々助かったわ!ありがとうオーナーさん!」


 カナメとリューリエ、アルヴァはこの一週間、大河の守備隊長であるオーナーに剣の手ほどきを受けていた。

 魔術の腕こそそこそこだが、オーナーは剣術の名手であった。かなりの凄腕である。

 悲しいかな魔術とは凄まじく、たとえオーナーほどの腕前を持ってしても炎鬼には敵わない。

 なれど剣術とは自衛の最終手段であり、とっさの行動を決定付ける極めて重要な技能である。

 一度死闘を経験したカナメやリューリエには、それが痛いほどわかった。


 優秀な魔術士であるリューリエに剣術は必要かどうか、フレグ姫も判断に困っていたが、リューリエの必死な懇願に折れて指導を許可したのである。


 言うなれば魔術剣士。近くでも良し。離れるとなお良し。


「シューちゃん!変な物食べちゃだめだよ!」


「わかってるよ!僕はお花の蜜か果物の汁しか食べないもん!」


「エンリケちゃん!気をつけてね!」


「え、うん。気をつけるよ」


 エンリケとシュレウスは人魚達のアイドルになっていた。


 聞いた話だが、大河の人魚は海の人魚より小さい。そして弱い。

 見た目中学生の女子に魚の尻尾が生えた姿だ。

 そんな彼女らも、エンリケの母性くすぐる大人しさと、シュレウスの愛嬌溢れる騒がしさにやられ、彼らを甘やかして甘やかしてしょうがなかった。


「アルヴァ殿!人里のルール忘れるべからずですぞ!」


「最初は挨拶から!謝罪はすぐに!」


「平身低頭をモットーに!」


「わかってる!僕に任せてよ!」


 アルヴァは、人里と交流のある半魚人から色々聞いていたようだ。

 話上手の聞き上手。一度喋ると止まらなくなるのはアルヴァの欠点だが、コミュニケーション能力は誰よりも優れていた。


「ヘレーナさん。これ、餞別です」


「頑張ってくださいね」


「色々もらってしまって悪いわ。でも、ありがとう」


 おとなしそうな人魚から、大河製回復薬を受け取るヘレーナ。

 ヘレーナは、大河の治癒術士達に人族の体の構造などを聞いていたようだ。

 カナメの怪我を早く治せなかった事は、ヘレーナにとって深くプライドを傷つけられた。

 リューリエの補助もあってなんとか全快まで持ってこれたが、人族の構造を知らないヘレーナにとっては正解の知らないクイズのような感覚だった。


「また少し、この森も寂しくなるな」


「タム様がご不在で大変だけど、どうかお願いね」


「ああ、任せなさい。大河の地はもう乱させぬさ」


 そう言って、フレグ・バスタ姫はリューリエを抱きしめた。


「可愛い可愛い土神族の子らよ。どうか達者でいてくれ。我らアンタムに住まう神族全ての願いだ」


「ええ、ありがとうフレグ姫……あ、あのね?母様みたいって思ってた……また逢えたら、あなたに甘えても大丈夫?」


 涙声で姫の胸元に顔を埋めるリューリエ。


「ああ、いいとも。必ずこの胸に帰っておいで」


 ヘレーナ、アルヴァにも同じ様に抱きつき、エンリケとシュレウスに優しく頬ずりする姫の目には、薄っすらと涙が滲んでいる。


「坊や、お前もおいで」


 照れもあった。恥もあった。だけどそれ以上に愛おしさに溢れていた。だからカナメも、迷わずその胸に飛び込んだ。


「負けるな坊や。皆一緒に帰ってこい。妾を泣かすでないぞ。お前達の笑顔を常に想っている」


「……はい。行ってきます」


「ああ、行ってらっしゃい。カナメ」


 名残おしくも体を離し、皆のところに戻る。

 下心は不思議となく、心に残るのは寂しさと切なさだけだった。


「行ってきます!」


「絶対、強くなって帰ってくるわ!」


 もう一度、右手を上げて挨拶した。

 フレグ姫の笑顔が眩しい。

 大河の眷属達の顔を見返して、カナメは振り向く。


 いま、また旅が始まるのだ。







 それからも旅は険しくも順調だった。


 大河に沿ってまっすぐに、一行は森を抜ける為に歩き続ける。


 バスタ晶洞でもらった数々の魔道具と装備は、カナメ達に力をくれた。


 特に『交差する盾』と魔剣『ルファリス』はカナメの生命線とも言っていい。


 腕より少しだけ大きな籠手『交差する盾』は、魔力を一定以上流すと空気の壁を作り出す。大きさは腕一本分。

 アンタム大森林の魔物、衝撃狼インパクトウルフは、魔力を体内に溜めて口から衝撃波として吐き出す。それはクイックモーション。走行中だろうが空中だろうがお構い無しに突然襲い来る。森林を代表する魔物だった。

 そんな衝撃狼の猛撃も、『交差する盾』なら防ぐのは造作もない。盾自体の強度は大した事はないが、空気振動である衝撃波ぐらいなら、小足見て余裕でした。即座に展開し、どこだろうが防げる。それが両腕に一つづつ。簡易携行型小盾とでもいうべきか。


 さらに魔剣『ルファリス』。

 初めこそ、その独特な刀身の長さと重さに慣れず、扱いに困っていたが今ではその長さに助けられている。さすが魔剣と云うべきか、岩石百足ロックセンチピードですらまるでバターを熱したナイフで切るかの如く容易く斬り刻む。

 さらに『ルファリス』の特徴とも云うべき瞬間的な刀身の延長。魔力を込めている間だけ、リーチが伸びる。普通の人族ならすぐに尽きてしまう魔力も、カナメの潜在魔力の量なら問題ない。あとは集中力の問題である。

 



 さらにカナメとリューリエは、オーナー直伝の大河式剣術を道中さらに高めていった。直伝とはいえ基礎の基礎。型や流れのみの習得であったが、こと武芸においてはその基礎すら奥義足り得た。

 加速する実践経験値。不足しない真剣練習。さらには魔力制御に必要な集中力すら、大森林という自然の稽古場とも合わさって彼らは恐るべき速さで習得していく。

 



 リューリエとヘレーナ、アルヴァはカナメと同じ黒蚕の外套を装備していた。


 他にもリューリエは『風香フレグランス細剣レイピア』という剣をもらっている。

 それは魔力を込めれば鋭い風が舞う、といった程度の魔剣であるが元々リューリエは火と風の属性を得意としている。彼女の才覚も相成って、独特の戦闘スタイルを確立していく。

 斬りつけた勢いで風を起こして他を牽制する。

 風で目を眩ませて斬りつける。

 風属性魔術と併用して、広範囲かつ双方向に影響を及ぼすといった、有用な扱いをしていた。



 ヘレーナは、彼女の希望もあって宝物庫で見つけた手甲と脚甲を装備している。

『反逆の手甲』『逆意の脚甲』。増幅系の魔術が込められた、本来は防具である。

 あらゆる衝撃や魔力を、右の手甲から左の手甲へ増幅し伝え流す。または左から右へと。脚甲もまた同じく。

 使い方は単純。

 カナメがバスタ晶洞で熱鼠ホットマウス相手に見せた魔力式徒手戦闘術を、賢く器用なヘレーナはアレンジし、より強力な物にしている。

 込める魔力に軽い属性を付与し、彼女が得意とする「伝える」魔術で敵に直接通すという物。故に、硬い皮膚や鎧など御構い無しに触れるだけでダメージを浸透させるという、古武術の奥義じみた戦闘術が完成した。

 手甲や脚甲は単純に手足の防護と、仮にダメージを負った場合にそれを相手に数倍にして返す為に。

 ヘレーナ曰く、やられたらそれ以上にやり返す。らしい。



 アルヴァには、様々な種類の長杖ロッド短杖ワンドが与えられている。一様に魔道具である。

 魔力を込めた分だけチャージして一気に放つ杖や、杖自体に魔術を込められたりする。

 いろんな状況に対応できるようにと腰に銀製のナイフも四本仕込み、以前より真面目に魔術の練習をしている。

 彼もまた、火盾小鬼ウォールゴブリン炎鬼ファイアオーガ相手に何もできなかった自分を恥じていたのだ。

 それ以来、本来得意としていた「動かす」魔術よりも、即効性の高い魔術を広く扱う様になっていた。

 人族の姿を常にしている為、蝶の時より柔軟に対応できると踏んだのだ。



 エンリケは得意の防御魔術をさらに磨いていた。

 彼が晶洞で誰よりも大河の眷属を助けたと言っても過言ではない。

 実際、あの時晶洞に集まっていた爆砂漠の魔物は200を超える。

 晶洞入り口で、200もの敵を足止めしていたのは間違いなくエンリケであった。

 元々自分に対して自信のなかった彼は、一度褒められたり自信がついた事は全力になる。

 故に、彼の防御魔術はさらに洗練されていく。

 後にその成長が、思わぬ形で現れるとは思いもせずに。



 シュレウスは落胆していた。カナメにすら置いて行かれた。

 カナメは魔術の修行を始めてまだ一月足らずである。

 その成長速度は凄まじい。

 だが、そこは素直なシュレウスであった。姉や兄達に直に教えを乞い、カナメの側でその戦闘をつぶさに見ていった。

 腐らずに、貪欲に、まっすぐに。

 成長期で睡眠が深く長いシュレウスは、起きてる間はずっと魔術の練習をしていた。

 決して自分が役立たずでないことを信じて、赤い蝶はたゆまぬ努力を愚直に続けていく。

 それをみるカナメ達も奮起され、また彼らは強くなる。

 土神ファミリーの中核に間違いなくシュレウスがいた。

 その努力が大きな実をつけて花開くのはもう暫く後のことになる。



 他にも彼らの旅を助ける魔道具は存在した。


 代表格はもちろん『倉庫』である。

 充分すぎる容量のそれは、道具入れとしても最適だったが、そのまま「部屋」として使われていた。


 雨季を迎えたアンタムの地では、一日を進めないまま終わる事も少なくなかった。

 そんな時彼らの探す物は、木の幹のくぼみや岩の陰である。

 そこに『倉庫』を隠し仕込み、彼らはその中で休息を取った。

 五人が横になれるほど大きなベッドや、綺麗なお湯が常に満ちている桶などの魔道具があった為に、まるで一件の邸宅のような感覚で住めたのだ。

 晶洞から仕入れた充分すぎる香辛料や調理器具。それらを一番愛用していたのはリューリエである。


 宴会の際に食に目覚めた彼女は、失敗も多かったが皆の調理を率先して行った。

 特に肉料理のレパートリーはかなりの量となり、フレグ姫から仕込まれた料理法などをアレンジしてカナメの舌を唸らせた。

 森の知識豊富なアルヴァから、食べれる野草や野菜。そしてキノコなど知識を仕入れ、今では『倉庫』の中に台所まで作ってしまった。

 ちなみにリューリエ以外が立ち入ると、彼女があまりいい顔をしない為に誰も近寄らなかった。

 晶洞から様々な本を仕入れたヘレーナやアルヴァが、本に書かれていた料理を試したくて訪れた時だって、リューリエを立ち会わせたぐらいだ。


 未だ未使用の魔道具もかなりの量が置かれている。

 その分類と整理はアルヴァが担当していた。

 元々知識に飢えたアルヴァにとって、未知の魔道具らはまさしく宝の山であった。

 それを嬉々として試しては嬉しい悲鳴をあげている。

 いまでは『倉庫』の一画、道具部屋と呼ばれた空間はアルヴァの安らぎのスペースとなっている。


 他にも狩猟用の道具を揃えた空間。

 手に入れた食材を、冷却の魔道具『止の箱』で保存している空間。

 風呂や洗濯の空間など、まさに家としか思えない作りに『倉庫』は変貌していった。


 そんな内容物とは思えないほど、『倉庫』は軽い。

 軽くて丈夫だった。保管はリューリエが行っている。


 家主は、間違いなくリューリエだった。



 そんな、快適かつ過酷という矛盾した道中を、カナメ達は挫けず進んでいった。

 自分達がどれほど強くなっているのか、そんな自覚も持たず、只々毎日を探検と冒険と修行で過ごしていく。

 もう、大森林の広さなんて忘れていた。

 一日が毎日大騒ぎだったせいもある。

 余計な心配をしていられなかったのもある。

 だがそれ以上に、楽しかった。

 気の知れた仲間。しかも姉弟達で進む旅路は、時に時間を忘れるほど楽しかった。

 もちろん辛い事もあった。苦しい事もあった。それでも、毎日が楽しかったのだ。



 そうして神水泉エレ・アミュを出て一年経つのも忘れてた頃に、彼らは唐突に森を抜けたのだ。







「お、おおおおおおお!」


「やった……っ…やった!」


「も、もう木が生えてないよね!?ここ、森じゃないよね!!」


「ええ。大丈夫よシュレウス。ほらあれは草原よ?」


「あ、あれは何?」


「エンリケ!あれは街道って奴だ!ほら、馬車の車輪の跡だろう?」


 皆がみな、感じ方は違えど喜んでいた。


 まさか一年。そんな長い間森を行くとは、誰も思っていなかったのだ。

 リューリエやアルヴァですら、土神から森を抜ける距離なんて聞いた事がなかった。

 フレグ姫達は、大河の流れに乗って森を抜けるので、徒歩の距離を知らなかった。


 だがやっと、彼らは辿り着いた。


「やったー!やったぞ!森を抜けたー!」


「ええ!カナメ!やったわ!」


 珍しく、カナメが大きな声をあげて喜んだ。

 隣に立つリューリエを抱きしめ、満面の笑みを浮かべる。


 お互いをキツく抱いたまま、彼らは妹や弟達すら巻き込んだ。


「カナメー!森を抜けたよ!」


「そうだシュレウス!この先には何があるんだろうな!」


「リューリエぇ…僕ちょっと怖いよお」


「安心なさいエンリケ!みんな一緒なら怖いものなんてないわ!」


「ちょっ、痛いわカナメ。抱きつくならもっと優しく…」


「ヘレーナ見ろよ!看板なんか立ってんぞ!なんて書いてあんのかな!」


「ハハッ!みんな見てよ!カナメが変だ!」



「キャア!「ウワァ「アンッ!「おっとぉ!?」」」」


 大いに騒ぎながら、もつれた一行は草原に倒れこむ。

 感慨深かった。

 道中様々な事があった。

 大河の争乱から始まり、リューリエが料理に熱中して熱を出した事も、シュレウスが鳥に見とれて迷子になった事も、ヘレーナが酔っ払って大騒ぎしたことも、エンリケとアルヴァが大喧嘩して関係ないカナメがボロボロになった事も、今ではいい思い出である。


 暫く、みんなして森を見上げた。もちろん倒れたままである。

 別れの儀式だ。それぐらい長く森と共にあった。

 カナメは目を覚ましてからの一年。

 五色蝶たちにとっては生まれてからの全ての時間。


 離れるのは少し寂しい。だけど今後の旅を思うと、かなり嬉しい。



 



 暫くの時間を空けて、リューリエが立ち上がる。


「さって、みんな!起きなさい!ぼやぼやしてらんないんだから!」


 そう言って、カナメとヘレーナの手を取った。


「そうだな、そうだよな!」


「えぇ、もう全く。子供みたいにはしゃいじゃって」


 立ち上がったカナメが、今度はアルヴァの手を取って勢いよく立たせた。


「そうさ!これから何が待ってるのか、僕は楽しみでしょうがないよ!」


 相変わらずの大げさな動作で、アルヴァが立ち上がってクルリと回った。


「僕、早く変身契約したいな」


 エンリケがアルヴァの肩に止まる。


「僕は人命神様に会いたい」


 シュレウスがカナメの肩に止まる。


「まあ、全てはこっからだ。まずは町を探そう。リューリエ、ヘレーナ、まずはどっちに行く?」


 ヘレーナとリューリエは街道の看板を見ている。

 そこにはスラガ文字で案内が書いていた。


「うーん。このまま南でラボア。東でピースリント辺境領。それしか書いてないわ」


「ラボアはたしか、隊商キャラバンの休憩地よ。本で読んだわ。ピースリント辺境領は、知らない名前ね」


 看板を読むリューリエに、ヘレーナが答えた。


「大河の半魚人達の話だと、アンタム大森林と隣接してる大国があって、そこの国境が辺境領だって話だよ。ピースリント領ってところがそうだろうね」


 アルヴァの話を聞いて、カナメは考え込む。

 今の第一目標は、記憶の手がかりを持つかもしれない神族を探す事。そして一番近くにいる親族は人命神だ。

 人の多いところなら何かしら手がかりがあるかもしれない。

 特に各地を転々とする隊商キャラバンなら、情報は多いかもしれない。


「んじゃ、ラボアってとこにいくと」


「待って」


 言いかけたカナメを、アルヴァが止める。

 そのまま地面に耳を当て、黙る。


「………カナメ、近くに何か動物がたくさんいる。でも変だ。暴れてる?」


「エンリケ?周囲の魔力はどうだ?」


 アルヴァの報告を受けて、カナメはエンリケを指に止めた。


「ん…。魔術が使われてる…かな?小さくて分かりづらいけど、多分属性魔術だ」


「ヘレーナ、どう思う?」


 エンリケの言葉に、ヘレーナを促す。


「沢山の動物の足音に、属性魔術。それにここは街道なら、間違いなく襲われているのは人族ね」


「リューリエ、どうする?」


 ヘレーナの考察に、リューリエに判断を仰ぐ。


「決まってるわ。助けられるなら、助けましょう」


「わかった。行こう。シュレウス!」


「うん!行こうカナメ!」


 リューリエが決め、カナメは同意し、シュレウスに盛り上げさせる。

 この一連の流れが、土神ファミリーの即決用家族会議である。








「ネーネ!貴女が行きなさい!」


「そ、そんなのできません!みんなと一緒に!」


 一台の馬車が、狼に襲われていた。

 それだけなら大変だ、助けなきゃとしか思わないだろう。

 だが100匹を超える狼ならどうだろうか。

 多分、命を諦める。


 しかも唯の狼じゃない。アンタム大森林で有名な衝撃狼インパクトウルフ

 それが100匹以上なら、それは絶望である。


「く、くそっ!!もう少しで村だっつーのに!なんでこんなにクソ狼共がいやがるんだ!!」


 先頭に立つ顔に傷のある剣士が唸る。


「ダイン!不満垂れる前に火を放って!」


「やってるさシノア!風壁はどうだ!大丈夫か!?」


 叫ぶ剣士ダイン。火属性の魔力を振り絞り、息も絶え絶えだ。

 無言で頷く魔術士シノアは、額に汗を流しながら防御魔術を維持している。

 それは風の防壁。風の属性である衝撃狼どもには大した脅威にならない。しかしシノアの魔術士としての腕が、今の現状を作りあげていた。

 巻き上げた風の防壁に、火の術式を仕込んだロープを放り込んである。

 それは火災旋風。もともと火を怖がる野生の獣、狼が魔物と化した衝撃狼だ。警戒心は強く、近寄ってこない。


「どうっすか!?誰を逃すか決めましたか!?時間ないんすよ!!」


 弓士サンニアは馬車の中に語りかける。


 その中には五人の男女が乗っていた。


 彼らは王都に劇場を構える芸人の一座。その中でも、数ヶ月後に控える狩猟祭の為に依頼を受け、各地で芸を披露する為に旅をしていた。


「ミラっ!さっさとネーネを説得しろ!」


「姐さん!」


「わかってるっ!ネーネ、イノとクマースもああ言ってる。あんたはサンニアと逃げて助けを呼ぶんだ!一人逃げろなんて言ってないじゃない!」


 打楽士クマースと管楽士イノに促されて、踊り子ミラが赤毛の少女、踊り子ネーネを説得していた。


「う、嘘ですよぉ!ぞんなの、うぞってわだじにもわがりまずっ!いやでずっ!みんないっじょがいいでずっ!」


 ネーネの顔は涙と鼻水で汚れていた。

 馬車の中では、誰を逃すかで揉めていた。

 サンニアの馬術があれば、単身一人ぐらいなら乗せて逃げれる。可能性は高くないが。

 男性であるクマースとイノは、重量の問題で論外。もう一人の男性、弦楽士ジュッツは腰を抜かして現実逃避していた。

 なら女性であるミラとネーネ。しかし、ミラは後輩を置いて逃げるなど許せないし、ネーネは仲間と離れたがらない。


「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!」


「ジュッツ!!テメェも男なら腹くくれっ!」


「嫌だぁ!俺は死にたくねぇ!こんなの聞いてねえぞぉ!」


 みっともなく騒いでいるのが弦楽士ジュッツである。

 衝撃狼に囲まれるや否や錯乱し、今は馬車のホロにしがみついて離れない。


 本当なら馬車の御者は二人いて、馬車は二台あった。

 しかし今は馬のいない馬車が一台のみだ。

 驚くべき事に、囲まれた直前に一人は馬車ごと、一人は馬のみで逃げてしまったのだ。


 もはや彼らが頼れるのは、王都の冒険者ギルドで雇った「古き鉤爪」の4名しかいない。

 いやすでに3名だった。

 後方にいつも控えていた無口な剣士は、シノアが火災旋風壁を完成させるまでの囮となり、今は防壁の向こうで胴体部分と頭、そして下半身とに別れ貪り食われている。もはや原型を成していない。

 一座の皆は名前すら聞きそびれた剣士の死を、嘆く暇などない。


「んじゃ、シノアさん連れて逃げる事になりそうっすね!」


「そんな!」


「しょうがないっす!このままじゃみなみちづれっすから!それなら魔術士連れて逃げた方が助かりやすいっす!!」


 サンニアの言葉に、馬車が揺れる。


「ネーネ!お願い言う事を聞いて!貴女こんなとこで死んでいいわけがないでしょう!?」


「いやぁ!ミラ姐さんといっじょにいるぅ!!」


 もはや混乱は極まっていた。死を覚悟する者と死を受け止められない者、死なせたくない者と死なせたくない者。

 それぞれの想いが交錯し、ここは感情の混沌を成している。


「もう、っ持たないっ!!」


「くっそ!ここまでかよ!」


 シノアとダインの声に、サンニアの目が開かれる。

 火炎旋風がその勢いをなくし、ジリジリと衝撃狼の姿が見えてきた。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁあああああ!!」


 ジュッツの悲惨な声が木霊する。

 狼たちは前足を低く構え、旋風が完全に消えるのを待っていた。


「ミラっ!ネーネ!」


「ちっくしょう!ちっくしょうっ!」


 そして最初の一匹が、大きく飛び上がった。


「ネーネ!逃げてっ!」


 間を空けずに狼達は飛び上がる。


「嫌でずっ!いっじょなんでずっ!」


 その口が大きく開き、シノアとその後方にいるネーネに向けて大きな息をーーーーー。


「大丈夫ですか!!」


「え?」


 死を覚悟したシノアと、涙で何も見えないネーネの前に、少年が立っていた。


「あ、えっと、言葉勉強したんだけど、意味あってますよね?助けにきました」


 その声の後方で、大きな竜巻が巻き上がった。


 20を超える狼達が、宙を舞う。


 その横で隆起した地面に突き上げられた狼達がまたしても宙を舞う。


 さらに今度は少し前方、狼たちが一匹ずつ、宙を舞う。


 舞う。舞う。舞う。


 その光景を「古き鉤爪」と一座の者は見てるしかない。


「あ、貴方は?」


「え?俺ですか?なんだろう。旅人かな?」


 状況に合わない声で答える少年はまるで間抜けのようだった。


「旅人ざん!あぶないでずっ!」


 ネーネが、旅人と名乗る少年に襲いかかる狼に気づいた。その数は十匹以上。


「ん。あぁ、だいじょー」


 そう言って少年は、腰に下げてあった不思議な形の鞘から、綺麗な青い剣を抜いた。


「っぶ!!」


 抜いたと思ったら、飛んで振るっていた。


 ネーネ達には見えなかった。ミラもジュッツもクマースもイノもだ。


 かろうじて、シノアとダイン、サンニアには見えていた。だけど、見えていただけだ。

 目の前から一瞬かがんで、何か飛んだとおもったら、少年が飛んでいた。

 それを、歴戦の冒険者である彼らが、惚けてみているしかなかった。

 反応が遅れたどころじゃない。

 反応が置いて行かれたのだ。


 そして知らぬ間に、十匹以上いた狼はみな消えていた。否。地面に開かれて絶命していた。

 いつ行われたのかすら、知覚できなかった。

 そして少年が地面に戻り、泣いているネーネの頭を撫でた。


「ほら、大丈夫だったでしょ?」


 そう言って笑う少年を、ネーネは見ている。

 胸の鼓動を隠せずに、踊り子ネーネは彼を見て踊りたくてしょうがなかった。



誤字、脱字を是非とも教えてください。

何度チェックしても絶対でやがる…

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